722 ディーター侯爵領領都方面 敵援軍への対策
「事態が切迫してる中、突然の来訪で失礼する。メイワード伯爵エメル・ゼイガーだ」
ランテス砦方面の時と同じ挨拶をして、改めてその場の全員を見回した。
「マイゼル王国軍第七騎士団団長、ジターブル子爵家当主の三男、ガルディア・ジグリスだ」
中年の騎士が名乗って親しげに手を差し出してくるから、握手する。
「軍部で何度か顔を合わせ、挨拶と雑談程度だが言葉を交わしたことがあるが、オレのことは覚えておられるかな?」
「ああ、もちろん」
少し気にしたように確認してくるから、力強く頷くと、ジグリス殿はほっと表情を緩めた。
「それならば話がしやすくて助かる」
いや、ごめん。
本当は、ほとんど覚えてない。
ほとんど絡んだことがないから、一応、軍部で何度か顔を見て挨拶くらいしたことがある、程度にか認識してないんだ。
最初軍部に訪れた時、一気に大勢に挨拶されて全員を覚えきれなかったから、多分その時に挨拶されてたはずで、名前までは記憶に残ってなかった。
改めて、覚えとかないとな。
ジターブル子爵家は、ジターブル侯爵家の分家筋の子爵家だ。
ジターブル子爵となら、王家主催のパーティーや俺が主催したパーティーで、王室派の貴族として招待したことがあるから、挨拶と多少の会話は交わしたことがある。
本家筋のジターブル侯爵家の権威を背景に、ちょっと偉そうな態度が鼻についたけど、悪人ってわけじゃないし、王家への忠誠は本物だった。
そのジターブル子爵家出身の騎士ってわけだな。
ガッシリと鍛えられた身体と纏う雰囲気からすると、騎士としての実力は高そうだ。
指揮官としての能力は分からないけど、単にジターブル侯爵家の分家筋だから騎士団長に収まった無能……ってことはないはず。
ジターブル侯爵が、王家に十分な貢献を出来ない人材を重要な役職に就けてまで、権勢を拡大しようとするとは思えないからな。
権勢の拡大を狙ってのことなら、少なくともその役職に相応しいだけの能力はあるはずだ。
そこはジターブル侯爵を信じよう。
続けて他の若い騎士達、武官達が自己紹介してくれて、さらに援軍の領軍を率いる貴族達が自己紹介してくれた。
その貴族達の中には、自己紹介なんて今更のよく知った顔がいくつもあったけどね。
「よく来てくれたエメル」
「アムズが前線に出てきてるとは思わなかったよ」
「クラウレッツ公爵家としては当然だ」
アムズとも握手を交わす。
どこかほっとしたように俺の肩を叩いてくるから、安心させるよう、自信たっぷりに微笑んでおいた。
「その忠義は買うけど、嫡男まで前線に出して、本当に大丈夫か?」
「ああ。父が本隊で中央を、私がクラウレッツ公爵領に近い左翼の守りを固めることで、王都への進軍を阻止する。そのために動かずして、何が王室派だ」
地位に驕らず、身を以て王家に貢献する。
本当に尊敬するよ。
「贅沢を言うのなら、右翼のランテス砦方面にエイムズを派遣したかったところだが、あいつは文官でこういった荒事の経験が少ないから、さすがに任せられなかった」
「いや、アムズが前線に立つだけで十分過ぎるだろう。ただ、無理はするなよ?」
「当然だ。華々しく散って貢献するなど、ロマンを求めることはしない。それでは、それ以上、王家に忠義を尽くすことが出来なくなるからな」
さすがだな。
アムズがどの程度、部隊を指揮出来るのか知らないけど、アムズのことだから家柄だけの無能ってことはないだろう。
予断は許さないけど、アムズがここにいるのは少しだけ明るい材料だ。
もっとも、部隊を指揮した経験なんて俺にはほぼないから、人のことはとやかく言えないけどさ。
俺の場合は個人戦力に振り切っちゃってるから。
そして、よく知った顔がもう一人。
「メイワード伯爵が来てくれたことは心強い」
「リエッド子爵も前線に出てきてたんですか」
「ははは、当然だ」
当然と言いつつ顔色は悪く、青いな。
領地に籠もって領地経営するのが大好きな人だから、性格的にこういった荒事には向いてないもんな。
「そう言えば娘から手紙を受け取ったが、私に何か大事な話があるとか?」
「それについては戦争が終わってから、落ち着いてゆっくりと」
「ふむ、それもそうだな」
納得して頷くリエッド子爵は、パティーナの父親だ。
当事者不在で、しかもこんな他の貴族の耳目がある中で、『お嬢さんを俺に下さい!』なんて話をするわけにはいかないって。
そもそも、その話をするなら、クラウレッツ公爵に話を通してからじゃないと筋が通らないわけだし。
アムズが目の前にいるんだからなおさらだ。
そんな感じに他の貴族達、つまりはクラウレッツ公爵派の貴族達とも挨拶を交わす。
見た感じ、援軍の領軍はクラウレッツ公爵派で固めてるみたいだ。
ちなみに、王城で借りてる館で俺の護衛を頑張ってくれてるリリアナの父親であるレッケレッツ子爵は、ここの街道を南下してクラウレッツ公爵派の領地に入る入り口で、クラウレッツ公爵派領軍として他の貴族達と一緒に守りを固めてるらしい。
万が一ここを突破されたら、王都への進軍を阻止する防衛ラインとなるためだな。
ランテス砦方面と比べて顔見知りが多かったから挨拶に少し時間が取られてしまったけど、一通りの挨拶を済ませたら、早速本題に入る。
「俺は昨日――そして今日――」
前置きを省略して、昨日の偵察結果、ランテス砦方面の動きを説明していく。
そして今日、領都ディーゼルへ向かうレガス王国軍の援軍が、領都から四時間程の距離まで迫ってることも。
「メイワード伯爵、迅速な情報伝達に感謝する」
ジグリス殿は感謝の言葉を口にしながらも難しそうな顔だ。
俺が伝えた情報で、十分な援軍を送って貰えないと理解したからだろう。
それでもそこまで悲嘆に暮れてないのは、元から大規模な援軍は当てに出来ないって分かってたからだろうな。
「それで、ディーター侯爵領領都方面の状況は?」
「こちらは見ての通り、包囲を解いて後退した。挟撃されては適わんからな。開戦前からここに防衛陣地を構築していたから、後退に大きな混乱はなかったが、手詰まりと言えるだろう」
「やっぱりか。状況は本陣で大体聞いてるよ」
「それは話は早い。何しろ、ディーター侯爵は戦う気がないようでな」
「戦う気がない?」
マイゼル王国を裏切って、レガス王国に付いておきながら?
「領都に籠もって防備を固め、全く打って出てこようともしなければ、こちらの挑発に乗ることもない。明らかにレガス王国の援軍待ちだったのだろう。こちらの他の部隊が包囲網に合流しないように、ディーター侯爵領のあちこちでは、領軍が活発に反攻作戦を実施していたからな」
ああ、なるほど、そういう。
「おかげで、密偵を忍び込ませるのも一苦労だ」
「じゃあ、領都の様子や領軍の詳細も不明ってことに?」
「大雑把には掴んでいるが、詳細まではなかなかな……」
ふむ……。
「例えば、忍び込ませた密偵に市民を煽らせて、『マイゼル王国を裏切りレガス王国に付いた侯爵家許すまじ』みたいな感じで、こっちに協力させて門を開かせるとか、呼応して暴動を起こさせるとかは?」
「そうしたいのは山々だが……」
ジグリス殿が言葉を濁すと、アムズがやや腹立たしそうに説明してくれる。
「ディーター侯爵家は長年かけて、領民達に王家への不満を吹き込んでいたんだ。そのため、『舐められて戦争ばかり仕掛けられる情けない王家には従えない』との風潮が強い。そして今回、『マイゼル王国よりレガス王国の方が自分達の生活をよくしてくれる』との世論も広めているようで、領民の多くが煽動され、こちらに敵対的、そうでなくとも非協力的だ」
そんなことになってたのか。
「……あれ? でも、俺がトトス村にいた頃は、王家への不満とか耳にしたことなかったけど」
それはたった二年前の話だ。
長年かけて、ってことなら、耳にしてないはずがないと思うけど。
「そうなのか?」
「ああ。あっ、でも、うちの村は特殊だったからかもな……むしろ、ディーター侯爵家への不満の方が大きかったし」
税として納めた後の自分達の取り分として手元に残した高品質の作物まで、献上しろと取り上げようとしてきたから。
徴税官のみならず兵士までやってきた時は、また山賊どもが高品質の作物狙いで襲ってきたのかと思って、本気で撃退したんだよ。
ざっとその事情を説明したら、全員に苦笑されてしまった。
そこでふと思う。
もし、そういうディーター侯爵家への不満がなくて、村を出て向かう先を王都じゃなくて領都を選んでたら……。
今ごろ姫様もフィーナ姫もこの世にいなくて、俺も王家批判の世論に染まって、レガス王国の統治がいいとか言い出してたんだろうか?
……ゾッとしないな。
嫌な想像を、小さく頭を振って振り払う。
「エメルの村の事情はともかく、現状、領民達の私達に対する風当たりは強い」
「攻めに転じられなかったのは、何も兵数がギリギリだったからだけではない、と言うわけだ」
反抗的な全市民が武器を持ってゲリラ戦でも仕掛けてきたら、仮に陥落させて占領しても、統治も支配も現実的じゃないか。
ジグリス殿が言葉を継いで、もう少し詳細な、ディーター侯爵領領軍の監視網や偵察部隊の動きなどを説明してくれる。
確かに、兵力を温存して、積極的に矛を交えるつもりがない動きだった。
でもそれも、そろそろ終わりだろう。
「じゃあ、本陣で将軍達と話し合った作戦を伝える」
そう断ってから、俺が考えて話し合い決定した作戦を伝えてしまう。
当然、こっち方面のみんなにどう動いて欲しいのかも。
「それは……」
「なんと恐ろしいことを考えるのか……」
みんな、特に貴族達がすごく嫌そうな顔をする。
アムズも、クラウレッツ公爵がした顔そっくりの顔になってるし。
理由は同じ、自分達にそれをされたらって考えたからだろう。
「しかし、敵の思惑を外すのに有効なのは認めざるを得ないか……」
ジグリス殿が目を瞑って唸ることしばし、決意したように頷いた。
「分かった。その作戦に協力しよう」
「話が早くて助かる」
よし、これで中央、東側、西側と、全ての戦線でなんとかなりそうだ。
それからこっちも同様に、状況の監視と連絡用に特殊な契約精霊達の配置も忘れない。
「話がまとまったところで、本陣へ報告に戻るから、後のことはよろしく頼んだ」
手短に挨拶を済ませて、ロクに乗って飛び立ち、本陣へと向かう。
ちなみに、作戦の説明中にエンとデーモが合流。
デーモの報告だと、迂回ルートを通るレガス王国軍の姿はなし。
おかげで、問題なく作戦が実行出来そうだ。