658 他国にも力を示す演出を
「つまり王太女殿下は、そちらのメイワード伯爵がいるから、マイゼル王国はレガス王国を滅ぼせ、ゾルティエ皇国が動いてゾルティエ帝国全体が敵に回っても勝利出来ると、そう仰るわけですか?」
さすがに胡散臭そうに、クハ王国の大使が眉をひそめる。
「ええ。もっと正確に言うのであれば、マイゼル王国軍が動かずとも、メイワード伯爵お一人だけでレガス王国を滅ぼせ、ゾルティエ皇国が動いてゾルティエ帝国全体が敵に回っても勝利出来るので、なんら問題ありません」
これには大きくどよめく。
さっき以上の大言壮語がくるとは思ってなかったんだろう。
しかも王太女とはいえ、国王が空位の現状、国のトップの発言だ。
個人の戦力評価としては、まずあり得ないわけで。
もっとも、俺も出来て当然って澄まし顔を作ってるけどさ。
おかげで、ますます俺に視線が集まるって言うか、視線がちょっと痛い。
そんな俺に、フィーナ姫が目配せしてきたから、目で頷き返す。
どうやらここから俺の出番らしい。
発言許可が出たんで、言いたいことを言わせて貰おう。
「今、フィーナシャイア殿下が仰ったように、本来であれば俺一人で十分です。なんなら、パーティー会場でも言ったように、レガス王国くらい一日で滅ぼせます。それも、ゾルティエ帝国が動く隙を与えないくらい、迅速かつ徹底的に」
太陽が東から登るのと同じくらい当たり前のことって感じで平然と言ってから、微笑みを浮かべて一言追加する。
「ああ、俺は出来ないことは口にしない主義なんで、『出来るわけがない』って反論は時間の無駄なんで遠慮して貰えると助かります。俺が本気で動いたら出来る、そうなる、って言うのを念頭に置いて話を進めて下さい」
多分、そういう反論をしようとしたんだろう、ゾルティエ帝国寄りの大使達が口を開きかけて、追加の一言で声を上げそびれ、なんとも言いようのない顔で口をつぐんで俺を睨んできた。
こいつらはやっぱり、端からマイゼル王国側の味方に付くつもりはなかったみたいだな。
「ただ、それは最後の手段の予定です。せっかくレガス王国が戦争の準備を何年もかけてしてきたんだから、胸を貸すつもりで、マイゼル王国一丸となってそれを真正面から打ち破ります。そう、軍事大国の本気を、そのプライドごと叩き潰してやるんです。これは、マイゼル王国が小国ながら強国であると証明するのに、打って付けのパフォーマンスだと思いませんか?」
「胸を貸す? パフォーマンス? 戦争を遊びや農作業と勘違いしているのではないだろうな」
「それは驕りとしか言い様がない」
「現実は物語ではないのだ。都合良くそんなことが出来るわけがない」
うん、時間の無駄ってどれだけ言っても、やっぱり『出来るわけがない』って反論してくる奴がいるよな。
しかも『遊びや農作業』って、どうやら俺を元農民と思って舐めてるらしい。
そんな一部の大使達の発言に、ブラバートル侯爵がわずかに自嘲を浮かべてる。
かつて通った道、だもんな。
「どうやら皆さんは俺の実力を全く信じてないか、良くても半信半疑みたいですね」
「ガンドラルド王国との戦争で、結果が出ているのは知ってるが……」
「さすがに荒唐無稽に過ぎる。信じろと言われて信じられるものではない」
これらはマイゼル王国寄りの小国家群の国の大使達の発言だけど、やっぱり信じ切れてないようだ。
ガンドラルド王国と俺がどう戦ったかは、マイゼル王国が本当に勝利したって証拠に、隠さず情報を流してる。
マイゼル王国に駐在する大使なら、そのくらいの情報は集めて知ってるだろう。
それでもなお、国の立場に関係なく、心から信じられないわけだ。
まあ、自分で目にしないと信じられない情報ばかりだろうから、そこを責めはしないけどさ。
「そこまで自信があるのなら、メイワード伯爵のお『力』を、その一端でも構わないので、是非我々にも見せて戴きたいものですが」
自分が一番中立的な立場にいるって感じたんだろう、ヴェンダー王国の大使がそう申し出てくる。
チラリとフィーナ姫を見ると、迷わず頷いた。
その向こう側、ブラバートル侯爵は渋い顔だけど、フィーナ姫が頷いたからだろう、渋々と頷いた。
「では、せっかくのなので一部お見せしましょう。サーペ、レド、エン、キリ」
『シャアァ!』
『ギャオォ!』
『参上いたしました、主様』
『はっ、こちらに、我が君!』
間欠泉のように水柱が立ち上って、体長十数メートルのサーペが。
炎が渦巻いて、その中から体高四メートルの大きく翼を広げたレドが。
眩しい光が収束していき、やがて人型を取ると、天使の輪と白い翼を持つエンが。
金の光の円盤が宙に現れて下に落ちていくと、頭から順に、槍を携え金色に輝く甲冑を身に纏ったキリが。
それぞれの演出に合わせて俺の背後の宙に姿を現す。
しかも、サーペとレドとエンは気配を全力解放で。
「「「「「!?」」」」」
さすがナーダー陛下は他国の要人の前で無様な姿を晒さないよう、根性で堪えた。
でも他の大使達は驚きの声を上げながら、腰を浮かしたり、椅子から転げ落ちそうになったり、動揺して狼狽えたり、騒然となる。
「会議室はさすがに狭いんで、八体全てを出すのはやめておきますけど、半分の四体だけで良ければ、どうぞ好きなだけご覧下さい」
サーペは姿を現したはいいけど、俺の後ろだけでは狭すぎて、身体をくねらせてぐるりと会議室の上空を回る。
胴体の直径は優に一メートルを越えるし、まさに大迫力だな。
ただし、ナーダー陛下と大使達の真上は絶対に通らないように、だけど。
レドも翼を広げるとかなりの大きさになるから、側からサーぺがいなくなって、その場で伸び伸びと翼を広げてる。
ただし、レッドドラゴンをデザインしただけあって強面で、すごく凶暴そうだ。
攻撃魔法を連発するの、大好きだしな。
エンは俺の左後ろ側へ、キリは俺の右後ろ側へと降りてきて、護衛のようにその場に立った。
エンは慈悲深い、優しいお姉さんって雰囲気で微笑みを浮かべてるけど、人ならざるその美しい姿と微笑みは、決して見た目では判断できない畏怖を感じさせる。
そしてキリは、キリッと凛々しい戦乙女そのもので、サーぺとレドとはまた違う、人型ならではの威圧感と迫力、そして美しさがある。
サーぺとレドは、当然その大きさと迫力から選んだ。
後は、攻撃魔法として威力がある属性上位二つだからって言うのもある。
エンは人型サイズの契約精霊ってことと、この後の演出のため。
キリは人型サイズの契約精霊ってことと、基本の六属性じゃない精霊だから選んだ。
ちなみにエンとキリは、二年前と大きさはほぼ変わらず、外観の翼や纏う衣、兜や鎧、槍などの装飾のディテールが凝ったり、これまで見てきた服飾や装飾に影響を受けたのか、一部デザインを変更したりしてる。
サーぺとレドは、二年前と比べて、ほぼ倍近い大きさになった。
サーぺはとにかく巨体になろうとしてて、レドもある程度巨体になりながら、鱗や角なんかのディテールにも凝ってる。
サーぺが倍近い大きさになったってことは、内包するエネルギーもそれに比例して倍近い量になったってことだ。
「な、なんて……なんて量の精霊力だ……!」
「こんな巨大な契約精霊など……まるで魔物そのものではないか……」
辛うじて、そんな風に声を搾り出してる大使もいるけど、ほとんどの大使が声も出ないらしい。
「どうですか? 俺が、そしてフィーナシャイア殿下が自信を持ってる根拠を、少しは感じてくれましたか?」
言いながら、飽くまでも友好的に微笑みかけるけど、まあ、脅しだよな。
「せっかくなので、この契約精霊達が実際に戦ってるところもご覧に入れましょう。あちらをご覧下さい」
俺達の正面方向を指さして、全員の視線をそっちに向けると、ウォータースクリーンを一枚展開する。
「まずは実物大のトロルです」
エフメラとの結婚を許して貰うため、お父さんやお母さん達に見せたように、実物大のトロルを見せてやる。
「陛下や大使のような要人ともなると、直接見たことはないでしょう」
第一次王都防衛戦の時には、どこの国も大使達は王都から逃げ出して自国へ戻ってたはずだからな。
おかげで、初めて見る実物大のトロルの迫力に悲鳴じみた驚きの声が上がった。
「これが噂のトロルか……」
「なんと言う巨体か」
ナーダー陛下も、自国の国境がトロルに脅かされてるって言っても、前線に出て実物を見たことがないか、見たことがあったとしても捕虜か死体くらいだろう、怖い目で睨むようにトロルを観察してる。
大使達がじっくりトロルを観察して、そのサイズを十分に確認したのを見届けてから、ウォータースクリーンを三枚に増やす。
「これから見せるのは第二次王都防衛戦の戦いです。こうして俺がウォータースクリーンで王都市民に見せてたのは、多分知ってると思います。ただ、二年近く前の話なので、こっちのエンとキリはほとんどそのままですけど、サーぺとレドはまだ半分くらいのサイズなんで、それを念頭に置いて見て下さい」
そして見せる、第二次王都防衛戦の戦い。
フィーナ姫は三回目になるし、先日も見たばかりだから、落ち着いて見てる。
ブラバートル侯爵は二回目だけど、当時を思い出したのか、またしても苦い顔だ。
そしてエンが凝ってくれたカメラワークのおかげで大迫力のシーンを撮影出来てたから、大使達は何度も『おおぉ!』って声を上げてたけど、戦いが進むにつれて段々と誰も声を発しなくなっていき、戦いが終わって映像を止めたときには、会議室はしんと静まり返っていた。




