678 レガス王国からの使者
一度延期してしまいましたが、延期後の予定通り、更新再開します。
引き続き応援よろしくお願いいたします。
第二十二章の貴族達の会議において、ミスがありました。
軍務大臣イグルレッツ侯爵と将軍ガーダン伯爵の二人に対し、エメルに王権を委譲する話をすでに打ち明けて味方に付けていたはずが、味方になるよう働きかけていてもまだ打ち明けていないと、勘違いをして話を進めていました。
なので、以下の五つの話に修正を入れています。
648 外交会談へ向けて
650 貴族達の会議 2
651 前倒しで推し進める方針
653 ウグジス侯爵を味方に引き込むために
654 インブラント商会長を呼び出し前哨戦
修正内容は、軍務大臣イグルレッツ侯爵と将軍ガーダン伯爵の二人がすでに知っていて味方になっている描写への変更、および、味方への言及が宮内大臣コルトン伯爵、監査室室長ロードアルム侯爵、農水大臣グーツ伯爵の三人だけになっている部分を五人にしています。
話の大筋や設定に変更はありません。
◆
フィーナ姫の誕生日パーティーからおよそ一カ月半が過ぎた。
この期間、レガス王国との戦争に参戦予定の領地貴族達は、俺を含め、軍需物資の確保や募兵、領軍の訓練など、差し迫った開戦へ向けて急ピッチで準備を進めていた。
俺はと言えば、新しい屋敷を建てたり、公衆浴場を建てて開業したり、新築の屋敷を早々に改築したりと、詰まってた予定を順にこなしつつ、グラビティフィールドの精霊魔道具を量産して特別仕様の荷馬車を生産し、選抜した少数精鋭の領軍の騎士や兵士、精霊魔術師達の運用訓練にも精を出した。
まあ、運用訓練は付きっきりってわけじゃなくて、運用方針を出した後は、たまに訓練を視察したり指導したりしただけだけど。
それ以外では、頻繁に商人がやってきて、俺の領軍が使う軍需物資の売り込みや、近隣の領地の領軍が使う主に糧食などの軍需物資の買い付けで、対応に追われたりもした。
当然、それと平行して普段通りの領地経営もこなさないといけない。
さらに、王都とも頻繁に往復。
王国軍と、レガス王国へ寝返るつもりでいたノーグランテス辺境伯派、ディーター侯爵派の反抗勢力との戦いの推移や、軍需物資の輸送と集積など諸々を確認。
財務大臣のウグジス侯爵と話を詰めて、俺が提案した第一案、つまり市場で不足した軍需物資の作物を、エレメンタリー・ミニチュアガーデンで大量生産して、市場価格が高騰しすぎないよう、調整もした。
そのために、インブラント商会長と、副会長で次期会長のレイブンと何度も会って、市場価格の調整を始め、売り先の貴族領をどこにするかを検討。
さらに、俺を支持するように働きかける他の商会の吟味や、また俺に有利な世論を醸成するための方策についても話し合った。
これまであまり関わることがなかったレイブンとは、今後を見据えて仲良くなっておく必要があったから、こういう企みを一緒にするのは、いい感じにお互いの距離を縮める切っ掛けになったと思う。
ただ、忙しかったのは、そういう仕事関係ばかりじゃない。
長く放っておくと寂しそうな顔をされてしまって良心が痛むから、留学生のアルル姫の視察に同行したり、お茶会をして話をしたり。
で、アルル姫ばかりに構ってると、エフメラを筆頭に、エレーナもモザミアもリジャリエラも不満を溜めてしまうから、仕事の合間に時間を作って、可能な限り二人きりで過ごす時間も作った。
だって結婚を前提にお付き合いしてる彼女達だぞ?
たとえどんなに忙しくても、放置は絶対あり得ないだろう。
それに、仕事で疲れた心と身体を優しく癒してくれるのは、優しく可愛い恋人達に甘えられる時間だけだからな。
みんなだっていつも以上に忙しいはずなのに、嬉しそうに時間を作って笑顔を見せてくれるんだから、いやもうほんと、俺は果報者だよ。
もちろん姫様とフィーナ姫とも、王都との往復で頻繁に顔を合わせてるけど、それはそれ、これはこれ。
二人きりや、三人だけのプライベートな時間もちゃんと取ってる。
まあ……複数の女の子とのお付き合いって大変過ぎる、って言うのも本音だけどさ。
ゲームだと好きな時間にプレイして、しかもシナリオに沿って勝手にイベントが起きるから、受け身でその時だけ構えばいいわけだけど。
リアルじゃそうはいかないからな。
自分から積極的に時間を作らないと、愛想を尽かされたら泣くに泣けないって。
ともあれ、そんなことをしてたら一カ月半なんてあっという間だった。
そして遂に、レガス王国から宣戦布告の使者が到着した。
「あれが宣戦布告の使者を乗せた馬車ですか」
俺が立つのは、王城の正門が見えるテラスだ。
大きく開かれた城門をくぐって、大きく豪華で立派な馬車が十台、列を成して入城してくる。
なかなか壮観な光景だ。
中央の最も豪華で立派な一台に使者の貴族が乗ってて、他は世話役の侍従達、護衛の騎士達が乗ってるんだろう。
それだけじゃなく、馬車の周囲にも護衛の騎馬隊が威風堂々並んでる。
それを迎えるのは、整列した警備の騎士や兵士、そして外務省の役人達だ。
こちらも負けず劣らず人数を揃えてあった。
「うむ。さすが軍事大国だけあって豪華で立派な馬車だ。護衛の同行も多いな。いささか多すぎるくらいだ」
俺の隣に並んで、アイゼ様も一緒にその光景を眺める。
テラスに出ると人目に付くかも知れないし、何より執務中だから、残念ながら王子様の服だけど。
「国賓の来訪じゃあるまいし、もっと数が少ない、例えば一台とか三台とか、そんなもんかと思ってましたよ」
「初手で国力の違いを見せつけるのに、一番分かりやすいパフォーマンスだからな。威圧して交渉で優位に立つのは常套手段だ」
確かに、少ない数で、しかもショボい馬車では舐められそうだ。
特にこれから戦争をしようって相手には、余計に舐められたくないな。
ちなみに、俺が倒木などで街道を封鎖して時間稼ぎをするまでもなく、王国軍とノーグランテス辺境伯派、ディーター侯爵派の戦いに巻き込まれないようにと、主要街道を外れて大きく迂回して来たんで、余計な手出しはしてない。
「でも、軍勢を並べられたわけでもないし、謁見の間に入ることも出来ないのに護衛の数を増やしても、威圧効果ってそんなに見込めないような……」
「そうでもない。城内に他国の騎士や兵士が大勢入る。それだけでもこちらは警戒が必要で緊張を強いられ、対応に手間も金も掛かる。あの騎士や兵士達がどの程度の質かは不明だが、騒ぎを起こされたらたまらぬからな」
それは威圧って言うより、嫌がらせに近いんじゃないか?
そんな話をしてる間に、正面に停まった中程に位置する一際立派な馬車の扉が開いて、護衛役の騎士、侍従と降りて、最後にやたらと太った貴族が降りてきた。
「あの貴族が使者……本当にレガス王国軍の兵士や役人じゃないんですね」
俺のイメージだと、こういう危険な役目は、使い捨てていい兵士や役人を送り込んでくるもんだと思ってたよ。
「切っ掛けは、そなたと王太子殿下との口論となっているからな。王太子殿下の権威を見せつけるために違いない。それほどレガス王国は今回の件を重く見ているのだぞ、との分かりやすい示威行為だな。そこで王太子殿下の歓心を買うために、欲の皮が突っ張った貴族が手を挙げたのだろう」
「宣戦布告の使者って、その場で殺されることもあるって言うのに、点数稼ぎのためとはいえ、よく出てきたもんですよね」
「あの尊大な振る舞いを見よ。我らを舐めているのだろうな。小国のマイゼル王国が、大国レガス王国の貴族に手出し出来るわけがない、と」
「俺なら、あまりにもむかついたら王族だろうと貴族だろうと、ぶっ飛ばしますよ。もちろん、時と場合を考えてですけど」
「そんなことを平気で言えるのは、そなたくらいだろうな。それだけの『力』があるのは承知しているが、今はまだ、できるだけ自重してくれ」
ここまでかなり距離があるから声は聞こえないけど、外務省の役人に対する使者の貴族の偉そうな態度を見れば、アイゼ様の言う通りなのが丸分かりだ。
自国での態度とやり方が他国でも通じるって勘違いしてるタイプなのかも。
「もしかしたら、『マイゼル王国は自分達から喧嘩を吹っかけたことを後悔して震え上がり、宣戦布告の通達時に許しを請うつもりでいるに違いない。謝罪してきたら、王太子殿下に謝罪の仲介をしてやる対価を、どれだけふんだくってやろうか』などと、的外れで都合のいいことを考えているのやも知れぬな」
ああ、ありそうだ。
あの馬鹿王子の腰巾着なら、まず間違いなく馬鹿貴族だろうし。
それにしても、まだ到着した使者を遠目に見ただけなのに、これほど色々な情報が読み取れるとは。
アイゼ様に誘われて、謁見前の情報収集のためにテラスに出て良かったよ。
「それで、宣戦布告を受けるための謁見は、いつなんですか?」
部屋の中を振り返ると、使者の貴族にあまり関心がないのか、フィーナ姫が優雅にお茶を飲んでいた。
俺が声をかけると、カップをソーサーに置いて振り返る。
「二日後に行う予定です」
「それは早い……いや、遅い? この場合はどうなんだ?」
王太女のフィーナ姫に謁見しようと思えば、普通の貴族なら二日どころか、半月や一カ月、なんなら半年以上待たされてもおかしくない。
そういう意味では二日は早いと言えるけど、今回は事情が違うからな。
何しろ宣戦布告の使者だ。
到着した即日、つまりはこの後すぐに緊急の謁見となってもおかしくないだろう。
使者に旅の疲れを取って貰ってからだとしても、翌日になりそうだ。
特に、アイゼ様が言った通りにこっちを舐めて的外れな事を考えてるなら、使者の貴族は明日でも遅いと感じるかも知れない。
「アイゼの言う通り、『一刻も早く謝って戦争を回避したいとわたし達が考えている』と思っていそうですからね。今日この後すぐの謁見ではなく、待たせている間も歓待せずにいれば、さすがにそうではないと気付くでしょう。勘違いされたままでは、謁見で好き放題言った挙げ句、過大な要求を押し通そうとしてくるかも知れません」
確かに、慌てて即謁見したり、歓待してご機嫌を取ったりしたら、増長して足下を見てきそうだ。
「謁見の場で苦労してその考えを改めさせるくらいなら、最初に待たせて勘違いを正し、こちらの意図をより正確に伝えることこそが、双方のためです。本音を言えば、五日や十日は待たせたいところですが、さすがに宣戦布告の使者に対してそれはあまりにも非常識なので。中途半端ですが、仕方なく二日後です」
きっぱり言い切られて、なるほどと思う。
それなら、今の使者の態度を見ても意味がない。
世話役として付けたこちら側の侍従なり護衛なりに、様子を報告して貰えば十分だ。
内心までは分からないけど、フィーナ姫は落ち着いてる。
事ここに至って、慌てたり狼狽えたり全然してない。
戦争をする。
それがすでに決定事項だから、とっくに覚悟を決めてるんだろう。
もしこれがただの強がりやポーズだったとしても、この落ち着いた様子は見る者に安心感を与える。
上が取り乱せば、下が不安になっちゃうもんな。
それを踏まえてのこの落ち着きぶりは、まさに王族の風格って奴だろう。
王太女になってから、どんどん立派になってきてるよ。
惚れ直したくらいだ。
だから、俺も俺の役目をしっかり果たさないとな。
「謁見の時は俺も特務騎士として側にいますから、安心して一蹴してやって下さい」
「ええ、頼りにしています」
微笑んだフィーナ姫の表情は、不安など欠片もないように柔らかかった。
そうして二日後、予定通り謁見の運びとなった。