82 三人で祝勝会と戦後処理の話 1
そして戦いが終わったその日の夜。
「「「勝利を祝して、乾杯♪」」」
王家専用の食堂で、姫様とフィーナ姫と俺と、三人でグラスを掲げる。
そしてワイン……じゃなく、ジュースを一気に飲み干した。
「このジュース、スッキリして飲みやすいですね。しかも料理もすごく豪華で」
テーブルの上には、常にない豪華な御馳走が所狭しと並んでいた。
王族って言っても、普段は質が良くても贅沢すぎない程度の種類の、実際に食べきれる量の食事しか出てこない。食べきれないほどの料理を並べて、ちょっとずつしか食べずに残して当然、って言うのは、この世界だとあまり一般的じゃないらしい。
そもそもが食料生産量が多くないみたいだからな。
特にここマイゼル王国は小国で経済的に豊かとは言い切れないし。
ただまあ、北の大国ゾルティエ帝国なんかだと、皇帝や一部の上級貴族の間では、有り余る富を見せつけるため、そして権力を誇示するために、そういう贅沢すぎる食事をしてるらしいけど。
だから今日は、いかにも贅を尽くしたって感じの質と、全部食べ切るのは無理ってくらいの種類と量が並んでてビックリだよ。
とはいえ、団子に夢中になって花を忘れる、なんてことにはならないけどね。
だって、この三人だけの祝勝会のために、フィーナ姫がいつも以上に着飾ったドレスを着てて、もう眼福って言うか、清楚可憐なその姿にしばらくうっとり見とれてしまったくらいだ。
そんな俺にフィーナ姫ったら照れまくりで、これがもう可愛いのなんの!
しかも姫様も負けてないんだ、これが。
そう、わざわざ俺好みのドレスを選んでくれた上に、今日は一段とおめかしして、美少女度が半端ないって言うか。男の娘として俺のために、ここまで可愛く着飾って女の子らしく振る舞ってくれてるのかと思うと、それだけでもう感無量だよ。
俺と目が合うと照れ臭そうに目を逸らしちゃって、これまた可愛くて可愛くて!
二人のその美しさと愛くるしさにそれだけで照れるって言うか、まさに両手に花で頬が緩んじゃうよ。
二人が食堂に入ってきて最初にその姿を見たとき、もう全力で褒めて褒めて、褒めまくっちゃったね。
そんな美少女と男の娘と共にする豪華な食事……ここが天国か!?
「ささやかではあるが、そなたのために用意させた」
「アイゼの言う通り、エメル様の成した事を思えばささやかすぎる程です。ですから、遠慮せずにたくさん召し上がって下さい」
「そういうことなら遠慮なく。いただきます。はむ……うまっ!? いつも食べてるのもすごく美味しいのに、いつも以上に滅茶苦茶美味しいですよ!」
「そうか、気に入って貰えて何よりだ」
「さあ、どんどんどうぞ」
食事の美味さについ興奮しちゃった俺に、嬉しそうに目を細めた姫様とフィーナ姫。
眼福過ぎて、俺って幸せ者過ぎじゃね!?
もうさ、貧乏農家の次男坊には一生縁がないような美味しい料理が目白押しで、勧められるままつい夢中になってガツガツと食べてしまう。
肉なんてトトス村では滅多に食べられなかったし、王城で暮らすようになってからも、さすがに毎日出てくるってこともない。たまにどんと出るステーキでもそれほどの厚みはないんだ。
ところが今日のステーキは普段の倍くらいはある厚みと大きさで、なのにナイフがすっと通って、火加減もレアで断面が美しく、肉の旨味はしっかりあるし口の中でとろけそうだ。味付けも、王城に来てからも普段は滅多に口に出来ない、胡椒みたいなピリッとする南国の貴重なスパイスが使われてて、どんだけ贅沢なんだって話だよ。
スープはポタージュっぽい見た目で、形ある具は全然入ってなくて、刻んだバジルっぽい香草が彩りを兼ねてぱらっとかけてある程度だけど、幾つもの野菜が融け込んでるみたいで、それら野菜の旨味が味わい深くてコクがある。
パンは白くてふわふわで懐かしい味がするから、うちの村で作った小麦で焼いた物かも知れないな。つまり王家でも滅多に食べられない、高級品だ。
葉野菜とハーブのサラダも新鮮で瑞々しく、食感もしゃくしゃくで、それだけでも十分に贅沢だよ。輸送の関係から葉野菜って市場に出回ってるのは大概しなびかけてて、冷蔵庫もないから日持ちしないんだよね。
「はぁ~、美味すぎ。こんな贅沢しちゃっていいのかな」
とはいえ、やっぱり前世の日本の味の記憶と比べると、王族の贅をこらした料理って言っても何段も劣る物が多いんだよね。異世界転生物じゃ定番の、スパイスや砂糖なんかの調味料の種類や精製の品質、使える食材の種類や品質、そして未成熟な調理方法や調理器具の問題なんかもあるんだろうな、きっと。
もちろん、遜色なく美味しい物も中にはあるけど。
でも、今世の舌の記憶は貧乏農家の貧乏舌なわけで、問題なくどれもこれも美味しく戴くことが出来た。
優雅に会話をするのも忘れてつい夢中で食べ続けて、そろそろお腹がくちくなってきたなって頃、そんな俺を微笑ましそうに見てる姫様とフィーナ姫の視線に気付いて、滅茶苦茶恥ずかしくなる。欠食児童かなんかか俺は。
「そんなに恥ずかしがることはありませんよ、喜んで戴けたようで何よりです」
「うむ、まだまだたっぷりあるからな。存分に味わって楽しんでくれ」
二人も喜んでくれてるようで良かったよ。
ともあれ、デザートの段階に入ったところで、ようやくちゃんと会話を始める。
「あれから貴族達の様子はどうでしたか?」
大ホールに呼び戻されて、質問攻めにしてくる貴族達の相手をしたんだけど、さすがに捌ききれなくなって、フィーナ姫が気を利かせて自室に戻らせてくれたんだよね。
おかげで風呂に入って着替えられて、スッキリさっぱり仮眠が取れたんだ。
「うむ、王室派に属する貴族達は、それはもう自分の手柄のように喜んでいたぞ」
「態度を定めていなかった貴族達の多くが手の平を返して、わたし達の機嫌を伺おうと、必死になって擦り寄ってきましたね」
姫様は苦笑気味に、フィーナ姫は呆れ気味に、そう教えてくれる。
「それとは別に、見学組のほとんどがあの場に戻ってくることなく、情報を領地へ持ち帰るため早々に王都を後にしたようです」
「私達に挨拶もせずと言うのは戴けないが、恐らく見学組を率いていたのは、万が一を考えてほとんどが次男、三男などだったのだろう。その辺りの教育は十分ではなかったようだな」
「じゃあ、そんな中で姫様やフィーナ姫に挨拶に来た人は、有望ってことですか?」
「有望とは言い過ぎだな。礼儀として弁えていて当然のことだ」
なるほど、そう言われればそうかも。
王太子の勅命で見学組も集められたんだから、領地に帰るつもりなら最低でも姫様に挨拶は必要だよな。
「じゃあ見学組の中から王室派に鞍替えする貴族達の質は、領地の領主次第だから分からないってことですか」
「少なくとも、挨拶に訪れた者達は実家で相応の教育を受けていたわけですから、エメル様が心配されるような、マイナスの材料になったわけではありませんよ」
「確かに、それもそうですね」
無能が集まってきて足を引っ張られるのは御免被りたいけど、今は数が力で、派閥を大きくして王家の権威を安定して保つのが優先だから、あまり贅沢言ってられないか。
「そんな見学組の中で、グルンバルドン公が謁見を求めてきてな。別室で話をすることになった」
「グルンバルドン公爵って王都の南方一帯を支配してる派閥ですよね? それも王様になろうと虎視眈々と狙ってるとかなんとか」
「うむ、そのグルンバルドン公だ」
王城で噂を聞いた限り、その人物評は有能で理知的で好人物って感じだった。
どっしりと構えて横暴に振る舞うこともないようで、メイドさんや兵士達の評判は悪くなかった。
その一方で、かなりの切れ者でもあるみたいで、油断ならない人物みたいだ。
「何を言ってきたんですか?」
「具体的に、どうという事ではなかったな」
「多くはエメル様について探りを入れてきたという感じでしたが、エメル様が心配されているような、宣戦布告や王権の譲渡を迫るなどの話ではありませんでしたよ」
「それなら良かった……」
じゃあ、だとしたら狙いはなんだ?
「ハッキリとは分からぬが、しばし静観するつもりかも知れぬな」
「静観ですか?」
「エメル様のおかげで、王家の権威は多少なりとも取り戻せたでしょう。市民達もその話で持ちきりのようです。今無理に動いても民の賛同を得られない、そう判断されたのかも知れません」
「もっと言えば、領軍を立て直さなければ動きたくとも動けぬのだろう」
なるほど、動画配信作戦は目論見通り大成功だったわけだ。
「飽くまで表向きは静観の構えを見せているだけで、裏での策謀まで止めるつもりかどうかは分かりません」
「注意は怠れないわけですか……早く派閥を大きくして、そういった貴族どもを牽制したいですね」
「エメル様のご活躍の話は、すぐにでも国中に広まるでしょう。他派閥がどう出るか、見学組にすら兵を出さなかった貴族達がどう立ち回るか、それが分かるのはこれからですね」
いい方向に転がってくれるといいけど、まだまだ気は抜けない……か。