74 第二次王都防衛戦 1
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ロクの背に乗ったまま、バルコニーから空へと飛び立つ。
左スクリーンは変わらずトロルの軍勢を映し出し、物々しい雰囲気を伝えている。
右スクリーンは俺を追って、ロクの背に立つ俺の姿を横から捉えた後、少し引くと一緒に空を飛ぶモス、レド、エンの姿を映して、さらに視点をぐるっと移動させると、俺達の斜め上から眼下に流れていく王都の町並を映し出した。
中央スクリーンは表示が切り替わって、規則正しく隊列を組んだ防衛部隊の勇壮な姿を上空から舐めるように映し出していく。
さらに、正面から騎士や兵士達の緊迫した表情も捉えて、一般市民には普通縁がなくて見ることも感じることも出来ない、戦場の空気感ってのを伝えていた。
中央スクリーンと左スクリーンの二つを見比べることで、普段は戦争なんて貴族が勝手におっぱじめる遠い地の出来事くらいにしか思ってなさそうな市民も、現場の兵士なんて顎で使う駒同然で数字でしか認識してなさそうな貴族達も、恐らく初めて現場で矢面に立つ兵士達の緊張と恐怖を多少なりとも理解したんじゃないかと思う。
そういう意味で、ここまではいい感じに受け入れられてるみたいで、視聴者のリアクションはかなりいい。
って言うか、エンのセンスが俺よりいい。
もう要所要所での指示を出すだけで、撮影自体はエンに丸投げでいいかも。
この日のために、こっそりエンと撮影の練習をした甲斐があったってもんだよ。
「いよいよ進軍開始か」
防壁を越えて平原へと出ると、トロル達が足を踏み鳴らし武器を地面に叩き付け、さらには大音声で鬨の声を上げるのが、空気を震わせて伝わってきた。
トロル達が一歩踏み出すごとに地響きが起きる。
防衛部隊を威嚇するように怒声を上げる。
その光景が左スクリーンに大きく映し出されて、その臨場感に、防衛部隊、見学組、そして大ホールの貴族や役人達が緊迫して表情を強ばらせ、市民達からは悲鳴やトロルへの罵声が上がった。
「大丈夫、すぐに俺が全滅させてやるから、安心して見てていいからな」
ちょっとした生主気分で視聴者に声をかける。
一般市民は情報がないだろうし、彼我の戦力差ってのが分かった方が俺の活躍も分かりやすいだろうし、少し実況しておくか。
「偵察隊の活躍でトロルどもの部隊構成は判明済み。本隊二万一千匹、輜重部隊三千匹、捕えた人間を奴隷としてガンドラルド王国へ連れ去るための奴隷輸送部隊二千匹、総数二万六千匹。今正面から進軍してきてるのは、本隊二万一千匹のうち、ざっと四分の三以上。恐らくトロルロードの精鋭部隊五千匹が本陣として中央に残って、それ以外の一万六千匹が、中央、左翼、右翼って三つの部隊に分かれて互いに距離を取りながら向かってきてる。こちらの防衛部隊は一万八千人で一つの部隊にまとまってるから、多分三方から力で押し込んで、一気に叩き潰すつもりじゃないかな」
市民達から『怖い!』『早く倒してくれ!』なんて声が幾つも上がってくる。
もったい付けて盛り上げるのもいいけど、あんまり不安にさせたら可哀想か。
特に、真正面から迫ってくるトロルどもと対峙してる防衛部隊の面々は、気が気じゃないだろうし。
「じゃあこれから一気に蹂躙するんで、一瞬たりとも見逃さないように」
進軍するトロルと防衛部隊の丁度真ん中付近へ着地して、ロクから飛び降りる。
続けてモス、レド、エンも俺の後ろに並んで降り立った。
突然空から現れた俺達に、そして魔物みたいな精霊の姿に、先頭を進むトロル達が激しく動揺して、進軍と隊列が乱れる。
これから思いっ切り俺の実力を見せつけて、大々的に戦果をアピールする。その英雄的な功績を以て、アイゼ様だけじゃなくフィーナ姫も俺のお嫁さんに、そしてゆくゆくは王様になって、名実共に三人で結婚するんだ。
この一戦は、その幸せな未来へ続く、大事な足がかりになる。
「さあ、いっちょド派手にいこうか!」
一度大きく息を吸って、腹に力を溜める。
そして、気持ちを生主から英雄に切り替えて、救国の英雄になりきりながら思いっ切り格好を付けて腕を前に振り下ろした。
「戦闘開始だ! レド、ファイアボール速射いくぞ、薙ぎ払え!」
某アニメのワンシーンの、一生に一度は言ってみたい名台詞と共に、腕を大きく横に薙ぎ払う。
『グルゥ!』
レドがやる気で漲った顔で俺の前まで進み出て、首を伸ばし大きく口を開くと、その口元に真っ赤に燃える火炎球を生み出し、そして高速で放った。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!!!!!!
まるでマシンガンで弾丸をばらまくように、数十ものファイアボールがテレビで見たことあるロケット砲のような速度で飛翔し、先頭を歩くトロルどもに命中して次々と爆炎を上げる。
そう、一発で家四軒くらいを優に飲み込む程に巨大な、六十四倍ファイアボールの大爆炎だ。
左スクリーンには、真正面から大爆炎に飲み込まれて絶叫を上げるトロルどもが。
右スクリーンには、ファイアボールをばらまくレドの姿が。
中央スクリーンには、上空からファイアボールの大爆炎に飲み込まれるトロルどもと、その後ろを進軍していたトロルどもがパニックに陥ってる姿が。
余すところなく映し出されていた。
「レド、速射やめ!」
レドがファイアボールを放つのを止める。
防衛部隊も、見学組も、大ホールの貴族や役人達も、そして十万人以上の王都の市民も、いつしかしんと静まり返っていた。
やがて爆炎が収まり、巻き上げられた土砂や煙が薄れていって、被害が徐々に明らかになっていく。
草が根こそぎ焼き尽くされ、剥き出しになった焼け焦げた地面。
横一列に数十個並ぶ、爆炎で地面が抉られて出来た浅いクレーター。
密集して地面に転がる、焼け焦げるなんて通り越して真っ黒に炭化したトロルどもの死体、その数およそ二千から三千。
爆炎で吹き荒れた熱風に煽られ、肌が焼けただれて呻くトロルども、恐らく数千。
開始一分足らずで、進軍してきた一万六千匹のおよそ半数近くが死傷していた。
「ふぅ……」
溜め込んでいた息を吐き出して、額にうっすら浮かんだ汗を手の甲で拭う。
一気にここまでやると、さすがに消耗が半端ないな。
って言うか、レド、張り切りすぎ。ここまで精霊力を注ぎ込んで高火力にしなくても十分なんだけど……。
でも、救国の英雄のお披露目としてはインパクトは十二分、いい感じのド派手さと戦果だったな。
一瞬後、防衛部隊から、そして十万人以上の王都の市民から、空気が震えるほどの大歓声が上がった。
蹂躙されたトロルどもに興奮し、拳を突き上げ、喝采し、俺を褒め称えてくれる。
こういうとき、やっぱりこの世界のルールは、力が正義で弱肉強食なんだなってしみじみ思うよ。これだけの暴力的な破壊力を見せつけたのに、恐怖して排除しようって考える人より、その『力』を認めて褒めてくれる人の方が圧倒的に多いんだもんな。
もちろんそれとは逆に、俺の力を嘘と決めつけてたり、敵対する態度を見せたりしてた、大ホールの貴族や役人達、そして見学組は、固まって声も出ないようだ。中には顔を真っ青にしてたり、冷や汗か脂汗か、ダラダラ垂れ流しながらヘナヘナとへたり込む貴族もいる。
「まだまだこんなもんじゃないからな。全滅させる、そう言っただろう? ここからが本番だ。あっという間に終わらせるから、見逃すなよ」
褒め称えてくれる人達にはサービスの意味を込めて、敵対する人達には脅しの意味を込めて、ニヤリと余裕の笑みを見せてやる。
みんなあんまりにもいいリアクションを見せてくれるから、気分は本気で救国の英雄で、テンション上がるよ。
「混乱して立て直せない今が殲滅のチャンスだ。モス、レド、ロク、エン、本隊の残りを全滅させろ。お前達の力を派手に見せつけてやれ。ただし、トロルロードとその副官の二匹だけは殺さず残しておけ。後で俺が直接相手をするからな」
『ブモゥ』
『グルゥ』
『キェェ』
『承知しました、主様』
そして始まったのは、さっき以上の蹂躙劇だった。