738 鹵獲した物資の使い道
一通り物資を頂いた後は、各地の状況を確認して、早々に戦闘が終わったらしいディーター侯爵領領都方面の陣地へと戻る。
中央の天幕に入ると、主要なメンバーが揃って会議中だった。
「中はほとんど影響がないみたいだけど、外壁は焼け焦げたりなんだりで、結構酷い状況になってるな?」
「エメル戻ったのか」
俺が声をかけると、真っ先に気付いたアムズが疲れた笑顔で迎えてくれる。
「メイワード伯爵、そちらの首尾は?」
「バッチリだ」
答えてから、部隊長である第七騎士団団長のジグリス殿を中心にここの戦況報告を聞いて、それから俺の首尾や各地の状況を伝える。
「そうか、ランテス砦方面も攻勢を凌いだか」
その情報には、みんな安堵に胸を撫で下ろして喜色を浮かべる。
せっかくこっちが凌いでも、あっちが負けたら戦線が崩壊しかねないもんな。
そりゃあ気になってただろう。
「それじゃあ状況を伝え終わったところで、頂いてきた物資を運び込みたいけど、どこに置けばいい?」
「分かった。場所はすでに用意しているから案内させよう」
武官の一人に、攻撃を受けなかった砦の北西側へ案内される。
言葉通り、そこには物資を集積するための広いスペースが作られてた。
場所を確認した後、地下倉庫に隠してた物資の一部をグラビティフィールドで軽くして、姿と気配を消したままの特殊な契約精霊達に頼んで運び込み、山と積み上げて貰う。
「メイワード伯爵、こいつはすごい量だな……」
運び終わったら、いつの間にかその場に天幕の中にいた主要メンバーの全員が揃ってて、物資の山を見上げていた。
みんな野次馬根性旺盛だな。
まあ、気になる気持ちは分かるけど。
「レガス王国軍とディーター侯爵領軍の物資を優先的に運んで来たけど、これでもそれぞれの半分以下だ。ディーター侯爵家から頂いてきた分は、この十倍近くあるよ」
「それほどか……」
「さすがエメル、容赦ないな……」
「これではレガス王国軍もディーター侯爵家もたまったものではないだろう」
「敵ながら、同情を禁じ得ん……」
やっぱりみんな心中複雑そうだ。
また、もし自分の軍がされたら、って想像してるんだろう。
「しかし、これで物資を気にせず戦える。メイワード伯爵には感謝だ」
「ああ、薬の在庫を気にせず治療し、食事もたっぷり食べさせてやれる。壊れた武器や防具も気にせず取り替えられるだろう。この安心感は大きい」
陣地に籠城したことで、逆に包囲されたり街道を封鎖されたりする可能性があって、物資の補給が頭の痛い問題だっただろうからな。
ジグリス殿もアムズも、こんな形でだけど解決して、一安心ってところか。
「まあ、出入りの商人達にはあんまりいい顔をされないかもだけどさ」
「いやいや、そんなことはありませんよ」
肩を竦めたら、リエッド子爵が本気で首を横に振ってくれた。
「ただでさえ各地で物資が大量に必要で、商人達も集めるのにも苦労している様子。これで商人達に無茶なスケジュールで補給物資を輸送させずに済むので、逆に感謝されるでしょう」
「そうだと助かるな」
短期決戦ならともかく長期戦を想定して動いてるから、物資はいくらあっても足りないし、長い目で見れば確かにリエッド子爵の言う通りかも知れない。
「余らせて痛んでしまいそうな食料なんかは、出入りの商人達に払い下げていいけど、量と金額はしっかり管理しといてくれ。それさえしてくれれば、後はそれぞれの軍で好きなだけ使っていいからさ」
これらの物資は俺が鹵獲してきたから俺の所有物になる。
使った量、売り払った量に応じて、代金を頂く予定だ。
もちろん軍にはうんと格安で。
そこまでがめつい真似はしたくないし、この二年の連戦でどこも財政は厳しいし、儲け過ぎて妬まれたり恨まれたりしたくないしな。
ただで提供しないのは、貴族はすぐに返せない無用の借りを作りたがらないからだ。
ただより高いものはない、ってわけだな。
だから、ただじゃないのは、むしろ配慮になる。
とりわけ貴族の場合、借りは高く付きすぎるから。
でもこれで、本来必要だった軍事費が多少は浮いて、がめつい商人達に戦争特需で儲けさせるのは複雑だけど、割高で売りつけてくる物資を買っても赤字にならないだろうし、募兵で働き手を出して稼ぎが減った家に補償もしやすくなるだろう。
「ああ、助かる。しっかり帳簿は付けておくから、安心してくれ」
「アムズが責任を持ってやってくれるのなら安心だ」
そして、これらの物資の使い道がもう一つ。
「ディーター侯爵領の詳細の地図は渡しといただろう? 町や村、街道の位置は把握してるだろうから、敵の動きをしっかり監視して例の策通り、有効活用してくれ。もちろんそっちに使う場合は、全部無料で遠慮なく大放出していい」
「そちらも分かっている。これは大きなチャンスだ。エメルの策を無駄にはしない」
「ああ、よろしく頼む」
どうせ、あぶく銭ならぬ、あぶく物資だし、還元すると考えれば、むしろバンバン使ってしまった方がいい。
ともかくこれで、こっち方面は一安心かな。
あ、そうそう。
「案の定、ディーター侯爵家とレガス王国軍は混乱して揉めてるみたいだ」
もちろん、ランテス砦でも、麓の三つの敵の陣地でも。
「今なら混乱に乗じて領都内に簡単に潜入できると思う。それから、多分こっちに攻めてくることはないと思うけど、一応警戒は忘れずに。あと、領都で明日にでも動きがあると思うから、それを上手く利用してくれ」
「感謝するメイワード伯爵。メイワード伯爵の見えない諜報部隊からの情報がなければ、これほど迅速確実に敵の動きを把握することは出来なかった。メイワード伯爵が味方で実に心強い」
「情報を制する者は世界を制する、ってね」
「得心がいく格言だな。しかもメイワード伯爵が言うと、本当に世界を我が物に出来てしまいそうだ」
「そんな面倒臭いことはしないけどさ。アイゼ様やフィーナ姫が大事に思ってるマイゼル王国と、自分の手が届く範囲だけで十分。って言うか、それで精一杯だし」
「なるほど、メイワード伯爵らしい」
ジグリス殿やリエッド子爵は納得した顔で頷いてくれる。
アムズや他の貴族達は、どこかほっとした顔をしてるな。
まさか、俺が世界征服に乗り出すとでも思ってたのか?
それは心外だな。
「あと、明日は確実に中央で本隊同士が早朝からぶつかると思う」
途端にみんなピリッと空気が張り詰めた。
監視網の特殊な契約精霊達から連絡があって、敵本隊が決戦場に到着して野営用の簡易陣地を構築してるらしい。
これで明日の決戦は確実だ。
「だから俺は明日ほとんど本隊に張り付いて、こっちまで手を回せないかも知れない。一応、状況報告だけは逐次受け取るけど、俺が動ける状況にあるかどうかは分からないからさ」
「承知している。何もかもメイワード伯爵におんぶに抱っこでは不甲斐ないからな。ここまでお膳立てして貰えただけで十分だ」
それなら、後はお任せで。
確かにこれ以上俺がお節介を焼いたら、みんなに大国との戦争を経験して貰って、自分達の国は自分達で守るって気概を持つ、って主旨の邪魔になるかも知れないもんな。
「分かった。それじゃみんな、武運を」
伝えるべきことは伝えたし、陣地を後にして飛び立つ。
頃合いよく、ランテス砦方面の戦闘も終わって敵が撤退して行くから、今度はそっちへ行って以下同文。
さらに本陣へ戻って以下同文。
これで仕込みは終了。
後は仕上げをご覧じろ、ってね。
一通り、陣地へ物資の補給を終わらせたところで、決戦場へ出てる本隊と合流する。
「将軍、各地の処理と伝達は終了。後はここで敵本隊との決戦だけだ」
「そうか。エメル殿、ご苦労だった。早速詳細の報告をいいだろうか?」
「ああ。まずランテス砦方面だけど――」
全ての報告を終わらせて準備万端。
後は決戦を待つばかりだ。
そして翌日早朝。
両軍が平原に布陣。
いよいよ本隊同士の、緒戦にして決戦が始まろうとしていた。