688 改めての告白
◆
パティーナに告白された。
馬鹿貴族から守ったときに、思わずポロッと口にしてしまったって奴じゃなくて、改めて。
リリアナが強引にパティーナを連れてきたと思ったら、二人きりで執務室に閉じ込められてしまって。
「……さ、さっきは逃げてしまって、済みません……その、でも……」
最初こそ、恥ずかしがって何も口に出来なかったパティーナだったけど……。
「……いえ、改めてちゃんと言わせて下さい。わたし、ご主人様が……好き……です……好きなんです。ご主人様には殿下方や他にも側室候補の女の子達がいるのに、急にこんなことを言われてご迷惑かも知れないですけど、でもこの気持ちに気付いてしまったら、もう止められなくて――」
話し始めたら、どんどん言葉が出てきて。
いつも明るくて甲斐甲斐しくお世話してくれるけど、根っこの部分では真面目でおしとやかで控え目なのに、らしくなく昂ぶった感情のままに思いの丈を伝えてくれた。
おかげでもう、滅茶苦茶照れる!
もしかしたらそうなんじゃないかな……。
でもやっぱり違うかも……。
なんて思ってたから、やっぱりそうだったんだって分かったら、改めて顔が熱くなってドキドキしちゃったよ!
「――初めての時は全然自覚が持てないままでしたけど、さっきまた守って貰った時に、その……抱き締められて守られて、ご主人様をこれまでにないくらい男性として強く意識してしまって……だってご主人様は、この一年半程の間に背も伸びて、すごく男らしくなっていたから……」
「そ、そうなんだ」
男らしくなったとか、男性として強く意識したとか、そんな風に言われたら、男として滅茶苦茶嬉しいだろう!?
しかも、二歳年下で、年齢的にもお互い高校生くらいなんだぞ!?
仮に特別意識してなかった後輩の女子だったとしても、こんなの滅茶苦茶意識しちゃうに決まってる!
それが普段から可愛いと思ってた上に、もしかしたらなんて、ちょっと自意識過剰なことを考えちゃってた子からなら、余計にさ!
「一度でもそう意識してしまったら、もう鼓動が激しくなって収まらなくて……この想いが溢れてしまって何も手に付かなくなってしまって」
ああもう……可愛い!
真っ赤な顔で、懸命に想いを伝えてくれるパティーナが滅茶苦茶可愛い!
「もしまた今日のようなことが起きたらと思うとわたし……」
辛そうに俯いて、それからすぐに顔を上げる。
「他の人は嫌だと……これからもずっとご主人様の腕の中で守られていたいと、そう思ってしまったわたしは、はしたない……でしょうか?」
「いやもう全然可愛いです!」
「えっ!? か、かわ……!?」
ただでさえいっぱいいっぱいって感じに赤かった顔が、見る間に火が噴き出そうなくらいに真っ赤に染まって、固まってしまう。
だから、そういう反応がいちいち可愛いんだってば!
それにしても、俺の身支度を手伝う時、特に俺の勲章を付けたり外したりする時、やたら嬉しそうで楽しそうだったのは、やっぱりそういうことだったんだな。
まさか自覚がなかっただけだったなんて思わなかったよ。
でもこうなると、俺もこれまでみたいになんとなくの曖昧な感じじゃなくて、一人の女の子として強く意識せずにはいられないわけで。
そして意識した以上、他の奴には取られたくないわけで。
最近よく思うようになったけど……やっぱりチョロいな俺!
ただ、パティーナが嬉しさを隠せない顔から一転して、また急に辛そうな顔になって鬱ぎ込んでしまう。
「……でも、わたし、それ以上にご主人様にお伝えして謝らないといけないことがあるんです」
「俺に謝らないといけないこと?」
「はい……わたし、ご主人様の侍女になったのは、実はクラウレッツ公爵から密命を受けて――」
それ、本来なら隠し通したかったくらい、滅茶苦茶言いにくいことだろうに。
しかも、クラウレッツ公爵への裏切りにも等しいわけだし。
それでも正直に伝えて謝ってくれたのは、やっぱり根っこが少し不器用なくらい真面目で、なんでもつい難しく考えちゃうタイプだからなんだろうな。
「――だから、ご主人様のことを好きになる資格も、好きになって貰える資格も、本当はないんです……幻滅しましたよね?」
「いや、全然そんなことないけど?」
「え? でも……」
「だって実際にパティーナに邪魔されたこと、一度もないんだから。だから、悪い奴は誰かって言えばクラウレッツ公爵で、パティーナも俺と同じ被害者だろう? それなのに、パティーナを責めたり幻滅したり、ましてや嫌ったりなんてしないって」
「ご主人様……」
口を両手で隠して、パティーナがポロポロ涙を零す。
よっぽど負担になってたんだろうな、その密命が。
だから労るように、優しく頭を撫でる。
「そんなこと、全然気にしないでいいからな」
「……ありがとうございます、ご主人様」
パティーナがクラウレッツ公爵から密命を受けてたことは、当然知ってた。
募集した侍女に応募してきたからには、絶対に背後関係と目的を確かめないといけなかったから。
パティーナ本人が乗り気じゃなかったし、同じくクラウレッツ公爵派から送り込まれてきたリリアナに至っては全然その気がなかったこともあって、取りあえずこの二人を雇っておけば、当分はクラウレッツ公爵もそれで納得するだろうって思ったから採用したんだ。
結果、当初の読み通り、二人が具体的な動きを見せることはなかった。
だからそれ以上、二人について改めてキリに再確認はさせなかったんだよ。
「パティーナがここまで正直に言ってくれた以上、俺もちゃんと言わないとフェアじゃないよな。あ、もちろん、そうじゃなかったとしても、俺の方はちゃんと言わないといけないことなんだけど」
「ご主人様、それは?」
自分がそれほど大きな秘密を暴露したからか、俺の話もそれほどなのかと、なんだか表情を硬くして少し身構えてるな。
どうせ後から絶対にバレるんだし、今言わずに誤魔化して後からバレたら、それこそ嘘吐きでパティーナを傷つけることになってしまう。
正直、自分でも滅茶苦茶言いにくいんだけど……。
「実は俺、婚約こそまだだけど、姫様を含めて、結婚の約束をしてる女の子が六人いるんだ」
「ろく、にん……!?」
うん、目を丸くして唖然としちゃうよな……。
「もうそろそろ表に出してもいいだろうって話をしたから言っちゃうけど、姫様だけじゃなくて、フィーナ姫とも結婚を前提にお付き合いしてる」
「やっぱりフィーナシャイア殿下とも……」
「あれ? これは予想されてた?」
ちゃんと隠してたつもりだったんだけど……。
領地ならともかく王城で俺の身の回りの世話をする侍女だから、何かの拍子にバレてたのかも知れないな。
俺達が情報を流出する前にこの話が広がってなかったってことは、気付いてても、黙っててくれたってことなんだろうな。
そういう意味では、パティーナが信頼出来る女の子なんだって改めて分かったのは良かったよ。
「アイゼスオート殿下のことはすでに公言されていましたし、フィーナシャイア殿下のことも薄々そうじゃないかとは思っていました。領地の方から伝わってくる噂で、他にも側室候補がいると言うお話は知っていましたけど……それにしても、全部で六人もいたなんて……」
六人は、さすがに多いよな……分かってたけどさ。
「それと、これはちょっと言いにくいけど、これこそ言っておかないとなんだけど……そのうちの一人が、実の妹のエフメラなんだ」
「い、妹!? ご主人様は血を分けた実の妹とまで結婚するおつもりなんですか!?」
うん、驚くよな。
王子様を女装させて結婚しようなんて言い出した上、その姉姫様とまで結婚しようなんて、まずちょっとあり得ない話だ。
そこにきてさらに実の妹なんだもんな。
「俺こそ幻滅されちゃったかな……?」
「幻滅……と言うよりも、ご主人様が何を考えているのか分からなくなりました……」
うん、なんと言い様もない複雑そうな顔をされてしまった。
ドン引きされてないだけマシだって思っとこう。
「まあその、なんだ……エフメラの場合は事情が事情でさ」
エフメラ本人が小さい頃から俺のことを一人の男としてしか見てなかったこともあるけど、愛弟子として育てすぎちゃったからな。
政治利用、経済利用、軍事利用、俺への対抗手段としての切り札。
俺が言うのもなんだけど、世界でもトップクラスの利用価値がある女の子だと思う。
だからそこの辺りの事情を詳しく説明する。
もちろん、俺が転生前の記憶を取り戻したおかげで、最初から妹としていたエフメラを純粋に実の妹として見られなかったことは秘密だけど。
「妹君を守るために……ですか。事情は理解しました。納得は、すぐには難しいですけど……」
「事情を理解してくれただけでも助かるよ」
この辺りの事情は、この先も、新しい女の子とそういう関係になるたびに説明して、理解して貰わないといけないんだよな。
まあ、今のところこれ以上の女の子とそういう関係になる予定はないけど。
「それでその……こんな俺のこと、嫌いになったかな?」
「…………」
パティーナが目を閉じて考え込む。
色々な葛藤もあるだろうし、パティーナは頭がいいから色々と考えることが多いだろうし、すぐに結論を出すのは難しいかな?
意識しちゃった以上、パティーナには嫌われたくないけど……こればっかりはなぁ。
どのくらいの時間が経ったのか、パティーナが閉じていた目を開いて、俺を見上げてくる。
「一つ聞いてもいいですか?」
「ああ、俺に答えられることならなんでも」
「ご主人様は、後宮のような物を作ろうと考えているのですか?」
「――!?」
後宮のような物って、まさか俺が王様になろうとしてることまでバレて……!?
『我が君が六人も妻を迎えようとしていることから、ただ単に例えとして出しただけのようです』
ここでキリのフォロー助かる!
そうか、そういう意味か。
なら問題ないな。
「別に、そういう物を作ろうと思ったことはないけど、流れと言うか、成り行きと言うか……領地の部下や役人達にも色々言われて、結果的に六人に増えちゃっただけで」
「そうですか……」
ちょっとほっとされたみたいだな。
百人でも二百人でも平等に愛せる自信はあるけど、だからって本当に百人も二百人もいるハーレムを目指してるわけじゃないからな。
もちろん、結果的にその人数になっちゃったら仕方ないけど。
でも、さすがにそこまで増えることはないはずだ、多分。
「実の妹君の話はすぐに割り切るのは難しいです……でも、ご主人様くらいの方なら、そして新興貴族のメイワード伯爵家の事情なら、六人くらいの正室と側室を迎えることは必要で、不思議ではないかも知れません」
「理解してくれて助かるよ」
「はい。ところで、その……わたしも、側室へ迎え入れて貰えると……」
ここまでの話を聞いて、それでもそう思ってくれるってことなのか!?
「いやもう、そういうことなら是非!」
「ぁ……ありがとうございます」
真っ赤になって花が綻ぶような、滅茶苦茶嬉しそうな顔で喜んでくれて……。
ああもう可愛いな!
「っ!?」
思わず抱き締めちゃったよ!
「じゃあ、その、そいうことで、みんなに説明して、リエッド子爵にも許しを貰おう」
「……はい!」
なんて言うか、思いもよらない急展開で、七人目のお嫁さんをゲットしてしまった。




