724 レガス王国軍マイゼル王国東方征伐部隊合流
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ランテス砦の堅固な門が開かれて、到着したレガス王国軍三千およびアーマンハイダ辺境伯領軍四千の合わせて七千の兵達が、次々と門をくぐり砦内へと入っていく。
その姿は、敵国にある辺境伯が治める砦であるにも関わらず、まるで自分達の砦であるかのように堂々としていた。
事実、その振る舞いには遠慮の欠片もない。
兵達はノーグランテス辺境伯領軍の者達の言葉など聞き流し、馬を厩舎に入れて休ませ、倉庫へ物資を運び込み、それらに見張りを付け、そして部屋を割り当て休息する。
彼らにとって、マイゼル王国は滅ぼし支配する弱小国でしかない。
その辺境を治める田舎貴族の砦であり、その配下の弱兵になど、気遣いをし遠慮する必要など欠片も感じていなかった。
そのような振る舞いを見せつけられ、たった二千にしかならないノーグランテス辺境伯領軍の兵達は、彼らを歓呼で迎え入れることはなかった。
これで籠城の日々が終わるとの期待もある。
しかしそれと同時に、むしろ不快感を覚え、緊張と警戒を高めていた。
今は協力関係にあるとはいえ、他国の正規軍と貴族家の領軍である。
いつ自分達に対して牙を剥くか分からないのだ。
重要な施設、立ち入りを禁止した区画に、知ったことかとばかりに入られて好き勝手されてはならない。
見張りと警戒を厳にして、断固とした態度で当たらなくてはならなかった。
そして、ランテス砦の最上階。
司令官の執務室では、双方の大将が初めて顔を合わせていた。
「レガス王国軍マイゼル王国東方征伐部隊部隊長であり第六騎士団団長、エレアム伯爵家次男、ユーゲウス・ファルモだ」
ごつく、厳めしく、筋肉質の中年騎士ユーゲウスは、鋭く冷たい眼差しを目の前に立つ山賊の頭領がごとき中年貴族、ノーグランテス辺境伯へと向けた。
「よくぞ参ったファルモ殿。オレがノーグランテス辺境伯オルバス・マウガズナーだ」
山賊の頭領と見まがう厳めしい顔のまま、ノーグランテス辺境伯は短くぶっきらぼうに返す。
「しかし随分と遅かったな。レガス王国軍は軍馬ではなく亀に乗っていたとは知らなかった」
「手足を縮め甲羅に籠もっていては、外の情勢も見えんだろう。井の中の蛙ならず、井の中の亀か」
そして攻守が交代される。
「それにしても、よくぞこのような古臭く田舎臭い砦で籠城しようなどと思ったものだ。戦と言う物が分かっていないらしい」
「我が領軍は精強だ。設備や装備に依存しなければ勝てず、今から負けたときの言い訳を用意している弱兵とは鍛え方が違う」
息をするかのような嫌味の応酬に、側に控えていた互いの副官達がわずかに緊張を見せるが、応酬した本人達は不遜な態度を崩さず眉一つ動かさない。
そこには、笑顔も、歓迎も、友好も、信頼も、何一つなかった。
そこにいるのは、ただ一時的に共闘するだけの敵同士である。
だから、握手すら交わさない。
ノーグランテス辺境伯にしてみれば、不信感が募っていた。
ランテス砦方面へと向かってきていたレガス王国軍マイゼル王国東方征伐部隊は、山脈を越えてマイゼル王国へ侵攻してきてから、一度そこで足を止めている。
そのまま電撃的に進軍してきていれば、自らも砦から打って出て、ランテス砦を包囲していたマイゼル王国軍第八騎士団へ打撃を与えることが出来ただろう。
痛打を与えることは無理だとしても、少なくともランテス砦の包囲を続けられない程に消耗させることは出来たはずだ。
しかし現実には、マイゼル王国軍第八騎士団は南へ下がり、援軍に向かってきている王室派貴族家の領軍二千と合流しようとしている。
これでは、レガス王国軍が合流しても状況は変わらない。
包囲されているか、少し離れた場所から睨まれているか、その違いだけだ。
状況を打破し、王都マイゼラーへ大きく進軍するチャンスを逃したも同然である。
ユーゲウスや伝令からレガス王国軍の現在進行中の作戦について、具体的な説明を受けていなかったが、ノーグランテス辺境伯はレガス王国軍のおおよその企みを肌で感じ取っていた。
つまり、マイゼル王国軍や貴族家の領軍を集め、ノーグランテス辺境伯領軍を露払いとしてぶつけて互いにつぶし合わせ、マイゼル王国の軍事力を大幅に低下させることで、その後の支配を遣りやすくする腹づもりなのだろう、と。
マイゼル王国の軍事力が大幅に下がれば、ノーグランテス辺境伯がマイゼル王国の実権を掌握しても、レガス王国の無茶な要求や横槍を撥ね除けることが出来なくなる。
しかも、そこに狙いがあると分かっていても、その目論見を覆すだけの手駒が足りていなかった。
その、自身の不甲斐なさへの憤りもある。
加えて、ランテス砦に駐屯する領軍は二千。
対して、砦に入ったレガス王国軍は領軍も含めて七千。
その武力差で砦を制圧され、自分達が排除される危険があった。
そのような状況では、神経を尖らせないわけにはいかない。
さらに、裏切りを看破され、一度は軟禁されてしまい、あろうことかそれをレガス王国貴族であるビルレグトン伯爵の手引きで救われた。
そして、マイゼル王国侵攻の作戦を修正する事態にまでなってしまっている。
その負い目があり、それを弱味として見せないためにも、ことさらに不遜で強気な態度を取らざるを得なかった。
ユーゲウスにしてみれば、ノーグランテス辺境伯は祖国を裏切る恥知らずだ。
その上で、作戦変更を余儀なくされる程の失策を犯し、自領の砦で包囲されて身動きが取れなくなった無能である。
加えて、生粋のレガス王国貴族以外の貴族は、全て爵位を一つ下に見て、そのように扱うのが慣例だ。
よって、他国の伯爵以上、侯爵以下の辺境伯は、レガス王国貴族にとって子爵以上、伯爵以下になる。
つまり、自身は爵位を持たずとも、伯爵家出身のユーゲウスにとって、ノーグランテス辺境伯は貴族家当主だろうと自分より下の存在でしかない。
気を遣う必要などなかった。
ましてや、作戦上、使い潰す相手である。
分不相応な野心を抱く、取るに足らない使えない男。
それがユーゲウスにとってのノーグランテス辺境伯の評価だった。
「……」
「……」
互いの内心を読み合い、態度と視線で牽制し合う、わずかな沈黙。
しかし、互いに貴族であり、ましてや戦時中である。
いがみ合い、つぶし合うような真似をするつもりはなかった。
まだ、互いに利用価値があるからだ。
そこからは副官達が代わり、砦内での行動のルールの確認や、物資の融通、特に砦の備蓄からレガス王国軍への食料の融通と対価について、話し合われる。
当然、ノーグランテス辺境伯側は、砦内でのレガス王国軍の行動に大きく制約を懸けたいし、融通する物資の対価も吊り上げたい。
レガス王国軍側は、その真逆だ。
その折り合いを付けるのは、実は暗黙の了解やおおよその相場があるため、意外とすんなりと落としどころを見付けて決定される。
問題はその後。
両軍共同での作戦行動についてだった。
「敵が下がったのなら無理をして追い縋る必要はない。まず我が領の各地に散らばる敵を掃討し、その敵と対峙していた我が領軍をこの砦に集結させ、兵力をまとめ上げることが先決だ。そうして圧倒的な兵力で、眼前の敵を叩き潰すのだ」
「眼前に居座る敵を放置したままとはなんたる愚策か。こちらの兵力を分散し、後方を突かれる愚を犯せと? まず眼前の敵を打ち破ることこそ先決。そこに戦力を集中せずしてなんとする。自領なのであろう? その後、自分らで掃討して回復していけば良い」
レガス王国軍を盾にして消耗を抑えたいノーグランテス辺境伯側。
ノーグランテス辺境伯領軍を前面に出して使い潰したいレガス王国側。
双方の折り合いはなかなか付かず、深夜になるまで話し合いは続いたのだった。