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78 防衛戦の裏で 1

◆◆



 ワシは一体何を見せられているのか……。


「顕現せよ、我が契約せし八体の精霊達よ!」

 クソ平民が何やら苛つく得意げな顔で、いらぬポーズを取ったと思ったら、怪しげな演出と共に現れた八体の契約精霊……。


 そんな馬鹿な話があるか!

 精霊は六属性しか存在しないのだ!

 精霊と契約出来るのも一体限りだ!

 それを八体!? 八体だと!?


「ブラバートル侯爵、これは一体どうなっておるのでしょう!?」

「ええい、ワシが知るか!」


 ワシこそ知りたいくらいだ!

 外務大臣として、多くの国の様々な種族と折衝してきたが、人の身の丈を越える程馬鹿でかい精霊を八体も契約し従えている者の話など聞いたこともない!


 しかも、信じられん光景が次々に続く。


 大きな鳥のような風の精霊の背に乗り空を飛ぶ。

 水、光、風の精霊魔法を同時に使う。

 巨大な鏡のような物、それを三枚ずつ、遠く離れた七箇所同時に展開して維持する。

 離れた場所の光景を映し出し、声や音まで伝えてくる。


 一流の精霊魔術師ですら一つの魔法を十分か十五分も維持すれば精霊力が尽きて倒れると言うのに。

 いや、もしこの規模で複数の魔法を同時に行使するのなら、一分保つかどうかも怪しい。

 それなのに、それ以上の時間が過ぎても顔色一つ変えずに平然と使い続ける。


 一体何から、どこから、どう突っ込めばいいのだ!?

 整理が追い付かず、頭がパンクしそうだ!


 挙げ句の果には精霊も精霊だ!


『主様、お願いがあります。トロル討伐にはわたくしを同行させて戴けませんか? 是非使いたい魔法があるのです』


 勝手に物事を考えて契約者に意見を言うなど、まるで人間のようではないか!


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


 問い質したい事が次から次へと起きて、頭の中で突っ込んでいるだけで疲れて、怒鳴り散らした後のように息が切れてしまう。


「ブラバートル侯爵……まさかあの平民、本物(・・)なのでは……」

「ええい、言うな!」


 生意気な傷物姫の嫌味も癇に障るが、それ以上にあのクソ平民だ!

 ワシに目を向けても平然とした顔をしおって!


 ワシの寝室でザドッグを殺したのは貴様の差し金ではないのか!?

 殺して闇に葬ろうとしたこのワシを前に、まるでなかった事かのような顔で振る舞うなど、まるで権謀術数に長けた老練な貴族のようではないか!


「ええい、なんと腹立たしい!」

 ワシの怒気に、取り巻きの馬鹿者どもが距離を空けるが、こんな腑抜けどもに構っている場合ではない。


『じゃあこれから一気に蹂躙するんで、一瞬たりとも見逃さないように』


 そうだ、見逃してなるものか。

 進軍を始めたトロルどもの前に降り立ち、豪胆にも傲慢な態度で言い放つ、その化けの皮を剥いでやらねば。


 調子に乗ってこのままトロルどもに蹂躙され殺されるならよし。

 仮に生き延びるとしても、救国の英雄など名ばかりの、失態や突っ込みどころを探さねば。


 ともかく、『すくりーん』とやらに集中して目を向ける。


『戦闘開始だ! レド、ファイアボール速射いくぞ、薙ぎ払え!』


「な……………………」

 そこからは、もう何が起きているのか分からなかった。


 トロルの軍勢が、一方的に蹂躙されていく。

 人の身の丈を遥かに超えて、恐ろしいまでの筋力とスタミナで、兵士三人を相手取り平然と暴威を振るう、そして多少の傷など再生してなかったことにしてしまう、トロルとはそんな人の手に余る恐ろしい化け物なのだぞ?

 それが、たった一人の人間に、赤子の手を捻るより容易くその命を刈り取られ、情けなく悲鳴を上げ、無様に逃げ惑い、為す術なく屍をさらしていく。


 ワシだけではない。

 その場の誰もが茫然と、言葉を失いその光景を見ていた。


 はっと我に返れば、トロルロードの精鋭五千匹を含む二万六千匹のトロルが、全滅……文字通り全滅していた。

 あまりのことにどれほどの時間が経過したのか分からず時計を確認してみれば、まだたった十五分経つか経たない程度しか、時計の針は進んでいなかった。


「ぁ…………」

 あり得ん……。


 野戦に打って出て、トロルの軍勢二万六千匹を文字通り全滅させようと思えば、十万を超える軍勢を以て当たり、それこそ五日から十日は掛かるだろう。


 それをたった十五分だと……?

 しかもトロルロードを捕縛して、公開処刑に処すなど……人間業ではない!


『主様、ここはわたくしがお手伝いを』

『そうか、じゃあエンの魔法でいこう』


 光の精霊と『すくりーん』越しに目が合った。


 ……いや、ワシは何を言っている?

 何故、そう思ったのだ?

 向こうからワシの顔が見えるはずもなく、ワシを見る理由など――


『レーザーショット』

『グアァッ!?』


 ――光の精霊がトロルロードの腕を撃ち抜いた魔法の傷跡を見た瞬間、心臓が跳ね上がる。


 殺されたザドッグの四肢に穿たれていた傷跡……それと全く同じだと?


『クスクス』


 小さな嘲笑が聞こえて、はっと顔を向けると、闇の精霊と目が合った。


 闇の精霊は明らかにワシを見て、嘲笑を浮かべていた。

 闇の精霊がワシの目の前に歩み寄ってくる。


『エンの魔法に、見覚えでもあったのかしら?』

 揶揄し嘲弄する囁きに、背筋に冷たい物を押しつけられたような悪寒が駆け上がり、心臓が縮み上がる。


 こいつらだ……こいつらがザドッグを殺し、あの警告を残したのだ!


 あのクソ平民は、この大ホールに現れた後も、ザドッグを殺した魔法を使うときも、ワシの事など欠片も意識していなかった。

 そもそもあのクソ平民は、最初あの光の精霊ではなく、この闇の精霊を連れて行く予定にしていたのだ。

 それを光の精霊と闇の精霊が勝手に役割を入れ替えて、あの魔法をワシに見せつけたのだ、自分達がザドッグを殺した犯人であると、ワシに分からせるために……!


 全て合点がいった……。

 あのクソ平民は知らんのだ……ワシがザドッグを使い暗殺しようとしたことを、精霊から何も聞いておらず知らんのだ……!


 もし再びワシがあのクソ平民を暗殺しようとすれば、今度こそワシがこの精霊どもに殺される。

 だが、あのクソ平民にはワシを殺す理由はない。

 なぜなら、ワシが暗殺しようとしたことすら知らんのだから。


 ワシは殺され、あのクソ平民は容疑者として名前が挙がることもない……。


 ゾクゾクと恐怖が背筋を這い上がる。


 一体どこの誰が、精霊が勝手な判断で契約者にも知らせず暗殺するなどと思い付く?

 誰にも知られることなく、死体も証拠も残らず、ワシの死は闇から闇へと葬られる……これまでワシがそうしてきたように!


『クスクス……身の振り方を考えた方がいいかも知れないわよ? だってワタシ達は、我が主を傷つける者は決して許さないのだから』

 嘲笑を残し、離れていく闇の精霊。


「ブラバートル侯爵!? どうかされたのですか!?」

 取り巻きの馬鹿者どもがワシの腕を掴んで引いているのに気付いて、初めて気付く。

 いつの間にか、床にくずおれていたことに。


「…………」

 ワシの負けだ……。


 冷や水を浴びせかけられ、ようやく頭が回り始める。

 ワシは権力にどっぷりと()かり、王族の命運すら左右できると、いつしか万能感に酔いしれ目を曇らせていた……。


 この精霊どもの脅しがなくとも、あのクソ平民に敵対など、あり得ん。


 あの『すくりーん』で見せられた、化け物以上に化け物の戦闘力。

 あのクソ平民を前にすれば、人間の軍勢が五万集まろうが、十万集まろうが、ただ為す術なく蹂躙されるのみ。

 アーグラムン公爵がどれほどの兵を用意しようと、フォレート王国のエルフどもを引き込もうと、正面からぶつかって勝てる見込みなど万に一つもない。


 しかもあのクソ平民はそれだけではないのだ。


 完璧に隠していたはずのワシの身辺調査をしてのけた捜査能力。

 敢えてワシの罪を問わず、お花畑殿下の王位継承権を守る為だけに取引材料にした忠誠心と政治力。


 そして、この精霊どもの暗殺能力。


 正面切って戦うのは愚策も愚策。選択肢にすらなり得ん。

 しかし、絡め手すらも命を懸ける覚悟が必要で、あまりにもリスクが高すぎる。


 今ならお花畑殿下が言っていたことが理解出来る。

 酒、金、女、地位、名誉、どのようなえげつない手段を用いようと、なんとしても囲い込まねばならん相手だ。

 そう、たとえ目に入れても痛くない可愛い可愛い可愛い世界で一番の孫娘を宛てがい娼婦の真似事をさせてでも、絶対に取り込まねばならん。


 お花畑殿下が王位継承権を失う覚悟で、女の真似事をし、女として抱かれる恥辱(・・)にまみれようと、王家に取り込む決断をした理由が、今ハッキリと分かった。


「…………」

 完全敗北……。


 もう駄目だ……アーグラムン公爵…………あなたの覇道は今、潰えたのだ……。



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