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72 第二次王都防衛戦直前 演説

「我が親愛なるマイゼル王国の民達よ。我々は今、苦境に立たされている。それは今そなた達も目にしている、(いや)しいトロルども、ガンドラルド王国による我が国への侵略によるものだ。歴史を紐解けば、トロルどもは幾度となく我が国を脅かし、無辜(むこ)の民を攫い、国土を奪い取っていった。そして今再び、我らから全てを奪おうと、その野心を剥き出しにして攻め込んできたのだ」


 トロルを映し出した左スクリーンが、トロルの軍勢に寄っていって、その顔を、体躯を、人間の目の高さから煽るように大きく映し出す。

 ろくな防具も着けず腰布程度で棍棒を手にした姿は、中級妖魔でありながら、まるで野蛮な蛮族のようだ。


 アイゼ様の静かな怒りを含んだ言葉に、役人達や兵士達、そして市民達が、悔しげに唇を歪めていた。


「我らはそのような野蛮な真似を二度と許すわけにはいかない。だからこそ、王家を頂点としてまとまり、王族も、貴族も、民も一丸となって、これに抗した。先の王都防衛戦においても、騎士と兵士は武器を手に取り、民達もまた愛する家族を、友を、愛しき平穏なる日々を守るために、勇敢に戦い抜いたのだ。しかし、我々の力は及ばなかった……王都を奪われ、城を奪われ、我らが尊敬し、愛した国王陛下、王妃殿下の命までもが奪われてしまった。種族差の、その力の前に、我らは膝を屈するしかなかったのだ……」


 ただ人間に比べて巨躯を持ち、膂力(りょりょく)が強いと言うだけで、奪われ、殺され、奴隷として扱われて虐げられる。

 こんな野蛮で文明的でない種族の理不尽な暴力に、抗えぬ己の力のなさが悔しい。

 そんな気持ちを込めて、誰もがスクリーンのトロルを睨み付けた。


「しかし、そんな我らの前に一人の英雄が現れた。そう彼こそが救国の英雄、特務騎士エメルだ」


 右スクリーンに俺がアップでバーンと映し出される。

 正直、滅茶苦茶恥ずかしい……!

 滅茶苦茶恥ずかしいけど、ここはなんていうか、英雄のロールプレイって言うか、アイゼ様の演説を成功させるため、みんなに俺の力を信じて貰うため、なりきって堂々と佇み、余裕の表情で微笑む。


「そなた達も噂くらいは聞き及んでいよう。一介の農民でありながら(たぐ)(まれ)な精霊魔法の才を持ち、トロルに追われた私を救い、また単身で敵地となった王城へと(おもむ)き、国王陛下、王妃殿下を手にかけた憎きトロルロードを討ち仇を取り、囚われの身となった第一王女を無事に救い出し、そして我が物顔で跋扈(ばっこ)していたトロルどもを全て駆逐し、我らの城を、王都を、取り戻してくれたことを」


 アイゼ様の声に熱が籠もり張りが出るのに合わせて、聞いている人達のボルテージが少しずつ上がっていく。


「そしてその偉業を成し遂げた彼を支えたのが、彼の契約する精霊達……そう、一体ではない、六体でもない、人知を越えた八体もの契約精霊達なのだ!」


 右スクリーンが俺から外れて、八体の契約精霊達を順に映し出していった。

 途端に大きなどよめきが上がる。

 数と、大きさと、魔物のような姿と、美しい女性のような姿に。


「そなた達もこれで分かっただろう。稀代の精霊魔術師、救国の英雄エメルのその力が本物であると。それでもまだ疑いを持つ者がいるやも知れぬが、気付いているだろうか? こうして私の声を、姿を届けているこの魔法の意味を。精霊魔法とは、精霊に自らの精霊力を与え、その精霊に願いを叶えて貰うことだ。それは一つの精霊につき、一つの願い。行使できるのは一つの魔法だけだ」


 アイゼ様の言葉の意味に気付いた人達が、戸惑いざわつき、目を見開いて右スクリーンの契約精霊達を見る。

 画面はやがて俺に戻って来て、また俺をアップで映し出した。


「しかし先ほどエメルがこの『すくりーん』なる魔法を使用するところを目撃した者もいよう。水を、光を、風を、同時に三つの精霊を扱わなければ、この魔法は成り立たない。それも、王城に一つ、王都の四方の門に一つずつ、そして戦場で待機する兵士達の元に二つ。このように離れた七箇所同時に、私の姿と声を届けてくれている。ましてや、いかに優れた精霊魔術師と言えども、長くとも十五分魔法を維持すれば精霊力が底を尽き、疲労によって倒れてしまうだろう。にもかかわらず見よ、彼の汗一つ掻かず、泰然としたこの佇まいを!」


 誰もが驚きどよめく。

 しかも目の前の貴族達、特に俺に敵対的な態度を取ってる貴族達は、目を見開いて、信じられないって驚愕に彩られてる。


「そして今再び、稀代の精霊魔術師、救国の英雄エメルが我らのために立ち上がってくれた! 恥知らずにも再び王都へ迫り来たトロルどもを、その持てる力の限りを尽くして撃滅し、我らを、我らの王都を守るために!」


 王都の四方から『おおっ!』って歓声が上がったのが聞こえてきた。

 市民達の期待する視線が、右スクリーンの俺を見上げてる。


 俺がアイゼ様、フィーナ姫の前に進み出ると、中央スクリーンがわずかに引いて俺達のスリーショットを収めた。


「この国の、民の未来はそなたの双肩に掛かっている。頼んだぞ、エメル」

「はい、お任せ下さい! アイゼスオート殿下、フィーナシャイア殿下にはもちろん、この王都の民にも、王都自身にも、指一本触れさせません!」

「頼りにしています、エメル様」


 アイゼ様と力強く握手し、続けて騎士の礼を取って跪き、フィーナ姫の手を取ってその甲にキスをする。


 王家の二人と英雄の俺が懇意にしている。

 広く知らしめられたその光景に、城内、王都の四方、防壁の外の防衛部隊から、さっき以上の大歓声が上がった。


 俺が立ち上がって元の場所に戻ると、右スクリーンは俺を、中央スクリーンはフィーナ姫を映し出した。


「この国に住まう全ての皆さん、もう恐れることは何もありません。わたし達には救国の英雄エメル様がいらっしゃいます。この国は今日より生まれ変わるでしょう。異種族に怯え、大国に脅える小国ではなく、王家と、貴族と、民が共に手を取り合い、強く豊かな国へと変わるのです。王都の再建はまだ道半ばではありますが、わたし達は挫けることなく、歩みを進めています。その歩みを止めなければ、いつかかつてよりも素晴らしい王都を築き上げる事が出来るはずです。今、気持ちを一つにして、共に歩んで参りましょう」


 フィーナ姫の美しくたおやかな微笑みに、誰もが思わず見とれて溜息を吐いていた。

 そして中央スクリーンがアイゼ様に戻る。


「見よ、トロルどもが隊列を整えた。いよいよ戦いの火蓋が切って落とされる。しかし恐れ脅える必要はない。そなた達は今から、伝説の目撃者となるだろう。我らを守るために奮戦するエメルの勇姿を、エメルの前に為す術なく倒れていくトロルをその目に焼き付け、語り継ぐがいい。もはや我らに恐れる物は何もないのだと!」


 そして、拳を突き上げての大歓声が上がった。



 実際の映像と、キリの感情の増幅のおかげで、一体感がある実にいい演説だった。

 と言うわけで、トロルが動き出す前に、さっさと契約精霊達に指示を出していく。


「モス、レド、ロク、デーモは俺と一緒に来てくれ、トロルを全滅させる。サーペ、エン、ユニ、キリはこの場でアイゼスオート殿下とフィーナシャイア殿下の護衛を頼む」


 早速サーペは体長数メートルを越えるサーペントの姿を生かして、大きく鎌首をもたげると、高みから睥睨(へいげい)して周囲に睨みを利かせてくれた。


 万が一の時は、ユニの背中に二人が乗って王都を脱出して貰う必要がある。ユニがいれば、多少の傷なんてすぐに治してしまえるから安心だ。

 人型のエンとキリを残すのは、アイゼ様とフィーナ姫の側について貰って、サーペとユニの言葉の通訳および、万が一不測の事態が起きて二人がはぐれてしまったとき、言葉が通じる人型が側に居る方が、二人とも心強いと思うからだ。


『主様、お願いがあります。トロル討伐にはわたくしを同行させて戴けませんか? 是非使いたい魔法があるのです』


 エンの言葉に、アイゼ様とフィーナ姫を除くその場の全員が大きくどよめいた。

 精霊が自発的に考えて要望を口にする光景を、初めて見たからだろうな。


「でもそうなると護衛をどうするかな……」

 どういう魔法を使って殲滅していくか、そして護衛側にも役割をすでに決めてたから、どう入れ替えるのがいいのかちょっと悩む。


『でしたら我が主、ワタシが残りましょう』

「いいのかデーモ?」

『ええ、トロルを殲滅するのも楽しそうですが、ここで我が主の活躍に驚く人間達の姿を眺めつつ睨みを利かせるのも、とても楽しそうですので』

 どこかうっとり楽しげかつ意地悪げに『ウフフ』って笑うデーモ。


「ま、まあ、デーモがそれでいいなら、エンと役割を入れ替えよう」

『ありがとうございます、主様』


 よし、これで準備完了だ。


「では、行って来ます」

「うむ、頼んだぞエメル」

「エメル様、ご武運を」


 アイゼ様とフィーナ姫に力強く頷いて、ロクに飛び乗る。


「それじゃあいっちょ、トロルどもをサクッと全滅させて度肝を抜いてやろうか!」



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