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732 ディーター侯爵領領都方面戦闘開始

◆◆◆



 ディーター侯爵領領都ディーゼルの門が開かれて、レガス王国軍マイゼル王国西方征伐部隊五千の兵達が出陣していく。


「頑張れ!」

「王家の軍をやっつけて町を解放してくれ!」


 沿道に詰めかけた市民達から多数の声援を受けて、力強い歩みで進むレガス王国軍の将兵達。


 しかし、その先頭を馬で行く部隊長であり第六騎士団副団長、バートアム子爵家三男、ラゼルト・イクアースは、堂々とした態度で前を向きながらも、胸中では苛立ちと怒りが渦巻いていた。


 原因は、昨日行われた作戦会議での、次期侯爵でありディーター侯爵代理のジェイクの態度だった。

 その時の様子が、何度も脳裏に浮かび上がってしまう。



「いくらレガス王国軍が精強と言おうと、マイゼル王国軍を(あなど)られては困る。我々ディーター侯爵領軍とて精強だ。当然互角以上に戦える自負もある。しかし、被害は無視出来ん程に大きくなるだろう。だからこそ、今まで包囲されることに甘んじていたのだ」


 何が切っ掛けだったか。

 ジェイクが一見すると真面目な顔で、しかし上から目線で、あろうことか忠告するようなことを言い出したのだ。


 それを、ラゼルトもレガス王国軍とアーマンハイダ辺境伯領軍の騎士や武官達も、皆一様に嘲笑(あざわら)った。

 あまりにも滑稽過ぎたからだ。


 忠告めかしているが、言っていることは愚にも付かない情けない言い訳である。


「新兵を多数抱える惰弱な軍を相手に互角? 精強が聞いて呆れる」

「我らを軟弱なディーター侯爵領軍と一緒にするな」

「まったくだ。弱兵相手に尻込みしておきながら、何を偉そうに」


 あからさまな侮辱に気色ばむディーター侯爵領軍の騎士や武官達だったが、ジェイクはそれを手で制する。

 それは、元より聞き入れられるとは思っていなかった、とばかりの、年長者の余裕と、若輩者を見る憐れみが、意趣返しのように透けて見える振る舞いだった。


「自信を持つのは構わんが、過信しては足下を掬われるだけだ。まだまだお若いイクアース殿には、その区別を付けるのは難しいと思うが」


 それにはラゼルトの目元が不快げにひくついた。

 それはつまり、『経験不足の若造』扱いされたのだ。


 ラゼルトは確かに年齢だけ見れば副団長相応であるが、それは単に上が詰まっているだけに過ぎない。


 第六騎士団副団長として、小国を潰し功績を挙げた経験もある。

 第六騎士団副団長の肩書きは伊達ではないのだ。


 その証拠に、そこそこの序列でしかない実家の子爵家の政治力では分不相応なくらい、高い地位を得ているのだから。


「そうか。では貴様らはすっこんでいろ。臆病者の手など借りん。足手まといになるからな」



 その時は、そう侮蔑と揶揄をして、鼻で笑ってやった。

 本気で臆病者の足手まといに足を引っ張られるのが(うと)ましかったからだ。


 しかし、後で冷静になってから気付いたのである。

 マイゼル王国軍の対処を(てい)よく押し付けられた、と。


 ジェイクは臆病者と(そし)られることも計算に入れて、自分の兵達を温存するよう立ち回ったのだ。


 完全にしてやられて乗せられていた。

 マイゼル王国軍のことも、ディーター侯爵家とその領軍のことも、弱小国だ、田舎貴族だ弱兵だと見下し馬鹿にしていた、その心理を逆手に取られた形だ。


 当然、ジェイクは卑屈な態度で『自分達では勝てないからお願いします』とは言っていない。

 飽くまでも忠告と言う形での挑発である以上、ジェイクとディーター侯爵家の名声に傷が付くことはほぼないだろう。

 むしろ乗せられた自分が笑い物にされる可能性の方が高かった。


「あのクソ狸が……!」


 今更悪態を吐いても後の祭りである。


「……まあいい、元より戦力として期待などしていなかったからな」


 強がりと事実を半分ずつ混ぜながら、頭を切り替える。


 こうなった以上は、自分達レガス王国軍五千のみで完勝しなくてはならない。

 中途半端な勝利、ましてや敗北など、決してあってはならない。

 それこそ、いいように乗せられた若輩者として笑い物だ。


「副団長、本当に良かったのですか?」


 部下の騎士の、同様に苛立ちを感じている声音に、ラゼルトはふんと鼻を鳴らす。


「構わん。敵も五千。しかもほとんどが歩兵だ。こちらは騎兵が中心なのだから、こちらの優位に変わりはない。むしろあの狸に背後でおかしな真似をされないか警戒しながらでは、勝てるものも勝てなくなる」

「まあ、そうですが……」

「それに見方を変えれば、これは奴の失点だ。戦後、ここで臆病風に吹かれて非協力的だったことを理由に挙げれば、領地でも利権でもたっぷり奪い取れるだろう。その時こそ、存分に後悔させてやればいい」

「なるほど、そういうことでしたら」


 部下の騎士は、納得してすんなりと引き下がった。


 戦後、ジェイクが野心を剥き出しにして、レガス王国の支配下に置いたマイゼル王国の領土で蠢動をされては面倒になる。

 削げる『力』は容赦なく削ぎ落としておくに越したことはない。


「どうせ兵を温存して、ここぞと言うときに手柄を掻っ攫い、今回の失点をなかったことにしようと狙っているのだろうが、果たしてそう上手くいくかな?」


 そう日を置かず、レガス王国貴族家の領軍が次々と攻め入ってくるのだ。

 彼らも手柄やマイゼル王国貴族家の利権の収奪を狙っている。

 領都に引きこもって兵を動かさなければ出遅れ、何も手に入らない結果に終わる可能性の方が高いのだ。


 そして当然、ラゼルトはジェイクが機会を逸するよう、この戦いが終わったら情報操作と工作に動くと決める。


「そうと決まれば、目先の戦いに集中だな」


 街道を進軍すること四時間。

 街道から外れた森の手前に、マイゼル王国軍の陣地が見えてきた。


 陣地は平地に構えられているが、西側は森になっていた。

 ただでさえ森の中は視界が悪くなる上に行軍がしにくく、罠を仕掛けられている可能性を考えると、騎兵での進軍ルートとしては不適切だ。


 北側は川が西から東へ向けて流れており、川岸に構えることで天然の堀扱いで防備が固い。

 南と東は草原なので、攻めるならその二方向に限られる。


 陣地は森の木材を利用したのか、丸太を杭のように地面に突き刺しただけではあるが、それをずらりと並べて防壁として、陣地をぐるりと囲んでいる。

 その防壁の高さは人の背丈の倍はあり、騎兵でただ真正面から突撃しても、そう簡単に陥落させられそうにはなかった。


「どうしますか、副団長?」

「なに、出てこないのなら出てこさせればいい。それでも出てこないのなら、包囲してそのまま干からびさせてやればいいだけだ」


 本国より貴族家の領軍と言う援軍が向かってきているのは分かっているのだから、時間はレガス王国軍の味方なのだ。

 出てこなければ、それこそ大軍で包囲するも、数に任せて攻め落とすも、自分の気分次第である。


「渡河地点を探す。行くぞ」


 ラゼルトは馬首を巡らせて川に近づき、川沿いを東へ、陣地から遠ざかる方へと向かいながら、浅く渡れそうな箇所を探す。

 陣地前に布陣して口上を述べる、その形式を無視しての作戦行動だ。


「副団長、この辺りが渡れそうですが」

「いや、もう少し離れた箇所で渡る。ただ、この場所は覚えておけ」

「は、はあ……分かりました」


 さらに進むことしばし。


「よし、ここより渡河する。まずは歩兵部隊、渡河を開始せよ」

「はっ!」


 歩兵部隊が河原へ降りて、そのまま川へと侵入する。

 浅いところは足首より少し深いくらい。

 深い場所でも脛くらい。

 渡河は問題なく、歩兵は次々と向こう岸へと渡っていく。


 そして、歩兵部隊のおよそ半数が渡河したところで――


「副団長! 敵が出てきました!」


 ――後方を見張っていた兵士が声を張り上げた。


 陣地を振り返れば、跳ね橋が降りて門が開かれ、騎兵が多数飛び出してきていた。

 渡河して分断されたタイミング、さらに川の中で足場が悪く、素早く渡河を終わらせられない状況での襲撃は基本である。


「やれやれ、お行儀がいい襲撃だな」


 ラゼルトは揶揄するように笑うと、素早く指示を出して騎兵部隊を反転させる。

 そして迫ってくるマイゼル王国軍の騎兵部隊の位置とタイミングを見計らい、号令を下した。


「歩兵部隊はそのまま渡河! 隊列を組み応戦せよ! 騎兵部隊は敵陣地へ向かって突撃だ!」


 ラゼルトは馬に鞭を入れて、全速力で馬を駆けさせる。

 他の騎兵達も、同様に全速力でラゼルトの後に続く。


 川の両岸で、逆方向に走る両軍の騎兵がすれ違った。


 マイゼル王国軍の騎兵部隊は、その予想だにしていなかったレガス王国軍の騎兵部隊の動きに目を見開く。

 しかし驚きながらも馬を駆けさせ、当初の作戦通り、渡河が終わったばかりの迎撃準備がまだ整っていない歩兵部隊へと襲いかかった。


「ここだ! ここより我々も渡河する!」


 先程通り過ぎた渡河地点で、今度は一気に渡河していく騎兵部隊。

 真っ先に渡り終えたラゼルトは、今度は川岸を逆走して、マイゼル王国軍の騎兵部隊を追って走り出した。


「敵騎兵部隊を挟撃する! 全員続け!」

「「「「「おうっ!」」」」」


 背後から迫ってくるレガス王国軍の騎兵部隊に、遅ればせながらマイゼル王国軍の騎兵部隊が気付く。


「陣地へ向かったのではないのか!? 退け! 撤退だ! 挟撃されるぞ!」


 ろくに歩兵に攻撃出来ないまま、マイゼル王国軍の騎兵部隊はその場を全力で離脱して、レガス王国軍の騎兵部隊を大きく迂回しながら陣地へと戻るコースを取る。


 先頭を走るラゼルトは、その最後尾に食らいつき、一人、二人と背後から斬りかかり倒していった。

 部下の騎士達も追い(すが)り、敵騎兵を血祭りに上げたが、敵部隊長の撤退の判断が迅速だったため、あまり多くの兵を倒すことは適わなかった。


「チッ、もう少し削りたかったが仕方ない。歩兵の渡河を急がせろ! 被害状況の確認もだ! 隊列の組み直しも急げ! 敵が失策から立ち直る前に、敵陣地攻略に入る!」


 矢継ぎ早に指示を出して、ラゼルトは舌なめずりをしてマイゼル王国軍の陣地を見遣った。


「さあ、このオレの手柄になって貰おうじゃないか」



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