8 発覚した三つの大きな問題
さらに三年が過ぎて、俺は十二歳になった。
この年に起きた大きな出来事と言えば、兄ちゃんが十四歳になって成人したのを切っ掛けに、二歳年上のハンナちゃんとめでたく結婚したことだ。
兄ちゃんに頼まれて……いいようにこき使われて? キューピッド役を頑張った甲斐があったってもんだよ。
まあ、子供の頃のスカートめくり事件で力関係が決まっちゃったのか、兄ちゃん尻に敷かれてるけど。
ちなみに、二人の間にはすでに一歳になる男の子が産まれてる。
結婚出来るようになる成人年齢は十四歳なんだけど、ハンナちゃんは一足先に成人してたし、こういう娯楽の少ない田舎の村だと、まあ……ね?
そんなこんなで、俺は三つの問題、それもかなりの大問題に気付いてしまった。
一つ目は品種改良した小麦と大麦、そして野菜の扱いだ。
この四年間で食べても健康に問題が出ないことは明らかになってたんで、すでにそれぞれの家に種は行き渡ってる。
ただ、まだ全ての畑をその品種にするまでには至ってない。
で、だ……。
問題なのは、どれだけ品質のいいそれらを育てても、ほとんどを税で領主様に持って行かれてしまうことだ。
儲かって豊かになって美味しい思いをするのは領主様と、そのお抱えの商人だけで、俺達の口にはろくに入らず、ほとんど何も残らない。
それどころか、下手をすると、もっと納めろって税が高くなるかも知れない。
最悪の場合、育てた全てを取り上げられて、代わりに余所の村で育てられた、以前うちの村でも育ててた貧相で栄養価も低いのを、食料援助だと恩着せがましく押しつけられる可能性すらある。
これは、面白くない。
「ってわけで、俺から提案なんだけど、新しい品種を育てるのは、税で取り上げられない俺達に残る分と備蓄だけにして、税で納めるのは、今まで通りの品種のままにしとくのってどうだろう?」
もし領主様にバレたら何をされるか分からないから、反対意見も多かった。
でも、せっかくの美味しい食料のほとんどを巻き上げられるのも面白くないから、賛成意見も多かった。
「もし領主様が力で脅してきたら、俺が精霊魔法で脅し返してあげるよ」
俺の契約精霊、すでに、その、なんだ……十二歳の俺の身長を超えて大きくなってるんだよね。しかも八体とも。
内包している精霊力、そのエネルギー量は、野良の精霊の数百倍……いや、数千倍はあるかも。
俺が体内に溜めてる精霊力も圧縮の効率化が進んで、普通の大人の数十倍程度になってるし。
身体能力に至っては、亀の甲羅を背負った修行もしてないのに、余裕で武闘会で天下一になれそうな、アニメかアクションゲームかって突っ込みたくなるくらいとんでもなく動けるし。
本気で国と戦争出来そうな気がしてる、今日この頃だ。
しないけどね?
ともあれ、畑を全面切り替えられるだけの量はまだないから、当面は俺の主張通りにして、生産量を大幅に増やせてから改めて考えようってことになった。
二つ目は、俺の結婚問題だ。
未だ、彼女なし。
気付けば、年の近い年頃の女の子達はみんな他の誰かとくっついてた。
「……なぜ?」
俺、頑張って精霊魔法の腕を磨いたし、村にもかなり貢献してて、見た目は予想通り中の上レベルだけど、かなりポイント高いと思うんだけど?
「お前、やり過ぎなんだよ。引くくらい、マジでキモい」
「兄ちゃんひどい!」
うちにお嫁に来たハンナちゃん曰く。
「そこまでは言い過ぎにしても、エメルって、いつも精霊魔法精霊魔法って、魔法を使って村中どころか村の外まであちこち飛び回ってたでしょ? みんなすごいなって思ってても、逆にすごすぎて気後れしちゃってたのよ。しかも、すぐ何か始めたり村の誰かに呼び出されたりして、仲良くなってる暇がないんだもの」
「そんな落とし穴が……!?」
積極的に女の子にアピールしてたつもりが、実は逆効果になってたなんて……!
「もうエメルに年が近い子は残ってないし、ちっちゃい子はちっちゃい子同士でくっついちゃうだろうし、お嫁さんは余所の村から探してこないと駄目かもね」
「そんなのいらないもん。エメ兄ちゃんのお嫁さんは、エフがなるんだから」
ああもう、本当にエフメラ可愛いなぁ!
床であぐらを掻く俺の腰の上に跨がって座って、エメ兄ちゃんのお嫁さんは自分とばかりにコアラみたいにしがみついてきながら、俺の胸に顔を埋めてる。
これがまた可愛くて、取りあえずギュッと抱き締めて、わちゃわちゃと頭を撫でまくっておく。
「えへへぇ♪」
構って貰えてご満悦な顔もまた可愛いなぁ!
「あ~……エフメラちゃんのせいでもあったわね。どこ行くにしてもくっついて歩いて、他の女の子達がエメルに近づかないよう威嚇してたから」
「え、エフメラそんなことしてたのか?」
「うん♪」
実にいい笑顔だ……知らなかったよ。
まさか実の妹に邪魔されてたなんて。
「まったく、エメルが散々甘やかしてきたからよ? すっかりお兄ちゃん子になっちゃって、どうする気?」
どうするも何も実の妹だし、結婚しないけどね?
「オレにはそんなこと、一度も言ったことないくせにな」
「バメ兄ちゃんは意地悪だから嫌い」
「ぐはっ!」
まあ、自業自得だよな。
「自業自得ね」
ハンナちゃんも同じ意見だったみたいだ。
でも、本当に、俺のお嫁さん……どうしよう?
そして三つ目は、二つ目の問題に絡んでの、家での俺の居場所問題だ。
兄ちゃんが結婚してハンナちゃんがお嫁に来て、すでに男の子が産まれてる。
だから家も畑も長男の兄ちゃんが相続して、さらにその子に相続されていく。
つまり、俺の財産はこの家にない。
貧乏農家の次男坊じゃあ、家に置いて貰ったとしても、将来は兄ちゃんの下で小作人みたいに家の手伝いをしながら生きていくしかないんだ。
それが駄目ってわけじゃないけど、いずれエフメラもプリメラもお嫁に行って、俺は実家で兄ちゃんとハンナちゃんの世話になりながら一生そのままなのか?
それは居心地としても、男のプライドとしても、ちょっと面白くない。
一応、お父さんとお母さんは、俺が開墾した畑や実験用の畑は、俺の財産にして独立していいって言ってくれてるけど……。
エフメラはまだ九歳で嫁に行くには早いし、下の妹のプリメラもまだ四歳だ。
今後兄ちゃんに二人目、三人目と子供が産まれて家族が増えた時、俺が結婚するしないに関わらずそれらの畑を持って独立しちゃってたら、兄ちゃんとハンナちゃん一家が苦労することになる。
だから、これまで深く考えてなかったけど……俺は身一つでなんとか独立して食っていけるようにならないといけないんだ。
正直言って、この村でやれそうなことは、大体やった。
村も少しだけ大きくなって人も増えて、基本的に貧乏は変わらないけど、昔ほど赤貧に喘いで生きるか死ぬか、なんて状況はなくなった。
品種改良した大麦や小麦や野菜はともかく、肥料をよくして育てた野菜なんかは頻繁に行商人と取引されてるから、服もつぎはぎや繕いだらけの中古の中古の中古の中古みたいなのから、中古の中古くらいの小綺麗な服を着られるようになってきた。
包丁や鍋、行李やテーブル、布団や毛布なんかの家財道具も、貧乏くさく何十年使い続けてきたんだって傷だらけ修繕だらけの汚い物から、中古程度のいい物に変わってる。
村長の家は建て直されて隙間風の入らない新築になったし、うちだけじゃなく、村全体がそんな感じに暮らし向きが良くなってきていた。
特にここ数年、餓死者も凍死者もずっとゼロだ。
前世の記憶を取り戻したばかりのあの日、『マジでどうにかしないと……!』って思ったことが、最低限度は達成出来たって言えるくらいになったと思う。
それに俺ほどじゃないけど、精霊魔法の愛弟子でもあるエフメラはメキメキと腕を上げて、すでに大人と比べても負けないくらいに成長してるし、そこまではないにしてもほとんどの子が精霊魔法を普通に使えるようになっていた。
もうしばらく村の人達に精霊魔法を教えてあげれば、俺がこの村を出ていっても、きっとこの村はちゃんとやっていける。
そう、俺がこの村を出ていっても。
そう考えるようになったのは、ある日の実験が理由だ。
大きくなって、触れられる、つまり実体化出来るようになった契約精霊達。
その背中に乗ったら空を飛べるか、って実験だ。
大空に舞い上がって、地平の彼方まで見たとき、俺は思い出した。
世界は広いんだってことを。
これまでの俺の世界は、村の中が全てだった。
前世の記憶を持ってる身としては、せっかく異世界に転生したんだし、もっとこの世界を見て回ってみたい。
そして、ここまで鍛え上げた精霊魔法を使って、この村に留まってちゃ出来ない作れないあれこれを、やって作ってと思う存分に挑戦してみたい。
貧しくとも楽しい我が家だけど、現代日本の文化、生活レベルを知ってる身としては、もうちょっと便利でいい暮らしをしたいって思いもあるしな。
だから、どうせ独立するなら一度はこの村を出て身を立ててみよう、そう思うようになっていた。
もし家族やこの村が懐かしくなったら、いつでも帰ってくればいいんだし。
そして二年後、俺が十四歳で成人した頃、その転機が訪れた。