88 面接
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――第二次王都防衛戦が始まる二十九日前。
「失礼します」
メリザさんに案内されて、三十代に差し掛かった男の人が入ってくる。
「どうぞ座ってください」
ソファーを勧めて、ローテーブルを挟みソファーに座って向かい合う。
「ようこそ、俺が面接官で新規に立ち上げられた部署、農地生産改良室の室長で事業の責任者の、王家直属特殊戦術精霊魔術騎士団即応遊撃隊所属特務騎士エメルです」
「農水省食料生産局生産部穀物課で主任をしていますグレッグ・バーザンです」
募集をかけてから五日後、集まった人達を一人一人順番に面接していく。
募集してから五日後って急すぎる話だけど、悠長なことは言ってられないからな。
何しろ、いつトロルどもが攻めてくるか分からないから、それまでにある程度計画を進めて形にしておきたい。
だからこれまでの仕事や、募集に応じた理由、意気込みなんかを聞いていく。
「ご存じかも知れませんが、我が国は穀物……小麦や大麦の栽培に適した土地は少ない。だから多くを隣国からの輸入に頼っている。私はその隣国に生命線を握られている状況をどうにかしたくて、穀物の生産量を上げられないかと長年研究してきました。そこで貴殿の生産量と品質を上げ、飢える民を減らし、逆に輸出まで視野に入れていると言う事業に興味を持ったのです」
『本当です我が君。本気で取り組む熱意があります』
頭の中でキリの声が聞こえる。
ハッキリ言って、面接官なんてしたことがない。
もっと言うなら、それこそバイトの面接すら受けたことがないんだ。
だからサークルの先輩から聞きかじった就職の面接の話を参考に、それっぽい真似事をしてるだけ。
しかも、相手はみんな年上ばっかりで……やりにくいったらもう!
面接受ける相手より、面接官してる俺の方が緊張してるって!
でも、この計画は絶対に成功させないと駄目だからな。
気合いを入れ直して、面接を続ける。
当然、質問だって受け付けた。
「では遠慮なく。貴殿は何故この事業計画を立てたのですか?」
「グーツ伯爵から俺が書いた書類を見せて貰ったんですよね? そこに全部書いてますけど?」
「ええ。ですが、そこには事業の目的と、成功したときの成果しか書かれていない。本当に成功すれば、多大なる影響と功績が得られるでしょう。貴殿はそれを得て何を成そうとしているのかを知りたい」
『我が君のメリットと、それで何をしたいのかを、ただ純粋に知りたいようです。よからぬ企みがあるようであれば話を蹴るつもりで、それ以上の他意はありません』
なるほど……それなら正直に話した方がいいかな?
悪意はなさそうだし、知ったところでどうこうするつもりもなさそうだし。
「俺に対する口さがない噂は色々聞いてますよね? その影響力で王家の権威を取り戻すこと。そしてその功績で、アイゼ様をお嫁さんに貰うのを反対してる貴族どもを黙らせることです」
一瞬ぽかんとされる。
「ぷっ、くっ……はははははっ! し、失礼。あまりにも愉快な理由だったもので」
目尻に涙をうっすら浮かべてるけど、そんなに面白い事を言ったつもりはないんだけどな。
「なるほど、そのためなら、確かにこの事業計画を成功させるくらいの功績は必要でしょう。むしろ、そのためにこれだけの事業計画を立ち上げるその才覚に感服しました」
どうやら、本当に納得してくれたみたいだな。
「貴殿の真の目的がそれならば、この事業を本気で成功させるために尽力する事は間違いなさそうです。是非、私もこの事業に協力させて貰いたいものです。もちろん、私の目的のために」
利害の一致を見た、ってわけか。
「今言った理由は、憚る必要はないですけど、大っぴらに言い触らすのもどうかと思うんで、黙ってて貰えますか?」
「ええ、貴殿がそう言うのであれば。それを言い触らすことは、事業の参加者のモチベーションを下げる可能性と貴族達の横槍を招く可能性が高く、デメリットの方が大きい」
うん、この人は当たりだ。
話しやすいし、資料を見る限り知識もある。
いい協力関係を結べそうだ。
一通り話をした後、最後に簡単に精霊力をどのくらいコントロール出来るかチェックする。
「結果は明日通知しますから」
「ええ、いい返事を期待しています」
握手をして、グレッグ・バーザンは出て行く。
みんなこんな感じに意欲的でいい人達ばかりだと助かるんだけど。
でも、むしろグレッグ・バーザンみたいな人は半数にも満たなかった。
「質のいい野菜や穀物を人々のために生産する、そんな素晴らしい事業を、是非手伝わせて戴きたい!」
『嘘です。大商会の回し者で、あわよくば作物の独占、そうでなくても横流しが目的です』
とか。
「王家がこのような画期的な事業を始めるとは。是非私もそれに協力させて欲しい。もちろん、我が家は全面的に王家を支えることを約束しましょう」
『嘘です。情報を盗んで、まず自分の領地、そして反王室派の貴族家へ売って、大儲けを企んでいます』
とか。
さらには……。
「精霊魔法を用いて高品質の食料を生産しようだなんて、なんて画期的な新規事業なんだ。是非働かせてくれ」
なんて、トロルに奴隷にされてた人でマイゼル王国出身じゃない人の中には、祖国への忠誠心なのかスパイを画策してたり。
「この俺が力を貸してやろうと言うのだ、ありがたく思え。契約精霊? そんな物はない。なくてもどうにかしろ。出来なければ……分かっているだろうな?」
「とても品質の高い作物だそうで。食料生産と流通に革命が起きますな」
なんて貴族や大商会の関係者、その息が掛かった連中が、募集の枠外からねじ込まれてたり。
いやもう本当に、ほとんどが時間の無駄だった。
「エメル様、お疲れのようですね」
「うん、もうね……」
メリザさんの淹れてくれた紅茶で渇いた喉を潤す。
「お察しします。ですが次の方が最後ですので、気を引き締めてやり遂げてください」
「そっか……これを乗り切れば終わりか。よし、案内よろしく」
そうして案内されてきた最後の応募者は……。
「パ、パーナです。第三精霊魔術師隊第二攻撃隊所属、です」
ガチガチに緊張した、二十歳前後の素朴な感じの女の人だった。
おかしいな?
農水省の役人と精霊魔術師部隊の人と元奴隷の人は、俺の気力が尽きる前にって思って、順番を早めにしてたはずなのに。
まあ、貴族や大商会の関係者が金を使ったのかなんなのか、順番を割り込んでたケースが多々あったけど。
それにしても最後って……。
「この募集に応じた動機を聞かせて貰えますか?」
「あ~~、えっとぉ~~、あたし、この前の王都防衛戦が初陣で、こんなこと言うと笑われちゃうかも知れないけど、本当にもう怖くて怖くてたまらなくて、戦うの向いてなかったんだなぁって……それで実家が農家だし平和にのんびり土いじりがしたいなぁって」
『本当です。特に他意もなく、畑仕事をしながら生活したいだけのようです』
あ~~……最後の最後でまさかこんな緩い人が来るなんて、ちょっとほっこりした。
「なるほど、農業の経験があるのはいいですね。俺も実家が農家だから、精霊魔法で畑を耕してましたよ」
「は、はい、そのお話聞いてます。だからそれならあたしでも出来るかなぁ~~って」
それから、どんな風に畑仕事をしてたのかって話をする。
共通の話題があったおかげか、ちょっとは緊張がほぐれてくれたみたいだ。
言葉の端々から察するに、なんか一念発起して精霊魔術師部隊に入ったのはいいけど、本人が言うとおり向いてないのをずっと悩んでたみたいで、畑仕事の話をするときは表情も声も明るくて、そっちの仕事をとてもやりたそうだ。
これはポイントが高い。
「じゃあ最後に、今どのくらい精霊力をコントロール出来るのか見たいんで、精霊魔法を使う要領で精霊力を放出して貰えますか? その時、土水火風光闇、それぞれの精霊にお願いする時みたいに順番に六回お願いします」
「は、はい、えっとぉ~~……こんな感じですか?」
素直に六回精霊力を放出して、そのコントロールを見せてくれる。
「パーナさん、風属性の精霊魔法の方が得意じゃないですか? それなのに火の精霊と契約を?」
「えっ!? そんなことも分かるんですか!?」
「精霊力のコントロールを見れば、だいたいは。逆に光闇はすごく苦手そうですね」
「そんなことまで……えっとぉ、その通りです。光と闇は、精霊を見かけることがほとんどなくて、魔法自体を使ったことがろくになかったから」
ばつが悪そうにするけど、これは仕方がない。
普段の生活で土水火風は色々使い道があるけど、光闇はそう多くないってのが共通認識みたいだからな。
「それで、どうして火の精霊と契約を?」
「攻撃魔法は、火、土、水の三属性が向いてるって話じゃないですか? だから、風より火がいいかなぁ~~って」
「ああ、なるほど精霊魔術師部隊に入ることを考えたら、そういう選択もありですね」
どうもこの世界には、風を使っての攻撃って、突風で動きを阻害したり、土埃で視界を奪ったり、間接的な攻撃補助しかなくて、真空だとスパッと切れるって知識がほとんど知られてないみたいなんだ。
って言うか、真空がどんな状態なのかも、よく分かってない人が多い。
だから、攻撃魔法に関しては、風の地位は低く扱われてるんだよね。
ちなみに、光と闇では、それを攻撃に用いるって発想がそれ以上になくて、強い光や濃い影で視界を奪うとか、せいぜいそのくらいみたいだ。
前世みたいに科学やアニメが普及してたら、レーザーやら影使いやら、そういう発想も出てくるんだろうけど、ないものは仕方ない。
結果、六属性の中で光と闇、特に闇の精霊と契約してる精霊魔術師は極端に少ないんだよね。
「じゃあ最後に、意気込みを聞かせて貰えますか?」
「意気込みぃ……意気込みぃ……えっとぉ、つくづく畑仕事の方が向いてたなって思ったので、畑仕事をさせて下さい!」
「はい、ありがとうございました。結果は明日中に通知しますから、合格してたら明後日の午後、この宿舎の入り口に集合して下さい」
「は、はい、ありがとうございました!」
とまあ、こんな感じで四十六人を面接して、信頼できそう、真面目に働いてくれそう、って人達を厳選して二十人を採用した。
これで農地生産改良室のメンバーが揃ったんで、次はいよいよ実務のスタートだ。




