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664 守護精霊像お披露目記念スタンプラリー

「しゅ、守護精霊像……お披露目記念、イ、イベント……ですか?」


 テンションマックスで駆けていく住民達の気迫に圧倒されるように、アルル姫が唖然とした後、俺を見て小首を傾げた。

 うん、その仕草、なんか可愛い。


「そうです。スタンプラリーをするって、事前に告知してたんですよ」

「スタンプラリー……ですか?」

「スタンプラリーって言うのは、ほら、あの銅像の前に役人がいて、住民達が殺到してるでしょう?」

「はい」


 ここが除幕式の会場だったから、大半の住民達がここの銅像に殺到してた。

 開始直後だから、まだ誰もスタンプカードを持ってないんで、役人達はまず一人一枚、スタンプカードを配ってる。

 まあ、カードって言っても紙じゃなくて、薄い木の板なんだけど。

 混雑は予想されてたから、ここで配るスタンプカードには、すでにここの銅像であるレドの姿のスタンプが押されてる。


「あのスタンプカードを受け取って、他の七箇所の銅像の所を回るんです。そこにもそれぞれ役人達が待機してるんで、スタンプカードにスタンプを押して貰って、八種類のスタンプを集めたら、記念品や景品と交換して貰えるんですよ」

「わあ……!」


 アルル姫の顔が、ぱあっと輝く。


「と、とても面白い、イ、イベントですね。それなら……ぜ、全部の銅像を、見て貰えますね」

「そういうことです」

「そ、その記念品や、景品……と言うのは?」

「今回は初のイベントでお試しの意味が大きいですし、しかも領都のウクザムスなんで、景品ってことでレストラン街で使える無料食事券一枚と交換にしてます」


 その名の通り、その無料食事券を持って行けば、レストラン街のどの店でも、一品だけ、無料食事券と引き換えに無料で食べられるわけだ。


 各料理店は、後日その無料食事券をまとめて役所の窓口に持参して申請すれば、補助金を出して貰えるようになってる。

 料理の代金は品によってまちまちだけど、一枚につき、各店舗の中で一番高い料理の代金をちょっと上回る金額で、一律支給だ。


 どの料理がどれだけ売れたかなんて、レジで管理したりパソコンで集計したり出来るわけじゃないから、木の板の無料食事券に、どの料理で使われたかをいちいち書き込んで、役所の方で料理ごとに枚数をカウントして、金額を計算して、なんて手間をかけてられない。

 それに、安い料理の注文だったけど、高い料理の名前を記入して、不正受給する悪さをする奴が現れないとも限らない。


 そういう余計な真似をさせない、余計な知恵を付けさせない、何より無駄な手間を省いて作業を簡略化するために、一定額での支給にしたわけだ。


 もし今回のイベントが成功したら今後も続けていきたいし、店側に手間だ面倒だと思われたら協力して貰えなくなるからな。

 多少余分に支給されるのは、協力してくれた手間賃や報酬ってことにしとけば、次も協力したいって思って貰えるだろう。


 後は、仮にも貴族が細かな金勘定をしてきっちり支払うとかケチ臭い、って思われないようにだな。


「レストラン街で出店してる店の料理は、そこらの大衆食堂や屋台の料理に比べて、材料費の関係からちょっと高めなんですよね」


 領内で入手出来る材料はいいとしても、他領や他国から輸入してこないと駄目な食材や調味料もあるから、どうしてもコストが高くなってしまう。

 貿易って言うお付き合いや、輸入目的から宣伝の意味もあるけど。


「おかげで、ウクザムスの住民でも、記念やお祝い事や、たまの贅沢って感じで利用されてはいるんですけど、まだ食べに行ったことのない住民もそれなりにいるみたいで。まあ、そこは大衆食堂や屋台との棲み分けでいいとしても、せっかくだから、一度くらい食べてみて欲しいじゃないですか」

「と、とても面白い、試み……だと、思います」


 取りあえずお試しだから、スタンプラリーの開催期間は五日間。

 無料食事券の有効期限は、今は三月下旬だから四月末まで。

 一カ月ちょっと早めの、メイワード伯爵領の一周年記念イベントみたいなもんだな。


 多分、一人で何度もグルグル回って無料食事券を集める奴が出てくると思う。

 不正さえなければ、そのくらいは大目に見てもいいだろう。


 味に慣れ親しんで貰えたら、もっと頻繁にレストラン街で食事をしたいって思ってくれるかも知れないし。

 それに、余所から来た連中に聞かれて、住民が味を答えられるのと答えられないのとじゃ、関心の持たれ方も変わってくるだろう。


 そもそも、最短ルートは防壁沿いにぐるっと一周するコースなわけだけど、なんだかんだ一時間以上は優に掛かるだろうからな。

 一人でそんなに何度も回るのは大変だから、よほど暇で根性がある奴じゃないと何度も回れないに違いない。


「お、面白そう、ですね……」


 早く早くと役人を急かしてスタンプカードを受け取った住民達が、楽しげに次の銅像を目指していくのを、どこか羨ましそうに眺めるアルル姫。


「アルル姫も参加してみますか? この後、ウクザムスを視察で案内する予定だったから、そのついでにちょっと足を延ばす感じで」

「い、いいんですか?」

「もちろん」

「さ、参加して、みたい……です!」


 キラキラと目を輝かせちゃって、なんか本当に王族らしくなくて、無邪気で可愛いよな、こういうところは。


「じゃあ、行きましょうか。護衛の人達も一緒に」


 全員でゾロゾロと役人の所へ向かう。


「あ、領主様、と……そっちがフォレート王国のお姫様、ですか?」

「お姫様も参加で?」

「どうぞどうぞ」


 まだ集まってる住民達が多くいたけど、俺達に気付くと、場所を空けて順番を譲ってくれる。


 心情的には列に並んで受け取るべきとは思うけど、貴族や王族の俺達が平民に交じって並んでて、万が一のことがあったら俺達も平民達も困るから、ここはありがたく、先に受け取らせて貰おう。

 それに、悠長に列に並んで待ってたら、町の視察の時間がなくなっちゃうからな。


「助かるよ。それじゃあお先に」


 遠慮なく先に役人の前までアルル姫をエスコートして、手渡して貰う。


「どうぞ、殿下」

「あ、ありがとう……ございます」


 スタンプカードを受け取って眺めたアルル姫から笑顔が零れる。

 せっかくだから続けて俺も、それからアルル姫の護衛達、さらに視察に同行するモザミアと護衛のエレーナも、一緒に受け取った。


「企画段階から(たずさ)わって、スタンプカードの製作とチェックにも関わっていたのに、いざこうして自分が受け取って参加するとなると、ちょっとドキドキしてワクワクしますね」

「うん、楽しい気分になってきた」


 モザミアがちょっと照れ笑いしながら、エレーナもわずかに口元を綻ばせて、二人とも楽しそうだ。


 アルル姫の護衛達は、自分達までいいんだろうかって感じで、でも他国の他領のイベントの物珍しさに期待する部分もあるんだろう、無理に口元を引き締めたり、ちょっとソワソワしたりしてる。

 役目さえ忘れなければ、一緒に楽しんでくれたらと思うよ。


「それじゃあ、視察をしながら、次の銅像に向かいましょうか」

「はい♪」


 俺達は会場の隅に待機させてた馬車に乗り込んで、護衛達は徒歩で同行する。

 お姫様の視察だから、当然自分の足では歩かないってわけだな。

 だから、視察のついででも、銅像を回るのにそう時間は掛からないだろう。


 銅像は、ウクザムスの八方向に一体ずつ、北から時計回りに、土水火風光闇生命精神と並んでる。

 その順番に、特別深い意味はない。


 だけど、例えば除幕式の会場になった東門が一番人の出入りが多いから、一番迫力があるレドにすることで余所者に睨みを利かせるとか。

 南門の外には農家が世話をする農地が広がってるから、慈愛の微笑みを浮かべてるエンに出迎えられることで一日の疲れを癒して欲しいとか。

 八体全部が全部じゃないけど、なんかそんな感じで配置してみた。


 他の町や村に配置するときは、ポーズは変えるけど、順番はこのまま固定にするつもりだ。

 万が一、迷子になった時、銅像の所に辿り着けば、その種類で町や村のどの辺にいるって一発で分かるからな。


 そういったことを、馬車の中で移動時間の暇潰しに説明していく。


「さ、ささやかなこと、ですけど……こ、細やかな心遣い、だと……思います」

「そうですか? そこまでのものじゃないと思いますけど……でも、ありがとうございます」


 なんだか、アルル姫がやけに嬉しそうだな?

 一緒に乗って俺の隣に座ってるモザミアが、何故かちょっと変な顔になってるけど。


「と、とても、素敵な……ご領地、ですね。い、今の……銅像のエピソードも、そう……ですし、整備された、綺麗な街道も……交通ルールも。メイワード伯爵の優しさが、伝わって、きます。だから、きっと、領民達は……た、他種族がこんなに入り交じって、いるのに……楽しそうで、笑顔、なんですね」


 馬車の窓から外の町の様子、そしてスタンプラリーを回ってる住民達を見ながら、アルル姫が微笑みを浮かべてる。

 そして、俺を振り返ると、眩しそうに目を細めた。


「世界中の、お、王族と貴族が……み、みんなメイワード伯爵みたいな、や、優しい人ばかり、だったら……争いのない、へ、平和な世の中に……きっとなるんでしょうね。ボ、ボクは、そんなメイワード伯爵を、そ、尊敬します」

「うっ……」


 頬を紅潮させながらそんなことを言われたら、思わず顔が熱くなっちゃうんだけど。

 横目でモザミアにじとっと睨まれて、慌てて視線を窓の外へ向ける。


「あ、ありがとうございます」

「はい♪」


 その日、視察の間中、アルル姫はとても楽しそうで、ご機嫌だった。



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