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734 ディーター侯爵領領都方面の攻防 2

◆◆◆



 レガス王国軍が一時撤退し、わずかに生まれた一息付ける一時(ひととき)

 マイゼル王国軍の陣地では、兵達は交代で見張りをしながら、食事や休息で英気を養い、次の戦いに備えていた。

 また負傷兵達には、こちらでも医薬品を惜しまず使い、手厚い治療が行われている。


 対して、部隊長であるガルディアは、負傷兵達の数や状況把握後、部隊再編、防壁の補修、特に跳ね橋含む防壁上部は大至急かつ念入りに直すように、各部隊へ指示を出し、また忙しなく天幕を出入りする部下達から上がってくる報告を処理して、休む暇もなく働いていた。

 それはアムズを始めとする貴族家の当主達も同様で、自身の領軍の状況把握や部隊再編に努めて、やはり休む暇などなかった。


 ようやく一息付けたのは、それらが一段落付いて、これからの作戦をどうするかの会議になってからである。

 しかし、そうして忙殺されていたが、ガルディアの表情は明るい。


「ここまでは互いに定石通り。しかし、精霊魔術師部隊の差が出たな。こちらも損害は出たが、最後で敵の損害を一気に増やせた。メイワード伯爵には感謝だ」

「策で上回ったわけではないものの、読み勝ちと言えるだろう」


 アムズもエメルに対する複雑な心中はともかく、大きな波乱が起きなかった上での有利な展開に笑顔を見せる。


 エメルが王国軍の精霊魔術師部隊のみならず、貴族家の精霊魔術師も受け入れて鍛えているのは有名な話だ。

 エメルの秘伝を伝えられた者達はその腕前を大きく伸ばし、攻撃魔法であれば二、三倍の威力や五十メートルを超える射程の達成を、技術であれば精霊力のコントロールを上達させて効率化による魔法の使用回数の増加や、複数の属性の精霊との契約を果たしていた。


 そのような者達は残念ながら未だ数が少なく、本隊の精鋭精霊魔術師部隊に招集され他の部隊には配置されていないため、現在この陣地にはいない。

 しかし、その彼らは肝心の秘伝にさえ触れなければ、エメルから伝えられた技術や練習方法を好きに他者に教えることが出来たのだ。

 結果、エメルから直接教えを受けていない貴族家の私兵や領軍の精霊魔術師部隊も、威力の増強、射程の延長、使用回数の増加と、実力が一段底上げされたのである。


 その成果が、まさに今、発揮されたばかりだった。


 敵の撤退直後、天幕の外から精霊魔術師達の(とき)の声や、彼らを賞賛する歓声が聞こえてきたくらいである。

 まだこの戦に勝利したわけではないが、渡河を狙った緒戦を挫かれた後での勝利だけに、一層士気が高まっていた。


「当然、敵がこのまま引き下がることはないだろう」

「次は果たしてどのような策を仕掛けてくるか、しっかり対策を練らなくては」


 指揮官であるガルディア達の士気も高く、話し合いはレガス王国軍が再び攻めてきたと報告が上がってくるまで続いたのだった。



◆◆◆



 ラゼルトは兵達に怪我の治療と食事、休息を取らせた後、部隊を再編し、隊列を組ませた。


 レガス王国軍のその動きに呼応するように警戒を強めた動きを見せるマイゼル王国軍の陣地を不愉快げに見つめ、兵達に檄を飛ばす。


「癪に障るが、マイゼル王国軍から思わぬ反撃を受けたことは認めよう! 我ら精強なレガス王国軍とて、全ての局面で百戦百勝とはいかん! しかし、策で上回られたわけではない! そしてお前達の『力』もこの程度ではないはずだ! そうだろう!?」

「「「「「おおぉっ!!」」」」」


「その働きに報いる褒賞は、たっぷりと用意してある! 弱小国のマイゼル王国など、ただ我らに磨り潰されるだけの存在だと、勇猛たるお前達の『力』を示してみせろ!」

「「「「「おおおぉぉぉっ!!」」」」」


「お前達の『力』で、あのような急造の陣地など叩き壊してしまえ!!」

「「「「「おおおおおぉぉぉーーーーーっ!!!」」」」」


「進軍、開始せよ!!」


 号令が下され、前衛の歩兵部隊が前進を開始する。


 最前面はこれまで同様に、複数人が隠れられる壁のような木板の大盾を構えた小隊が並び、後ろに続く部隊を弓矢の脅威から守りながら前進する。


 続く部隊は、先程は弓兵部隊と精霊魔術師部隊だったが、今度は違った。

 大八車のような、縁を付けていない床面だけの、車輪が大きな二輪の台車を歩兵達が輸送する部隊だ。

 その台車の上には、長い丸太を複数ロープで結びつけた(いかだ)のような物を乗せてある。


 その後ろには、普通の荷車を歩兵達が輸送する部隊だ。

 その荷車には、大量の藁や木の枝、薪のように割られた木片などが満載されていた。


 その部隊は全部で十部隊あり、西と南から五部隊ずつ近づいていく。


 さらにその後方には、少し離れて弓兵部隊が続いていた。


 そしてそれらの部隊が、マイゼル王国軍の弓矢の射程距離に入る直前。


「騎兵第一部隊、吶喊(とっかん)せよ!」

「「「「「うおおおおおぉぉぉぉぉーーーーーっ!!!」」」」」


 西と南、それぞれの歩兵部隊の右翼側から、騎兵部隊が声を張り上げ馬を駆り、マイゼル王国軍の陣地へ向けて突撃する。

 その突撃から数十秒タイミングを遅らせて。


「騎兵第二部隊、吶喊せよ!」

「「「「「うおおおおおぉぉぉぉぉーーーーーっ!!!」」」」」


 さらにタイミングをずらし、第三部隊、第四部隊と次々に騎兵部隊が突撃していった。


 その間にも前進を続けていた歩兵部隊と輸送部隊が、弓矢の射程内に深く入り込み、十分引き付けたマイゼル王国軍の弓兵部隊がそろそろ攻撃を開始するだろう頃合いで、大きく動きを見せる。


「歩兵部隊、輸送部隊、吶喊せよ!」

「「「「「うおおおおおぉぉぉぉぉーーーーーっ!!!」」」」」


 歩兵部隊と輸送部隊は同様に声を張り上げ走り出し、突撃を開始した。

 タイミングを合わせその歩兵部隊の脇を抜けた騎兵第一部隊が突出し、さらに陣地へ迫っていく。


「隊長、どっちの部隊を狙えば!?」

「っ……!」

「何を迷っている! 盾を構えた歩兵より先に騎兵を狙え! 歩兵は精霊魔術師部隊の射程に入ってから、連携して圧力をかければいい!」

「アムズ様!? 分かりました、騎兵だ! 先に迫る騎兵を狙え!」


 わずかな判断の逡巡の間にも、騎兵部隊は陣地へ迫り、そしてクロスボウを構えた。


「撃て!」


 騎兵部隊からクロスボウの矢が放たれ、陣地へと降り注ぐ。


「応戦だ! 撃ち返せ!」


 マイゼル王国軍の弓兵部隊も、矢を放ち、双方の矢が飛び交う。


 レガス王国軍の騎兵部隊は、片手で手綱を、片手で連射式のクロスボウを操る。

 激しく揺れる馬上からの射撃のため、その狙いは不正確だ。

 しかし、それでも構わなかった。

 マイゼル王国軍の弓兵部隊へプレッシャーをかけることこそ目的だからだ。


 自動巻き上げ、自動装填の機構が付いた連射式のクロスボウから次々と矢を放ち、さらに進路を変えて、陣地の手前で自軍の歩兵部隊の前を横切るように走り抜け、歩兵部隊の左翼へと回り込み、逆走して陣地から離れていく。

 その頃にはすでにクロスボウの矢は全て撃ち尽くしており、クロスボウは腰に下げると両手で手綱を握り、全速力で前線から離脱する。


 目の前で脇腹を見せて走り、さらにUターンして背中を晒す騎兵部隊へ、マイゼル王国軍の弓兵部隊はさらに追撃を加えたいところだったが、それは適わなかった。

 その頃にはすでに次の騎兵部隊が迫りクロスボウから矢を放ってくるため、そちらの迎撃をしなくてはならなかったのだ。


 さらに、遠距離からそれらを支援するように弓兵部隊が矢を放ち始め、マイゼル王国軍の弓兵部隊への妨害と圧力をかける。


 そうしてマイゼル王国軍の弓兵部隊が騎兵部隊の対処に手間取り、弓兵部隊の妨害に遭っている間に、歩兵部隊と輸送部隊が陣地の間近まで迫っていた。


 もちろん、マイゼル王国軍がそれを見逃すことはない。


「精霊魔術師部隊、敵歩兵を狙え! 後ろの輸送部隊を近づけさせるな!」

「弓兵部隊、精霊魔術師部隊と連携し敵歩兵を狙え!」


 陣地から攻撃魔法が飛び、再び木板の大盾を打ち壊し歩兵部隊に打撃を与えていく。

 しかし、歩兵部隊は輸送部隊の盾となりながら前進を止めない。


「工作開始せよ!」


 輸送部隊は陣地の周囲に掘られた堀まで接近すると、二輪の台車を前方へと傾ける。

 台車の上に乗せられた丸太の筏は、当然その片側が地面に落ちて斜めになった。


「まずい! あの丸太だ! 丸太を狙え! 壊せ!」


 マイゼル王国軍の弓兵部隊と精霊魔術師部隊から、矢と攻撃魔法が激しく降り注ぐ。


 倒れる歩兵。

 千切れるロープ。

 焼かれ、砕かれる丸太。


 しかし、全てを破壊出来たわけではない。


「「「「「「せーの! おらあああぁぁぁぁっ!!!」」」」」」


 輸送部隊の歩兵達は、斜めに上がった側の丸太の筏を押し上げて、地面に付いた側を起点にして、真っ直ぐに立たせる。

 そしてそのまま前方へと、押し倒した。


 前方へと倒れた丸太の筏の先端は堀の対岸へと届く。

 束ねた丸太は、そのまま簡易の橋となった。


「歩兵部隊、そのまま突撃! 輸送部隊、続け!」

「「「「「おおおおおぉぉぉぉぉーーーーーっ!!!」」」」」



◆◆◆



「くっ! 全てを壊せなかったか!」


 防壁の上で、部隊を指揮しながらアムズが歯がみする。


 橋を架けさせる前に壊せたのは六つ。

 四つの橋が架かって、そこを踏み越え歩兵部隊が砦に取り付く。


「歩兵部隊は防壁を登ろうとする歩兵を狙え! 精霊魔術師部隊は橋の破壊を優先! 弓兵部隊は騎兵への牽制! 敵弓兵部隊は無視しろ! 歩兵が陣地に取り付いた以上、敵の矢の攻撃はすぐに止む!」

「「「「「はっ!」」」」」


 歩兵部隊は防壁の上から槍を使って敵歩兵を突き刺し、また両手で持ち上げないといけない程の大きな石を投げ落とし、敵歩兵を牽制する。


 しかし敵歩兵は、防壁を乗り越えて来ようとしなかった。

 腰に吊していた斧を手に取ると、防壁の丸太へ向けて叩き付け始めたのである。


「まさか防壁を叩き壊す気か!?」


 それは決して容易なことではなく、また防壁を乗り越えて侵入し制圧しようとする定石と比べると、手間が掛かり迂遠な方法だった。

 そしてさらに驚愕させられることになる。


「輸送部隊、投棄せよ! 歩兵部隊、撤収!」


 丸太の橋を越えてきた荷車が、そのままの勢いで防壁に激突させられ、壊れ、転倒し、満載していた大量の藁や木の枝、薪のように割られた木片などをぶちまけた。

 それと同時に、斧を叩き付けていた歩兵部隊が、もう一つ腰に下げていた油壺を防壁目がけて叩き付け、一目散に丸太の橋を渡って撤退していく。


「まずい! 火属性以外の精霊魔術師に攻撃させて吹き飛ばさせろ!」


 アムズの指示は一歩遅かった。

 敵弓兵部隊より大量に放たれた火矢が降り注ぎ、防壁の真下にぶちまけられた、油がたっぷりと染み込まされた大量の藁や木の枝、薪のように割られた木片、そして防壁にぶちまけられた油に引火して、大きな炎を立ち上らせたのである。


「消火を急げ!」


 噴き上がる炎は、斧によって表皮を傷つけられた防壁の丸太を、より深く浸蝕して焼き焦がしていった。



◆◆◆



「これで防壁も大分脆くなっただろう。今日の所はここまでにしておくか」


 ラゼルトは焼けるマイゼル王国軍の陣地を眺め、鼻で笑う。

 火勢が強く、消火が終わるまで、歩兵を取り付かせて防壁を乗り越える事が出来ないからだ。


「被害状況は?」

「はっ、敵精霊魔術師部隊のせいで想定より多くなりましたが、歩兵を防壁攻略で失うよりも軽微で済んでいます」

「ならいい。今日一日で片をつける必要はないからな」

「陣地が脆くなれば、マイゼル王国軍の連中も、さすがに籠城を続けるのは不可能と思うでしょう」

「そこにこちらの領軍が援軍に来て攻略に乗り出せば、もはや降伏するしかない。領軍の貴族に手柄を立てさせ恩を売り、オレはそのお膳立てをした功績を立て、早期にマイゼル王国軍を降伏させる。無駄に被害を出すことなく、勝利が転がり込むって寸法だ」

「さすが副団長です」

「ふっ、当然だ」


 機嫌良く笑みを浮かべたラゼルトはすぐに気持ちを切り替えた。


「よし、頃合いを見て撤収する。続きは明日だ。明日は陣地攻略を後回しにして、迫ってくるマイゼル王国軍の援軍を先に野戦で叩く。騎兵部隊には気合いを入れさせておけ」

「はっ!」



◆◆◆



「敵将も全く無茶な真似をする」


 被害報告を聞いて、ガルディアは大きく溜息を吐いた。

 アムズも苦い顔になる。


「してやられた感が強く、納得がいかない結果だ」


 兵の被害は少ない。

 しかし防壁に思わぬ大きな被害が出ていた。

 予想より多く敵兵を倒しているが、このまま籠城を続けるのが難しいのは目に見えていた。


「ですが、『試合に負けて勝負に勝つ』でしたか。メイワード伯爵の言によれば」


 リエッド子爵の言葉に、ガルディアもアムズも、苦みの成分が多めの苦笑を漏らす。


「ここで攻め手を緩めて撤退したレガス王国軍は、最大の勝機を逃したことになる」

「エメルの策あればこそなのが癪だが」

「ですが、メイワード伯爵のおかげで砦を修復する時間は十分に稼げるでしょう」

「そうだな。しかし同時に、部隊を各地へ派遣する必要も出る。しばらくゆっくりと休んでいる暇はなさそうだ」


 おどけたガルディアに、天幕の中では小さな笑いが起きるのだった。



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