659 絶対に勝てる賭け
「さて、これで本当に理解して貰えたと思います」
サイズが変わらないから、エンが光のチャクラムを乱舞させて戦うシーンで、トロルとのサイズの比較や、近接戦でのトロルの暴力的な破壊力は十分見て取れたはずだ。
そして、レドが倍近いサイズに育ってることも。
映像では同様にモスとロクも戦ってたから、呼び出してない二体についても姿と戦闘力は目にしただろう。
デーモとユニは見せてないけど、そのくらいシークレットのままでもいいよな。
他国の連中に全てを見せてやる義理も必要もないし。
「トロルおよそ二万匹で十五分程度。今ならその倍以上の五万匹を十五分程度で、同じ結果に出来ますよ」
パワーとスタミナ、自己再生能力でごり押ししてくる脳筋のトロルが、最後は情けなく悲鳴を上げて逃げ惑い、一匹残らず殺された。
それを自国の兵士、そしてレガス王国の兵士に置き換えて考えて欲しい。
「ちなみに、それでも俺の『力』の半分程度です」
しんと静まり返った会議室に、誰かの生唾を飲み込む音が、やけに大きく聞こえた。
もっとも半分程度って言っても、特殊な契約精霊達と偽水晶はどちらも切り札で、伏せカードで晒さないどころか、隠し持ってることすら見せないけど。
俺の強気の説明に、大使達が互いに顔を見合わせる。
俺の発言をどこまで信じるのか、決めかねてるんだろう。
そんな中で最初に動いたのが、ナーダー陛下だった。
「仮にメイワード伯爵の言葉が全て真実だとして尋ねるが、レガス王国を滅ぼすまで戦争を続ける必要はあるのか? そこまでしてしまえば、アンガバッハ王国も動くかも知れないし、ゾルティエ帝国が黙っていないだろう」
「これも俺が常々言ってることですし、あの馬鹿王子にも言ってやったから聞いてたと思いますけど、俺は好意には好意を、敵意には敵意を返します。ましてや敬愛するフィーナシャイア殿下をあんな風に侮辱されて、俺が相手の立場で態度を変え、顔色を窺って配慮するとでも?」
敬愛するって言い換えたけど、つまりは『俺の女を』ってことだ。
それで黙ってる程、俺はいい子ちゃんじゃない。
ましてや大人の対応なんてものは、相手にその配慮と誠意が伝わらなければ、ただの言い返しも出来なければやり返しも出来ない腰抜けと思われて終わりで、一層舐められ増長を許すだけだ。
だから、声のトーンを落として、本気の怒りを込める。
「立ち塞がるなら、みんな敵です。謝罪と賠償がなければ、レガス王国を滅ぼす。そう言った意味を、これで理解して貰えましたか?」
俺のその言葉に、ナーダー陛下と大使達が全員、俺の怒気に当てられたように生唾を飲み込んだ。
言うべきことは言い切って、ウォータースクリーンには戦闘終了後の死屍累々になってる戦場で停止したまま、契約精霊達も出しっぱなしにして、ブラバートル侯爵へと目を向ける。
「以上のように、レガス王国はメイワード伯爵の逆鱗に触れたわけです。誠意ある謝罪と賠償がなければ、我々が力を貸さずとも、一人で滅ぼしてしまうでしょう」
内心どう思ってるかはともかく、ブラバートル侯爵が淡々とそこまで告げて、それから初めて眼光鋭く、声に感情を乗せた。
「これらを踏まえて、各国にはマイゼル王国を支持し、レガス王国の無法な振る舞いを糾弾するのか、レガス王国を支持し、マイゼル王国を……ひいてはメイワード伯爵を敵に回すのか、立場を明らかにして戴きたい」
特に鋭く見つめるのは、シャガレフトール王国やクハ王国など、ゾルティエ帝国寄りの国の大使達だ。
「くっ……」
「ぐぬ……」
ブラバートル侯爵から俺に目を向けてひるんだ大使達を、ブラバートル侯爵は無理にこっちに付くよう迫ったりはしないけど、無言で圧力をかける。
その大使達も、国の方針がゾルティエ帝国寄りなのに、勝手にマイゼル王国に味方することをこの場で確約するわけにはいかないからな。
そして調子に乗って対価を要求したザグンデス王国の大使は、青い顔で脂汗を浮かべてすっかり黙りこくってる。
いずれにせよ、ナーダー陛下以外、この場で答えられる大使は誰もいないだろう。
だから、今すぐ答えを迫るような真似をフィーナ姫はしない。
「万が一にも我が国が敗北することはありませんが、もし仮に敗北すれば、その後レガス王国の野心がどこへ向かうかは、言うまでもないでしょう」
マイゼル王国が滅亡したら、次はナード王国の番だろう。
ナード王国まで敗北したら、今度はレガス王国とアンガバッハ王国とで、ザグンデス王国へ侵攻するかも知れない。
そうなれば、ゼグオーダー王国も対岸の火事ではいられなくなるはずだ。
さらに、小国家群は完全にゾルティエ帝国領の国に四方を囲まれてしまう。
そうなれば、レガス王国もアンガバッハ王国も、国境沿いに防衛の兵士を延々と配置し続けて小国家群を警戒するより、早々に小国家群も攻め滅ぼして飲み込んでしまった方が安上がりで手っ取り早い。
しかもその時の尖兵は、元マイゼル王国や元ナード王国の兵士達で編成された、使い捨ての部隊になるだろうな。
レガス王国がそこまで膨張してしまえば、大国フォレート王国もその陰に守られてるシェーラル王国も、安穏とはしてられないはず。
もしシェーラル王国まで倒れれば、次はオルレーン王国だ。
いつまでも無関心を貫いてはいられない。
「ですが、我が国が勝利してレガス王国が滅亡するのですから、その心配はなくなります。我が国は無用な争いを好みませんから」
フィーナ姫はそこで言葉を切って微笑むけど、言外に続きの言葉が聞こえてきた。
『ただし、レガス王国側に立った国は、戦後どういう扱いになるのか、覚悟しておいて下さい』
それは、軍事大国のレガス王国を滅ぼせるだけの強国となったマイゼル王国の、国際社会における存在感と発言力を鑑みれば、様々に国益を損ねる事態になるだろうと言うことだ。
ゼグオーダー王国の大使が俺の真意を探るように、目をすがめる。
「メイワード伯爵に問いたい。貴殿の怒りと意気込みは分かったが、それなら何故さっさと一人で片を付けない? 我らに見せたように、レガス王国の王城へ出向いて見せてやれば謝罪を引き出せるかも知れんだろう? わざわざ、戦火を交えようとするのは何故だ?」
「ああ、それなら幾つか理由があります」
一つは、マイゼル王国貴族が舐められないようにするためだ。
パーティー会場では、結局レガス王国の軍事力と背後のゾルティエ帝国にビビって、俺以外、誰も馬鹿王子にまともに言い返せなかった。
その汚名返上のチャンスになるってわけだな。
一つは、マイゼル王国貴族と兵士や騎士の多くが大国との戦争を経験しておけば、今後の国防に大きくプラスになるからだ。
怪我人も死者も、一人も出さずに勝利するのが理想だけど、現実の戦争となればそうはいかない。
貴族、騎士、兵士、平民、その一人一人が、自分達で自分の国を守るんだって意識を持ってないと、守れる物も守れなくなる。
これは言えないけど、俺が王様になったら、そうそう気軽に戦場に出して貰えなくなるだろうから、犠牲は織り込み済みで考えなくちゃならなくなる。
俺に頼りっきりじゃ、いずれ自力でマイゼル王国を守れない弱兵ばかりになっちゃうからな。
周辺国がみんな、未来永劫絶対に戦争なんてしませんって、一斉に武力を放棄して兵士を解雇するなら話は別だけどさ。
前世を考えれば、まずそんな世界はこないわけで。
だから、常に戦争に備えないといけないんだ。
為政者の辛いところ、だな。
一つは、俺一人で功績を独占すると他の貴族達が面白くないだろうから、功績のお裾分けをしてやる必要がある。
「そして最後の一つは、俺一人で終わらせたら、戦費は俺の昼飯代くらいにしかならないから、ろくに賠償の請求が出来ないでしょう? 仮に途中で降伏して謝罪するようなら、賠償はガッポリ搾り取って、立ち直れないところまで追い込んで、俺達に逆らう力を奪っておきたいじゃないですか」
ニヤリと悪い顔で笑ってやると、ゼグオーダー王国の大使が言葉を詰まらせる。
貴族としては、悪辣って言うほどのことじゃないだろう。
でも、俺のことを元農民、成り上がり者、にわか貴族って内心で侮ってたのなら、単なる武力馬鹿じゃない、ここまで俺が貴族的な立ち回りと報復を考えられるんだってことを理解出来たはずだ。
「と言うわけで、これは絶対に勝てる賭けのようなもんです。安心してマイゼル王国が勝利する方に賭けて下さい。そして、恐らく決して謝罪しないだろうレガス王国は滅びる、それを確定事項として念頭に置いて、以降の対応をお願いします」




