708 開戦へ向けて
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「即席とはいえ、なんとかそれなりの形になったな」
「それもこれも領袖の魔法のおかげだ。それがなければ、かなり厳しい戦いになっていただろう」
指揮所で眺めながら、ライアンと頷き合う。
ユーグ男爵領へ集まったメイワード伯爵派領軍の合同演習を、俺の魔法でフォローして、たった二日でなんとか実践するに耐えうるところまで持って行けた。
演習の密度や効率は、恐らく半月分の演習に匹敵するんじゃないかと思う。
ユニとキリに肉体的疲労と精神的疲労をコッソリ回復して貰いながらだったから、朝から晩までみっちり演習出来たからな。
さすがに臨機応変にとか、複雑な陣形を素早くとかは無理だけど、基本的なところは押さえたから、なんとかなるはずだ。
「こうして形になると、せめてあと半月の猶予が欲しいところだな。それだけの時間があれば、もっと様になるところまで演習出来るのに」
「そこはレガス王国次第だからなんとも。使者を送って願い出てみるかな?」
ライアンが冗談めかして肩を竦める。
そんな仕草も様になるんだから、イケメンってのは本当にずるいよな。
改まった公式の場ではないし、正確な意思疎通のため言葉遣いを崩してたライアンが、不意にその表情と言葉遣いを改めた。
「本当に、領袖には感謝します。この演習で、兵達の犠牲はさらに少なくなったでしょう。彼らの家族の多くが、夫を、息子を、父を失わず、涙を流さずに済みます」
改まって言われると照れるな。
だけど、当然だろう?
俺だって、出来れば味方に犠牲は出したくないからな。
「ここまでしたんだ、目覚ましい活躍をしてくれよ?」
「肝に銘じておこう」
冗談めかして言うと、それに応じて、ライアンはまた表情と言葉遣いを崩して笑う。
ともかくこれで一段落付いた。
「このまま一日か二日休ませて、それから王国軍に合流するために進軍を――」
「失礼します!」
今後の予定を話し合おうとしたところで、ライアンの配下の騎士が慌てて指揮所へと駆けてきて、略式の敬礼をした。
「慌ただしいな。どうした?」
ライアンがやや咎めるように問うと、その騎士はライアンにと言うより、俺に向かって報告してきた。
「国境より早馬です」
「「っ!!」」
宣戦布告の使者だったビルレグトン伯爵が国境を越えただろうと思われる日から、まだそれほどの日が経過してない。
明らかに、ビルレグトン伯爵はまだ王都に帰還してないだろう。
どうやら、予想通りかなり前倒しでレガス王国は動き出したらしい。
「すぐに伝令兵をここへ!」
「はっ!」
案内されてきた伝令兵が敬礼をして、すぐさま報告してくれる。
「レガス王国軍が国境沿いの三つの砦から進発! 進路は真っ直ぐ我が国の国境線へと向かっています! メイワード伯爵派各領軍は大至急、予定通りの行動を開始せよ! 以上です!」
「ご苦労。下がって休め」
「はっ!」
伝令兵を下がらせて休ませる。
「ライアン」
「はい。各家当主、指揮官を至急指揮所へ」
「はっ!」
ライアンが配下の騎士を走らせて、派閥の貴族達と領軍の指揮を任されてる騎士達を集める。
「今、国境から伝令が届いた。遂にレガス王国が動いたそうだ」
揃ったところで伝えた伝令の内容に、全員が息を呑む。
「とうとう、土足で踏み入ってきたか」
「これはきっちり相手をしてやって、叩き潰してやらねばな」
ディエール子爵とダークムン男爵達は、気合いも十分だ。
緊張して顔を強ばらせたのが、ユーグ男爵、ユーゴ男爵、ユーガム男爵達、そして明らかに怯えて震えてるのがトレアド男爵だ。
「こうなることは最初から分かってたことだ。腹をくくれ。この国を、家族を、領民達を守るために、死力を尽くして戦うんだ。この演習で、俺達はさらに強くなったんだ。恐れる必要はない」
檄を飛ばすと、逃げるわけにはいかないと、ユーグ男爵、ユーゴ男爵、ユーガム男爵、トレアド男爵、四人もようやく覚悟を決めたように、顔を強ばらせたままだけど強く頷いてくれた。
ライアンへと視線を向けると、意図を理解して手早く指示を出してくれる。
「演習を終えたばかりで兵達は疲れている。今日一日休ませ、明日早朝より王国軍と合流するため進軍を開始する」
レガス王国軍は本隊だけでも四万近くになる。
三つの部隊に分かれて進軍してるみたいだけど、トロルとは違うんだ。
それだけの数が一度に移動しようとすれば、どうしても進軍は遅くなり、時間が掛かってしまう。
そもそも、国境線は山脈だ。
交易のための街道が通ってるって言っても、平地を進軍するようにはいかない。
多分、砦から国境を越えるだけでも一日がかりで、想定される戦場に到着するまで、さらに四日や五日は掛かるはず。
ここで一日休ませるだけの時間的猶予は十分にあるはずだ。
俺はどう動くか。
それを考えてる間に、ライアンが具体的な行動と進軍について指示を出し、全員に即座に行動に移させる。
「ライアン、ディエール子爵、ダークムン男爵、ここは任せていいか?」
「領袖は王城へ?」
「ああ。伝令兵は走ってるだろうけど、少しでも早く情報を伝えた方がいいからな。王都で演習を続けてるうちの領軍も進発させないといけないし。その後は、様子を見るために戦場と国境を見て回ろうと思う。お前達と合流するのは、戦場で王国軍と合流する時になるかも知れない」
「分かりました。こちらはお任せを」
「よろしく頼んだ」
指揮所を出て、ロクに乗って最速で王城へと飛ぶ。
さあ、開戦目前だ。
レガス王国め、叩き潰してやるよ!
◆◆◆
「そう。レガス王国はマイゼル王国へ宣戦布告をしたのね。だとすれば、使者の帰還を待たずに動くでしょうから……そろそろかしらね~?」
エミリーレーンは自身の執務室で、部下からの報告を受けてレガス王国の動向を予想する。
自分なら間違いなくそうするとの思いもあり、ほぼ正確にその動向を見抜いていた。
「両国の軍はすでに動き出した、と見ていいでしょう」
エミリーレーンの断言に、部下達は頷く。
エミリーレーンの読みを信頼しており、また、自分達も同様に考えていたからだ。
「北部はどうなっているかしら?」
「はっ、第二目標は達成。北部は全て掌握しました。現在はトロルどもの反攻作戦に備えて南下しております。まだトロルが砦より打って出てきたとの報告はありませんが、引き延ばしはそろそろ限界かと」
「そう。南方の砦に集まるトロル兵や物資を襲って削ったことで、反攻作戦開始の時期を、丁度このタイミングに調整出来たようね。もう引き延ばしの必要はないわ。マイゼル王国も彼も、こちらへ介入している暇はないでしょうから」
「はっ、では例の策を進めさせます」
「ええ、そうして頂戴。不在中に領地を引っかき回された彼が、果たしてどんな顔をするのか、直接見られないのが残念だわ」
本気で残念そうな顔をして、しかし艶やかに笑みを浮かべた。
その目には、自らの勝利と、王太女の座、そして玉座が見えていた。
◆◆◆
「そう。それならもう開戦したと見なしていいわね。遅くともあと数日もあれば、戦端が開かれるに違いないわ」
同じ頃、シャーリーリーンもまた、部下からの報告を受けて、マイゼル王国とレガス王国の動きを読んでいた。
「エミリーレーンは?」
「前線へ向けて、盛んに指示を出しているようです」
「そう。反攻作戦も始まるでしょうし、色々と動くつもりのようね」
「メイワード伯爵領への手出しも考えているようですが……」
「そこが厄介ね。こちらの策を邪魔されでもしたら目も当てられないわ。でも、何を企んでいるかまでは、完全に掴めていないのよね?」
「はい。シェーラル王国に何かさせようとしていることだけは確実なのですが、こちらの動きを警戒しているのか、なかなか隙を見せず、詳細までは掴めておりません」
「そう……いいわ、引き続き動向を探って頂戴。それと、シェーラル王国軍が勝ちすぎないように調整も、ね」
「心得ております」
エミリーレーンの手は王太女の座に、そして玉座には届かない。
届かせない。
シャーリーリーンは決意も新たに頷く。
「シャルターお兄様も情報を掴んでいるでしょうし、そろそろ動かれるはず。私達も、策を次の段階へ進めましょう」
「畏まりました」
いつも読んで戴き、また評価、感想、いいねを戴きありがとうございます。
今回で第二十三章終了です。
次回から第二十四章を投稿していきます。
章タイトルが最後の最後になってしまいました。
後半は、開戦して初戦を戦うくらいまで書くつもりでタイトルを考えていたんですが……。
いつも通り、分量がどんどん増えていき……付けたタイトルが一致しないかも、と。
結果、開戦まで届きませんでした。
次は、ちゃんと開戦します。
詳細はこれからですが、恐らく、ほぼ戦争に関係する話ばかりになるかと思います。
更新再開は5月の第4月曜日、5月29日予定です。
二ヶ月ほど開いてしまいますが、ご了承下さい。
交互に更新していく予定なので、この後は『悪役令嬢は大航海時代をご所望です』の続きを、125話から始まる四十話前後のざっくり文庫本一冊程度を毎日投稿する予定です。
まだ予定分を全て書き上げていないので、最終的に何話になるかは未定です。
続きの内容は、第二部開始と言う感じで、大海原に漕ぎ出す前に整えたい政治的な状況や陰謀などをメインに、若干時間を巻き戻しまして、帆船の建造中に起きたヴァンブルグ帝国大使館主催のパーティーや、魔道具の特許利権貴族達の陰謀に関連するエピソードが中心になっています。
まだまだちょい役程度ですが、いよいよメインの攻略対象である王太子レオナードとの出会いもある予定です。
まだ未読の方は、よろしければ是非読んでみて下さい。
こちらの更新再開は4月の第2月曜日、4月10日予定です。
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