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84 引き抜きは勘弁して下さい

 戦いが終わった次の日から、本当に姫様やフィーナ姫の言う通りになった。



 アイゼ()様の護衛シフトのために、執務室に向かってる途中だった。


「貴殿が特務騎士エメル殿か」

 突然、廊下の脇に立っていた貴族のおっさんが、俺の行く手を遮る。


「えっと……どちら様でしょう?」

 自己紹介されたんだけど、聞き覚えのない名前だったんで、多分フィーナ姫にも教えて貰ってない、下級貴族か大した権勢を持たない貴族の一人なんだろう。


「いま我が領地の町で代官を探していてな。貴殿程の実力者であれば相応しいと常々考えていたのだ。どうだろう、この話、受けてみてはくれんか?」

 いやいや、常々考えてたって、そんなわけないだろう?

 こちとらただの平民、貧乏農家の次男坊だぞ。


 百歩譲って王都奪還時の噂を聞いてって事だとしても、兵力として従えようってんならまだしも、代官って飛躍のしすぎだろう。

 あからさまに怪しすぎる。


『反王室派の首謀者です、我が君。アーグラムン公爵派、グルンバルドン公爵派、ディーター侯爵派とも違う、中堅どころの派閥のようで、我が君を取り込み権勢を広げると同時に、王家の弱体化を狙っているようです』

 キリの声が頭の中で聞こえる。

 って言うか、キリに注意されるまでもなく、あからさまでバレバレだ。


 こんな中途半端な奴が派閥のトップだけあって、中堅どころでぱっとしない派閥なのも納得だよ。

 まあ、仮に巧妙に意図を隠した美味しい話を持ちかけられたとしても、答えは端から決まってるけどさ。


「殿下の特務騎士としての仕事を途中で投げ出すわけにはいきませんので、お断りさせて戴きます」

「まあ、そう言わず、我が屋敷で詳しい話でも――」

「これよりアイゼスオート殿下の護衛をしなくてはいけないので、失礼します」


 ことさら丁寧……って言うか、慇懃無礼すれすれに、一考の余地なしって態度で言いかけた台詞をぶった切ると、そのまま放置して廊下を歩く。

 なんか、おのれ平民がとか、生意気なとか、そんな悪態が聞こえてくるけど、無視だ無視。


『二度と我が主に近づかないように、警告(・・)をしてきましょうか?』

 今度はデーモの声が頭の中で聞こえるけど、それは止めておく。

 そういうのは、何度も何度もしつこかったり、脅しをかけてきたり、姫様やフィーナ姫を侮辱してきたりした時でいい。


『そうですか? 分かりました』

 なんでちょっと残念そうなんだ?


 その日は、一日アイゼ()様の護衛だったから、それ以上のことはなかったけど、翌日以降も、連日そんな事態が続いた。



「貴様ほどの実力があれば、騎士団を率いるに相応しかろう。部下の一人もいない名前だけの騎士団勤めより、我が領自慢の騎士団を率いてみる気はないか?」

「光栄ですが生憎部下を率いた経験がありませんので、ご辞退させて戴きます」

 どうせお飾りの騎士団長だろうし、そういうの面倒だし。



「どうかね、今の給料の三倍、いや五倍出そう。我が領地で働いてみんか?」

「いえ、給与は十分に戴いておりますし、両殿下にはお仕えしがいがありますから、今の仕事で十分に満足しています」

 まあ、こういうのは分かりやすいし、こっちも袖にするのは躊躇わずに済むからいいんだ。



「我が家には丁度君と同い年の、成人したばかりの娘がいてな。我が娘ながら美しく賢く気立てもいい。どうかね、一度会ってはみんか?」

「そういうお話は全てお断りさせて戴いています。間に合ってますので」

 こういうのは、ちょっとしつこかったりするから、断るのも面倒なんだよな。

 うちの娘の何が不満だ、なんて逆ギレしてくる奴もいるし。

 会ったこともないのに、知るかよって話だよ。



「金か? 地位か? 名誉か? 女か? 男か? 欲しいだけ用意してやる」

「結構です」

 ここまで来るとストレート過ぎだよな。

 しかも『男か?』って、妙な誤解をされてるのが、ちょっと……。

 女の子にしか見えない男の娘ならともかく、男はノーサンキューだ。だって俺、異性愛者だし。



 とまあ連日この調子で、部屋を一歩出ると、柱の陰や曲がり角なんかで貴族達が手ぐすね引いて待ち構えてて、辟易してくる。

 話を聞きたくなくても強引に聞かせてくるし、断ってもしつこいし、気が滅入るったらありゃしない。


 単に自分の派閥に引き入れて権勢を誇りたいって奴はまだ分かりやすいし、ある程度は引き際も(わきま)えてくれてるけどね。

 反王室派の連中は、俺を王室派から引き離すのが目的だから、断っても断ってもしつこいのなんの……。

 しかも、仕掛けてくるのは、中立派や反王室派だけじゃないんだ。



「これはこれはエメル殿、ご無沙汰しておりましたな」

 そう親しげに声をかけてきたのは、クラウレッツ公爵派の……えっと、なんとかって言う男爵かなんかだったおっさんだ。


「どうもご無沙汰してます」

 クラウレッツ公爵派は王家に忠誠を誓ってくれてる、王室派の一派みたいなもんだから、一応、丁寧に対応しないといけないのが、別の意味で面倒臭いんだよな。


 一礼して――視線が、男爵の隣に立ってる同行者の一点に吸い寄せられてしまう。


「これは、うちの娘でして――」


 でかっ!?

 いやもう、名前とか、ご令嬢も挨拶とか、つい右から左に流れてしまった。


 だってさ、そのご令嬢の胸のせり出し、大きく描く豊かな曲線が、そりゃもうすごいのなんの。

 年の頃は、俺より少し下くらいかも。

 つまりあれだ、ロリ巨乳って奴だ、それも超馬鹿でかいサイズの。


 思わずマジマジと見そうになって、女性はそういう視線に敏感だって話をふと思い出して、慌てて視線を剥がす。


 遅れてよく見れば、結構な美少女だった。

 いや、貴族のご令嬢だし、前世のレベルで考えたら、アイドルグループのセンターは確実って程の美少女だよ?

 でも、姫様とフィーナ姫って言う、好みドストライクの超絶美少女を毎日側で眺めてるおかげで、もうそのレベルの美少女じゃ、ああ美少女だね、ぐらいの話だ。

 それがいいことなのか悪いことなのか、それはさておき……。


 うん、確実に俺の視線に気付かれてるな……。

 男爵はしてやったりって言わんばかりの顔でニヤニヤしてるし、ご令嬢の方は澄まし顔しながら、どうだとばかりに胸を張ってるし。


 ああもう、滅茶苦茶恥ずかしいんだけど!

 あと、姫様とフィーナ姫に対して非常に申し訳なくて、穴があったら入りたい!


 ともかく、不快にさせたわけでも突っ込まれるわけでもないみたいだし、謝るのもあれだから、咳払い一つで誤魔化しておく。


「それで俺に、どういったご用でしょう?」


「せっかくこうしてお近づきになれたんですから、今度我が家のお茶会に参加されませんかな?」

「まあ、それは素敵です。是非、いらしてください。エメル様のお話をお聞きしてみたいわ。お茶会に参加する方々も、きっと喜ばれると思います」

「うちの娘もこう言っています。いつ頃がよろしいですかな?」


 うわ……これは断るの面倒臭すぎる。

 こっちは娘さんの胸をガン見しそうになっちゃった引け目があるし、って言うか、多分それが狙いだったんだろうし、無下に断りにくいんだけど。


 断るにしても、どう角が立たないように切り出すか。

 それを悩んでたら、またキリの声が頭の中で聞こえた。


『その娘と我が君を接近させて、アイゼスオート殿下と痴話喧嘩をさせ、不仲にさせたいようです。どうやらアイゼスオート殿下を戴冠させることが目的で、我が君への害意はないようですが……。クラウレッツ公爵派として我が君を引き抜くわけにはいかないと考えているようで、ほどほどのところでその娘との接点をなくさせ、本気で我が君と娘を恋仲にさせるつもりはないようです。それはその娘も了承済みのようです』


 本気で面倒臭すぎる!

 お茶会にってことは、きっと、娘と二人きりで会わせたわけじゃない、引き抜きなんて意図はなかった、ってアリバイ工作なんだろうな。

 こういう搦め手でくる連中って本当に厄介で……勘弁してくれ。



 夜、姫様と二人になったところで昼間のその話を愚痴る。

 だってさ、味方のはずのクラウレッツ公爵派にまでそんなことされたら、たまったもんじゃないだろう。

 だから、姫様の方から、クラウレッツ公爵にそれとなく注意をして欲しかったんだけど……。


「それで、どう返事をしたのだ?」


 姫様……なんかすごく不機嫌そうな顔してないか?

 それも、その貴族に対してじゃなく、俺を問い質すみたいな感じなんだけど……。


「もちろん断りましたよ、決めてたとおりに。俺の立場は今は特殊で微妙だから、貴族からのお誘いは王家の承諾がないと参加出来ないって」


 要は、平民の俺には貴族家としての後ろ楯がないから、王家が後ろ楯になって、それらを取り仕切るって言うのが、姫様とフィーナ姫と話し合って決めたことだ。

 でないと、お茶会や夜会に参加したことで変な言質を取られて、いつの間にか誰とも知れないご令嬢との婚約や引き抜きが決まってたりするかも知れないからな。


「ならばいいが……」

 でも姫様、まだ納得いってないって顔だな。


「姫様、どうかしましたか?」

「……そのご令嬢の胸がとても大きかったと言ったな?」

 確かに、ロリ巨乳でビックリしたって話を、愚痴の途中で少し触れたけど。


「そなた……私で本当に良かったのか? 本当は、胸の大きな女の子が好きなのではないのか……?」

 姫様が拗ねたように、真っ平らな胸のなさを確認するような、恥じ入って隠すような、そんな感じに自分の胸に触れた。


「――っ!!」

 その瞬間、思わず叫びそうになって、咄嗟に口を塞いでその場に崩れ落ちてしまう。


「エ、エメル? どうしたのだ?」


 やばい! 萌え死ぬ!

 姫様がとうとう、女の子と胸の大きさを比べて気にするまで男の娘になってくれたなんて!

 歓喜の叫びが漏れそうで、やばすぎる!


「――っ…………はぁ、はぁ……」


 なんとか叫びを飲み込んで立ち上がると、まだ恥じ入るように自分の胸に触れてる姫様の両肩を掴む。


「姫様はそれでいいんです! そこがいいんです! 男の娘としてその気持ちが尊いんです! その気持ち、絶対に忘れないでください!」

「エ、エメル!? そなたが何を言っているのかさっぱり分からぬ。少し落ち着いて、分かるように話してくれ」

「胸の大きさなんて全然問題じゃないですよ。そうじゃなかったら、まだ女の子だって思い込んでた姫様に一目惚れするわけないじゃないですか!」


 姫様、真っ赤になっちゃって、でもちょっとほっとしたように嬉しそうで、俺を萌え死にさせるつもりか!?

 姫様が未成年じゃなかったらこのまま寝室に直行して、女の子として愛して(・・・・・・・・・)、いくらでもそれを証明してあげるのに!


「そうか……そうだったな。そなたの言葉を信じよう」

 良かった、こんなことで姫様との関係が微妙になんてなりたくないからな。


「ではエメル、今少し話をしよう」

「話ですか?」

「そうだ。ご令嬢の胸を不躾に見るなど、失礼であるという話を、たっぷりとな」


 ……あれ? 姫様やっぱり怒ってる……?


 その後、夜遅くまで姫様に説教されてしまった。

 でもそれが、男の娘として女の子に嫉妬してるからだって思うと、もう、にやけそうになってにやけそうになって、我慢するのが大変だったよ。



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