648 外交会談へ向けて
まだ三カ月近く先の話はこれでいいとして。
「差し当たって、明後日の他国の大使達との外交会談で、我が国の立場を明確にして支持を集めなくてはな」
「同盟国として、ウェーリー陛下がまだ残って下さっていますから、他国を味方に付けるのに支援を期待したいところですね」
ナーダー陛下か……。
「どうしたエメル?」
「いえ、ほら、王権の委譲について説明しないと駄目じゃないですか。いつ、それをするのか、どんなリアクションが返ってくるのか、それを考えたら……」
「うむ、確かにな……」
「統治体制は何が大きく変わるわけではありませんが……ガンドラルド王国の侵攻とアーグラムン元公爵の反乱で揺らぎかけた同盟が未だ確かな物だと確かめた矢先に、エメル様の王朝に変わることが明らかになれば、改めて同盟をどうするか、強固にするならばどうすべきか、ウェーリー陛下にとって頭の痛い問題でしょうからね」
かと言って、説明せずに逃げ回るような不誠実な真似をするわけにもいかないしな。
それこそ、両国間の同盟関係にヒビが入ってしまう。
「しかし明後日の外交会談に支障が出ても困る。ウェーリー陛下には会談後、後日改めて説明する方がいいだろう」
「可能であれば、国内の有力な貴族達にも幾らか説明して、納得させてからにしたいですね。ウェーリー陛下も、国内での支持があるなしで、納得のされ方が違ってくるでしょうから」
確かに、現状、説明して味方に付けたのは、コルトン伯爵とロードアルム侯爵とグーツ伯爵、そして軍部のイグルレッツ侯爵と将軍だけだからな。
他の重鎮達や派閥のトップの大貴族達のうち、何人かでも味方を増やしときたいところだ。
「相手は慎重に選ぶべきでしょうけど、アムズも知りたがってたし、この前呼び出された時の話は説明した通りで、俺的に手応えを感じましたし、そろそろ、説得に入ってもいい頃合いかも知れませんね」
「ふむ、確かに今日の会議のことを考えれば、そろそろ根回しを本格的に初めても良いかも知れぬ」
「そうですね」
姫様もフィーナ姫も、同じように考えてたみたいだな。
「いずれにせよ、レガス王国、果てはゾルティエ帝国との戦争が控えているのですから、この状況でエメル様を排するために動くわけにはいかないでしょう。足並を乱せば、勝てる戦も勝てなくなりますから。彼らもそこまで愚かではないでしょう」
最も愚かな真似をしそうだった連中は、今日、一網打尽にしたからな。
それでもまだ、浅はかな下級貴族だと思わぬ馬鹿をやる可能性があるけど……重鎮達や派閥のトップの貴族達なら、そのくらいの状況判断は出来るだろう。
「じゃあ、貴族達への説得と同時に、外堀を埋める既成事実を積み重ねてみますか?」
なんとなく思い付いたことを言ってみる。
「姫様と俺のこと、そしてフィーナ姫と俺のことを、美談の恋愛物語として、吟遊詩人に広めて貰ってるじゃないですか」
「う、うむ」
照れる姫様、可愛いな!
「それは良いかも知れませんね」
これだけで理解してくれたフィーナ姫が、大きく頷く。
「同時にエメル様のこれまでの功績も、英雄譚として広めています。事態は急を要しますから、レガス王国との戦争の噂も、程なく広まるでしょう。その時に、エメル様なくしてレガス王国には勝てない、エメル様こそがこの国を守って下さっていると、それも噂で流してより一層下地を強化するのですね」
「ふむ、なるほど。その噂がある程度広まった段階で、次の噂として、私とエメルが、そして姉上とエメルが結婚するのなら、いっそエメルに王様になって貰ってこの国を末永く守って貰いたい、そういう空気を生み出すのだな?」
「その通りです」
姫様を助けて俺がプロポーズした話、そしてフィーナ姫が俺に助け出されて淡い恋心を抱いてる話、それぞれが吟遊詩人に歌われてる。
それを聞いた平民の反応だけど、たとえ本当は男同士でもそこまで愛し合ってるなら姫様と俺の結婚を認めてもいいんじゃないか、って反応は一部にある。
って言うか、そういう流れになるように頑張った。
そして、男同士で結婚はさすがにないからフィーナ姫と俺なら結婚を認めてもいいんじゃないか、って反応はそれより大きくある。
って言うか、さすがにそっちが主流だな。
つまり、フィーナ姫が王太女になった段階で、いずれ女王になって俺と結婚するなら、王配って言葉や立場は知らなくても、ゆくゆくは俺が国の中枢に入って国政に関与するってことは、肌で感じてる奴はいるだろうし、そうでなくてもそう説明されれば当然の流れだと納得する奴も多いだろう。
いっそ俺を王様に、って話は、受け入れられる下地はすでにある程度出来上がってるわけだ。
そこでそれらの新しい噂を流して、レガス王国に完勝すれば、俺を王様にって後押しする民意は無視できないほど大きくなるに違いない。
そして、どうせ俺が王様になるなら、いっそ姫様もフィーナ姫も、両方と結婚してしまえばいい、って流れを吟遊詩人達に作らせれば完璧だろう。
そうなれば、さすがの貴族達も頭ごなしに反対とは言えなくなるはずだ。
「その流れを確実にするためにも、インブラント商会を始めとした大商会を、派閥や貴族家を問わずに味方に付けましょう」
「ふむ、インブラント商会は王家御用達であり、そなたの御用商人だから、恐らく味方に付いて協力してくれるだろう。しかしそれ以外の大商会ともなると、それぞれ懇意にしている貴族家から圧力があれば、容易にそなたの味方に付くとは思えぬが」
それは多分、その通りだと思う。
「でも、貴族連中の頭ごなしに俺を認めるなって命令に素直に頷かない、あわよくば俺を認めた方がいいって話を持ち出すくらい、揺さぶることくらいは出来ると思います」
「エメル様、自信がおありのようですが、その方策とは?」
「精霊魔道具です」
誕生日パーティーでは馬鹿王子の邪魔のせいで、大きく宣伝し損なったからな。
本当なら、大貴族達に商談を持ちかけて、俺の影響力をさらに高める予定だったのにさ。
だから、この機会に推していこうと思う。
「これを各大商会に販売、もしくはレンタルします」
「ふむ……精霊魔道具は確かに画期的で珍しい物だ。欲しがる者はどれほど金貨を積み上げても欲しがるだろう。しかしそれは貴族の話だ。商人であれば、飾るだけのシャンデリアではさすがに動かぬだろう。他に何かあるのか?」
「当然、腹案ならいくらでも。その中でも特に商人にとって魅力的だって思うのは、こうなった以上レガス王国との戦争に宣伝がてら使ってやろうと思ってたんですけど――」
詳細を二人に説明する。
説明を聞いて二人は目を丸くしたものの、すぐに深く頷いてくれた。
「さすがエメル様です。それは商人であれば、喉から手が出る程に欲しいでしょう」
「そのような発想、エメルにしか出てこぬだろうな。そして実現できるのも。だからこそ飛びつく商会も多いはずだ。価格にもよるが、購入は難しくとも、レンタルであれば数を揃えることが出来るのだからな」
二人もそう思ってくれるなら、きっと上手くいくだろう。
「大商会には、貴族達を説得出来るならして欲しいですけど、それよりも、国民に俺を王様にって空気を作る後押しをして欲しいですからね」
一旦そこで言葉を切って、二人の顔色を窺う。
「それでですね……せっかくだからこの機に、いっそインブラント商会長には全てを打ち明けて、協力を仰ごうかと思ったんですけど……いいですか?」
二人はわずかに黙考して、互いに目を向けると頷き合った。
「うむ、インブラント商会長であれば、秘密は必ず守ってくれるだろう。良い協力者になってくれるに違いない」
「わたしもアイゼと同意見です」
「良かった……ありがとうございます」
よし、後でインブラント商会長に面会したい旨を連絡しとこう。
それと、ドジール商会に大至急数を揃えて貰って大量購入しないとな。
そしてその数に合わせて、精霊魔道具のコア部分の大量生産もだ。
これは、益々忙しくなるぞ。




