667 屋敷の建て替え開始
予定より半月程遅れて、いよいよ屋敷の建て替え工事の開始だ。
そのための屋敷の図面は、実は半年近く前に用意済みだった。
本来なら、新築の屋敷の設計なんて、半年やそこらで出来るもんじゃないんだけど。
それが奇妙な巡り合わせって言うか。
実はその図面、とある反王室派の上級貴族が屋敷を新築しようと用意させてた設計図だったんだよね。
ただ、その貴族が俺にちょっかいをかけて来たもんだから、やり返すのにロードアルム侯爵に監査に入って貰ったら、悪事の証拠が出るわ出るわ。
結局そのまま没落しちゃって、屋敷の新築どころじゃなくなってしまった、と。
多分、新築費用は、汚い手で集めた金だったんだろうな。
まあ、自業自得なんで、その貴族のことはどうでもいいんだけど。
ともかく、そんな事情で代金が未払い、って言うか踏み倒されちゃって、設計を請った商会と下請けの建築関係の職人達は、経営が傾きかけちゃったわけだ。
元からその商会と職人達を俺に紹介するつもりだったらしいんだけど、その件を知ったうちの領地で頑張ってくれてる親方が間に立って話をまとめて、無駄に華美で金が掛かりすぎる箇所を落ち着いた雰囲気に、そしてガラス窓や精霊魔道具を組み込む箇所を再設計して貰うことで、その浮いた設計図を俺の屋敷用に買い取ることにしたわけだ。
これは俺にとっても、まさに渡りに船だったからな。
設計図が完成次第すぐに領地に来て貰って、間を取り持ってくれた親方が取り纏めてる職人達と、その商会とその下請けの職人達との共同事業ってことにして、プレハブ形式で建築を開始して貰ったわけだ。
と言うわけで、屋敷の門の前にはその商会員と大勢の職人と人足達が集まって、工事開始の号令を待っていた。
彼らの前に、モザミアが進み出る。
「皆さん、お揃いですね? 準備はよろしいですか?」
「はい、問題ありません」
「おうよ!」
「いつでもいけるぜ!」
問題なさそうで、モザミアが頷き、次にアルル姫達に視線を向けた。
「殿下、工事中は危険ですから、見学は屋敷の敷地内に入らず、また門にも近づかないようにお願いします」
「は、はい……こ、工事の邪魔は、しません」
アルル姫は神妙に頷くけど、ワクワクしてるのが丸分かりだ。
邪魔にならないよう門から少し離れた場所に設置された見学席に座るアルル姫の側には、イーネなど侍女が数人と、護衛の騎士達が十人くらい待機してる。
その護衛達の中には、問題を起こしたレサックの姿もあった。
これは俺がアルル姫に頼んで、一時的に謹慎を解いて強制参加させたから。
どうでもいいけど、俺のことを不愉快げに睨んできてるんで、ガン無視。
要は、誰に喧嘩を売ったのかよく見とけ、ってわけだ。
「さて、それじゃあ始めるぞ」
「「「「「おおっ!!」」」」」
俺の掛け声に合わせて、職人と人足達の威勢のいい声が上がった。
うん、やる気が漲ってていいことだ。
まず、俺一人だけ門をくぐって敷地内に入って、屋敷の前に立つ。
「それじゃあ、屋敷の撤去から始めるから、いいって言うまで近づくなよ。グラビティフィールド」
土台から屋根まで、全てにグラビティフィールドをかけてやる。
「モス、土台の周囲の土を少し退かしてくれ。レド、ロク、屋敷を頼む」
『ブモゥ』
『グルゥ』
『キェェ』
屋敷の土台周辺の土が蠢いた後、レドとロクが屋敷の屋根を掴んで、そのまま真上に引っこ抜く。
「「「「「うおおぉぉぉっ!?」」」」」
ふわっと、あっさり地面から引っこ抜かれて宙に浮いた屋敷に、職人と人足達、さらに遠目で眺めてた役人や領民達、そして手伝いに駆り出した特務部隊から驚愕の声が上がった。
「す、す、すごい、です……!」
アルル姫も大興奮だな。
アルル姫の侍女や護衛達も目を剥いて驚愕してるし。
レサックなんて顎が外れそうなほど愕然としてて、ざまぁ、だな。
「さすが伯爵様……分かってはいても、やっぱりこれは驚きますね……」
「うん、驚くなと言う方が無理」
「さすがご領主様デス」
モザミアもエレーナも付き合いが長い分、驚き疲れた顔で屋敷を見上げてて、リジャリエラは何やら感動してるな。
「エメ兄ちゃん、エフのお手伝いは大丈夫?」
「ああ、この程度大丈夫だ」
エフメラはトンネル工事を何度も手伝ってくれたおかげで、この程度の光景じゃ全然驚かなくなったな。
そう言えばリジャリエラにも手伝って貰ったことがあるから、それで驚かなかったわけか。
「それじゃあレド、ロク、屋敷を敷地の向こう側へそっと降ろしてくれ。近づかないように言ってあるけど、一応、下に誰もいないことを確認してからな」
『グルゥ』
『キェェ』
下の安全を確認した後、塀の向こう側、門とは反対側の屋敷の敷地外へと、屋敷をそっと降ろした。
この屋敷の周辺が大きな広場になってるからこそ出来た移動だな。
ここで一旦屋敷にかけてたグラビティフィールドを解除する。
ズズンと地面が少し揺れて小さな悲鳴が幾つか聞こえたけど、特に問題なし。
「よし、それじゃあ土台作り始めるぞ。入ってきてくれ」
「「「「「おうっ!」」」」」
数十人にもなる職人と人足達が敷地内に入ってきて、新しい屋敷を設計した商会員とその下請けの職人達を取り纏めるハゲの親方と共に図面を確認しながら、精霊魔法を駆使して、地面を掘り起こしたり均したり、地下室の穴を空けたり、下水を繋ぎ直したり、どんどん進めていく。
「エメ兄ちゃん、こっち終わったなら、土台作り始めるね」
「ああ、頼んだ」
「じゃあ職人さん達、お願いね。グラビティフィールド」
俺が整えた所から、エフメラがグラビティフィールドで軽くした建築資材を運び込んで、職人達が土台作りを開始する。
特務部隊は職人達の手伝いで、グラビティフィールドを利用した建築の実地研修だ。
さすがに平民の一軒家と違って、領主の俺の屋敷、しかもいずれ辺境伯に陞爵する伯爵家の屋敷だからってことで、とにかく床面積がやたらと広い。
これまでリフォームして使ってたトロルの屋敷よりさらに広くて、土台部分の基礎工事だけで、小一時間も掛かってしまったくらいだ。
いやまあ、普通ならそれこそ一カ月以上掛かりそうな作業だから、圧倒的に早いことは早いんだけどさ。
ちなみに今回は、使用人のための別棟もちゃんとある。
もう一つちなみに、部屋の広さが人間サイズになった上、屋敷が広くなったわけだから、部屋数がそれはもうとんでもない数になってるんだよね。
正直、全部は使わないだろうって思うんだけど……掃除だって大変だろうし。
でも、エフメラ以外のみんなが『絶対にいる!』って断固として主張するから、仕方なく受け入れたよ。
「よし、土台はこれで完成だな」
取りあえず、土台が完成したところで、みんな一旦小休止だ。
侍女やメイド達が、見学してたアルル姫達、職人と人足達、それから特務部隊の隊員達に、お茶とお茶菓子を配ってくれる。
ユニとキリに頼んでコッソリと少しだけ全員の疲労回復をした後、商会員とハゲの親方と、この後どう進めるかの確認をモザミアを交えて済ませて、それからアルル姫の所へ行ってみた。
「すごいです……!」
どうでしたかって聞くまでもなく、アルル姫の第一声がそれだった。
目をキラキラさせて、頬も紅潮し、さらに胸元で小さく握った拳を上下に振りながらで、かなり興奮してるらしい。
「あんな大きなお屋敷が軽々と宙に浮いたのも驚きましたけど、あっという間に基礎が出来上がっていって、それはお話に聞いていた以上で、とても感動して、どう言葉にしていいか分かりません! この領地が、たった一年でこれほど発展したのも納得の光景でした! さすが救国の英雄と呼ばれるだけのお『力』だと思います!」
うん、よっぽどだったんだろうな。
俺の契約精霊に乗って初めて空を飛んだ時みたいに、全くどもらずに、次から次へと言葉が飛び出してくる。
こんなアルル姫を見たことがあるのは、フォレート王国関係者ではイーネと一部の護衛達だけだろうな。
おかげで、ほとんどみんな、そんなアルル姫に驚いて声もないみたいだ。
「ぁ……」
途中でそれに気付いたアルル姫が、顔を真っ赤にして俯いてしまう。
でも、まだ喋り足りないらしくて、恥ずかしそうにしながらも上目遣いで俺を見上げてきた。
「こ、これほど、すごいことが出来るのは……メイワード伯爵、だからです、よね? た、多分、誰も、こ、こんな方法……思い付かないと、お、思いますし」
またいつもの喋りに戻っちゃったけど、声はやっぱり興奮気味で上擦ってる。
なんだかすごく楽しそうだ。
「まあ、そうですね。そもそも俺じゃないと、屋敷丸ごとなんて持ち上げられませんし。そういう意味では、領地経営の勉強として見ると全然参考にならないんじゃないですか?」
「そう、ですね……誰も真似、出来ませんから、ね。で、でも、見ていてとても……楽しい、です。他にも、どんな風に、すごい魔法で……この領地を、は、発展させて、きたのか……もっと見たく、なりました」
「それなら良かった。でも、次のことを考えるのはまだ早いですよ。まだまだ続きがありますからね」
「そ、そうでした」
照れ笑いするアルル姫が可愛すぎる。
「領主様、そろそろ続き、始めますか?」
「ああ、分かった。そうしよう」
ハゲの親方から声をかけられたんで、小休止はここまでだ。
「じゃあ、俺は作業に戻ります。この後も是非楽しんで下さい」
「は、はい」
それはもう嬉しそうに微笑んで、見てるこっちが照れそうだ。
本当は男の娘でも構わないって本気で惑わされるエルフが周りに一人もいないなんて、正直信じられないよ。




