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735 ランテス砦の異変

◆◆◆



 あと一歩を押し切れず、撤退。

 その苦渋の決断を下したレガス王国軍マイゼル王国東方征伐部隊の部隊長である第六騎士団団長ユーゲウスは、ランテス砦へと帰還していた。


 目論見通りに事が進めば、たった一日でマイゼル王国軍の防御陣地を陥落させる事が出来たはずだった。


 しかし、結果は敗退。

 戦略的に無意味にも関わらず、勝利に固執したマイゼル王国軍に、予想外の粘りを見せられてしまったのだ。


「おのれ……弱小国の弱兵の分際で」


 ユーゲウスは拳を握り締め、部隊の司令部としている砦の会議室の一つへと入る。


「それにしても、マイゼル王国軍の動きが不可解ではありませんでしたか?」


 アーマンハイダ辺境伯領軍の指揮を執った騎士が、まるで胃もたれして消化不良を起こしているような顔で、ユーゲウスの所感を求めた。


「貴殿もそう感じたか」


 自分以外にもいたとなれば違和感はやはり気のせいではなかった。

 そう、ユーゲウスは確信を持つ。


「はい。理屈に合わない、意味のない粘り強さ。武器と防具の損耗率の高さ。どうにも腑に落ちないと言うか、戦局の推移に奇妙な気持ち悪さがありました」

「やはり、貴殿もか」

「実は私も、それを感じていた」


 その違和感は、他の者達も大なり小なり感じていたようで、多数が同意する。

 その違和感があったからこそ、王都マイゼラー方面からやってきたマイゼル王国貴族の領軍二千が迫ってきていたこともあり、一日で決着を付けるのを諦めざるを得なかったのだ。


「目論見では、陣地を今日中に陥落させ、手が空いた騎兵部隊にはマイゼル王国軍の領軍二千を蹴散らしてきて貰う心づもりだったのだがな……その余裕すら作り出せなかったとは、明らかにおかしい」


 ユーゲウス達は、その『おかしな事態』の理由を探ろうと会議を開くが、『おかしな事態』はまだ何も終わっていなかった。

 突然、会議室の扉が乱暴に開け放たれ、息を切らしたレガス王国軍の兵士が、会議室へと転がり込んできたのだ。


「はぁ! はぁ! はぁ! いっ……一大事です!」

「何事だ騒々しい!」

(わきまえ)よ! 会議中だぞ!」


 騎士達は口々にその兵士を責めるが、兵士はそれでも引かなかった。


「はぁ、はぁ! ほ、本当に一大事っ……なのです!」


 その兵士の真っ青な顔に、嫌な予感を覚えたユーゲウスは腹を立てる騎士達を手で制して、その兵士を鋭い眼光で睨み付けた。


「言ってみろ。下らんことであれば、首を飛ばすぞ」


 ユーゲウスの言葉と迫力に兵士は怯むも、切迫した事態に、息を整えるよりも先に、腹に力を込めて声を張り上げた。


「物資がっ、消えましたっ! 倉庫に何一つ、残っていませんっ!」

「……なに?」

「ですから! 昨日倉庫に運び込んだ我が軍の物資がっ、全て消え失せたんですっ!」



 下らん冗談を言っている場合か!

 ふざけたことを言うのであれば、その首、即刻切り落としてくれる!

 そんな激昂した騎士達により場は騒然としたが、そんな冗談を言うために、兵士が命懸けで自分達の会議の邪魔をするとも思えず、ユーゲウスは部下に確認に走らせた。


 そして、その部下が血相を変えて戻って来て同様の報告をするに至り、自らも倉庫へと向かい、愕然とすることになる。


「なんだこれは……」


 開け放たれた倉庫の扉から中を見れば、ガランとだだっ広く、何一つそこには残っていなかった。

 小麦の大袋も、武器を入れた木箱も、財貨を入れた箱も、何もかも。


 書類で報告を受けただけだが、確かに輸送してきた物資を倉庫へと運び込んだはずだった。


「団長、見張りの兵からは何も情報を得られませんでした」

「そうか……」


 ユーゲウスは情報の詳細を聞いて、重々しい声で頷き唸る。


 倉庫の見張りをしていた兵は、レガス王国軍の兵士である。

 しかし味方であるにも関わらず、横領、裏切り、その他あらゆる可能性を考えて、徹底的な拷問で情報を引き出したのだ。

 それなのに、何も得られなかった。


 昨日物資を運び込んだ後、交代で見張りをして、今朝の出陣の時も普通に物資を運び出した。

 その時までは、確かに倉庫に物資があったことは複数の者達の証言で判明している。

 そしてユーゲウス達が出陣した後、倉庫に近づいた者は誰もおらず、物音や怪しい気配なども一切感じなかったと言う。


 つまり、出撃して戻るまでの半日の間に、大量の物資が煙のように忽然と消えてしまったことになるのだ。


「まさかノーグランテス辺境伯が何か?」

「分からん。しかし、問い質すしかあるまい」


 見張りの兵が裏切り、ノーグランテス辺境伯に物資を全て横流しした。

 その可能性は拷問の結果限りなく低くなったが、ゼロとは断じきれなかった。


 正しくは、状況の不可解さが理解出来なかったから、なんでもいいから可能性に懸けて、原因を究明し、どこかに責任を求めたかったのだ。


「ノーグランテス辺境伯の元へ行くぞ」

「「「はっ!」」」


 ユーゲウスは苛立ちで顔を歪めながら、部下達を引き連れて、砦の最上階の司令官室へと足早に向かった。

 そして正規の面会の手順を踏まず、いきなり乱暴にドアを開け放ち、ズカズカと司令官室へ入る。


「乱暴な訪問だな。一体なんの真似だ」


 ノーグランテス辺境伯が事務処理をしていた書類から顔を上げ、警戒を滲ませた声で咎めた。

 同様に作業をしていた副官も、遂に馬脚を現しランテス砦を力尽くで乗っ取ろうと動き出したのかと、机の陰に立てかけていた剣に手を伸ばす。


 ユーゲウス達には、そんな誤解を与える行為をしていると、焦りで気が回っていなかった。


「倉庫に運び込んだ我が軍の物資が全て消え失せた。貴殿は状況を把握しているか」


 しかしすんでの所で、ユーゲウスは『貴様が盗んだのだろう』と決めつけ糾弾せずに踏みとどまる。

 ノーグランテス辺境伯の副官の動きを視界の端で捉え、わずかに残っていた冷静さが、決定的な決裂を生み出す言葉を辛うじて飲み込ませたのだ。


「……なんの冗談だ?」


 ノーグランテス辺境伯が本気で困惑している様子に、ユーゲウスは訝しむ。


 本気で把握していないのなら、物資は一体誰がどこへ持ち去ったのか。

 手がかりを失ってしまい、失望が胸中に広がり、再び焦りが増していく。


「よもや本気で言っているのか!?」

「しらばっくれるつもりか!?」


 しかし部下達は口々に糾弾の言葉を投げつけていた。


「無礼な! 一体なんの話をしているか分からんが、我らを盗人呼ばわりするつもりか!?」


 激昂してさらに言い募ろうとする部下達を、ユーゲウスは手で制する。


「部下達が失礼した。事態が切迫していたのでな。改めて聞きたい。我が軍の物資が全て消え失せた。心当たりはないのか」


 本気で謝っているとは微塵も思えない口調だったが、切迫して余裕を失っている様子であることだけは、ノーグランテス辺境伯も副官も理解した。

 ノーグランテス辺境伯は副官に命じて、物資を備蓄している倉庫を全て調べるよう手配させる。

 そして上がってきた報告に、大いに戸惑うことになった。


「お前達は自分達の物資をどこへやったのだ?」

「それを最初からこちらが聞いているのだ。それより何故、我が軍の物資だけが消え、お前達の物資だけが無事なのだ」

「何が言いたい」

「我が軍の物資がどこに消えたのか、犯人はどこの誰なのか、その答えを求めているだけだ」


 これで、ノーグランテス辺境伯領軍の物資まで消えていれば状況は単純だった。

 しかし、消えたのはレガス王国軍の物資だけである。

 不信感が生まれないわけがない。


 ノーグランテス辺境伯とユーゲウスの視線がぶつかり合い、険悪な空気が漂う。

 高まる一触即発の雰囲気に、ノーグランテス辺境伯の副官が慌てて割って入った。


「こちらはまだ倉庫の状況を調べたに過ぎません。事態が発覚した状況や、何か知り得た情報などがあれば、共有して戴かなくては。一方的に決めつけられては適いません」


 一方的な決めつけは、短気な者達により砦内での激突が誘発されかねない。

 それは、互いに事態を把握しきっていない状況では、最も避けるべきことだった。


 副官の取りなしで、改めて調書が作られることになる。

 ユーゲウス達に焦りがあった分、やり取りには険悪さが含まれてしまったが。


 そして情報を摺り合わせ、両軍合同で徹底的に調査し、数時間後、結論が出された。


「あり得ん……どうやって見張りの兵の目を掻い潜り、大量の物資を運び出せると言うのだ」

「我が軍が留守の間にお前達が盗んだのでなければ、一体どこの誰が、どこから忍び込みどこへ持ち去ったと言うのだ」


 結果は、両軍共に白。


 互いが互いに陥れようとしているのかと疑心暗鬼になる中での、両軍合同での重箱の隅をつつくような徹底的な調査から導き出された結論のため、その結論に疑問を差し挟む余地はなかった。

 つまり、第三者の介在しかあり得なかったのである。


 しかし、その痕跡は皆無。

 何者の仕業なのか予想すら出来ず、手段に至っては皆目見当が付かなかった。


 ノーグランテス辺境伯にとって、自分が司令官室に詰めていての事件だ。

 盗んだと疑われて当然で、調査の結果それは否定されたが、何者かの侵入と物資強奪を許した大失態である。


 ユーゲウスにとっては、当然犯人の特定と物資の奪還はレガス王国軍の誇りにかけて必ず成し遂げなければならないが、それより現実的な対処が急がれた。


「犯人の捜索と物資の奪還は、引き続き部下達に進めさせる。次は現実的な対処の話だ。レガス王国軍はノーグランテス辺境伯領軍に、協定に基づき物資の供与を求める」


 それは、予想された要請だった。

 しかし。


「協定に基づき、対価を支払えるのか? 財貨を入れた箱も失っているようだが」

「緊急の事態だ。対価は、補給物資と共に運ばせる」

「それでは話にならん」

「協定に従わんつもりか」

「物資の供与を拒んでなどいない。協定に従わず対価を支払わないのはそちらだろう」


 レガス王国軍の物資が何者かに強奪されたと予想される以上、ノーグランテス辺境伯領軍の物資とて今後も無事とは限らない。

 ましてや、長い籠城の後で、物資は確実に減っている。


 包囲が解かれたのは昨日のことで、今日、調達のために兵を派遣したばかりだ。

 集めて回った物資が砦に届くには、まだ数日掛かる。


 レガス王国軍の補給物資が届くには、恐らくさらに時間が掛かるだろう。


 その間、ノーグランテス辺境伯領軍二千を養うだけならまだしも、レガス王国軍とアーマンハイダ辺境伯領軍合わせて七千までも養うには、物資の残りが非常に心許ない。

 後払いでいいです、どうぞどうぞと、お人好しな真似が出来ようはずがなかった。

 ましてや、レガス王国軍が後から本当に支払うのか、その保証もないのだ。


 ユーゲウスとノーグランテス辺境伯の間に、再び険悪な空気が漂い始めた。



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