661 メイワード伯爵領軍高機動即応部隊
「キカ……? それはどんな歩兵部隊なんですか?」
ユレースが俺に尋ねながら、チラッとプラーラの方へ目を向ける。
樹齢千年以上のプラーラなら知ってるかと思ったんだろうけど、プラーラは小さく首を横に振った。
まあ、知らなくて当然だよな。
何しろ、この世界にはまだ機械なんてないんだから。
「俺が精霊魔道具を開発したのはすでに説明した通りだけど、次は貴族や王族向けのシャンデリアみたいな限定的な商品じゃなくて、もっと広く利用できる商品を市場に投入しようと思ってる。それがこれだ」
鍵をかけた戸棚に隠してあった、精霊魔道具の核ユニットを取り出す。
見た目はシャンデリアに組み込んだ物と変わらない。
一辺が十五センチの立方体の鉄の箱だ。
中身の詳細は今は割愛するとして、その外側のケースになる鉄の箱は、第二次王都防衛戦でトロルロードを繋いだ鎖、トロルロードが百年頑張っても壊れないくらい頑丈な特別製になってる。
シャンデリアでは、これじゃ見た目が悪いから、さらに金メッキしたボールの中に入れて隠したけど。
「あらあら、またこんなすごい品を新しく? 本当にもう伯爵様は……それで、その精霊魔道具はどのような効果が?」
プラーラが頬に手を当ててうっとりしてるな。
知的好奇心を刺激されたらしい。
「グラビティフィールドだ」
インブラント商会長に説明した、その試作品だな。
エンとキリに頼んで、脳内のイメージをホログラムとして投影して貰う。
「これは荷馬車に取り付けることで、最大二トンまで積載物の重さをゼロにする」
「閣下! それは流通に革命が起きますよ! 商人がこぞって買い求めます!」
真っ先に、しかも食い気味に食いついたのは、さすがウルファーだった。
当然、全員が騒然となる。
プラーラなんかもう、目が輝いて輝いて、ちょっと怖いくらいだ。
「流通での利用は、すでにインブラント商会長と話をしてて、量産する予定だ。それについては今は話の本筋から外れるんで、後で時間を取って説明しよう」
「は、はい、お話の腰を折って失礼しました」
ウルファーは頭を下げて引いてくれたけど、ソワソワ落ち着かないみたいだな。
それはさておき。
「もう気付いただろうけど、その荷馬車に歩兵を乗せることで、実質、空の荷馬車を馬に牽かせるのと同程度の機動力で、歩兵を長時間かつ長距離輸送が可能となる上に、戦場で作戦行動を取ることが出来るようになる」
「「「「「おおぉーーっ!」」」」」
誰もが驚きを禁じ得ない、って感じだな。
特にエレーナの驚きようはすごい。
「これは……戦争の常識が変わる……!」
俺が歩兵を乗せて疾走させてる、一頭引きの荷馬車の映像を食い入るように見つめてるし。
「これは戦車の亜種と捉えればいいのでしょうか?」
「まあ、この映像から受けるイメージだと、ナサイグが言う通りに見えるだろうけど、メインの運用は兵士の輸送だな。展開する騎馬隊の支援をするとか、素早く戦場を迂回して歩兵を降ろし、脇腹や後方から切り込ませるとか。通常の歩兵に限らず、精霊魔術師部隊を輸送すれば、同様に、脇腹や後方から撃ちこんでは移動、撃ちこんでは移動して、移動砲台にも出来るな。弓兵も同じ感じになると思う」
地図上で駒を配置して作戦を練る時のような簡略化したイメージ映像で、戦場の動きをシミュレーションして見せる。
「一人、装備も含めて百キログラム超と仮定するなら、二トンなら一台に十五人くらい……ああ、ドワーフや獣人は人間より重たいし、装備の種類や質によっても変わりそうだから、十二人から二十人くらいでの運用になると思う」
そこは後でちゃんと検討しておこう。
でないと、あやふやなままじゃ作戦に組み込めないからな。
「現状考えてるのは戦場への投入で、少人数での部隊運用だけど、他にも救援要請に応じて少数の援軍を先行して派遣するとか、負傷者を急いで後方に輸送するとか、民間人を迅速に逃がすとか。もちろん兵士だけじゃなく軍需物資の輸送にも使えるから、数を揃えれば兵站はかなり楽になると思う」
「伯爵様……とんでもない物を作り出しましたね……」
ユレースが片手で顔を覆って、顔が真っ青だ。
どうやら、様々に応用が利くその可能性を理解してくれたらしい。
「相変わらず伯爵様の知識と発想は、常識では測れませんね……」
モザミアも唸ってるし。
「さすガご領主様デス。人知ヲ越えていマス」
「うふふ、これだから伯爵様の侍女はやめられません」
リジャリエラとプラーラの尊崇の念が、ちょっと良心にチクチクと……。
だって、機械化歩兵部隊って、前世の知識だし。
実は、中高生だった頃の俺は、機械化歩兵部隊のことを思い切り勘違いしてたんだ。
SFみたいに、手足が機械の義手義足になってて、そこから弾丸を放ったり、ブレードを出して切り刻んだり、超ジャンプしたり、目がロックオンサイトになってたり。
まるで九人の戦鬼が登場する有名サイボーグ作品みたいに思ってたわけだ。
そんなわけないのにな。
この場合の機械化って言うのは、例えばトラックや戦闘車両で、戦車に歩兵を追い付かせて、機動戦、電撃戦に対応した運用をするってこと。
細かなことは俺も詳しくないんだけど、第二次世界大戦でドイツが戦車の移動に追いつけない歩兵を追従させて、戦車を支援させるために編成した部隊らしい。
それまで歩兵は、文字通り歩いて移動してたわけだからな。
まあ、この世界の戦車はそういう砲弾を放つ鉄の塊のタンクじゃなくて、馬二頭引きで二輪のチャリオットみたいな感じだけど。
つまり空荷と同じと考えれば、戦車以上の機動力で展開、支援、制圧出来る、機動戦を行えるようになる。
荷台の車輪を戦車やブルドーザーみたいな無限軌道にしてしまえば、悪路でも荒れ地でも運用出来るようになるから、すでに依頼済みのサスペンションと合わせて、鍛冶屋のドワーフ達になんとか作れないか、是非相談したいところだ。
「ただ、そうなると、他の領軍の部隊と同じように運用は出来ませんね」
「そうだな。だから独立の遊撃隊や、まずは予備兵力として後方に待機してて、戦況を変えるために機を見て投入する、みたいな運用の仕方になるだろうな」
それでなくても、兵科としては初になるから、実験的な運用になるだろう。
「いずれ王国軍にも制式採用させたいところだな」
歴史的に、いずれそうなることは証明されてるし。
「伯爵様の精霊魔道具がなければ成り立たない部隊ですか。他国では真似しようと思っても真似出来ませんね。そこがマイゼル王国の強みですね」
「仮に真似したところで、使い勝手もコストも悪くなるのは確実。それ以前に歩兵や弓兵はともかく、有効射程が短い通常の精霊魔術師部隊をそれで運用するのは現実的じゃない、と」
モザミアとユレースが頷く。
俺が王様になろうとしてることを知ってるモザミアにとっては、多分、額面通りの意味だけじゃないと思うけど。
「伯爵様、すぐに訓練する?」
エレーナが最も有用性を肌で感じてるみたいで、一番積極的だな。
「そうだな。様々なシチュエーションでの、陣形を組んだ移動、迅速な乗車、降車、整列、展開、荷台の上での攻撃、防御、やることは多いな」
もっとも、一番大事なのは悪路を走って揺れる荷台に酔わず、放り出されず、耐えてすぐに動けるようになることだと思うけど。
浮かせて移動させればほぼ解決だけど、そこまでの物の導入は多方面に影響が大きすぎそうだし、出し惜しみの意味もあるけど、まだちょっと様子見しときたい。
車酔いを回復させる精霊魔道具を作るのも、セットで考えた方がいいかな?
「それで伯爵様、部隊の名前は、キ……なんでしたっけ? それにするんですか?」
「うーん……そうだな……」
正確には、機械化とは言えないからな。
動力がある機械を使った車両での運用じゃないし。
じゃあ、馬車化歩兵部隊?
それとも、精霊魔道具化歩兵部隊?
うーん……さすがにちょっとなぁ。
それに歩兵って言っても、普通の歩兵と、弓兵と、精霊魔術師部隊も運用するし、歩兵部隊って呼び方に限定する必要も意味もないもんな。
コンセプトは機動力がある部隊運用なんだから、名前もそれが分かる方がいいか。
「じゃあ、高機動部隊にしよう。今回のお試し運用は恐らく本隊とは別で、予備兵力の臨機応変な対応が求められると思うから、高機動即応部隊ってことで」
「メイワード伯爵領軍高機動即応部隊ですね」
「うん、それで」
この部隊運用方法が広まって制式採用されたら、その時にはまた何か改めて名前を考えればいいだろう。
「と言うわけでユレース、この後早速、部隊編成を頼む」
「分かりました」




