706 秘密のカミングアウト
◆
「なるほど、それでサランダがあんなリアクションを……」
呆れ半分、困った半分で、項垂れて反省する首謀者のエフメラ、それとモザミア、エレーナ、リジャリエラを眺める。
「で、でもね、意地悪するつもりじゃなくて、ただサランダさんの本音を聞きたかっただけだったんだよ? ちょっと強引だったかな……とは思うけど」
「そ、そうです。悪気があったわけじゃありません」
「サランダのためにも、ハッキリさせた方がいいと思ったから」
「ですガ、途中から少し楽しくなってしまって……反省していマス」
まさかリジャリエラまでがなあ……。
どの世界でも女の子は恋バナが好きみたいだし、そういう点ではやっぱり普通の女の子ってことか。
「ともかく、サランダは部屋に戻らせて休ませたけど、気になるからってあんまり弄るなよ?」
「はーい」
「はい」
「うん」
「分かりまシタ」
「よし、それじゃあ解散」
解散する四人を見送って、小さく溜息を吐く。
さて、これからどうしたもんか。
まさか、てっきり俺なんて対象外だと思ってたサランダが……って思うと、照れるような、嬉しいような。
正直、男として見られて悪くない気分だ。
真っ赤になった顔を隠してしゃがみ込んでしまったサランダは、八つも年上なんてこと忘れるくらい可愛かったし。
とはいえ、サランダはプライドが高いからなぁ。
それにみんなより少し年が離れてる大人の女性なわけだから、色々とデリケートだろうし。
これからどんな態度で俺に接してくるのか、予想も付かないのがなんとも。
それに俺も、どういう態度で接するべきか。
……いや、まあ、本当はどうすべきなのかはなんとなく分かってるんだ。
俺が態度をハッキリさせないのがサランダにとって一番困るはずだし、娘を、妹を思って、土下座せんばかりに頼んできたディエール子爵とグランジに対しても不義理だし。
改めてちゃんと話をした方がいいだろう。
プラーラを探して、サランダに伝言を頼む。
明日改めて話をしようって。
一晩置けば、少しは落ち着いて気持ちの整理も付くだろうし、これからどうすべきか考える時間も取れるしな。
そして翌日、執務の休憩時間にサランダを居間に招いて、ソファーに座って差し向かいで話をする。
もちろん、人払いをして二人きりだ。
サランダは少々緊張してるのか、やや表情が硬い。
「開戦が差し迫る中、このようなことで伯爵のお時間を取らせ、またお手を煩わせて申し訳ありませんわ」
「いや、俺にとっても大事なことだから、それはいいんだ。それより昨日はエフメラ達が悪かった。ちゃんと叱って反省させたから許してやってくれ」
最初は謝罪合戦になっちゃったけど、ともかく本題に入る。
「どの順番で話すべきなのか悩むんだけど……まずは俺の気持ちからかな。てっきり俺なんて眼中にないって思ってたから、正直、嬉しかったよ」
「っ!」
サランダの頬がわずかに赤くなる。
そんなリアクションが新鮮で、やっぱり嬉しくて、可愛いって思ってしまう。
だって八つも年上の大人の女性が、自分を子供扱いせず男と意識してくれてるなんて、胸が高鳴るだろう?
それだけで、女性として意識しちゃうし。
「だから、今すぐ結論を出すのが難しいとしても、サランダとの結婚の話、前向きに考えようって思ってる」
「っ……ですが、わたくしは……」
「うん、サランダにも事情や思うところがあると思うから、もちろんサランダが嫌じゃなかったらだけど」
目を伏せるように視線が逸らされてしまうけど、頬の赤みは増してる。
なんかこう……大人の女性を口説いてるって感じがして、ドキドキするな。
妄想するなら、担任の先生とお見合いしてる、みたいな。
「あ、勘違いしないで欲しいのは、前向きに考えるからって、それがディエール子爵とグランジに頼まれたからとか、政治的な判断でとか、そう言うんじゃないからな」
いくら派閥に入ってくれた貴族家から土下座せんばかりに頼まれたからって、好きでもない女の人と渋々結婚なんてごめんだ。
「帰り道、レドの上でも言ったように、サランダのこと、女性として魅力的だって思ってるし、結婚するのも『あり』だって思ってる。昨日の可愛いリアクションを見て、もっといいなって思ったし」
「なっ……!?」
真っ赤になっちゃって、益々可愛いんだけど。
◆◆
わたくし……もしかしなくても、伯爵に口説かれています!?
そう意識してしまったら、顔が熱くなって動悸が激しく……!
もちろん、わたくしだって殿方に口説かれた経験がないわけではありませんわ。
結婚する前の、まだ十四にもならない頃のパーティーでですけれど。
未成年が参加出来るパーティーは、子供同士、顔合わせやお見合い、お相手探しの意味がありますから。
でもそれは、ディエール伯爵家と縁故を結ぶ政治的な目的があって親に口説くよう言われたり、わたくしの容姿やスタイルを見て口説くことを決めたりと、決してわたくしの内面を見てのことではありませんでしたわ。
貴族の結婚とは家同士の結びつきのための政略結婚なのだから、当時は疑問も抱きませんでしたが。
ですが、目の前にいる伯爵が彼らとは違うことだけはハッキリ分かります。
わたくしの事情を全て知った上で、しかも子供を産めない身体だと思われているのに、それを気にした様子もなく、わたくし自身を見て、口説いてきているんですのよね。
……八つも年下の男の子なのに……そのはずなのに……こうも一人の殿方として意識してしまうなんて!
ええ、ええ、こうなったら認めますとも。
元農民の成り上がり者など、冗談ではありませんでしたのに、多少不慣れであっても伯爵はすでに貴族……それも、そこらの木っ端貴族とは比較にならない程に『力』を付けた、優れた貴族なのだと。
その上、いくら王家の意向があるとは言え、一代で、それもたった二年で伯爵位まで駆け上がり、辺境伯へ陞爵することすら決まっているだなんて、どの貴族が真似を出来ると言うんですの。
間違いなく、それだけの功績を挙げ、成果を出しているのですから、文句の付けようなどありませんわ。
それが、貴族としてとても魅力的に映ります。
そして重大な秘密を打ち明けてでも不妊治療をして下さると言う、格別な配慮。
それが、一人の殿方としても魅力的に……。
ですが、ここまできたら打ち明けなくてはならないでしょう。
伯爵の言う不妊治療をされれば、どうせ明らかになってしまいますわ。
子供を産めない身体だと言うのが誤診……いえ、元夫の息が掛かった医者による偽の診断だったことが。
そしてわたくしが自分のプライドを優先して、それを打ち明けられなかったことが。
でしたら、伯爵だけには自ら打ち明けるべきでしょう。
そのせいで、見栄に振り回された愚かな女、抱く価値も魅力もない女だと思われてしまったとしても……。
わたくしにだって、これほどの誠意を見せられれば、恥を晒してでも誠意で応えるくらのプライドがありますわ。
「伯爵。わたくし、お話ししなくてはならないことがあるんですの」
◆
恥を忍ぶような真剣な顔でしてくれたサランダの打ち明け話に、思わず唖然としてしまった。
「――と言うわけで、わたくしと元夫は仮面夫婦……白い結婚だったのですわ」
いやまさか、そんな理由で離縁までいったなんて……。
「ですから、せっかく気を遣って戴きましたが、わたくしに不妊治療は必要ありませんの」
うん、それは必要ないだろう。
だってサランダは清い身体……処女ってことだろう!?
「……呆れましたわよね?」
「いや……なんて言うか……」
「気を遣って戴かなくても結構ですわ。自分でも、今更ながらに呆れる話ですもの」
若さ故の過ちを嘆くような、どこか遠い目をするサランダ。
うん……確かに呆れた。
その元夫もだけどサランダにも、プライドを振りかざして意地を張って、一体何やってんだか!
でも……。
サランダに新たな属性が追加されてしまった。
八つも年上の二十四歳で、元人妻のバツイチ。
だけど、六年も結婚生活を送ってたのに、仮面夫婦で処女のまま。
元人妻なのに処女のまま!
元人妻なら、当然経験済みだって思うだろう。
しかも俺と出会う前の事なら、いちいちそれで目くじらを立てたり敬遠したりする意味はない。
むしろ、元夫より俺の方がいいって言わせてやりたいじゃないか、男のプライドに懸けて。
でも、人妻だったのに処女!
それはそれでありだろう!
他の男が手に入れるチャンスが六年もあったのに、そいつが手を出さなかった間抜けなおかげで、俺だけのものに出来るチャンスが巡ってきたんだ。
高いプライドが行き過ぎて、面倒臭くて間抜けなことになった、ちょっとアレな一面が明らかになったわけだけど、それはそれでちょっと可愛いと思うし。
最初に言った通り、前向きに考えようって思ってたわけだから問題ないし、むしろ俄然やる気が出てきた。
って言うか、本気でサランダが欲しくなってきた。
「サランダ」
席を立って近づきサランダの側に立つと、サランダの手を取る。
「は、伯爵……?」
「さっきは前向きにとか、サランダが嫌じゃなかったらとか言ったけど、気が変わった。意外と面倒臭くて呆れる面白いところもあって可愛いって思ったし、真面目に、俺との結婚を考えてみないか?」
「なっ……!?」
「急な話だったから、時間をかけてもいいって思ったからそう言ってたのに、それを翻しちゃって悪いけど。サランダも俺のことを憎からず思ってくれてるなら、いつかその気になったときにじゃなくて、今から結婚を前提で関係を進めていこう」
「っ……ぁ……ですが……」
真っ赤になって狼狽えちゃって、プライドが高くて気が強くても、押しに弱い一面があるのも新しい発見だな。
真っ直ぐに目を見つめて、瞳を覗き込むように顔を近づける。
サランダが小さく息を呑んで固まってしまった。
「返事は?」
「……っ…………は、はい、よろしくお願い致します」
「まったく、伯爵がこのように強引な方だったとは思いもしませんでしたわ」
プリプリと怒りながら、俺と一緒に居間を出るサランダ。
俺に押されてって言うか、雰囲気に流されてって言うか、押し切られて返事しちゃった感じだったもんな。
でも、顔は赤くて、嫌がってはいない、って言うか、満更でもなさそうな顔だ。
照れ隠しなのが見え見えなのも可愛いよな。
「本当に見境なしと言いますか、節操なしと言いますか、少しは自重なさったらどうなんですの」
「まあ、人数は多くなっちゃったけど、だからって誰彼構わず見境なく節操なしに女の子を口説いて回ってるわけじゃないからな? これはって思った女の子だけだ」
芝居がかった紳士的な振る舞いで、サランダの腰を抱き寄せる。
「っ……!!」
真っ赤になっちゃって、意外と初心で可愛いところもまたいいと思う。
「まったく伯爵は――!?」
怒ったように声を荒げかけたところで、不意に顔を引きつらせて固まる。
「サランダ、どうした?」
固まったまま一点を見つめるサランダの視線を辿ると……。
「「「「じぃ~~~~~」」」」
廊下の角から、エフメラ、モザミア、エレーナ、リジャリエラが半分顔を出してこっちを覗いてた。
「確保!」
と思ったら、エフメラの合図で駆け寄ってきて、俺の腕の中から奪うようにサランダの身柄を確保し、そのまま引っ張って走って行く。
「お、おいエフメラ!?」
「女の子同士の話し合い!」
「伯爵!? ちょっと助けて下さいまし!」
引きつった顔で振り返って、サランダが手を伸ばしてくるけど……。
「エメ兄ちゃんは来ちゃダメ!」
怖い顔で有無を言わさず、救出を却下されてしまった。
「……ごめん、サランダ。気が済むまで付き合ってやってくれ」
「そんな!?」
うん、本当にごめん。
その後、どんな話し合いが行われたのか誰も教えてくれないから分からないけど、サランダも俺のお嫁さんになることを認められたらしい。
ディエール子爵とグランジにいつ報告するか、改めてサランダと話し合わないとな。




