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66 アーグラムン公爵

◆◆◆



 アーグラムン公爵は報告書に目を通して、皺の増えてきた顔を不快そうに歪めた。

 そこには、以下の内容が記されていた。



 ガンドラルド王国の侵攻部隊が再び国境線の向こうに集結しつつあり。

 その数、一万五千匹を下らない模様。


 対策会議で決まった内容は以下の通り。

 第二次王都防衛戦は、クラウレッツ公爵派を含む王室派による貴族連合が王都南の平原に防衛部隊として布陣して決戦の地とする。

 攻撃部隊は特務騎士エメルが一人で担当。

 それ以外の貴族の兵は、現地での見学(・・)を許可する。


 第二次王都防衛戦に際し、見学(・・)にすら兵を出さない者達は叛意(はんい)ありとみなす。

 見学組(・・・)の兵は防衛部隊とは別に待機し、特務騎士エメルが侵攻部隊を全滅させるまで、必ずその場に留まり見学(・・)すること。


 万が一、特務騎士エメルの侵攻部隊全滅が失敗し敗北した場合、見学組(・・・)の兵はその場からの逃走(・・)を許可する。

 ただし、防衛部隊が侵攻部隊との戦闘に入り、これを突破されるまで、一切の手出し無用。


 対策会議の翌日両殿下より、特務騎士エメルの戦闘の様子は、派兵された各貴族とその兵はもとより、宮廷貴族、各大臣、各役人、王城守備隊、および希望する城仕えの使用人達などが観戦(・・)する許可が出される。

 両殿下の特に強い希望で、可能な限り己の職務より観戦(・・)を優先し、救国の英雄たる特務騎士エメルが『力』を示す様子を目撃するようにとのお達しあり。

 なお、観戦(・・)の方法は特務騎士エメルが差配し、当日まで不明。



 苛立ちと共に、その報告書を執務机の上に投げる。

 投げられたその報告書の下には、一通の要請書が同じく投げ出されていた。


 その要請書には、ご丁寧なことに、この国家存亡の危機に対し、第一次王都防衛戦で何もしなかったばかりか、今回も見学(・・)にすら兵を出さないのであれば、国家への反逆の意思ありとみなす、との脅しが遠回しに書かれていた。

 しかもサインはアイゼスオートの直筆で、国璽(こくじ)まで押されている、謂わば勅命だ。


 小心者や、態度を定めていないどっちつかずの貴族達は、仕方なく形ばかりの派兵をするだろう。

 前回同様無視するのは簡単だが、後々の面倒を回避するためにも、何より野望のために次の一手を打つためにも、今回は要請に応じた方が利が多い。


 アーグラムン公爵は椅子の背もたれに身体を預けて、忌々しそうにその要請書を睨む。

 そして何度目になるか分からない思索に耽った。


 手の者から上がってきた報告書から考えれば、救国の英雄と祭り上げられたエメルなる平民の『力』を見せつけるパフォーマンスに過ぎない。

 それで王家の威信を少しでも回復したいのだろう。このように優れた精霊魔術師を抱えているのだぞ、と。


「下らん」

 所詮は子供の浅知恵と、吐き捨てる。


 子にも孫にも当主の座を譲らず、未だにアーグラムン公爵家に君臨するアーグラムン公爵は、すでに五十歳を超えていた。

 普通であれば、とうの昔に当主を譲り隠居している年齢だ。

 しかし、その権力欲故に、頑として隠居を拒んでいた。

 願うことは一つ、自らが王位に就くこと。


 父が王弟であり興ったアーグラムン公爵家だが、幼い頃からその地位が不満だった。父がもう少し早く生まれていれば、父が王であり、自分が王太子であり、ゆくゆくは王位に就けたのに、と。

 その野望は、従弟が王太子に擁立(ようりつ)された式典で、煌びやかな衣装を着た従弟の姿を見た瞬間、嫉妬と共に胸中を荒れ狂った。


 武芸も学問も従弟より自分の方が遥かに優れているのは明らかなのに、何故従弟が自分の上に立つのか。

 のほほんと呑気な顔で当然のように繰り上がりで王太子になる従弟より、自分の方がよほど国策に対して真摯で実務能力も優れているのに、ただ父が遅く生まれて王弟だったと言うだけで、何故優れた『力』を持つ自分が王になれないのか。

 その理不尽さに、何度周囲に当たり散らしたことか分からない。


 だから計画を立てた。

 長期展望になるが、必ず自らの力を示し(・・・・・・・)平和的に(・・・・)王位を手に入れると。


 もっと古い時代に生まれていれば、アーグラムン公爵家とその派閥の兵力で簒奪(さんだつ)も可能だっただろうが、ただ武力を示せば貴族と民を従えられる時代はとうに終わりを告げていた。

 社会が発展し複雑になった現代においては、武力以外の力も示さなければ上には立てない。


 だから策を巡らせた。


 元から領地では麻を栽培し麻布など織物を産業としていたが、緑豊かな隣国のフォレート王国より綿花の種を輸入し、領地の豊富な水量を生かして綿花の栽培にも着手した。

 これにより領地は急速に発展し、それによって得た資金を駆使して派閥を拡大し、さらには国政への影響力を拡大し、何十年とかけて王家の力を削いでいった。

 そして、ようやく後一歩というところまで来たのである。


 誤算の始まりはガンドラルド王国の侵攻だった。

 これまで同様の国境付近での小競り合いではなく、マイゼル王国を支配しようと王都まで攻め込んできた上に、戦争のセオリーを無視して壊滅状態になっても退かず、強引に王都を陥落させるなど、想像すらしていなかった。

 加えて、王都が窮地に陥る程度は見逃し、敢えて兵を出さずに温存したのもまた裏目に出てしまった。


 しかし、誤算だったと嘆いて手をこまねいているようでは、貴族社会で生き抜くことなど出来ない。むしろ、積極的にその状況を利用し、計画を進められてこそである。


 だからまず、王室派のまだ家督を継いでいなかったクラウレッツ公爵の下へアイゼスオートを、そして自分の下へフィーナシャイアを落ち延びるように仕向けた。

 そうすれば、アイゼスオートを旗頭に、クラウレッツ公爵は兵を集めて王都奪還へ打って出るのは確実。


 しかし前クラウレッツ公爵は第一次王都防衛戦で討ち死にし兵の大半を失っている。

 だから、王都奪還は失敗するだろう。


 よしんば成功しても、王都を維持する兵力は残らないはず。

 それほどの兵力の損耗は、公爵家の権勢としては致命的だ。


 そこへ保護したフィーナシャイアの要請(・・)により、自ら兵を率いて王都を奪還し、そのまま兵を王都へ常駐させて事実上支配下に置く。

 さらに態度の定まらない貴族どもをまとめ上げ、王都の失陥および奪還失敗の責任を追及し、王家を追い落とし王権の委譲を迫る。

 これに頷かざるを得ない状況を作り出すのだ。


 しかし、ここでもまた誤算が起きた。


 フィーナシャイアがトロルの手に落ちたことだ。

 これでは王都を奪還しても、保護した王女の要請があるのとないのとでは、その後の影響力が大きく違ってくる。


 また、王女を保護していれば、旧体制の権力を取り込んでの正当性が必要になれば、自分の妾か、孫の側室にでもすればいい。旧体制の権力の取り込みが邪魔になるのであれば、他国の適当な王族か貴族に嫁がせて、そこと同盟を結べばいい。そのように利用価値があったのだ。

 フィーナシャイアを手元に置けなければ、策は迂遠になり、スマートさを欠くことになる。しかもトロルロードに傷物にされた(・・・・・・)王女など、もはや利用価値など皆無の厄介者でしかない。


 とはいえ、それでもなお、王位を手にする可能性は高かった。


 最大の誤算は、エメルの存在だった。


 まさか、エメルが囚われのフィーナシャイアを救い出し、トロルロードを討伐し、王都奪還を果たすなど、誰が予想出来ただろうか。

 そのせいで、兵を派遣する理由も手柄も、全て失ってしまったのだから。


 しかも受けた報告には、エメル単独でトロルの支配下に置かれた王都へ潜入し、トロル兵五千匹を一匹残らず討伐したとあり、急速に権威を失いつつある王家の悪あがきには、怒りを通り越して大いに呆れたものだ。

 いったいどこの誰が、たった一人でトロルロードを討ち、トロル兵五千匹を文字通り全滅させられるというのか。


 アイゼスオートが支援部隊の騎士を送り、またクラウレッツ公爵が密偵を潜入させたことも報告書に付随してあったため、王家の目論見を正確に看破出来はしたが。


 ブラバートル侯爵の立てた予想は、自らが立てた予想とほぼ一致していた。


 王都および王城を占拠していたトロルは五百匹前後、多くとも千匹程度。

 アイゼスオートが派遣した騎士二百で十分に駆逐可能。

 さらにフィーナシャイアを救い出したのは、クラウレッツ公爵の密偵。

 エメルも精霊魔術師として多少はトロルを倒しはしただろうが、それだけだ。


 第一次王都防衛戦で四万二千もの兵を失い、王都を失陥した。これは王都奪還が成功したとしても、マイゼル王国の屋台骨を揺るがしかねない損失で、貴族達からの責任追求は免れ得ない。

 だから、エメルなる平民がたまたま(・・・・)落ち延びるアイゼスオートを保護し、多少(・・)精霊魔法が使えたため、王家が取り込み救国の英雄として仕立て上げ、王家の権威を取り戻そうと画策したのだろう。


 しかし、だとしても、あまりにも荒唐無稽で、滑稽な話だった。


 もしそれが事実であれば、そのエメルなる平民一人にマイゼル王国は滅ぼされ、支配されてしまうことになる。

 そう、だからこそ馬鹿馬鹿しすぎて、子供の浅知恵に冷笑すら浮かばないのだ。


 アイゼスオートもフィーナシャイアも、ロマンス小説などという低俗な妄想小説にうつつを抜かしているから、妄想が現実でも通用するのだと履き違えているとしか思えなかった。


 そもそも、第二次王都防衛戦でのパフォーマンスで、単独云々(うんぬん)が誇張された戦果であることがバレるだろう。

 まさかとは思うが、貴族連合軍の戦果までもエメルなる平民一人の戦果として喧伝し、救国の英雄像を創り上げようとでも言うのだろうか。

 だとすれば、王家の権威を取り戻すどころか、貴族達の猛反発に遭うだろう。


 さすがにそこまで愚かとは思わないが……。


 長年の夢が、あと一息で叶うところまで来ている。だから多少強引な手を使ってでも、それを実現させようと画策してきた。

 それを、そんな子供の浅知恵に狂わされるなど業腹でしかない。


 ――そんな思考を、執務室のドアがノックされる音で中断させられた。


 入室を許可すると、入って来たのは孫のゲーオルカだった。


「お呼びと伺いました、お爺様」

「それを読め」

 執務机の上に投げ出されている報告書と要請書を顎でしゃくる。


 ゲーオルカは直系の孫であり、息子よりも野心も才覚もあり、若い頃の自分によく似ていた。だから目をかけて育てており、家督を譲るのであれば、野心の薄い凡庸(ぼんよう)な息子を飛ばして十九歳のゲーオルカにと考えていた。


「……なるほど、道理で今回に限り進軍の準備を進めていたわけですね。派閥中から集めて、兵数は四万五千くらいですか? 第一次王都防衛戦は三日と保たずに陥落したわけですから、初日で勝負が決まるかも知れませんね。敢えて遅れて到着し奇襲を仕掛け、防衛部隊を救援して恩を売り、そのまま王都を占拠して実効支配する、と言ったところですか」

 アーグラムン公爵の意図を正しく理解した上で、ゲーオルカは冷笑を浮かべる。


「さすがだな、その通りだ」

「作り上げられた英雄像と誇張された戦果を自分の実力と勘違いして思い上がった平民のパフォーマンスなど、トロル兵が再び一万五千……いえ、二万近くは来るでしょうから、戦局に影響は出ない。見学(・・)などと言う名目で、強引に反王室派の貴族達にも兵を出させ防衛部隊に組み込まなければ、王室派もろくに兵を集められないのでしょうね。堕ちたものです」

 クスクスと冷たい瞳で小馬鹿にしたように笑うゲーオルカに、アーグラムン公爵は満足げに頷く。


 ゲーオルカは祖父同様の仕草で、報告書と要請書を執務机の上に投げた。


「それだけの大軍相手となれば、どれだけ数を揃えようと寄せ集めの貴族連合では耐えきれないでしょう。それでも、せめて五千匹くらいまで減らす程度には役に立って欲しいところですが。いずれにせよ、最初の王都陥落、続けての王都奪還、そしてもし今回また王都が奪われて、僕達が奪還するとなれば、四度の戦場になった王都は荒れに荒れるでしょうね。もはや王都としての用をなさないくらいに。もう領都の整備を始めてしまってもいいのではないですか?」

「建前というものがある。着工は儂とお前が王都を支配してからだ」


 領都を整備し王都とする。

 その計画書はすでに完成していて、必要な資材も人員も手配済みだ。


 だからゲーオルカは小さく肩を竦めた。

 もはやアーグラムン公爵が王位に就く流れは止められず、先に着工していたからと言って、誰が逆らえるというのか、と。


「ちなみに、僕達が王都を押さえたとして、第三次王都防衛戦が起きる確率は?」

「蛮族のごときトロルであれば、当然企てるだろう。しかし、フォレート王国も小競り合いを終わらせ、なんなら逆侵攻も視野に入れて、大軍を以て事に当たるそうだ。フォレート王国への対処に兵を取られれば、こちらにそうそう大軍を回すことも難しかろう」

「それである程度時間が稼げれば、中立を気取る流れを読めないボンクラどもを糾合できる上に、グルンバルドン公爵が領軍を立て直して、僕達のための壁になってくれるってわけですか」


 つまり、第三次王都防衛戦を凌げば、さすがのトロルどももこの国から手を引き、第四次の侵攻はないと思われた。

 あまりスマートな流れではなくなってしまったが、ようやく玉座に手が届くところまで来た。そうアーグラムン公爵はほくそ笑む。


「いいですね。いよいよ、あのお花畑殿下じゃなく、僕が王太子ですか」


 クスクスと楽しげに、しかし瞳は冷たいまま笑うゲーオルカに、アーグラムン公爵は考える。

 自分が王位に就いた後、早晩、孫のゲーオルカに追い落とされるかも知れない、と。


 しかし、それこそ望むところであった。

 それだけの野心と才覚がなければ、王位を継がせるに値しないのだから、と。



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