表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
719/741

719 ランテス砦方面へ

 話し合いは夜遅くまで続き、解散したのは日付が変わって随分経ってからだった。


 そして、その話し合いの間に、ディーター侯爵領領都方面から早馬が届いて、西側から進軍してきたレガス王国軍の規模が判明。

 その数、約五千。

 領都に立て籠もってるディーター侯爵領軍二千と合わせて、敵部隊は七千となったわけだ。


 これは、予想より二千少なかったことで、その分、派遣する援軍の数を減らせて本陣の守りを固められるから、ラッキーだったって言えるだろう。


 おかげで話し合った俺の作戦に変更はなし。

 その日はそのまま貴族用の天幕の一つを借りて休ませて貰い、翌朝から早速動くことにする。


「それじゃあ将軍、行って来ます。援軍の準備をよろしく」

「任せておけ。エメル殿もしっかり頼んだ」

「もちろん。あんな嫌らしい策を考えたレガス王国の奴に、一泡吹かせてやるんで」


 お互いニヤリと笑って、俺はロクに乗って飛び立つ。

 目指すはまず、ランテス砦方面だ。


 実はこのランテス砦方面、って言うか、ランテス砦は、防衛の要衝として非常に重要な役割を担ってる。

 まあ、本来なら、だけど。


 大雑把に言うと、レガス王国の国土は東西に長い楕円形だ。

 その楕円形の南西部分で、マイゼル王国と国境を接してるわけだな。


 そして、レガス王国の王都レガスディアは、版図の中心より少し離れた東北東方向にある。

 きっと、主に南西方向へ侵略し版図を広げてきた、その結果だろう。

 そういう位置関係から、今回の敵の進軍拠点になってる三つの砦で言えば、東側の砦は王都から派遣された援軍が真っ先に到着する可能性が高い。


 加えて、国境の山脈は東に行くほど低く緩やかになってて、中央と西の進軍ルートと比べて進軍しやすい地形になってる。


 さらに言えば、中央の主要街道とはまた別に王都マイゼラーから北へ伸びる大きな街道が通ってて、そのままレガス王国へ至ってるし、東のフォレート王国から国境を越えて伸びてきた街道が西へと続いてる。


 つまり、そんな街道が交差する地点を睨み、防衛するのが、ランテス砦本来の役目なわけだ。


 だからノーグランテス辺境伯が招き入れたレガス王国軍にそのまま好き勝手進軍されたら、本気でとても面倒なことになる。


 ノーグランテス辺境伯派の領地を経由して、街道を南下してやや東へ迂回気味に王都へ至るルート。

 東へ進んで、元アーグラムン公爵派の領地だった、現在は王家の直轄地と王室派の貴族の領地へ攻め込むルート。

 西へ進んで、中央を進軍してくる本隊と共にマイゼル王国軍を挟撃するルート。

 などと、自由に進軍先を選べてしまう。


 西側からの部隊も含めて三方向から王都に迫られるのも問題だけど、東側の領地は叙爵や陞爵(しょうしゃく)転封(てんぽう)された貴族家の領地が多いから、まだ政治的にも軍事的にも十分に安定してない領地がほとんどだ。

 マイゼル王国軍の主力が中央の主要街道付近に集まってる以上、今、東へ向かわれると、抵抗などろくに出来ず蹂躙されてしまう可能性が高い。

 つまり、三つの進軍経路のうち、最も弱いところを突かれた形になるわけだ。


 じゃあ、レガス王国軍は最初からこの東側を主力部隊の進軍ルートに選べば良かったんじゃないか?


 と思うけど、将軍や参謀本部の分析だと、それはないらしい。

 なぜなら、そっちにマイゼル王国軍の主力を配置した方が、マイゼル王国にとって守りやすく、レガス王国軍にとっては面倒になるからだ。


 東側のルートは、中央や西側のルートに比べて、王都へ至るまでに通過しなくてはならない王家の直轄地や王室派の領地が多い。

 おかげで、補給など後方支援を受けやすく、また援軍を呼び集めやすい。

 仮にこっちの本隊を突破しても、道中も素通しなんてあり得ない話だ。

 つまり、最も激しい抵抗を受けるのが請け合いのルートになる。


 だから山脈越えの負担を負ってでも、その後の負担が少ない中央の最短ルートで主力を動かしたんだろう。


「ここまでは、双方の読み通りだったはずなんだよな」


 地平線の向こう、まだ見えてこないランテス砦を睨む。


 軍部がそう予想した上で、東側から進軍してくるレガス王国軍がたった三千しかいなくて、地形の割に進軍速度がやけに遅かった。

 しかも、ほとんどの部隊を中央に集めたんだから、数でごり押ししてくるに決まってる。


 東西はそれぞれランテス砦のノーグランテス辺境伯と、ディーター侯爵領領都のディーター侯爵に対する、救出に来ましたよって体裁を整えるだけの、小規模の部隊だけ。

 それも可能な限り交戦せずに籠城して犠牲を減らし、なおかつそれを放置出来ないマイゼル王国軍に砦攻めをさせることで、少しでも多く釘付けにする。

 つまり、事態は前後したけど、ノーグランテス辺境伯もディーター侯爵も、相応の規模のマイゼル王国軍を引き付けて戦端を開いたからもう役目は果たした、とばかりに見切りを付けられたんだろう、と思ったわけだ。


 ところが、蓋を開けてみればこのざまだ。


 そう判断する心理を突いた、実に嫌らしい作戦だよ。

 ここで退いてレガス王国軍が素通しになってしまい、さらに王都レガスディアから次々と援軍が届けば、もはや俺達に為す術はない、ってわけだな。


「ノーグランテス辺境伯も厄介な真似をしてくれたもんだ」


 ふと、議事堂でやり合ったときの、ふてぶてしい山賊の親玉みたいなノーグランテス辺境伯の風貌を思い出したから、取りあえず頭の中で殴っとく。


『我が君、今から殴りに向かいますか?』


 頭の中でキリの声が聞こえたから、苦笑して肩を竦める。


「そうしたいのは山々だけど、またの機会にしとこう」


 キリの冗談に気持ちを切り替えて。


「そろそろかな……お、やっと見えてきた」


 あれこれ考えながら情報を整理してる間に、随分と東の方へ飛んできたらしい。

 小高い丘のような場所に、近くを通る街道を睥睨するかのようにそそり立つ、無骨で頑丈そうな砦があった。


「こうして目にすると、ノーグランテス辺境伯が逃げ込んだ理由がよく分かるな」


 現状を考えれば最もマイゼル王国の国土を掻き乱しやすく、その混乱を利用すればランテス砦に攻め入られにくく、またレガス王国から援軍を受け入れやすく、万が一の時はレガス王国へ逃げ込みやすい。

 まさに利点だらけの砦なわけだ。


 最上階の司令官室の執務机の真後ろに飾られてる、ノーグランテス辺境伯家の紋章が入ったタペストリーで隠された隠し金庫の中に、今回の作戦の機密文書やレガス王国国王と交わした密約の手紙を隠してたのも、それを考えれば頷ける話だよ。


 おかげで軍部は、中央の主要街道に次ぐ、重要な戦略ポイントと見なして対応しなくちゃならない。

 西側から進軍してくるレガス王国軍に当てる戦力や、王都の守りを一時的に薄くしてでも、多くの兵力をそちらに割かないといけないわけだ。


 ちなみに。


 西側のルートは、国境を越えるとノーグランテス辺境伯領じゃなく、ディーター侯爵派の領地が国境に接してるんで、そっちに入ることになる。

 そして西側の街道をそのまま南下すると、辿り着くのはクラウレッツ公爵派の領地だ。

 だから、東側に負けず劣らず激しい抵抗を受けるだろうな、まず間違いなく。


 つまり、占領して支配するんじゃなく、各地を殲滅しながらマイゼル王国を滅ぼすつもりで進軍するのでもない限り、レガス王国が選べる主力の進軍ルートは中央しかないわけだ。


「ロク、砦には真っ直ぐ向かわずに、周辺を回ってくれ」

『キェェ』


 砦の西側からアプローチして、一応、進軍ルートが近い砦の北側から時計回りに、ぐるっと周囲を飛ぶことにする。

 すると、北側に回ってすぐ敵部隊が見えてきた。


「早いな! 今日中に砦に到達する見込みとは聞いてたけど、早朝から間もないのに、あと三、四時間……ってところか?」


 最初ゆっくり進軍してたのが嘘みたいな、かなりの速度だ。

 レガス王国の国旗と軍旗と、どこかの貴族家のだろう旗が見えるから間違いない。


 騎兵を先頭に、結構隊列が延びて後方の歩兵が遅れがちだけど。

 速度優先の行軍って感じだな。


 姿と気配を消したまま、高度を上げてその部隊の真上を通り過ぎながら、兵数を数えてみる。


「ざっと七千ってところか……報告通りだな」


 またもユニとキリが正確な人数を教えてくれたけど、細かなところはいいとして。


 見た感じ、レガス王国軍と貴族の領軍の比率は、半々より少し貴族の領軍が多い。

 中央の部隊は王国軍ばかりだったから、貴族の領軍を多めに回したのかな。


 ともあれ、敵部隊の姿を確認したから、もうここに用はない。

 引き返して、そのまま東回りで砦を迂回。


 東側の少し遠くの平地に、防壁に囲まれた町が見えた。

 多分、あそこが南北と東西の街道が交差する交易都市だろう。


「さて、肝心のうちの王国軍は……いたいた」


 南側へ回ってから周辺を見回すと、砦から南へ大きく距離を取って、六千くらいの部隊が駐屯する、建設中の防御陣地が見えた。

 旗は当然、マイゼル王国軍だ。


 消してた姿と気配を現してから、司令部らしい天幕の前に降り立つ。


「何やつ!?」

「貴様どこから――っ!? もしかしてメイワード伯爵ですか!?」

「ああ、その通りだ」


 天幕の前の見張りの騎士達が慌てて腰の剣に手を伸ばしたけど、伯爵の正装や左胸のジャラジャラ付けられた勲章よりもロクを見て、すぐに俺が誰か気付いたみたいだ。

 って、このやり取り、二度目だな。


 状況が状況だけにピリピリしてるみたいだから、俺に気付いた周囲の兵士達が余計に動揺してちょっとした騒ぎになる。

 ちょっと迂闊だったかな。


「驚かせて済まないな。本陣に到着した早馬から報告を受けて飛んできた。途中、空から敵部隊を見てきたから大体状況は把握してるつもりだ。部隊長と話がしたいんだが、ここにおられるかな?」

「はっ! 少々お待ち下さい、確認して参ります」


 見張りの一人が天幕の中に入って、待つことしばし。


「お待たせしました。団長がお会いになるそうです。中へどうぞ」


 天幕から出てきた見張りの騎士に案内されて、天幕の中へ入る。


 天幕の中は、簡易の組み立て式の机があり、そこに周辺地図が広げられてて、部隊配置の駒が置かれてる。

 そして、部隊長らしい老齢の騎士と、参謀役の四人の中年と若手騎士が難しい顔で、その机を囲むように立っていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ