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67 集結する戦力



 国境線の向こうにトロルが再び侵攻部隊を集めてる、って報告が軍部から上がってきてから、あっという間に一ヶ月が過ぎた。


 偵察兵の報告だと、すでに二万を越える数が集まってるらしい。

 将軍の話だと、いつ進軍を開始してもおかしくない数だそうだ。


 対して、こちらの戦力も続々と集結しつつある。

 王都南の平原に、野営のテントがずらっとそれこそ何千と張られてて、なかなか壮観な眺めだ。


 そんな光景を、将軍に案内されて防壁の上から眺める。

 現状が気になったから、現地の視察って奴だな。


「何日も前からこうやって野営して待つのって大変ですよね?」

「そうだな。しかしそうでもしなければ、いざというときに間に合わんからな」


 人間の軍隊が相手なら、南の国境線を越えて王都に到達するまで十日以上かかるそうだから、今から野営しなくても近い領地からなら十分間に合う。

 だけど、トロルは人間の倍はある巨体と無尽蔵のスタミナで昼夜問わずに進軍してきて、およそ三日で来てしまうらしい。


 しかも、早馬を走らせて二日かかるそうだから、トロルの進軍開始の報告が入ったら、翌日には王都に到達されてしまうわけだ。

 だから野営で身体に負担が掛かってしまっても、早くから陣取ってないと間に合わないわけで、こればっかりは仕方ないらしい。


 唯一の救いは、当日戦うのは俺だけだから突っ立てるだけでよくて、疲労度合いは考慮する必要がないってことか。


「これで今、どのくらい集まってるんですか?」

「さすがクラウレッツ公爵と言うべきかな。家督を継いで間もないと言うのに、しっかりと家臣団をまとめ上げ、第一次王都防衛戦で多数の兵を失い厳しいところを多くの兵をよこしてくれた。クラウレッツ公爵派で約六千と言うところか。恐らく、領地の治安維持もギリギリだろう。それ以外の王室派で約八千になる」

 対策会議にも出る間も惜しんで、頑張って集めててくれたってわけか。


「おい平民、貴様正気か」

 いきなり暴言をかけられてそっちを振り返れば、噂をすればなんとやら。次期公爵……いや、もう家督を継いだから現クラウレッツ公爵か。そのおっさんが、防壁の上をズカズカとこっちへ近づいてきていた。


「いきなり人の正気を疑うとか、随分なご挨拶だな」

「平民風情が、口を慎め。一向に無礼な態度が治っていないようだな」

「そっちこそ、ただ平民ってだけで見下す態度が治ってないな」

 お互い、きつい視線で睨み合う。


「話には聞いていたが、クラウレッツ公爵とエメル殿はあまり仲が良くないようだな。だがこの場は俺の顔を立てて矛を収めて貰いたい。共に王都を、そして殿下方を守るための同志だろう」

 一瞬、睨み合いを続けた後、同時にフンって感じに視線を逸らす。


「でもまあ確かに、あんた……クラウレッツ公爵が無理してこれだけの兵を集めてきた忠誠心には感心したよ」


 驚いたみたいにクラウレッツ公爵がこっちを振り返って、将軍がほうって感心したように俺を見る気配がした。業腹なんで、そっちに顔を向けずに敢えて遠くテントを眺めるけど。


「ともかくだ、『俺の嫁』を守るためにご苦労さんって感じだな。取りあえず、馬に蹴られとけとも思うけど」


 クラウレッツ公爵からイラッとした気配がしたと思ったら、いきなり背中をバンバンと叩かれる。


「はっはっは、エメル殿は素直じゃないな」

「そういうんじゃないですよ。それと、背中痛いです」

「照れるな照れるな。生意気な口も利くが、可愛いところもあるじゃないか」

 いや本当に、そういうんじゃないから。


「ふん、トロル二万以上を一人で相手にしようなどと、平民風情が粋がりおって。せいぜい殿下のお役に立って散るがいい、手間がなく済むからな」


 はいはい、そうだろうともよ。


「それが嫌なら、早々に音を上げて逃げ出すことだな」


 ん? もしかしてそれって……?


「はっはっは、公爵閣下も素直ではありませんな」

 さすがの将軍も、クラウレッツ公爵の方が爵位が上だから俺の時みたいにいきなり背中をバンバンと叩いたりはしないけど……。


 ふと視線を向けると、クラウレッツ公爵と目が合った。

 睨み合って、またしてもお互いフンって感じに視線を逸らす。

 うん、やっぱりこのおっさんは気に食わないな。


 ことさら俺を無視するように、クラウレッツ公爵が将軍に確認する。


「わたくしの派閥から出せる兵は全て出した。そちらはどうだ?」

「王都守備隊と各騎士団の再建は遅々として進んでいませんので、可能な限りの兵は投入する予定ですが、最終的に四千がいいところかと」

「ふむ、ようやく一万八千か」


 現状でこれが多いのか少ないのかは、俺じゃ判断は付かないけど、第一次王都防衛戦では一万匹を相手に四万二千で全滅してるから、二万匹以上来るならとてもじゃないけど相手にならないな。


「後は募兵(ぼへい)でどれだけ増やす予定だ? 義勇兵の集まり具合は?」

「あ~……公爵閣下、実はそれなんですが、エメル殿のたっての頼みで、義勇兵は受け付けましたが、募兵は行っておりません。殿下のご指示で、救国の英雄エメル殿が王都を守ると噂を流したので、一緒に戦いたいと血気盛んな若者が多数集まってきましたが、それでもようやく千人といったところですな」

「なに? おい貴様、それはどういうことだ」


 一般人も貴重な戦力、って言うか、人数の(かさ)増しに必要なんだろうけど、今回に限って不要なのは、作戦を見れば考えるまでもないだろうに。


「どうもこうも、俺一人が精霊魔法をドカンとやるだけで、防衛部隊にすら戦って貰うことはないんだから、わざわざ一般人を募兵する必要なんてないだろう? これ以上、一般人に負担を強いたら、王都の経済に無用な打撃を与えることになるし。だから本当は義勇兵を受け付ける必要もないけど、やる気のある義勇兵に訓練を付けておけば、今後もしまた何かあったときに戦力の底上げになるし、志願の理由が困窮してるってことなら、給料と食事を出せば経済的な支援にもなるから受け付けたまでだよ」


 どうしてそこで目を見張る?

 クラウレッツ公爵は、俺をそこらの農民の小せがれって認識から、まだ抜け出せないのか?


「いかがですかな公爵閣下。平民であろうと、エメル殿もなかなかのものだと思われませんか?」

 いや将軍も、どうしてそこで将軍がドヤ顔するんだよ。

 ともあれ、話を先に進めよう。


「それで、見学組は?」

「領地の遠い貴族達はまだだな。そもそも、どれだけ派兵してくるかも不明だ。近い領地の貴族達はいくらか派兵しているが、主に次男、三男が多く、当主自らや嫡男というのは数が少ない。まあ、当然と言えば当然だが。現時点でおよそ千二百というところか」


 これも多いのか少ないのか、判断が付かないな。


「グルンバルドン公爵が応じてくれたのも大きいだろう。もっとも、派兵と言うより、グルンバルドン公爵や家臣達の護衛戦力と言ったところだが。グルンバルドン公爵派で約八百だな。残りは中立や旗幟(きし)を鮮明にしていない下級貴族達が中心で、四百程度。集まった貴族家は三十と言ったところだ」


 領地貴族だけで、クラウレッツ公爵派を除いて考えると、そう少なくはないのかな?

 正直、見学に来いって言って、本当に来る奴がどれだけいるんだろうって、半信半疑だったし。


「貴族としての誇りも責務も忘れたブタどもめ。これで兵を出すくらいなら、何故最初から防衛部隊に名乗りを上げないのか。いっそ無視している奴らの方がまだ分かりやすい。全く以て理解できんな」


 クラウレッツ公爵が腹を立てるのも分かる。

 結局、見学組の大半が、中途半端な小心者の集まりなんだよな。


「それとだ、アーグラムン公爵が領兵を相当数集めているらしい。その数、四万はくだらないそうだ」

「今更防衛部隊に参加……じゃないですよね。さっきの話からすると、ここ一ヶ月で急遽集めたって数じゃないし。どさくさ紛れによからぬ事を考えてるのかな?」

「さすがエメル殿、いい読みだ。俺もそれを危惧している」


 アーグラムン公爵は事前に軍事訓練を行ってたり、領都に駐屯する兵の数を増やしてたからな。

 派閥の貴族達にも同じように準備させとけば、一ヶ月で四万以上を集められそうだ。


「警戒しておいて事を起こさせないのが一番ですけど、万が一何か事を起こしたら、俺がトロルを全滅させるまで堪えて下さい。その後は俺が引き受けますから」

「はっはっはっ、頼もしいことだが、エメル殿ばかりにいい格好をさせるわけにはいかんからな。そちらは軍部で対処する」

「いや、わたくしに任せて貰おう。あの逆賊めが事を起こすつもりなら、このわたくし自らが天誅を下してくれる」


 クラウレッツ公爵みたいな忠義の人には、アーグラムン公爵みたいなタイプは許せないんだな。まあ、話を聞いただけで、アーグラムン公爵とは会ったこともないけど。


 ともかく、クラウレッツ公爵の六千だけじゃ論外だし、全軍一万八千でも四万以上を相手にするのは無茶だろう。それこそ王都に籠もって籠城戦でもしない限り。

 って言うか、トロルと戦ってる背後でそんなアホな戦い、勘弁してくれ。


「分かりました。でも、どうしてもって時には、言って下さい」

「ああ、その時は素直に頼らせて貰おう。だからエメル殿、負けてくれるなよ?」

「はい、任せて下さい。今回は勝ち方も大事なんで、スマートにいくつもりですけど、いざとなったらどんな手を使ってでも勝ちますから」

「そうか、それは頼もしいことだ」


 よし、これで憂いは全部片付いたな。

 トロルども、いつでも来いだ。



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