624 呑めない条件 2
「こう言ったらなんだけど、アムズも知っての通り、王都の復興計画とか、王都周辺の街道整備とか、すでに俺は口を出させて貰ってる。つまり、フィーナ姫と姫様に近い位置で、意見を聞いて貰える立場にあるんだ。今更わざわざ宰相になんてならなくても、十分政策に影響を与えられてる」
「しかしそれはさっきも言った通り、一貴族家の権限を出ず、宰相に比べて限定的だ。しかも両殿下に近い立場を利用してと、裏で貴族達の反発もある。しかし宰相の地位に就けば堂々と、もっと君の政策を国政に反映させられるだろう?」
「いや、むしろ逆だと思うぞ? 俺が宰相として政策を打ち出したら、反発してサボタージュしたり、政策の善し悪しを無視して潰しに掛かったりする貴族達が大勢出てくるんじゃないか?」
「それはないとは言い切れない。しかしそのフォローをクラウレッツ公爵家でやるなら、そう大きな問題にはならないだろう? ジターブル侯爵家やその他王室派の貴族家も合わせて、君の後ろ盾になるよう説得してもいい」
「つまりそれには姫様を諦めるのとはまた別に、俺が支払うべき対価が必要ってことだよな? しかも俺が宰相として打ち出す政策は、常にクラウレッツ公爵家やジターブル侯爵家の顔色を窺いながら出さないといけなくなる。だったら表舞台には立たず、これまで通り裏でフィーナ姫と姫様に話を聞いて貰ってた方が問題は少ないはずだ」
なんとか反論しようとするアムズの機先を制するように、さらに畳み掛ける。
「って言うか、ぶっちゃけ今でも王都と領地を往復して色々と仕事を抱え込んでるのに、これ以上宰相なんて立場で責任と仕事を抱え込んでられないって」
王様になったら宰相になる以上に大変になるだろうけど、それは二人と結婚するためだから仕方ない。
だからそれまでに、領地をもっと発展させて、部下や役人を増やして、下に任せてても平気な体制を作っときたいんだよ。
今は次々に新しいことを始めてるから、まだ任せっぱなしに出来ないからな。
「そこまでした上で姫様と別れなくちゃいけないなんて、割に合わないどころの話じゃない。本末転倒だ」
アムズが一度口を閉じると、声のトーンを低くする。
「エメル、もういいだろう? それなら君が望む条件を聞かせてくれ」
「もういいだろうって、何がだ? 俺が望む条件?」
「最初に駆け引きはなしでいこうと言ったはずだ」
「別に駆け引きなんかしてないぞ」
そっちはしてるみたいだけど。
「最初に王族二人との結婚と言う、呑めない高い要求を出しておいて、でもお一人だけなら、フィーナシャイア殿下だけならと譲歩させ、要求を呑ませたいのだろう? 本来なら、いくら命の恩人とはいえ、元農民の叙爵されて間もない君と王族のフィーナシャイア殿下が結婚などあり得ない話なんだから」
ああ、なるほど、駆け引きってそういう意味か。
「しかし仮に宰相になれば、国政に携わる重鎮の貴族家への降嫁となるから、一地方領主に嫁ぐより話が簡単になる。つまり、ほぼ君の目論見通りに事は運んでいるんだ。だからこうして譲歩して交渉していると言うことを忘れないで欲しい。この条件でも駄目だと言うのなら、君が求める条件はなんなんだ」
なんかやたら真剣な目で見てくるけど……。
「あー……もしかして、ものすごい勘違いをしてないか?」
「私が勘違いを?」
「ああ。俺は本気で姫様とフィーナ姫、二人と結婚したいんだ。だからアムズが言ったみたいな駆け引きは一切してないんだよ」
「なっ……本気で言っているのか!?」
「本気も本気だ。俺にとって大事なのは、姫様とフィーナ姫だ。栄達したいわけでも権力が欲しいわけでもない。ましてやどっちか一人でいいなんてあり得ない。身分も地位も名誉も金も権力も、全ては姫様とフィーナ姫、二人となんとしてでも結婚するための手段でしかないんだ。そこを勘違いしないでくれ」
「馬鹿な……本気で両殿下と結婚するつもりだったのか……?」
アムズが唖然として、ドサリとソファーの背もたれに身体を預けると天を仰ぐ。
俺が最初に『時間の無駄』って言った意味を、ようやく理解してくれたみたいだな。
「…………君の両殿下への気持ちは分かった。どうやら本当に私は勘違いをしていたらしい」
大きく息を吐き出しながら、搾り出すようにそう言うと、アムズが苦い顔で身体を起こして、挑むように俺にきつい視線を向けてきた。
「しかし、冷静になって考えてくれ。アイゼスオート殿下は男だ。しかも直系の王族はフィーナシャイア殿下とアイゼスオート殿下のお二人しかいない。このお二人と同時に結婚するなんて、常識的に考えて無理なのは、本当は君も分かっているんだろう?」
ゆっくりと諭すような口調でアムズが説得してくるけど、そんなんじゃ俺の心にさざ波一つ立てられないな。
「言葉を返すようで悪いけど、その常識って、どこの誰の常識だ?」
「どこの誰のって……誰も彼も、みんなの常識だろう」
「そのみんなって言うのは、アムズ達、限られた貴族だけの常識なんじゃないか?」
「そんなことはないだろう。平民だって王族二人と結婚なんて考えないはずだ」
まあ、元から住む世界が違いすぎて、平民じゃ王族や貴族と結婚しようなんて考えもしないだろうな。
でもそれは考えもしないってだけで、端から選択肢が存在しないって言うのとは違う。
「商人や金持ちは、平民でも何人も妻を迎えたり愛人を囲ったりしてる。もっと言うなら、貧乏貴族相手だろうけど、貴族の令嬢と結婚する例だってあるだろう?」
「それは反論にならない。王族は特別な立場にある。平民と変わらないような生活をしている下級貴族や貧乏貴族と同列に語るわけにはいかない。だから、君の望みは最初から無理があるんだ」
「少なくとも、俺は無理だなんて考えてないし、それを可能にするためにこれまでやってきた。そして最近になって、ようやく手応えも感じ始めたところだ。こうしてアムズが俺を呼び出してこんな話をしてる、それがいい証拠だろう?」
「それは……」
言葉に詰まって一層苦い顔になったアムズが言葉を探してる間に、遠慮なく畳み掛ける。
「こう言ったら格好付け過ぎだと思うけど、そのアムズが言う『みんなの常識』って物差しで俺を計れるのか? って言うか、計れた試しがあるのか?」
「……っ!」
「さっきも俺が一年で領地をあそこまで発展させるなんて『誰も思っていなかった』って言ったよな? エレメンタリー・ミニチュアガーデンも『前代未聞』って言ってたし。自分で言うのもなんだけど、他にも、これまで俺がやってきたことを考えれば、誰の常識を持ち出してきたところで、それが通用しないってことは十分理解してるはずだ」
アムズが言葉に詰まったまま、即座に言い返せないでいる。
「しかしアイゼスオート殿下は男だぞ?」
それでもなんとか言葉を探して出てきた反論は、それだった。
それだけだった。
そんな今更の話で、俺が止まるわけがない。
「俺にとって、姫様は女の子だ。最初から女の子で、女の子として以外見ることが出来なかったから、プロポーズしたんだ」
「しかしそれは見た目の話だろう? 服を脱げば身体は男だ。それでも愛せるのか?」
「愛せるさ。姫様くらい可愛くて女の子にしか見えないなら、俺達の業界では、それはむしろご褒美だ」
「――!」
まさかこんな返しをされるとは思ってなかったんだろう、絶句してるな。
でも、同好の士なら、きっとこの気持ちは分かってくれると思う。
「アムズも一度見れば俺の気持ちが分かると思うぞ。ドレス姿の姫様は本当にもうフィーナ姫そっくりで滅茶苦茶可愛くて、本当は男だなんて信じられないくらいなんだ。むしろ男なのにこんなに可愛くていいのか!? って言いたくなるくらいで、こんなに可愛いなら本当は男だろうと構わない! って思う奴が続出するのは、まず間違いないな。でも本人は、最近こそ慣れてきてくれたけど、最初の頃は女の子の恰好するのが滅茶苦茶恥ずかしそうにしてて、その恥じらいがまたなんとも――!」
「待て! エメル待て! 君はアイゼスオート殿下にドレスを着させているのか!?」
「――なんだよ、せっかく姫様の魅力について語って聞かせてやってるのに」
「そんなことはいい! 質問に答えてくれ!」
そんなことってなんだよ、そんなことって。
すごく大事なことだろう。
「ああ、まだドレスで人前に出るのは恥ずかしいみたいだけど、俺達だけのプライベートの時間は着てくれてるよ。それで、俺のために女の子として振る舞ってくれてるんだ」
思い出しただけで頬が緩んじゃうよ。
フィーナ姫と二人並んだ姿は、その幸せが二倍だ。
「なんてことを……不敬にも程があるだろう!?」
「言っとくけど、姫様から始めてくれたことだからな?」
「アイゼスオート殿下から!?」
「褒賞を約束した以上、それを守るのは当然だって」
「殿下がそんなことを……いや、殿下らしいお言葉だけど、しかしさすがに……」
なんかショックを受けてるけど、アムズの立場としてはもっと他に気にすべきことがあるんじゃないか?
「今更言うまでもないことだけど、姫様との結婚も、フィーナ姫との結婚も、俺の挙げた功績に対する褒賞だ。特に姫様は当時王太子だった自分の名に懸けて、その褒賞を約束してくれたんだぞ? それを勝手になかったことにする権利がアムズにあるのか?」
「それは……」
「その上で、俺の功績を否定するって話だろう?」
「いや、そんなつもりはない。しかし……」
「アムズの言いたいことは分かるし、気持ちも分かる。勘違いしてたのも、貴族としての駆け引きや常識なんかで仕方ないかも知れない。でも、その上で俺は引くつもりはないんだ」
アムズの顔が歪む。
説得の言葉を探してるんだろうけど、見つからないんだろう。
これはある意味でチャンスだ。
これが交渉の場なら、俺から持ちかけても構わないよな?




