705 有罪判決
「何をどう誤解したら、わたくしが伯爵のことを好きで結婚したいと思っていることになるんですの!?」
わたくしは立ち上がって、バンとテーブルを叩きます。
わたくしの剣幕に驚いて目を見開いたのはモザミアさんとリジャリエラさんだけ。
エレーナさんは……相変わらず、表情が変わらなくて何を考えているのか読み取りにくいですわ。
エフメラさんに至っては、ひるみすらしていないとは。
「そうやって、はぐらかそうとばかりしてるのがいい証拠」
……っ!
ふてぶてしいくらいの余裕の顔で、じっとわたくしの目を見つめてくるその瞳は、全てを確信しているかのような自信に満ち溢れていますわね。
十も年下の女の子に気圧されるわけにはいきませんから、わたくしも瞳に力を込めてエフメラさんを見つめ返します。
「自分の立場の話をしたと思ったら、貴族の常識って言うのを持ち出して、かと思えばエメ兄ちゃんのためとか、反感がどうとか、どんどん話の論点をずらしていったよね」
「別に論点をずらしてなどいませんわ。考えるべきことがあると、そう言っているだけで」
「エフが聞いたのは、そういうことは一旦脇に置いといて、純粋にエメ兄ちゃんと結婚したいかしたくないかってことだよ。結婚したいなら『したい』、したくないなら『したくない』って答えればいいじゃない」
事は、そうシンプルに済ませられないから、わたくしがさっきから説明しているんですのよ。
「それって、『したい』けど『したい』って素直に言えないだけだよね?」
羞恥に顔が、かっと熱くなります。
いえ、事実を指摘されたから、などという話ではありませんわ。
エフメラさんを始め、他の三人にも同様に思われたから、先ほどの有罪判決めいた『黒』などと言われたことを理解したからですわ。
わたくしは、そのように見られていたと!?
いい年した二十四のバツイチが、本当は八つも年下の男の子と結婚したいのに、素直に言い出せないから誤魔化そうとしていると、そう思われたと!?
「サランダは最初、伯爵様を嫌ってた。侍女の仕事も嫌がってた」
「エレーナさん?」
何を言い出していますの?
「それは当然ですわ。当時、一度は伯爵夫人として傅かれたこともある伯爵令嬢だったこのわたくしが、何故元農民からなりあがった男爵ごときの侍女として身の回りの世話をしなくてはなりませんの」
「うん。プライドが高いサランダは、だから全然納得してなかった」
「それが、なんなんですの?」
「でも今は、楽しそうに侍女として働いてる」
「楽しそうかは別にして、軍門に下り、ディエール子爵家の命運を託した以上、最低限の仕事をこなすのは当たり前でしょう」
一族郎党処刑されずに済んだのは、エレーナさんが当時男爵だった伯爵や殿下を説得して、わたくしに投降を呼びかけたから。
エレーナさんには当然、それを認めて下さった殿下にも、庇護下に入れて戴いた伯爵にも、降爵と転封だけで罰を済ませて戴いた恩義がありますわ。
その恩義を返すのは当然でしょう。
ですがそれと恋愛感情は、また別の話ですわ。
わたくしはもう、恩義を恋愛感情へと結びつけるほど、青臭い小娘ではありませんことよ。
「でも今は伯爵様を認めてる。これだけ領地を発展させて、派閥を立ち上げて大きくして、大貴族ですら無視できない権力と発言力を手に入れたから」
「それは……確かに認めるところですわ。貴族の慣習の知識やマナーの不足はともかく、お教えすれば理解して下さいますし、その考え方や膨大な知識はとてもただの農民とは思えない程で、下手な貴族よりよほど聡明で賢明で優れていると」
でなければ、たった一年で、このようなゼロから……ある面においてはマイナスからスタートしたような新たな領地を、ここまで発展させるなど不可能ですわよ。
それは、同じ条件で領地を治め始めたお父様やお兄様達ですら足下にも及んでいないことからも、明らかですわ。
「つまりそこがサランダさんの琴線に触れて、伯爵様を慕うようになった、と言うことでいいんですね?」
「モザミアさんまで何を!?」
「いえ、サランダさんは、以前からディエール子爵に伯爵様の側室になるように言われていましたよね? 一時期それに苦悩されていたようですけど、嫌なら嫌だと即座に一蹴せずに苦悩していたのは、伯爵様が爵位で自分に並び立てるだけの地位を手に入れて、さらに高みに登ることが明らかだったから、でしょう?」
「それは……」
確かにそうでしたわ。
「だったら悩まず、政略結婚と割り切って、むしろチャンスだって積極的に結婚を迫るべきだったのでは? いちいち、自分の年齢や、バツイチなことや、子供が産めないことなんて気にする必要ないですよね? それより、伯爵様を自分に惚れさせるように立ち回るのが正解だと思うんですけど。そうしなかったのは何故ですか?」
「何故……と言われましても……」
「アア、ご領主様ガそれヲ気にされるかもと、気にして動けなかったと言うわけデスね」
「プライドが高いサランダが、嫌だと一蹴もせず、かといって即座に地位にも飛びつかなかったことからお察し」
なんですのその解釈は!
それではまるでわたくしが……!
「乙女心ですね。サランダさんも可愛いところあるじゃないですか」
「なっ……!?」
思わず心臓が大きく跳ねて、一気に顔が熱くなって……!
「結局、エメ兄ちゃんにどう思われるか怖くて、言い訳ならべてただけなんだよね? サランダさんって面倒臭いなぁ」
「っ……!」
言い返したい。
言い返したいのに、言葉が出てきませんわ……!
これではまるでそれを認めているようなものではありませんの!
「じゃあ、あれですか? アタシ達が伯爵様と一緒にいるとき、時々遠目から眺めるだけで交じってこなかったのは、恥ずかしかったから?」
「なるほど……いい年してエフ達に交じって、エメ兄ちゃんに好きってアピールするのが恥ずかしいって、見てるだけしか出来なかったんだ」
「サランダさん、お顔ガ真っ赤で、可愛いデス」
「っ……!?」
慌てて両手で顔を覆い隠せば、顔中が熱いくらいで……!
「そんなこと、ありませんわ! ええ、絶対にありませんわ!」
必死に否定しているのに、なんで四人ともそんな目でわたくしを見るんですの!?
「もう認めちゃいなよ。本当に面倒臭いなぁ」
「薄々、くらいの話だったんですけど、ここまで分かりやすく劇的な反応をするとは思いませんでしたね」
「帰ってくるときの伯爵様の不妊治療の話。多分、あれが決定打」
「ああ、お姫様抱っこされながらのあれですね。見ていて羨ましいくらいでした。自分のためにあれほどの秘密と『力』を、って思えば、落ちない乙女はいないですよね」
「ハイ、とてもよく分かりマス。それまでもご領主様ならと気持ちヲ固めていましたガ、秘伝ヲ教えて戴いた時、これほどの叡智ヲ授けて下さるなんてと、もう一生ご領主様に付いて行くしかない、ご領主様の赤ちゃんヲ産みたいと、そう思いまシタ。サランダさんも、きっとそう思ったのデスね」
「ですから違うと言っていますでしょう!?」
「あっ、逃げた!」
気付いたら、会議室を飛び出して走っていました。
まさか、まさかこのわたくしが逃げ出すような真似をするなんて!
わたくしはこれから一体、どうすれば――
「――きゃっ!?」
「うわっ!?」
廊下の角を曲がった瞬間、誰かにぶつかってよろけてしまいます。
「サランダ!? 大丈夫か?」
咄嗟に腕を掴まれて、倒れる前に強い力で引かれて抱き留められて――
「――伯爵!?」
「珍しいな、サランダが廊下を走るなんて無作法や、曲がった先を確認しないなんて。で、てっきり部屋で休んでるんだと思ってたんだけど、何かあったのか?」
わたくしよりまだ背が低いのに、わたくしをしっかりと抱き留めて……。
「え? ちょ、サランダ!?」
腰が抜けたようにヘナヘナと、その場に座り込んでしまいます。
顔が熱くてたまらないですわ……!
何故、こんなことになってしまったのか!
それもこれも、エフメラさん達が寄って集ってあんなことを言うから!
自覚させられてしまったじゃありませんか!
気付きたくなくて、懸命に目を逸らしていたのだと!
自覚がない自分のままでいたかったのだと!
「サランダ? 本当に大丈夫か?」
気遣い、しゃがんで覗き込んでくる伯爵。
もう、両手で覆った顔を上げられませんわ。
とっくに適齢期など過ぎたバツイチのわたくしが、八歳も年下の男の子を一人の殿方として意識してしまっていただなんて!
二十四にもなって、これがわたくしの初恋だなんて!




