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80 防衛戦の裏で 3

◆◆



「想像以上……いや、想像すら及びもしないほどの化け物だったな……」


 トロル一匹に書状をもたせて逃がした後、恐らく輜重(しちょう)部隊の物資や、それを運搬してきた奴隷達を確保に向かったのだろう、精霊の背に乗って飛び去る特務騎士エメルを、半ば茫然と見送るしか出来なかった。


 そうして見送りながら、震える手を掴み震えを押さえ込む。

 この私、グルンバルドン公爵ともあろう者が、まさかたった一人の平民に怯えるなど……。


「アイゼスオート殿下も見学組とはよく言ったものだ」


 特務騎士エメルの圧倒的な実力を間近で見せつけ、反抗的な貴族達に思い知らせる。

 その目論見は十二分に成功した。

 いや、効きすぎたと言える。


 見学組に集った貴族達も兵士達も、あの化け物のトロルの軍勢が一方的に蹂躙されて屍を晒していく光景に誰もが言葉もなく、静まり返るしかなかった。

 そして全てが終わった今、動揺し、取り乱し、統率など取りようもない。


「……グルンバルドン公、いかがなさいますか?」

 家臣団がそう問いかけてくるが、どの顔も困惑……いや危機感を覚えながらも打つ手がなく、情けなくも私に(すが)ってくるような顔をしている。


「いかがも何も、あの化け物以上の化け物を相手に正面切って戦争を吹っかけるわけにもいくまい」


 私の派閥の配下達は、誰もがトロルと幾度となく戦ってきた猛者揃いだ。

 その規模は、国境線付近の小競り合いが多く、このような大規模な軍勢との戦闘は、先の王都陥落に繋がった不意打ちの侵攻が初めてだったが。


 それでも、果敢に戦い、五千匹ものトロルどもを(ほふ)り、軍を引くことになったとはいえ、生き残った実力者達ばかりだ。

 その彼らをして、まともに戦うとなると勝利……どころか逃げ延びることすら想像出来ないでいる。


 それほどの相手に出会ったのは、この私ですら初めてだ。


 特務騎士エメルが用意した『すくりーん』なる魔法に、アイゼスオート殿下とフィーナシャイア殿下の演説が映し出されている。


『私達には力が足りなかった。私達の家族を、友を、恋人を、大切な者達を奪ったトロルどもを憎み、彼らの仇を討ちたいと願っても、その想いが叶うことはなかった。しかし彼はその想いを叶えてくれた。力のない私達に代わり怒りの鉄槌を振り下ろし、彼らの無念を晴らしてくれたのだ。力なく抗えぬ屈辱に枕を濡らすしかなかった日々は終わりを告げた。私は私の特務騎士エメルと共にここに誓おう。我が国の民に、もう二度とこのような悲しみと屈辱を味わわせぬと』


 静かに語りかけるように、しかし力強く、民の心に寄り添ったいい演説だ。


『もう何も恐れることはありません。悲しみがすぐに癒えることはないでしょうけれど、生き残ったあなた達には、幸せになる義務があります。それが死していった者達への慰めともなるでしょう。皆さん、わたし達と力を合わせ、王都を復興し、以前よりも強く、豊かに、そして幸せな暮らしを取り戻しましょう』


 そして、優しく傷を癒すように、美しい王女が安らぎと希望を与える。

 あの圧倒的な光景を見せられた後では、実に効果的だ。


 戦いの熱狂覚めやらぬ今、自分達の目の前で家族の仇を討ち、圧倒的な力で自分達を守ってくれる、そんな王家と救国の英雄の姿は、民達にとってとても頼もしく見え、身近に感じられているはずだ。

 今まさに、王都の市民十万以上が拳を突き上げ王家を称え、アイゼスオート殿下とフィーナシャイア殿下、そして特務騎士エメルの名を連呼しているのだから。


 この『すくりーん』なる魔法の、なんと恐ろしいことか。

 実にしてやられた気分になる。


 これで王都失陥の失態が全て帳消しになったわけではないだろうが……。

 だとしても、これでは力尽くで王都を占拠したところで、民が素直に従うことはないだろう。

 支配者など、圧政さえ敷かなければ誰が上に立とうと興味がない、それが普通の民の在り方であると言うのに。


 私の勘は当たった。

 この光景を直に目にしていなければ、今後の選択を誤っていた可能性が高い。


「撤収準備をしろ。準備が済み次第王城へと入城し、両殿下に拝謁する」

 未だに取り乱したままの見学組を尻目に、王都へ入り城門をくぐる。


「グルンバルドン公!」

 噴き出す汗もそのままに、見苦しいほどに取り乱しながら、法務大臣ハーグダス伯爵が駆け寄ってきた。


「どうしたハーグダス伯爵」

 問いかけると、挨拶もそこそこに、大げさに身振り手振りを交えながら訴えてくる。


「あの男は危険です! 今すぐ排除せねば、グルンバルドン公にとって大きな障害となります!」

 私が眉をひそめるのにも気付かず、ハーグダス伯爵が大声で次々と特務騎士エメルの危険性を訴えてくるが、あの映像を見ていれば一目瞭然だ。そのような言われるまでもないことを、こうも取り乱してまくし立てる姿は、滑稽を通り越して不快ですらある。


「落ち着け。このように人目のある場所で、両殿下の直臣を排除するなどと声高に批判し、誰かに聞かれたらどうする」

「はっ、も、申し訳ありません」

 普段なら周到で慎重で、このような失態をするような不用意な男ではないのだが、それほどのインパクトがあったと言うことだろう。


「ハーグダス伯爵、どうやらお前は思い違いをしているようだ」

「私が思い違い……ですか?」

「そうだ。私が一番に考えているのは、この国と民のことだ。現王家に任せておけぬと、アーグラムン公爵に付け入る隙を与えて好き勝手させるわけにはいかぬと、そう思ったからこそ、自らが王に立つことも視野に入れて動いていたのだ」

「それはもちろん、承知しています。ですから私がこの力を使い、来たるべきグルンバルドン公の御代のためにと、地盤を固めてきたのです」


 この男は、非常に有能ではあるのだが、己の手にした権力に溺れ、振り回されている嫌いがある。

 その周到さと慎重さに謙虚さが加われば、一角(ひとかど)の人物となれるだろうに。


「しかし王家は特務騎士エメルを手に入れた。その力も示した。先ほどの両殿下の演説をお前も見ただろう。両殿下は逞しくなられたとは思わんか?」

「それは……多少はそう感じましたが」


「ならばしばらく静観するのも一興だろう。この国と民を良き方へ導くことが出来るのであれば、わざわざ私が王として立つ必要などない。喜んで治世に協力しよう。しかし、そうでない時は、その時こそ私が動く。それを見極めるために、しばしの時が必要だ。いずれにせよ、失った力を取り戻さねば、事を起こすことも出来んからな」

「公がそう(おっしゃ)るのでしたら……」


「お前もその時まで、しばし大人しくしておけ。屋敷が焼け落ちたと聞く。(はかりごと)を巡らせている場合ではあるまい」

「はっ……」

 不承不承とはいえ、この場は引き下がってくれたか。


 さて、私がこれからすべきは、失った兵力を立て直し軍備を整え、両殿下と特務騎士エメルの動向を監視しながら、特務騎士エメルと敵対したとき如何に勝利するか、策を用意しておくことだな。

 出来れば敵対せずに済むことを祈るが。



◆◆



「すごい! すごい! すごい! すごすぎるでしょうあの噂のエメル!」


「落ち着いてモザっ」

「駄目……飛び跳ねて大声で騒ぐなんて、はしたない……」

 フラとユユにドレスの袖を引っ張られて、飛び跳ねるのだけは止めるけど、これが落ち着いていられるもんですか!


「あれもこれも、どの精霊魔法も、見たことも聞いたこともないものばかり! どれだけ斬新な発想をしているの、あの噂のエメルは!」

「だから……大声出したら、周りに迷惑で、はしたない……」


 ユユはそう言うけど、大なり小なり、周りもみんなそんな反応ばかりじゃない。

 だからアタシが少々騒いだところで、誰も気にしたりしないから。


「これだけの活躍をしたなら、爵位は確実だと思わない!?」

「それは、まあ、そう思うけど。でも彼は止めた方がいい」

「うん……近づかない方が無難……すごすぎて、関わるの怖い」


 今のまま、平穏無事で、なあなあで、まあまあで、ほどほどでいいって思ってる二人には、確かに刺激が強すぎる光景だったのは認める。

 でもね。


「何言ってるの、そこがいいんじゃない!」


 もし彼が領主になって領地経営したら、どんな風に領地が発展して飛躍していくのか、想像したいけど想像も付かない。

 そこが刺激的でたまらない!


「決めた! アタシ絶対に彼と結婚する! その方が絶対に面白くて刺激的な人生を送れるに違いないから!」

「そんな!? 僕の立場がないだろう!?」

「フラは誰か他に、領地経営の方針が合うご令嬢を探して頂戴」


 チラッとユユを見ると、目元を赤らめながら、さっと目を逸らされた。

 これで自分の気持ちをアタシに気付かれてない……気付かれないようにちゃんと立ち回ってるって思ってるんだから、可愛いやらもどかしいやら。


 そりゃあ、仮にも親友の婚約者に横恋慕してるわけだからね、そういう反応になっちゃうのも無理ないけど。

 アタシがここまで言ってるんだから、積極的になればいいのに。


 っと、今はフラとユユのことはどうでもいいの。


「アタシ、しばらく王都の屋敷に滞在してチャンスを窺うから、二人は領地に戻って今見た事をお父様達に報告しておいて頂戴」

「僕はそんな一方的なの、認めないからね!?」

「はいはい」


 さあ、噂のエメルとはどうやって接触して、どうやって口説き落としてやろうかしらね。



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