651 前倒しで推し進める方針
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会議の後の休憩も適当なところで切り上げて、フィーナ姫に上がってきた戦争に向けての下準備的な書類の決済の仕事を、姫様と一緒に手伝った。
こういった仕事は平時では経験できないから、王様になるための勉強としては、いい経験になったと思う。
それらをこなしてたら日も傾いていい時間になったんで、そろそろ本日の政務は終了、ってタイミングになってから、俺も含めて三人に、コルトン伯爵が至急の面会を求めてきた。
それで話を聞いてビックリだ。
「あのウグジス侯爵が俺を王配どころか王様に!?」
思わず叫んじゃって、信じられなくて姫様とフィーナ姫を交互に見ると、二人とも俺同様に目を丸くしてビックリしてた。
「ロードアルム侯爵とグーツ伯爵がどれほど口説いても、エメル様の派閥どころか、王室派に入ることすら拒み続けていたウグジス侯爵が……」
「ウグジス侯爵は私とエメルの結婚も、消極的ながら認める方向に傾いていたと報告を受けていたが、遂にそこまで……」
「フィーナシャイア殿下、アイゼスオート殿下、そしてメイワード伯爵も、喜ぶのはまだ気が早くございます。本気で推しているわけではなく、フィーナシャイア殿下とメイワード伯爵のご結婚の可否を話し合う中で出た、選択肢の一つ、ただの思いつきを口にした程度のものであったのですから、真に受けすぎてはなりません」
「分かりました。ですが」
「はい、姉上」
「いやいや、たとえそれでも、選択肢に入っただけでも大前進だ!」
これまでは、鼻で笑われて一蹴されるどころか、選択肢にすら上がらなかったんだ。
それが選択肢に上がったとなれば、遂に三人での結婚に片手が届いたことになる!
アムズと話して手応えを感じてはいたけど、これはさらに大きな一歩になるぞ!
三人で顔を見合わせて、笑顔が零れるのも当然だ。
「それで、その話に賛同するか、関心を持った者は他にいますか?」
逸る気持ちを抑えるように、だけど嬉しさを隠しきれないように、フィーナ姫がコルトン伯爵に迫る。
「では、会議の流れを簡単に説明させて戴きます」
コルトン伯爵の説明のおかげで、会議の大雑把な流れと、どの貴族がどんな反応だったか、全て把握出来た。
「ロードアルム侯爵とグーツ伯爵が上手く誘導してくれたのは大きいな。まさか将軍とイグルレッツ侯爵まで、それとなく立場を明らかにして援護してくれるなんて」
「うむ。レガス王国との戦争も近い。そしてこれまでそなたが王都防衛戦の軍議に参加し、精霊魔術師の育成に携わり、武力だけではなく知謀と人材育成の能力を示していたことが大きいだろう。ここでエメルに付いてもおかしくないと、そう思わせるだけの積み重ねがあったと言うことだ」
つまり、これまで頑張って蒔いてた種が、ようやく芽を出したってわけだ。
後はそれを大きく育てて、実を付けるよう努力を続けるだけだな。
「イグルレッツ侯爵とガーダン伯爵は、レガス王国との戦争でエメル様主導で圧倒的な勝利を収めれば、賛成の立場を明確に表明しやすくなるでしょうね」
「それでレガス王国からは多額の賠償を支払わせて国庫を潤わせ、領土の一部でもいいから割譲させ、そこに投資して経済を発展させて税収を上げれば、ウグジス侯爵も賛成に回ってくれるだろう」
うん、二人の言う通りだ。
「これは俺達に追い風が吹いてますね」
相手から仕掛けてきた戦争だからな。
俺達のプラスになるよう、遠慮なく立ち回らせて貰おう。
「それに比べて頑固で問題なのが、クラウレッツ公爵とジターブル侯爵、そしてブラバートル侯爵だな……」
派閥で一番の味方なのに、そこが一番強固に反対してるわけで。
「エメルの話を聞く限り、アムズを口説き落とせれば、ラムズ攻略の糸口になるのではないか?」
「確かに。そこを突破口にしたいですね」
「でしたら、ジターブル侯爵は、エメル様のご領地で働いていると言う子息を味方に付けられませんか?」
「なるほど、ユレースを味方にか……出来るかな? いや、やるしかないか」
ジターブル侯爵家にはかなり利権を融通してやってるし、そこと絡めれば、攻略の取っ掛かりになってくれるだろう。
「ただ、ブラバートル侯爵の攻略はどうしたもんか……」
お互いに牽制し合って、利用し合って、仲がいいわけでもなければ、油断すればお互い寝首を掻かれない関係……とまでは大げさだとしても、まあそんな感じだからな。
「少し弱いですが、マイゼル王国の国際的な立場が強化され、発言力が強くなれば、消極的賛成か、せめて賛否を問う投票を棄権するくらいには持って行けるのではないでしょうか?」
「確かに。あの者は、手段はどうあれ、マイゼル王国の国益をしっかりと考えて行動している。姉上の言う通り、戦時中にどれだけマイゼル王国の『力』を見せつけ、戦後どれだけ国益を獲得できるか、そこに掛かっているでしょう」
なるほどつまり、まずは明後日の他国の大使達を集めた会議で、どれだけマイゼル王国の味方に付くことがそれぞれの国の国益に適い、敵対することが危険で損をするのかを知らしめる。
そして戦後により強固な関係を結ぶ、ってわけだな。
安全保障でも貿易でも、条約とまではいかなくても、周辺国となんらかの取り決めをしたいってフィーナ姫も考えてたし、それの後押しになれば、ブラバートル侯爵も絶対反対とは言えなくなるに違いない。
どうせなら賛成させるくらいまで持って行けって話だけど……あのブラバートル侯爵が俺達の結婚を心から祝福してくれる絵が、全く想像出来ないんだもんな。
「王室派じゃないところだと、バーラン侯爵はどうなのかな?」
派閥を越えて、重鎮や大貴族達の攻略方法を、四人で話し合う。
「問題は、グルンバルドン公爵でしょうな」
コルトン伯爵の難しい顔に、姫様も難しい顔になるし、フィーナ姫も思案する。
今でこそ動きを全く見せてないけど、アーグラムン元公爵同様、玉座を狙ってた一人だからな。
「トロルが攻めてくるまでは、色々と動きを見せてたんですよね?」
「それはもう。アーグラムン元公爵への牽制が主だったとはいえ、王城内での発言力を強化するために動き、未だに宮廷貴族の中には、グルンバルドン公爵を推す者達が多くいますからな」
コルトン伯爵がそう言うなら、クラウレッツ公爵やジターブル侯爵とは別の意味で、最も手強い相手かも知れない。
「ジョナードもマイゼル王国の未来を思って動いていることは確かで、志はエメルと同じなのだがな」
「両雄並び立たずと言いますからな」
「ガンドラルド王国との戦争で、兵力が大きく削がれ、領軍の立て直しの最中である今が、畳み掛けるチャンスかとは思いますが……」
うん、体を張って国を守ってくれたところを付け込むような真似は、ちょっと心苦しいって言うか、やりにくいな。
目的のためには手段を選んでる場合じゃないんだけどさ。
「自身が治めるよりメイワード伯爵が治める方がマイゼル王国をよりよい国へ導けると、グルンバルドン公爵に納得させ、王位を巡る争いから引かせるのが一番でしょう」
コルトン伯爵の言う通り、『力』を示して屈服させること、それがグルンバルドン公爵攻略には一番かもな。
「目処が立ったって言うのは気が早いですけど、当面の方針が決まったところで、みんなに相談が」
「はい、なんでしょう?」
「うむ、申してみよ」
「儂にもですか?」
三人を見回して、それから切り出す。
「俺達の結婚のことと、王様になること、アガゼル商会長にも打ち明けて相談しませんか?」
「アガゼル商会長にですか?」
「ふむ……」
「メイワード伯爵は、何故アガゼル商会長に相談しようと?」
その目的は一つ。
「今から、フィーナ姫と姫様、そして他のみんなのウェディングドレスを用意しときましょう!」
「まあ!」
「なっ……!?」
「ほう、なるほど……」
戦後、諸々が片付いて、貴族達の賛同が得られそうになってから準備を始めてるようじゃ、まだ何年掛かるか分からない。
さすがにフィーナ姫をそこまで待たせるのは心苦しい。
「今から準備を進めて、遅くとも来年のフィーナ姫の誕生日当日に、俺への王権を委譲、戴冠、結婚式と、一気に済ませて、戦後の新しいマイゼル王国の体制を作ってしまえるように!」
つまりはそれを目標に、ここから畳み掛けて推し進めるってことだ。
「かなり慌ただしいことになりますが、一つの区切りとしては良いかも知れませんな」
コルトン伯爵が思案しながらも頷くと、フィーナ姫が真っ赤な顔で、意気込みながら俺の手を握り締める。
「とても良いアイデアだと思います!」
こんなにも喜んでくれるなんて。
つまりそれだけ待たせて不安にさせてるって証拠でもあるんだよな。
「や、やはり私も……なのか?」
同じ顔を真っ赤にしてても、姫様は恥ずかしそうに動揺してるな。
「当然ですよ。姫様は『俺の嫁』、しかもフィーナ姫と並んで正妻ですから。俺は男を嫁にする趣味はありませんし」
姫様は男の娘で、俺の中では女の子としか考えられないから、是非ウェディングドレスを着て貰いたい。
なんならそのままベッドへ直行で、初夜までしたいくらいだ。
「アイゼなら、絶対に似合いますよ」
フィーナ姫が笑顔で太鼓判を押すけど、姫様は戸惑い気味で、コルトン伯爵は反対こそしないけどちょっと複雑そうだ。
「うん、俄然やる気が出てきた! レガス王国なんて完膚なきまでに蹴散らして、貴族どもに認めさせ、みんなで結婚式だ!」
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やる気に満ち溢れるエメルと、心浮き立つのか終始笑顔の姉上。
コルトン伯爵は多少複雑そうな顔をしているけど、姉上の幸せそうな笑顔に、事態を受け入れるみたいだ。
対して僕は……。
自分の恰好を見下ろした。
今は政務が終わったばかりだから、王子の服を着ている。
だけどこの後、プライベートの時間になれば、ドレスに着替えることになる。
エメルのために髪を伸ばし、ドレスを着て、化粧をして、エメルの理想の姫様に見えるよう、女の子らしく振る舞って……。
まだ羞恥が消えたわけじゃない。
エメルや姉上の前では、大分慣れたけど、それだけに過ぎない。
それなのに、大勢の貴族や臣下の前で、ウェディングドレスを着てエメルの隣に妻として立つ……。
想像しただけで、かつてない程の羞恥心が湧き上がってきて、顔から火が出そうだ。
だけど……その反面、心が浮き立つのも感じている。
エメルの横顔を見れば、幸せそうな笑顔を浮かべる姉上を見て、とても幸せそうだ。
そして、僕の視線に気付いて、振り返ると微笑む。
同じくらい、とても幸せそうに。
……僕もそろそろ本気で覚悟を決めないといけないみたいだ。
「ん? 姫様、何か言いましたか?」
「いや、なんでもない」
エメルにプロポーズされた日、僕はエメルに心から愛されていることを知って、それに応えたいって思ったんだから。




