81 戦いが終わって
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アイゼ様、フィーナ姫の演説が終わったところで、主に熱狂覚めやらぬ市民へ向けて俺も最後の挨拶をすると、全てのウォータースクリーンを解除してしまう。
それからロクに乗って王城へと戻り、バルコニーに着地した。
「ただいま戻りました、アイゼスオート殿下、フィーナシャイア殿下」
騎士の礼をする俺を、二人は自ら出迎えてくれた。
「うむ、よくやったエメル。そなたは私達の誇りだ」
「ええ、エメル様の素晴らしいご活躍、その功績は比類ない物となるでしょう」
「俺にはもったいない程のお褒めの言葉、ありがとうございます」
主君と忠実な臣下らしいやり取りを周囲に見せつけて、俺達の信頼関係を印象づけてから、二人に促されてホールに入る。
その場の貴族と役人達の反応は、ほぼ真っ二つに分かれた。
俺の活躍に目を輝かせて賞賛の眼差しを向けてくるか、ギラギラと獲物を狙うような目を向けてくるか。
もしくは、俺を化け物を見るように恐れて目を逸らすか、憎々しげに睨み付けてくるか。
前者が圧倒的に多くて、王室派はもちろん、派閥なんか関係なさそうな役人達、そして態度をあやふやにしてた貴族達なんかが多かった。
当然、後者は反王室派の貴族達なんだけどね。
そして一部、魂が抜けたように茫然としてる連中もいた。
その一部の連中で一番目立ってたのが、外務大臣だ。
開戦前は、憎々しげに睨み付けてきてたのに、今は力なく肩を落として項垂れ気味になってる。
多分、荒唐無稽な作り話や英雄ごっこなんかじゃないって、ようやく悟ったんだろう。
自分で言うのもなんだけど、これだけの戦果を上げた救国の英雄を王家が従えてる、その宣伝とパフォーマンスはかなりの効果があったはずだ。
きっと配信を見た王都市民達の王家への批判は確実に減っただろう。
出来れば全ての領地の全ての町と村で全国同時配信したかったけど、さすがにそんな手間暇かける時間的余裕も精霊力の余裕もなかったから仕方ない。
でもこれで、アイゼ様をこき下ろして王太子から引きずり下ろそうなんて陰謀は、絶対やりにくくなったはずだ。
正直、これを機にそんな馬鹿な真似は諦めてくれるといいんだけど。
アイゼ様が全員の方へと向き直る。
「皆の者、様々な噂や憶測が流れていたと思うが、これで合点がいったと思う。エメルは稀代の精霊魔術師であり、その秘めた力は並ぶ者がない。王家直属の特務騎士として、そして私の直臣として、私の勅命を受け、本来到底不可能であるはずのトロル侵攻部隊討伐の任務を、たった一人で見事に成し遂げてくれた。そのおかげで我が国の滅亡の危機は回避され、しかも人的な被害はゼロの大勝利だ。いやそれどころか、トロルに捕われて酷使されていた奴隷達を解放するにまで至った。もはやエメルの『力』を疑う者はこの場にはいないだろう。比類なきこの救国の英雄に、今一度、惜しみない拍手と賞賛を」
前者の連中は、俺を褒め称える言葉と共に盛大に拍手してくれる。
後者の連中は、愛想笑いか仏頂面で渋々、周りに合わせておざなりな拍手だ。
概ね予想通りの反応で、さすがに『そのくらい誰にでも出来る』とか『たまたま運が良かっただけ』とか『そこまで大げさに賞賛されることじゃない』とか、そんな言いがかりを付けてくる連中は皆無だった。
うん、いい感じだ。
これだけの功績を挙げたんだ、確実に王家の権威は上がっただろうし、俺の株も上がっただろう。これで三人で結婚する未来に、大きく一歩近づけたな。
「エメル、疲れただろう。今は下がって休むと良い」
しばらく貴族達の相手をした後、アイゼ様にそう言われたんで、最初の控え室へと戻って、ありがたくゆっくり休ませて貰うことにする。
すると、手前にメリザさん、その両脇に一歩下がった位置でクレアさんとレミーさんがすごく畏まった態度で立ってて、俺が控え室に入った途端、深々とお辞儀をしてきた。
「エメル様、国を救って戴き感謝の念に堪えません。誠にありがとうございます」
「「ありがとうございます」」
「ちょ、ちょっとどうしたんですか、急にそんな改まって!? 頭を上げて下さいよ!?」
ようやく頭を上げてくれた三人を見て……うん、ちょっと照れるな。
ニコニコ笑顔で尊敬を眼差しを向けてくれるレミーさんの目は赤く充血してて、もしかしたら盛大に泣いたのかも知れない。
クレアさんも、レミーさん程ではないけど目が潤んでて、クールな印象がある普段とは違って、すごく優しく温かい眼差しで俺を見てる。
しかも普段はきっちり生真面目でお硬いメリザさんまで、表情を緩ませて喜びを隠しきれないみたいだった。
「エメル様のお話は伺っておりましたが、まさかあれほどのお力を秘めておられたとは。エメル様こそ、まごう事なき救国の英雄です。この年になってこれほどのお方のお世話をさせて戴ける栄誉に預かれるとは、望外の喜びです」
ははっ、さすがメリザさん、それでもやっぱりお堅いな。
「さぞやお疲れになった事でしょう。どうぞこちらでごゆっくりお休み下さい」
ソファーに案内されて座ると、さすがに身体中にずっしりとした疲労感があって、少し頭も重たい。
短時間で急激に大量の精霊力を消費したから、だろうな。
「何かお飲み物をご用意いたしましょうか?」
「ありがとうございますメリザさん、お水を貰えますか?」
「畏まりました」
メリザさんが水差しからグラスに注いでる間に、クレアさんがタオルを持って来て、俺の顔を拭いてくれる。
「随分と汗を掻かれておられますね。着替えられますか?」
「ありがとうクレアさん。見えないところも汗を掻いてるからそうしたいところだけど、どうせなら風呂に入ってからがいいかなぁ。それに、多分この後またホールに戻らないと駄目だと思うから、今はこのままでいいですよ」
「畏まりました」
でも、クレアさんが丁寧に汗を拭いてくれたんで、少しスッキリした。
メリザさんからグラスを受け取って一気に煽ると、ようやく人心地付く。
「じゃああたしは、涼しくなれるように扇ぎますね」
貴族のご婦人やご令嬢が持ってるあの華やかな扇を取り出して、レミーさんがゆったりと扇いでくれる。
すうっと汗が引いていって心地いい。
なんかもう、普段以上に丁寧に甲斐甲斐しくお世話して貰えて、益々照れちゃうよ。
三人の態度から大丈夫だとは思うけど……。
「三人は俺の『力』……怖くないですか?」
「やだなぁ、そんなことありませんよ。だって、そのお力をあたし達に向けることは決してないって言ってくれましたよね」
「はい、ですので頼もしく思いこそすれ、恐れることなど決してありません」
間髪を容れずに、なんでそんな馬鹿なことを聞くのかと笑いながらレミーさんが、そして微笑みながらクレアさんが、心から信頼の籠もった瞳を向けてくれる。
メリザさんはどこか呆れたように、そしてさすがと言うべきか、豪胆にも見える笑みを浮かべた。
「過ぎた力は身を滅ぼすと申します。ですから、もしエメル様がそのお力で間違いを犯しそうな時は、このわたしめが身を挺してでもお諫めいたしますから、どうぞご安心を」
「ははっ、みんな頼もしいな。ありがとう」
うん、こんな人達が側にいてくれるんだから、変に自分の力を恐れたり、他の人達と比べて気にしすぎたりする必要なんてなさそうだ。
「これからも全力で、フィーナ様、アイゼスオート様、それからあたし達のことも、守って下さいね」
「うんレミーさん、約束するよ。全力を尽くすってね」
嬉しそうに笑うレミーさんに、俺も笑顔を返す。
姫様、フィーナ姫のために自重しないって決めたもんな。
これからもこの調子で、ガンガンいくとしますか。
それから三人が、あんなところがすごかった、こんなところがすごかったって、褒めてくれたり質問してきたり、そもそもがウォータースクリーンからして前代未聞の魔法だったから、最初の最初から今回の戦いの話で盛り上がる。
そうしてどれくらい話をしてたか、まだ話の中程で、扉がノックされてメイドさんが入って来た。
「エメル様、お疲れのところ申し訳ありませんが、両殿下がお呼びです。今しばらく、お集まりの方々にお話を聞かせて戴きたいとのことです」
「はい、分かりました、ありがとうございます」
やっぱりそうなったか。
アイゼ様とフィーナ姫に任せっきりじゃ申し訳ないし、面倒だけど行くとしますか。
「じゃあ、話の続きはまた後で」
「楽しみにしてますねエメル様」
「是非お願いします」
「年甲斐もなくワクワクしてしまいました。わたしも是非に」
「はい、必ず。じゃあ行って来ます」
三人に手を振って、メイドさんに先導されて控え室を出る。
さあ、俺に興味津々の貴族どもを王室派に取り込めるよう、今しばらくアピールするとしますか。