64 第二次王都防衛戦 対策会議 大暴れ
反王室派の貴族どもが立ち上がって、ギャーギャーと口から唾を飛ばしながら口々に俺を罵って叫ぶ。
正直、誰が何を言ってるのかよく聞こえないし、端から聞く気もないから右から左にスルーで。
元から王室派の貴族達、そしてクラウレッツ公爵派の下級貴族達や軍務省、宮内省関係には、事前にちゃんとアイゼ様から作戦の通達が行ってるから、まあ一部にこの生意気なクソガキめみたいな不愉快そうな視線を向けて来る奴はいるけど、直接罵ってはこない。
「兵を出して負けたら殺されるかも、負けたら責任を取らされるかもって、ビビって腰が引けてんだろ!? そんな逃げ腰の奴がなんの役に立つってんだ! 喜べよ、お前ら無能どもの希望通り、王家の責任で以て、俺一人でトロルどもを全滅させてやる! 願ったり叶ったりだろうが、俺に感謝しろよ!」
火に油を注いでやると、反王室派の貴族どもがさらにヒートアップする。
こんな安い挑発で踊って、よくもまあ恥ずかしくないもんだよな。
「でっち上げの偽物が調子に乗るな! たかが平民一人に何が出来る!」
ほい、馬鹿が一人釣れた。
それに同調して、『そうだそうだ!』とか『出来もしない嘘を吐くな!』とか、次々に馬鹿が釣れていく。
「おい、今俺を偽物や嘘吐き呼ばわりした、お前とお前とお前とお前とお前!」
一人一人指さして『お前』呼ばわりしてやる。
普段はこんな失礼なこと、絶対にしないけどね。
途端に、どいつもこいつも顔を真っ赤にして聞くに堪えない罵詈雑言を浴びせかけてきたから、一際声を大きくして聞き返してやる。
「俺が偽物で嘘吐きだって、ちゃんと調べた上で言ってるんだろうな!?」
「何を!? そんなもの調べずとも分かる! そんな真似が出来る人間がいるわけなかろう!」
「トロル四千匹を真っ二つだの、五千匹を一匹残らず全滅させただの、常識で考えて出来るわけがあるか! 戦果を盛るにも程がある!」
「つまり裏も取らずに、お前らの勝手な思い込み、自分に都合のいい妄想で、王都奪還の通達を出したアイゼ様を嘘吐き呼ばわりしてるんだな? アイゼ様、フィーナ姫の御前で、堂々と王室批判か? 随分とお偉いんだな、なぁ?」
「っ……!」
さすがにこれには、鼻白んだり、アイゼ様とフィーナ姫を振り返って顔色を窺ったり、一斉に口をつぐむ。
いやもう、本当に、いい年こいて相手にするのも悲しくなるくらい小物だな。
面の皮がぶ厚い外務大臣なんか、ああ言えばこう言うで、本人を前に堂々と王室批判しまくってたってのに。まあ、そんなの欠片も褒めないけど。
「ちょっと調べりゃ、俺のやったことが嘘か本当かなんて一発で分かるんだよ! 一方的に嘘って決めつけて調べもしないとか、その程度のレベルでよくもまあ、貴族だなんだとでかい面してこれたもんだな、ああ!? たまたま貴族の家に生まれただけの、親の七光りでしかやってけない、口先だけの無能どもは黙ってろ!」
「貴様こそ黙れ平民が! 貴族に敬意を払わぬその不遜な態度、断じて許せん!」
鼻白んだ小物どもが言い返して来る前に、今度は別の貴族が俺を指さして非難してくる。
「敬意? 敬意なら払うさ、それを払うだけの価値がある相手にはな」
「なんだと貴様!? 平民の分際でこの俺を愚弄するか!」
「トロルが侵攻してきて国家存亡の危機にあるってのに、何もしないで国が滅びるのを傍観するばかりか、いい年こいたおっさんどもが寄って集って、まだ成人もしてない王子様とうら若いお姫様に責任を押しつけて非難して、みっともないと思わないのか!? そんな奴らのどこに敬意を払う価値があるってんだ!?」
再びギャーギャーと罵詈雑言をわめき散らす貴族達。
こんな無能どもが貴族ってだけで支配階層にいるんだから、この国がここまで国土を奪われて、今また滅亡の危機に瀕してるのも納得だよ。
ともあれ、罵詈雑言は右から左にスルーして、王室派じゃない貴族でも、俺の暴言に多少なりとも恥じ入ったり、俺を偽物や嘘吐き呼ばわりする根拠のなさに気付いて一旦は口をつぐんだりしてる貴族達をざっと眺めて、席の位置と顔を覚えておく。
「我ら高貴なる貴族に対して賤しい農民風情がそこまでの暴言を吐いたのだ、覚悟は出来ているのだろうな!」
要は『殺すぞ』って言ってきた罵詈雑言を拾って、言い返してやる。
「ああ、覚悟なら十分出来てるさ! だから最初から、トロルどもは俺が一人で全滅させてやるって言ってるだろうが!」
わざと分かりやすく『戦う覚悟は出来てる』って意図を取り違えてやって、話を最初に戻す。
「ここまで我らを愚弄したのだ、そこまで言うなら一人でやってみせろ!」
「そうだ! 救国の英雄などとおだてられてのぼせ上がりおって!」
「我らは一切の援軍も物資も出さんぞ! たった一人で何が出来る!」
はい、言質を取りました。
アイゼ様に視線で合図を送る。
「そうか、そなた達はこの国の貴族でありながら、この国を守るために働こうともせず、平民一人にトロルとの戦いを押しつけ、のうのうと過ごすと、そう言うのだな」
アイゼ様の静かな声が、俺への罵詈雑言で騒がしい議事堂に、隅々までハッキリと伝わった。
「あなた達は我が国の貴族でありながら、その義務と責務を果たしもせず、王都が滅び、王家が滅びるのを、座して待つと、そう言いたいのですね」
フィーナ姫の冷たい失望の声が、同じく隅々までハッキリと伝わる。
さすがにこれには不味いと思ったんだろう、貴族達が口々に言い訳を始めた。
「黙れ、見苦しい」
アイゼ様の怒りを滲ませた声が大きく、貴族どもを威圧するように響き渡った。
途端に、言い訳貴族達が口をつぐむ。
ロクとキリ、いい仕事をしてくれてる。
「議長」
気圧されたように議事堂内が静まり返ったところで、アイゼ様が呼びかけ、議長の宮内大臣が頷いて立ち上がり、声を張り上げた。
「意見が出尽くしたところで、採決するまでも無く王家のみの責任で対処すべしとの流れは覆らぬため、貴族議員達の大多数の意見を採用し、本案件を可決したとみなす」
そして例の木槌をダンと高々と鳴らした。
貴族どもが余計な口を挟む前に、将軍が立ち上がり、威圧感たっぷりに畳み掛けていく。
「トロル侵攻部隊は、王家直属特殊戦術精霊魔術騎士団即応遊撃隊所属特務騎士エメル殿お一人の責任で対処していただく。第二次王都防衛戦において、トロル侵攻部隊への攻撃はエメル殿お一人で、王都防衛は王都守備隊および各騎士団、これに加えてクラウレッツ公爵派の貴族連合が担うものとする。また北進してくるトロル侵攻部隊に対し、グルンバルドン公爵派の貴族連合は、これを迎撃する必要はない。各領地の守備を固め、トロル侵攻部隊が王都へ至るのを黙認するように。これを以て、軍部は第二次王都防衛戦における作戦を決定とする」
将軍が有無を言わさぬ迫力で言い切ると、貴族どもが慌てて口を挟んできた。
「待たれよ将軍! 何を勝手に決めている!」
「議長もだ! 採決もせず可決などと、いつから議長にそのような権限が与えられたと言うのだ!」
「何を狼狽える? 貴殿らの望み通り、全ては王家が担い、貴殿らは軍需物資はおろか一兵たりとも出す必要はなくなったのだ。異論を挟む余地はあるまい」
将軍がギロリときつく見回すと、気圧されたように、貴族どもが押し黙る。
そう、反王室派は王家に全ての責任を押しつけて、自分達はなんら痛みを伴うことなくのうのうと権力を維持したい。そして、クラウレッツ公爵派と共に王室派には、今以上に衰退、あわよくば滅びて欲しい。
王室派およびクラウレッツ公爵派は、もはや他の派閥の貴族達を当てにしてなくて、手も口も出して欲しくない。
両者の利害は一致してるんだから、全会一致で可決されたも同然だ。
どこからも反対意見が出なくなったところで、アイゼ様が静かに告げる。
「国王代理たる王太子として、王権に従い本案件が可決したことを認める」
そう、貴族議会は国王を退位させる権限を有するけど、国王にも可決した案件を拒否する拒否権がある。同時に、否決された案件を、強引に可決する権限も有する。
近年、力を失ってきた王家は貴族議会の決定に逆らえず、それらの権限を使えなかっただけで、絶対王政の名残か、その権限はちゃんと法律に記されてるんだ。当然、貴族議会の決定より、国王の決定の方が優先される。
貴族どもは、王家を完全に舐めてたせいか、今、ようやくそれを思い出したようだ。
「これでそなた達は、望み通り兵を出さずに済んだ。良かったな」
さすがに無能な貴族どもも、ここまで来れば何かおかしいと感じたんだろう、ざわめきが静かに広がっていく。
「とはいえ、国家存亡の危機によもや本気で兵の一人も出さぬなど、あり得ぬ話だな」
「アイゼの言う通りですね。そのような者は、トロルを利用し王家を害さんとする叛意ありとしか思えません」
アイゼ様とフィーナ姫の冷たい言葉に、動揺した小心者達が口々に訴える。
「王家への害意など、あろうはずがありません」
「そうですとも、ましてやトロルを利用する叛意など、そんな大それた真似するはずありません」
「そ、そうだ、我らも兵を出しましょう。王都の守りは多い方がよろしいでしょう」
「いらぬ」
バッサリと切り捨てるアイゼ様。
「すでに可決され、作戦も決まった。今更防衛部隊に入れるわけにはいかぬ。そなた達のように士気の低い者達を入れれば、却って邪魔になり作戦が失敗しかねんからな」
「しかしそれで我らに叛意ありと断じられては適いません。いささか横暴ではありませんか」
「そうですとも、我らに叛意などないと証明させて戴かねば」
結局、自己保身でしかないんだよな、こいつら。
「ならば兵を出したければ出すがいい。第二次王都防衛戦の見学くらいは認めよう」
「そうですね。作戦の邪魔さえしなければ、その場にいるくらいは認めてもいいでしょう」
アイゼ様に続いてフィーナ姫も認めたことで、一応の反論はなくなって、無事に対策会議は終了した。
俺達の目論見通りの結果になって、万々歳だ。