75 第二次王都防衛戦 2
向かって敵左翼へ突進していったモスから、鋭い先端を持つ一抱えもある太さの岩の柱、ロックピラーが砲弾のように次々と飛び、その重量と硬さを生かして一本につき十数匹を貫き通していく。
しかも段々と魔法のコツを掴んできてるのか、より鋭く、より速く、放つたびに貫通力が上がってきてるようで、貫かれて絶命するトロルの数が目に見えて増えていた。
見た目通りの猛牛のような突進を前に、その巨躯と膂力を生かして、果敢に取り押さえようとするトロルもいるけど、当然モスが黙って触れさせるわけもなく、その前にロックピラーで串刺しになるのが落ちだった。
向かって敵右翼へ飛翔したロクから、これまた家を数軒飲み込む程の竜巻が放たれる。吹き荒れる暴風に紛れて真空の刃が乱舞してるみたいで、竜巻に飲み込まれたトロルどもは紙のように易々と四肢を切り飛ばされ、ズタズタに切り裂かれていた。そんな竜巻が、ロクが大きく羽ばたくたびに、次から次へと繰り出されていく。
トロルどもは当然手が届かない空のロクに対して、斧でもメイスでも棍棒でも、とにかく投げつけて叩き落とそうとする。その筋肉に誇りか信念でもあるのか、トロルは筋力を生かす殴打武器ばかりで飛び道具を使わないんだよな。
当然、最速と機動力を誇るロクが、無闇矢鱈と投げつけられるだけのそれらに当たるわけがなくて、高速で頭上を旋回しながら、華麗にかわしては、新たな竜巻を放ってズタズタにしていく。
敵中央へはレドが飛翔して、身を以て味わったばかりのファイアボールに恐れ戦き隊列を大きく乱すトロルどもの密集地へ、無差別にファイアボールの雨を降らせ始めた。その効果はさっきと同じ、一発で数十匹が炭化し、吹き荒れる熱風で火傷を負っていく。
ロクを相手にするように、やっぱり斧やメイスや棍棒を投げつけるトロルもいるけど、その反撃は散発的だ。渦巻く熱風に大気が揺らめいていて、爆炎の側になんか留まってられないから、ほとんど逃げ回るだけで必死って感じだ。
そんなトロルどもを嘲笑うように『ギャオォ!』と威嚇の咆哮を上げては、逃げ惑うのを追い回し、ファイアボールを容赦なく叩き込む。
「派手にって言ったのは俺だけど、本当にみんな張り切って派手にやってるな」
特にレドが、王都奪還時に待ったをかけてお預けしたせいか、まるでその鬱憤を晴らすように、そりゃあもう生き生きと楽しそうに追い詰めてる。この調子だと、レドに渡した精霊力が早々に足りなくなって、追加で渡さないと駄目かも知れない。
『王都奪還時の主様との約束がありますし、レドが張り切るのは分かりますけど、普段何かと主様に頼られているモスやロクまで、そこまで張り切ることはないでしょう。これではわたくしの見せ場が作れませんわ』
やんちゃな弟達を見守る姉みたいな顔をして、エンが溜息を吐く。
「エンはウォータースクリーンとビデオ・ディストリビューションを二十八枚と反射板まで維持してるからな。無理しなくてもいいぞ?」
三枚ずつ七箇所と、俺の手元に七枚、加えて反射板ともなれば、負担はそこそこ大きいはずだ。
だから、最初はエンじゃなくてデーモを連れて来ようと思ってたんだよ。
『いいえ、せっかくの主様の晴れ舞台です。わたくしも花を添えたいと思いますわ。急がないとわたくしの獲物が残らないかも知れませんので、行って参りますわね主様』
文字通り天使の微笑みを浮かべて、背中の翼をはためかせ舞い上がると、進軍してきた前衛を飛び越えトロルロードの精鋭部隊へと向かう。
そして大胆にも、他の三体の暴れっぷりを見てたじろいで腰が引けてる精鋭部隊のど真ん中へと、優雅に舞い降りた。
その身体は精霊力の塊だから、抜けた羽が舞い散る幻想的な光景が見られないのが、演出的にちょっと残念だな。
そんなエンを取り囲んで殺気立つ精鋭部隊。
だけどエンの微笑みが揺らぐことはない。
『わたくしの活躍を主様にご覧に入れて是非喜んで戴きたいので、みなさんには全滅して戴きますわね』
エンが腕を軽く振るった瞬間、手の平から光のチャクラムが放たれて、その進路上にいたトロルどもが、容易く真っ二つになって倒れた。
その後はもう、モス、ロク、レドと同じだ。
エンが柔らかな慈悲深い微笑みを浮かべて優雅に舞い踊るように、トロルの攻撃をかわして腕を振るうたびに、光のチャクラムが形を変えサイズを変えしながら次々と放たれて乱舞し、何十匹とまとめて無慈悲に一刀両断していく。
返り血を浴びたその姿は、天使は天使でも、まさに殺戮の天使だ。
一瞬で、トロルロードの精鋭部隊ですら、阿鼻叫喚の地獄絵図の様相を呈していた。
『ブモォ!』
『ギャウゥ!』
『キェェ!』
エンが参戦して精鋭部隊を相手取ったことで、どうやら他の三体が対抗意識を燃やしたらしい。
『いいえ、わたくしこそ負けませんわ!』
そこからは、四体とも、派手さと威力と殲滅数を競い合うように、一気に攻撃を派手に苛烈にしていく。
って言うか、エスカレートしすぎって言うか……殲滅に夢中になり過ぎて、俺の残りの精霊力のことちゃんと考えてくれてるか?
俺の実力を大々的に知らしめるって意味もあるから、派手で見栄えがいい魔法を使うのはいいんだけど……演出の分だけコスパは悪いんだからな?
それを忘れてるんじゃないかって、心配になってくるよ。
これは本気で、追加で精霊力を渡してやらないと追っ付かなそうだ。
でもまあ、見てる人達のほとんどが、『いいぞ! もっとやれ!』『そこだ、倒しちまえ!』なんて声援を送ってくれてて、喜んで貰えてるみたいだからいいけど。
そしてトロルの軍勢は、未だ最初にファイアボールが着弾した横一直線の焼け跡を越えてくることすら出来ていなかった。
俺を倒せば精霊達を止められるって考えたらしいトロルどもが、雄叫びを上げて巨大な武器を振りかざしながら向かってくるけど、すぐさまモスに貫かれ、ロクに切り裂かれ、レドの爆炎に飲み込まれて、俺が迎撃する必要すらないんだからさ。
そんな戦場の様子が、三つのスクリーンに様々な角度から映し出される。
攻撃魔法を絶え間なく放ち続ける契約精霊達。
串刺しにされ、炭化させられ、ズタズタにされ、真っ二つにされ、悲鳴を上げ逃げ惑うトロル達。
精霊達に斧を、メイスを、棍棒を叩き付けようと果敢に向かっては、側に近寄ることすら出来ずに反撃を喰らって散っていくトロル達。
二万一千匹いた本隊は見る間に数を減らしていって、ものの数分で五分の一以下にまで減っていた。
「まあ、最初から分かってたことだけど、これは戦争じゃなくて、一方的な蹂躙、虐殺だな」
だからってトロルどもに同情したり、ましてや良心が痛むこともないけど。
だって第一次王都防衛戦での立場が逆になっただけなんだから。
それにこれは、ローマの闘技場とか、ラノベやアニメでよくある地下闘技場で金持ちが殺し合いを娯楽にしてるのとは訳が違う。
俺達人間が味わった痛みと悲しみを思い知らせてやる、人間という種族の存続と尊厳の問題だからな。
一生トロルに虐げられ支配されながら、犯され子供を産まされる、そんな奴隷を生産するための人間牧場なんかにされてたまるかって話だよ。
ましてや、姫様やフィーナ姫、大事な家族やトトス村のみんながそんな目に遭わされるところなんて、想像すらしたくない。
「追加の精霊力だ、そのまま一気に押し込んでいけ!」
『ブモォ!』
『ギャウゥ!』
『キェェ!』
『承知しました、主様!』
防衛部隊と市民達からは絶えず歓声が上がって、四ヶ月前に王都を占領された時の恨み辛みを、殺された家族や友人の無念を、スクリーンの中のトロルへ浴びせかけてる。
鍛えた兵士ですら三人がかりでやっとなんだから、ただの一般人じゃ勝てる見込みなんて、これっぽっちもない。刃向かうイコール死だ。
だから、自分じゃどうしようもない、って諦めて押し込めてたトロルへの鬱屈した感情が、今爆発してるんだろう。
その屈辱や恐怖を忘れる必要はない……って言うかむしろ忘れちゃ駄目だけど、どうせだから、みんなここでその鬱屈した感情を全部吐き出してしまって、明日から前向きになって生きていけるようになるといいな。
「トロルロードが輜重部隊三千匹と奴隷輸送部隊二千匹を後方から呼び寄せて戦線に投入したか。でも、今更五千匹増えたところで無駄だよ無駄!」
額に浮いて頬を伝って流れる汗を拭って、それからもう一度思い切り格好を付けて、腕を前方に振り下ろす。
「モス、レド、ロク、エン、容赦するな! トロルどもの心を折ってやれ! 徹底的に蹂躙しろ!」
さらに激しさを増す攻撃魔法の乱舞に、『追加投入された五千匹なんてあったかな?』くらいの勢いで、トロルどもが駆逐されていく。
そうしてさらに数分と掛からず、見る間に数を減らしていったトロルどもが、ここにきてようやく、悲鳴を上げながら一目散に逃げ出し始めた。
って言うか、途切れることなく響いてくる爆音とトロルどもの悲鳴が、どんどん規模を小さくしていってて、今更逃げたところで手遅れもいいところだ。
トロルロードが逃げるトロルどもを怒鳴りつけてるけど、一度始まった崩壊は止まらない。あっという間に全軍潰走に変わっていた。
「さあ、ここからは追撃戦だ。一匹たりとも逃がすな!」