71 第二次王都防衛戦直前 観戦準備
「皆の者、落ち着け。これは魔物ではない。救国の英雄エメルが契約している精霊達だ。そなた達に危害を加えることは一切ない」
落ち着き払ったアイゼ様の声に、扉へ殺到していた人達が動きを止めて振り返る。
一瞬遅れて、自分達の役割を思い出したのか、近衛騎士達も全員に落ち着くように呼びかけて、騒ぎを収拾していった。
ちなみに、近衛騎士達には事前に八体とも見せてたんだけど、その時は気配を抑えてたからか、どうやら動揺して一緒に軽くパニックになっちゃったみたいだな。
「本当に魔物ではないのか……?」
「襲って……来ないようだな?」
堂々とした姿で契約精霊達を眺めるアイゼ様とフィーナ姫と、出現したその場から一切動かない契約精霊達に、ようやく魔物じゃないって理解してくれたのか、少しは落ち着きを取り戻したみたいで、逃げ出そうとしてた人達が怖ず怖ずと大ホールの中央へと戻ってきた。
へたり込んでた人達もよろよろと立ち上がる。
そんな様子に噴き出すのを堪えるのが大変って言うか。
特に外務大臣と会議で顔を合わせてた他の反王室派の大臣や貴族達が、驚愕の表情で目を見開いてて、ヘナヘナへたり込んだまま、まだ立てなかったり、中央へと戻ってくる足取りも覚束なかったり、一言で言うなら、ざまぁって感じだ。
「このように巨大な契約精霊……あり得るのか……?」
「まさか本当に八体とは……六属性だけではないとの噂は真実ということに……」
「では、王都奪還の話も、誇張ではなく事実なのか……?」
まだざわついて動揺を隠しきれない人達に、フィーナ姫が優しく微笑む。
「荒唐無稽な作り話や英雄ごっこなどと揶揄していた者達が大勢いたようですが、これで少しはエメル様の成した偉業が事実であると理解出来たのではないでしょうか?」
笑顔でチクリと刺したその言葉に、慌てて視線を逸らす連中が続出だ。
対して、外務大臣だけは俺を憎々しげに睨んできて、さすが厚顔無恥で根性あるな。
「そして、今からあなた達もエメル様の新たな偉業の目撃者になります。これより、一瞬たりとも気を抜く暇はありませんよ。瞬きする間も惜しんで、全てをその目に焼き付けなさい」
フィーナ姫が、続けてアイゼ様が頷き、俺も頷き返す。
「では、これから観戦準備を始めます」
言って、ひらりとロクの背に飛び乗る。
たったそれだけで、再び大ホールはどよめきに包まれた。
エンとデーモがガラス戸を開けてくれて、ロクと一緒に外へと飛び出し、城壁とその上で俺を見上げて騒いでる兵士やメイドさん達に軽く手を振りながら飛び越えていくと、城壁より少し南側の上空で停止した。
それから、城壁や南の中庭に集まってる人達にはもちろん、大ホールに集まってる人達にも聞こえるように大声で、これからどんな魔法を使うのか、呪文を唱えるように説明する。
「水よ! 光よ! 全てを映し出す水鏡となれ! ウォータースクリーン!」
突き出した俺の右手から大量の水が溢れ出し、縦置きしたスマホの画面のような縦長のスクリーンが三枚、横一列に並ぶ。ただしそのサイズは、一枚一枚が映画館のスクリーンの縦横十倍はある、超巨大サイズだけど。
その三枚のスクリーンが発光すると、鏡のように真正面の光景、今は俺や王城の大ホールをバルコニーから覗いた光景だけど、それが映し出された。
その三枚のうち、中央の一枚を指さす。
「光よ! 風よ! 捉えた姿と音を水鏡に映し出せ! ビデオ・ディストリビューション!」
その瞬間、一切の遅延なく、中央の一枚にアイゼ様とフィーナ姫の並んだ姿が映し出された。
『聞いてはいたが、目の当たりにすると驚きだな』
『ええ、あの「すくりーん」とやらに、わたし達の姿が映し出されて、声まで響いてくるなんて、とても不思議な気分です』
映し出された二人の姿と声が、まさに目の前で見聞きしてるのと同じ物のせいで、大ホールから、さらに激しく動揺した驚愕の声が城壁を越えてまで聞こえてきた。当然、城壁の上や中庭でも同様だ。
そして、右側の一枚を指さして俺を映し出し、左側の一枚を指さして今まさに陣形を整えつつあるトロルの軍勢を映し出した。
途端に、大ホールのみならず城中から悲鳴が上がる。
ドシンドシンと地響きを立てながら歩く、腰布一枚と戦斧やメイス、棍棒を持った、身の丈が人間の倍はある、筋肉の塊のようなトロル達の凶悪な姿が、突然大写しされたんだから無理もないか。
しかもエンが気を利かせてくれたらしくて、地響きがするたびに映し出された光景も大きく揺れて、臨場感が半端ないし。
やがて画面が引いていって、隊列を整えつつある二万六千匹を映し出す。
大ホールに集まった全員が、その光景に固唾を呑んでいた。
多分、ほとんどの連中が、トロルの姿形を知識で知ってはいても、こうして眼前でリアルに動き回る姿を見たことはなかったはずだ。
まさに人間を遥かに上回る圧倒的な暴力の化身、死を告げる破壊者の軍勢。そんな風に映ってるんじゃないかな。
「じゃあ俺は、東西南北の門の前と、防衛部隊、見学組の前にもウォータースクリーンを設置してきます」
ロクと共に飛んで、市民が俺を見上げては指さし何か叫ぶのに手を振り返して、すでに市民が何万人と集まってる、そしてさらに続々と集まりつつある門の遥か上空に、同じく三枚ずつ設置してしまう。
今日だけは店の開店も仕事も遅らせて、ほぼ全ての市民が観戦するよう通達が出されている。中には噂を聞きつけた近隣の町や村の住人、行商人なんかもいるかも知れない。
当然、トロルを映し出した途端、市民からも驚愕の声や悲鳴が上がるけど、後は現場の警備に駆り出されてる騎士や兵士達に任せて、四箇所の門の上空に設置。それから南門を越えて防衛部隊の前方上空、そして見学組の前方上空にも三枚ずつ設置した。
もちろん、防衛部隊でも見学組でも、以下同文の騒ぎだ。
この世界の人はリアルタイムで動画配信なんて想像したことすらないだろうし、無理もないけど。
原理はすごく単純なんだけどね。エンが動画配信したい光景の光を集めて、王都上空に設置した同じスクリーンの反射板に照射。それをそれぞれのスクリーンに向けて反射させて映し出すだけ。音もロクとエンが協力して、まずマイクの要領で音を電気信号に変換。映像と一緒にスクリーンまで配信した後、電気信号に従ってスクリーンをスピーカーの要領で振動させて、音を再現するだけ。
単純な分だけ、遮る物がない屋外でしか利用できないけど、今回に限って言えば効果は絶大だろう。誰も彼もが度肝を抜かれて大騒ぎしてるし。
ちなみに、それぞれの箇所にスクリーンを設置すると同時に、スクリーン前の人達を映し出すための、スマホを横置きにしたサイズの小さなスクリーンを七つ、俺にしか見えない聞こえないようにして、俺の前に並べておいた。
だって映像を見てる人達の、リアクションをそれぞれ見てみたいじゃないか。
ともかく、準備は整ったんで大ホールへと戻りバルコニーに降り立つ。
「アイゼ様、フィーナ姫、準備完了です」
『アイゼ様、フィーナ姫、準備完了です』
同時に、右スクリーンから俺の声が聞こえてくる。改めて、問題なしだ。
「うむ」
アイゼ様とフィーナ姫がバルコニーに出て、その姿を正面から捉えた映像が、中央スクリーンに映し出された。
「皆の者、傾聴せよ。第一王子アイゼスオート・ジブリミダル・マイゼガント殿下、第一王女フィーナシャイア・ジブリミダリア・マイゼガント殿下よりお言葉がある」
さすがに職務だけあって動揺から立ち直ったのか、宮内大臣が厳かに告げると、城内、防衛部隊と見学組、そして王都中が静まり返った。