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79 防衛戦の裏で 2

◆◆◆



「申し上げます! トロルが進軍を開始、開戦いたしました!」

「遂に始まったか」


 伝令兵の報告に、アーグラムン公爵は口の端をわずかに上げて笑みを浮かべた。

 その隣で共に報告を聞いたゲーオルカも冷笑を浮かべる。


「さて、クラウレッツ公爵はどれだけトロル兵を減らしてくれるか、お手並み拝見ですね、お爺様」

「そうだな。元から兵力に差がありすぎてあまり期待は出来んが、精々気張って一匹でも多く減らしておいて貰おう」


「張り子の英雄もとっくに撲殺されている頃だとは思いますが、果たして何匹減らしてくれたことやら」

「さてな。そのような者はどうでもよい。それより、そろそろ軍を進めておかねばな。ここでは戦場までいささか距離がある」

「そうですね。では、全軍に移動の準備をさせましょう」


 そこは、戦場となった王都南の平原から、東へ徒歩で一時間以上離れた街道沿いの林の中だった。

 防衛部隊とトロルに存在を察知されたくなかったため、それだけ離れた場所でキャンプを張って待機していたのだ。


 ゲーオルカは部下に命令し、キャンプを撤収し進軍の準備を始めるように指示する。


「防衛部隊も半日保つかどうかだろう。奇襲の効果を最大限生かすためには、防衛部隊にもまだ戦える戦力が残っている状況で、儂らと挟撃して貰わねばならんな」

「あまりにも早く磨り潰されては困りますからね。指揮するのは将軍ですから、そう簡単に崩れるとも思えませんが、次の伝令の戦況報告次第では兵達を急がせましょう」


 そうして最初の伝令兵の報告から十五分程を過ぎた頃、必死の形相で伝令兵が馬を駆けさせてきた。


「む、どうした?」

 取り乱した様子の伝令兵に嫌な予感を覚えて、アーグラムン公爵とゲーオルカはすぐさま報告させる。


「はぁ、はぁ……ぜ、全滅です! 全滅しました!」

「なっ……!?」


 さすがのアーグラムン公爵もゲーオルカも、開戦して間もなくのこの短時間で防衛部隊が全滅(・・・・・・・)したとの報告に色をなして取り乱す。


「馬鹿な! どうやればこの短時間で一万を越える兵が全滅出来る!?」

「あの将軍がこうも容易く負けるなどあり得ない……褒めたくはありませんがクラウレッツ公爵とて、無能ではなかったはず……!」

「これではトロルどもはほとんど減らせておらんだろうな……」

「非常に不味い事態ですよお爺様。二万を越えるトロルが王都を占領したとあっては、いくら我が軍でも奪還は不可能です」


 真剣に対策を話し合う二人に、伝令兵が慌てる。


「恐れながら違います!」

「違う? 何が違うのだ? 防衛部隊が全滅したのだろう?」

「全滅したのはトロルどもです!」


「なっ…………あ、あり得ない! こんな短時間で二万六千匹ものトロルを全滅させるなんて、この僕でさえ、たとえ数十万の軍勢を率いていようと不可能だ!」

「戦場で、一体何が起こったのだ?」

「はっ、特務騎士エメルです! あの者が複数の契約精霊と共に、一撃で数十匹のトロルを(ほふ)る攻撃魔法を、数十、数百と雨あられのように降らせ――」


 伝令兵が伝える戦場の様子に、アーグラムン公爵もゲーオルカも唖然とし、揶揄や軽口どころか、否定する言葉すら出せなかった。

 あまりにも荒唐無稽に過ぎる戦闘の推移だが、伝令兵の必死の形相と唾を飛ばさんばかりの語り口に、逆に馬鹿馬鹿しいと斬って捨てられない臨場感を覚え、何を言っていいのか分からなかったのだ。


「お爺様、とにかく僕達だけでも急ぎ戦場へ向かい、状況を見極めなくては」


 軍のほとんどはまだ移動準備を終えていなかったため、わずかな護衛を付けるだけで、急ぎ馬を走らせて、戦場になった平原へと駆け付ける。


 そうして到着した戦場で見たのは、報告通りの、炭化し、貫かれ、切断され、無残な屍を晒す、二万六千匹のトロル兵の姿だった。

 そして、兵士達に護衛され、荷馬車に乗せられて王都へと向かう奴隷達。

 誰もが表情明るく、楽しげで、意気揚々と戦闘後の処理を進め、戦いの後の悲惨な空気など一切感じられなかった。


 平原の端で、その様子を茫然と眺めていたアーグラムン公爵達の下へ、一騎が駆けてくる。


「これはこれはアーグラムン公爵とゲーオルカ殿ではありませんか。今ごろになって(・・・・・・・)何用ですかな(・・・・・・)?」

「将軍……これは一体……」


 二人の姿を見かけて、わざわざ馬を駆ってやってきた将軍ガーダン伯爵の皮肉に気付く余裕もなく、茫然と戦闘後の処理が進んでいく光景を眺める。


「ご覧の通り、王家直属の特務騎士エメル殿が一方的に虐殺し、あっという間に全滅させたのですよ。いやはや、あまりにも爽快で痛快な蹂躙劇でした。その様子はエメル殿の魔法で、王城の両殿下はもちろんのこと、多くの貴族や役人、防衛部隊、見学組の貴族や兵達、そして王都市民にも広く公開されまして、十万人以上が観戦し目撃しました。あの戦いぶりは、まさに伝説に残るでしょう。あれを見損なったとは一生の後悔ものですな」


 普段以上に饒舌に、わずかな皮肉と揶揄を込めた解説に、アーグラムン公爵もゲーオルカも返す言葉を見付けられなかった。



「なんてことだ! あり得ない! 僕は信じない!」

 アーグラムン公爵領の領都の屋敷に戻り、ゲーオルカは報告書を床に叩き付けて踏みにじった。


 配下を使い、徹底的に調べさせた。

 しかし、報告が上がるたびに、否定しようのない現実が突きつけられる。


 あの場で目撃した派閥の貴族達、態度の定まらぬ貴族達、息の掛かった役人達と兵士達、果ては王都の市民に至るまで調査の手を広げて、戦場で起きたことを報告させた。

 多少の誇張や主観による情報の差違はあれど、数十人以上に聞き取り調査したことで、ほぼ正確にあの場で何が行われたのかを把握出来ていた。


「張り子などではなく……真実だったと言うのか……」

 椅子に深く背を預けて、アーグラムン公爵は目を閉じ深く溜息を吐く。


「お爺様はこのような荒唐無稽な話を信じると言うつもりですか!?」

 ヒステリックにわめく孫に、アーグラムン公爵は目を開いて顔をしかめる。


「信じられるものか。しかし信じるより他あるまい。状況も証言も、それ以外の可能性を全て潰しているのだ」

「しかしこれを事実と認めてしまったら、領兵全軍を挙げても、エルフどもに軍を出させても、王都を押さえる事はおろか、王位を奪い取る事すら出来なくなってしまうではありませんか! それでは僕の王太子に、そしていつか王になるという夢はどうなってしまうのですか!?」


「今のままでは不可能だな……それこそ、フォレート王国より大軍を引き入れ、儂らがエルフの傀儡になり下がり、お飾りの王になるくらいでなければな」

「くっ……それでは意味がない! お飾りなどまっぴらごめんだ!」

「当然だ。何か他の手を考えるしかあるまい」

「お爺様はどうしてそのように落ち着いていられるのですか!?」

「落ち着いてなどいるものか!」


 初めてヒステリックな声を上げて、執務机に拳を叩き付けた祖父の激昂に、ゲーオルカはビクリと身を竦ませた。


「儂にはもう時間がないのだ……それを、それを…………あの平民、エメルと言ったか……幾度も幾度も儂の邪魔をしくさって、決して……決して許さんぞ……!」


 荒ぶる感情を、それでも抑え付け、再起を図る祖父の姿に、ゲーオルカも少しは落ち着きを取り戻し、冷笑を浮かべる。


「お爺様を本気で怒らせて、エメルとか言う平民、終わったな」

 そう、ほくそ笑む。


 そして自らも決意する。

 どんな手を使ってでもエメルを潰し、アイゼスオートとフィーナシャイアを排し、王位を手に入れてやると。



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