703 サランダの懸念を払拭する方法
レドの上から滑り落ちたサランダに、一瞬唖然としてしまって、慌てて手を伸ばす。
サランダも咄嗟に手を伸ばしてきたけど、ほんのわずかな差で届かない!
「モザミア、エレーナ! しっかり掴まっててくれ!」
「は、はい!」
「うん!」
「レド!」
『グルゥ!』
レドが大きく身体をくねらせて、サランダを追って反転急降下する。
「モス! デーモ!」
『ブモゥ!』
『お任せを、我が主!』
グラビティフィールドで急激に落下速度が落ちたサランダの下に回り込んで、お姫様抱っこでキャッチする。
「大丈夫かサランダ!?」
「……」
意識が飛びかけちゃったのか、呆然って言うか朦朧って言うか、目の焦点が合ってないし、呼びかけても反応がない。
さすがにこれは無理もないか。
「サランダさん、平気そうですか?」
「サランダ、大丈夫?」
さすがにモザミアもエレーナも青い顔をしてるな。
「大丈夫、驚いて放心してるだけだと思うから。ちゃんとキャッチしたから掠り傷一つないし」
二人を安心させてから、キリを呼び出す。
「キリ、サランダを落ち着かせて、気をしっかり持たせてやってくれ」
『お任せ下さい、我が君』
キリが気持ちを落ち着かせてくれたおかげか、程なく、サランダの合わなかった目の焦点が俺の顔で結ぶ。
サランダの手が微かに震えながら、俺の胸元を強く握り締めた。
「……死ぬかと……思いましたわ」
うん、声も震えて涙目だ。
こんな時になんだけど……普段から気を強く持ってるサランダの弱々しそうな表情と涙目が、普段とは違うギャップがあって、これはこれでなかなか。
「なんか、驚かせちゃったみたいでごめんな?」
「……まったくですわ」
さっきの会話を思い出したのか、顔を赤くして、目尻に涙を浮かべたまま睨み付けてくる。
それから大きく深呼吸して、ようやく人心地がついたらしい。
目に力が戻って、声にも張りが出る。
「冗談にも程があると言いますか、時と場所を選んで戴きませんと」
「別に冗談を言ったつもりはないけど?」
「なっ……!?」
「まあ、サランダにとって俺は色々対象外かも知れないけどさ。俺からすれば、サランダは十分に対象の範囲内だし、むしろ魅力的だと思うけど」
「ま、またそのような冗談を……!」
「いやまあ、この感情を恋愛感情かって言われると、そこまで言い切れる程じゃないって言うか……頼りになる憧れのお姉さん的な? でも、少なくともサランダが不幸な再婚をさせられるのを黙って見過ごせないくらいには、好意的に思ってるのは本当だよ」
「……!?」
ちょっと気障すぎたかな?
サランダも赤い顔をして言葉に詰まってるし。
「で、ですがわたくしは、子供を産めない身体だと……」
「ああ、それなんだけど、もしかしたらなんとかしてあげられるかも知れない」
「なっ!?」
「伯爵様!?」
「それ、本当!?」
さすがに今の俺の発言は、サランダだけじゃなくて、モザミアもエレーナも驚いたらしい。
エレーナの声音には、もし本当に出来るならサランダにしてやって欲しいって、期待とお願いも籠もってる。
「飽くまでも可能性だけで、出来ると断言は出来ないんだけどさ」
「それでも十分すごい話ですよ! 伯爵様、それは一体どうやって!?」
当事者のサランダより、何故かモザミアの方が食いつきがいいな?
以前から、俺の魔法には興味津々だもんな。
「一応、ここだけの話にしといてくれ」
念を押して、三人が頷いてくれたのを確認してから説明を始める。
「俺には生命の精霊のユニがいるだろう? だからまずユニの魔法で、妊婦、妊娠はまだだけど子供を作ろうとしてる女性、子供が出来ない身体の女性、それぞれ大勢の女性を対象に、長期に渡って身体の生理機能を観察することで、その差異をデータとして収集し、比較するんだ。そうすれば、妊娠出来ない原因の究明や、解決策が見つかるかも知れない」
子供を産めない、出来ない身体と言われてる女性が、何故妊娠出来ないのか。
さすがに俺もそんな知識までは持ってない。
だから、どこをどう癒したら、またどの器官の生理機能をどう活動させたら妊娠可能になるのか、全く分からないんだ。
それじゃあさすがに俺も精霊にイメージを伝えられない。
いくら精霊がいい感じにやってくれるとはいえ、精霊だって元となるイメージがないと魔法を使いようがないからな。
「もちろん、その結果体調を崩したり、ホルモンバランスが崩れて別のなんらかの病気になるリスクがないわけじゃないから、確実に安心安全とは言えないんだけど」
そういうことも踏まえて、俺が可能な限り頻繁に様子を観察して、ユニの魔法でフォローしていく必要があるだろう。
「そんな方法が……」
「伯爵様、すごい」
モザミアとエレーナの素直な称賛は嬉しいけど、やってみないことには本当に原因が究明出来るかも分からないわけで。
「……」
サランダが、なんだか戸惑ってるような、狼狽えてるような、そんな落ち着かない顔で視線が彷徨ってる。
ずっと諦めてた話を、いきなり解決出来るかも知れないって言われたら、現実味がなくてどういうリアクションを取っていいか困ってもおかしくないか。
「くどいようだけど、もしこの話が広まったら多分かなり面倒な事になると思うから、本当にここだけの話で頼むな」
「はい。もし広まったら、各国から子供が出来ない夫婦が殺到してきそうです」
「確実に嫡男を妊娠させてくれと、よく知りもしないまま無茶を言う王族や貴族も出てきそう」
モザミアとエレーナの言う通りだ。
そういう人達の気持ちは分からないじゃないけど、俺は医者でもなんでもないし、見ず知らずの連中のために、付きっきりで面倒を見たり、各国を飛び回って往診なんてしてられない。
飽くまでも、俺の周りで手が届く人達だけに、俺に負担が掛からない範囲で手を差し伸べるので精一杯だ。
改めて、お姫様抱っこされたまま、戸惑い狼狽えてるサランダに目を向ける。
「今言ったようにリスクがないわけじゃないから、すぐには決断できないと思う。それに、ディエール子爵とグランジを始め、家族とよく相談した方がいいと思うし」
「……か、家族と相談ですの!?」
なんでそんなに慌ててるんだ?
「当然だろう? リスクがないわけじゃないんだから、家族の同意は必要だろう?」
「い、いえ、ですがそれは――」
「家族の同意が得られた上で、サランダが望むなら、データ収集に時間が掛かるけど、これも不妊治療……って呼んでもいいのかな? 挑戦してみるよ」
「――!? そのようなことで、わざわざ伯爵の手を煩わせるには――」
「いいって、他ならぬサランダのためだしさ」
「――っ!」
「もし上手くいけば、今よりいい条件の再婚相手を探せるようになるはずだ。その上で、それでも俺の側室にってことなら、その時また改めて考えよう」
「………………はい」