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730 ランテス砦方面の攻防 1

◆◆◆



 レガス王国軍マイゼル王国東方征伐部隊は第六騎士団団長ユーゲウスの指揮の下、ランテス砦の南方、街道から外れて進むことおよそ一時間半の距離にある、周囲には林や木々が点在し多少の起伏はあるが概ね見通しの良い草原の、その只中に布陣した。


 数百メートル先に臨むのは、マイゼル王国軍が構築した簡易の防御陣地である。

 土塁と呼ぶほどではないが、周囲よりわずかに小高くなった傾斜の上に構えられたそれは、およそ人の腰の高さ程の木製の防御柵でぐるりと囲まれていた。


「マイゼル王国軍はどうやら陣地に籠もったまま防衛戦をするつもりのようだな」

「こちらは騎兵が主力、あちらは歩兵が主力。それしか手がないのでしょう」


 ユーゲウスの言葉に、副団長が同意を返す。


 陣地の外に布陣している兵は皆無。

 そして陣地内の正面に槍を持った兵達がずらりと並んでいるからには、防衛戦以外を疑う余地がない。


 さらに正面の緩やかな上り傾斜には、格子状に組まれた細い丸太の柵に先端を槍のように尖らせた細い丸太を縛り付けて槍衾にした、殺意の高い馬防柵が点在していた。


 その槍衾の馬防柵の幅は、短い物で十メートル程、長い物で二十メートル程。

 数そのものは、決して多いわけではない。

 しかし、馬が真っ直ぐ突撃できないよう狭い間隔で互い違いに、嫌らしい配置がされていた。


「これでは騎兵での正面突破は難しいでしょう」

「どかすにせよ壊すにせよ、撤去は許してくれないでしょうね。矢が雨のように降ってきそうだ」

「左右に馬防柵の数がそれほどないのは、設置が間に合わなかったのか、それとも誘い込む罠なのか……」


 部下の騎士や武官達が意見を交わすのを聞きながら、ユーゲウスは策を考える。


 騎兵による正面突破が難しい以上、正面は歩兵に任せ、左右から攻め込むしかない。

 部下の言う通り、単に設置が間に合わなかったのか、誘い込む罠なのかは、行ってみなければ分からなかった。


 布陣は、敵正面の中央にノーグランテス辺境伯領軍の歩兵一千。

 右翼と左翼にアーマンハイダ辺境伯領軍を騎兵、歩兵、均等に二千ずつ。

 後方に、ユーゲウス麾下(きか)のレガス王国軍第六騎士団の騎兵と歩兵が三千。


 兵数は二千程勝るが、相手が陣地内で完全に籠城して防衛戦を展開するのなら、攻撃側としてはいささか数が足りていなかった。


 しかしそれは、長期戦を覚悟するつもりならの話である。


 多少の犠牲には目を瞑り、一箇所でいいから防御柵を突破して陣地へ突入出来れば、そこから騎兵を雪崩れ込ませ蹂躙できる。

 つまり、いかに防衛する敵部隊の配置に偏りを作らせて、薄い部分を一点突破するかを考えるべきだった。


 ユーゲウスはすぐさまその算段を立て、各部隊長を集める。


「これより作戦を伝える。布陣した通り、左右からアーマンハイダ辺境伯領軍が進軍、その際――」


 それは誰の意見も求めず、作戦会議でもない、一方的な通達だった。


「――そして、アーマンハイダ辺境伯領軍が両側面から攻勢を仕掛けたら、タイミングを見計らい、正面よりノーグランテス辺境伯領軍が突撃し、三方から圧力をかけ――」


 通達されたユーゲウスの作戦に、小さなどよめきが起きる。


 理由は二つ。

 一つは、犠牲を抑えながらさらなる援軍の到着を待つ長期戦を想定していた、攻略するスタンスの違い。

 一つは、脳筋にしか見えない風貌でありながら、想像以上の知略を披露して見せたこと。


 ただし、その内情はアーマンハイダ辺境伯領軍とノーグランテス辺境伯領軍の負担が大きい。

 そして、大きな手柄はユーゲウスの物になる作戦に他ならない。


 しかし、部隊の司令官であるユーゲウスから大上段に命じられてしまっては、アーマンハイダ辺境伯より派遣されたに過ぎない部隊長の騎士程度、そして同様にノーグランテス辺境伯領軍の部隊長の騎士程度では、異を唱えることは出来なかった。


 上からの命令は絶対。

 それが軍である。

 しかも、理に適っていて戦術として非常に効果的ともなれば、なおさらだった。


 特にノーグランテス辺境伯領軍は、ノーグランテス辺境伯から状況が好転するまで従っておくよう命じられていたので、内心はともかく大人しく受け入れるしかなかったのである。


 作戦を伝え終えたユーゲウスは、部隊長達の顔を一度ぐるりと見回すと、重々しく告げる。


「配置に付け。三十分後に開戦する」

「「「「「はっ!」」」」」


 そして三十分後。

 レガス王国軍より、口上を述べる使者が一人、ゆっくり馬を進め馬防柵の間を抜けてマイゼル王国軍の陣地へ近づき、弓矢の射程のギリギリ外で止まった。


「マイゼル王国軍に告ぐ! 私はレガス王国軍マイゼル王国東方征伐部隊第六騎士団所属、アバング男爵家当主の次男、ハイウス・ジグである! 汝らマイゼル王国は、我らが尊崇する第一王子レディアス・グランサ・レガディース王太子殿下を、他国要人が多数集まる公の場で侮辱し、恥を掻かせ、愚弄した! 我らはそのような蛮行を決して許すことは出来ない! よってこの戦は、我らが王太子殿下の名誉を守るため、不届きなマイゼル王国の者どもを誅伐するためものである! 覚悟めされよ!」


 その口上は、宣戦布告の文書にもあった通りの、事実無根の言いがかりであり、また降伏勧告を含まない、一方的なものだった。

 それに対して、陣地内の槍を持つ歩兵達の間から、一人の騎士が姿を現す。


「レガス王国軍に告ぐ! 私はマイゼル王国軍第八騎士団所属、ブラウ男爵家前当主の三男、ウェイン・バーハである! 汝らレガス王国の王太子は、招かれてもいないパーティーへ図々しくも乗り込んできたばかりか、我らが敬愛する第一王女フィーナシャイア・ジブリミダリア・マイゼガント王太女殿下を、他国要人が多数集まる公の場で侮辱し、その権威を痛く傷つけた! しかもあろうことか、それを我らが王太女殿下が愚弄したなどと事実とは真逆の言いがかりを付け、我が国の領土へ土足で踏み入ってきた! 我らはこのような蛮行を決して許さない! 生きて祖国の土を踏めるなど(ゆめ)思うな!」


 その口上は正当な言い分であるが、元より、敵も味方も誰も聞き入れられ通るとは思っていない。

 だから、『死にたくなければ帰れ』などの慈悲を見せる文言も含まれていなかった。

 つまり、徹底抗戦するとの宣言である。


 形式に則り、互いに自分達にこそ正義があり、戦争を始める正当な理由があると主張し合い、開戦前の儀式が終わる。


 レガス王国軍の使者は馬首を巡らせ引き返し、マイゼル王国軍の騎士も後方へと下がった。


 緊迫感が高まる中、いよいよレガス王国軍より陣地攻略戦を告げる大きな銅鑼の音が響き渡った。

 それを受けて、マイゼル王国軍の陣地内からも、防衛戦を告げる大きな銅鑼の音が響き渡る。


「各部隊、進軍開始!」

「全部隊、迎撃準備!」


 そして作戦通り、右翼、左翼のアーマンハイダ辺境伯領軍が正面の馬防柵を迂回するように防御陣地の左右へと進軍を開始した。

 やがて防御陣地の左右から挟み込むように隊列を組み直すと、右翼、左翼共に、盾を構えた歩兵を前面に配置して、矢を警戒しながら着実に進んで行く。


 数少ない馬防柵は矢の射程内に配置されており、それらを避けて進軍することで、部隊が左右に分かれるなど、隊列を維持したままの進軍が難しくなる。

 しかしまだ射かけられない矢に、不信感と警戒感を募らせながら、一層警戒と守りを固めて進み、矢の射程内に入ってかなり進んだところで、先頭を歩く歩兵の数名が唐突に転倒した。


「何事だ!?」

「はっ! 罠です! 地面に溝が掘られています!」


 それはさして深い溝ではなかった。

 幅こそ二十センチ程あるが、深さは十センチあるかないか。

 しかし、茂る草に隠れて視認しにくく、踏み込めばその段差に簡単に足を取られてしまう。

 もし騎兵を突撃させていれば、確実に馬は足を取られて転倒していただろう。


「つまらぬ罠を――」

「隊長!」

「――ぬぁ!?」


 空を切る音と共に飛来する、恐らく二百を超えるだろう矢が雨のように降り注いでくる。


「ちっ! 歩兵部隊は盾を構え、矢に気を付けながら前進せよ! 弓兵隊! 反撃だ! 反撃せよ!」


 部隊長の命令に従い、アーマンハイダ辺境伯領軍からもほぼ同数の矢が放たれる。

 しかし、防御柵の内側に並ぶ歩兵達は、大きな木板を盾にしてその陰に隠れて身を守り、ほとんど効果を上げない。

 しかも、マイゼル王国軍は緩やかな上り傾斜の上からの撃ち降ろしであり、アーマンハイダ辺境伯領軍からは撃ち上げなくてはならず、状況は不利だった。


「歩兵部隊、前進急げ!」


 歩兵部隊は命令に従い前進を続けるが、盾を構えていても矢による負傷者が出る上に、数メートル間隔で足下に溝のトラップが掘られており、上から降ってくる矢に気を取られすぎると足を取られて転倒し、負傷する者も少なくなかった。

 それでも歩兵部隊は前進を続け、走れば防御柵に取り付ける位置まで前進する。

 そして、ここだとばかりに部隊長の号令が勇ましく下された。


「ここまで来ればあと一息だ! いくぞ、突撃!」

「「「「「おおーーーーーっ!!!」」」」」


 歩兵部隊は槍を構えると防御柵へ向けて全力で走り、マイゼル王国軍の歩兵部隊も迎え撃つため槍を構え、遂に両軍の槍と槍が交差して、血みどろの殺し合いが始まったのだった。



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