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622 アムズの呼び出し

 三月に入り、もう明後日にはフィーナ姫の誕生日パーティーだって日に、俺は朝から王都の貴族街にあるクラウレッツ公爵家の屋敷を訪ねていた。

 俺が主催したパーティーの終わりで、アムズが『腹を割って話したいことがある』って言ってた、その件について招待状が来たからだ。


 正直、何もこんな差し迫った日に呼び出さなくてもいいと思うんだよな。

 準備はすでに万端済ませてるから、いいんだけど。


「なんだかんだ、この屋敷に来るのも何度目かな」


 いつもの応接室に案内されて、クラウレッツ公爵家の侍女が淹れてくれたお茶を飲みながら、呼び出した本人を待つ。

 いつもならクラウレッツ公爵家として、当主のクラウレッツ公爵の名前で招待状が来るけど、今回はアムズの名前での招待状だった。

 おかげで、どんな話をするつもりなのか、少し落ち着かない。


「ようこそエメル(・・・)。待たせたかな」

「いや、大して待ってないよ」


 そうして待たされること十分程で、アムズが応接室へと入ってきた。


 明るく砕けた口調で挨拶してくるってことは、何やら悪い事態が起きたからその相談、みたいな深刻な用件じゃないんだろう。

 だから俺も砕けた口調で返す。


 しかもメイワード伯爵呼びじゃなくて名前呼びってことは、クラウレッツ公爵家嫡男とメイワード伯爵家当主としての公式の立場じゃなくて、プライベートの立場で内々の話をしたいって意思表示だ。

 その証拠に、アムズの分のお茶と俺のお代わりを淹れてくれた侍女を、すぐに下がらせてしまった。


『誰か覗いてるか?』

『いえ、我が君。覗き穴から覗いている者はいません。他にも聞き耳を立てている者など、この応接室の周りには他に誰もいません。我が君とこの者の二人きりです』


 なるほど、クラウレッツ公爵家とは関係ないアムズ個人の行動、ってことにしたいわけか。

 これは、果たしてどんな話を切り出してくることやら。


 領地の様子はどうだとか、フィーナ姫への誕生日プレゼントはどうだとか、まずはそういった雑談から入る。

 しばらくそんな他愛もない話が続いた後、会話が途切れたところで、おもむろにアムズが表情を改めた。

 いよいよ、本題らしい。


「フィーナシャイア殿下の誕生日パーティーの前にハッキリさせておきたいことがあるんだ。これは、まだ私個人の考えでしかないんだけど」


 アムズがそこで一旦言葉を区切る。


『嘘です』


 おいおい、いきなりか。


『この者の父親のクラウレッツ公爵および派閥の貴族達には、すでに根回しを済ませています。万が一、我が君と敵対するような状況になった場合、すぐに取り下げて、個人の立場だったからクラウレッツ公爵家および派閥の貴族達は関係ない、としたいようです』


 なるほど、そういう予防線を張ってるってわけか。

 つまり、それだけ重要な話をしたい、と。


 アムズは俺の反応を見逃さないようにとでも言うように真っ直ぐ俺の目を見ながら、続きの言葉を口にした。


「私には君とフィーナシャイア殿下との結婚を認める用意がある」

「……は?」


 いきなりのことで、一瞬、何を言われたのか分からなくなる。

 その言葉を頭の中で反芻して、ようやく理解が追い付いてくる。


「えっ、いや、マジで!?」

「ああ、本当だ」


『本当です』


 キリのお墨付きがあるってことは……本気なのか!


 個人の考えって断って『私には』って言ってるけど、つまりクラウレッツ公爵と派閥の貴族達もそれに賛同した、少なくとも反論は抑え込んだってことだよな!?


 でも……いきなり過ぎて、喜びや実感より疑問や警戒の方が先に立つんだけど。


「……突然だな? クラウレッツ公爵がうんと言うとは思えないんだけど」


 正確には『言った』だけど。


「父上は私が説得する。残念ながら、すぐさま納得するのは難しいだろうけどね」


 説得したけど、まだ十分納得してないってことか。


 まあ、そうだろうな。

 だから、招待状の差出人がクラウレッツ公爵じゃなくてアムズだったわけか。


「にわかには信じられないかい?」

「そりゃあ、当然だろう?」

「そうだな、それも仕方ないと思う。だけど、本当の話だ」


 本当の話だって言うのは、キリが保障してくれてるからいいとして。

 何故、認める気になったのか、その理由が分からない。


「そう決断するに至った理由を聞いても?」

「もちろん」


 アムズは頷いて、一度カップに口を付けて口を湿らせてから教えてくれる。


「理由は幾つかある。まずフィーナシャイア殿下にとって重要なことは、明後日の誕生日で十九歳になると言うこと。こういうことを表立って口にするのは(はばか)られるが、適齢期ギリギリだ」


 それは俺も気にしてたところだ。


 フィーナ姫は俺になんにも言わないけど、多分、内心気にして焦ってるんじゃないかって思う。

 結婚の約束はした。

 だから未婚のまま生涯を通すってことにはならない。

 でも、待たせてしまってる自覚はある。


 だから俺も頑張って領地を発展させて、クリスタルガラスみたいにインパクトのある産業を興したり、作物を大量生産して多くの貴族達に売ったりと、大急ぎで『力』を付けてきたけど……今のままだと、結婚出来るのは適齢期を大きく過ぎてしまうだろうな。


 それは、姫様も、他の女の子達も同じだ。

 特に、エレーナはもう二十歳で、ギリギリもギリギリだからな。


 もっと言うと、王族や貴族の結婚ともなると、今日決めて明日すぐに結婚ってわけにはいかない。

 ドレスや結婚式、お披露目のパーティーなどなど、準備には膨大な時間とお金が必要だし、何より権威を見せつけるためには相応の招待客を招かないといけないから、相手が都合を付けるためにも、それこそ優に一年くらいは準備期間が必要だ。


 それを考えると、すごく申し訳ないけど、どんなに急いでもエレーナは適齢期を過ぎてしまうだろう。

 前世の記憶があるから、結婚なんてお互い三十歳過ぎてからでも十分間に合うだろうって思っちゃうけど、この世界だとそうはいかないからな。


「急な話になるけど、そこで婚約発表を差し込めるなら差し込みたい」

「なるほど」


 それは確かに、発表の場としてもいいし、フィーナ姫もギリギリ格好が付く。


「エメル、君がたった一年で引き渡された元奴隷達の生活基盤を整えて、幾つもの産業を興し、領地を飛躍的に発展させられるとは、正直誰も思っていなかったんだ」

「まあ、だろうな」


 普通なら、領地経営を軌道に乗せようと思えば、数年は掛かるって話だし。

 だから、開拓を始めたばかりの村には数年の税の免除って制度があるくらいだ。


「つまり、フィーナ姫の適齢期に間に合わないから反対してたけど、ギリギリ間に合いそうだから意見を変えたって?」

「もちろんそれだけではないけど、理由の一つになる。何しろ、元より君は、領地経営を成功させたら辺境伯に陞爵(しょうしゃく)する話が出ていただろう? それは、メイワード伯爵領を穀倉地帯にすることが出来たら、と言うのが判断基準だった」


 褒賞決定会議で、将軍のガーダン伯爵や内務大臣のバーラン侯爵が、それを期待して普通の伯爵家の三倍にもなる領地を俺に下賜(かし)されるよう、働きかけてくれたんだよな。

 結果、俺の陞爵の主要な判断基準は、それになったわけだ。


「ところが君は、エレメンタリー・ミニチュアガーデンと言う前代未聞の魔法を編み出して、実際の耕地面積はともかく、その十倍以上にもなる生産量を実現した。その気になれば、さらに増やせるのだろう?」

「まあ、暴落しても構わないなら千倍だろうが万倍だろうが、いくらでも」

「君に、目先の利益に目が眩まないだけの経済感覚が備わっていたことは僥倖(ぎょうこう)だよ。マイゼル王国内で流通させず、他国に輸出するって条件を付けて、国内の価格が落ちないよう調整してくれていなければ、多くの他国も巻き込んで市場が混乱していたはずだ」

「正直、農政改革を始めた当初は、他国へ輸出するのは数年以上先の話だって思ってたんだ。農地生産改良室のメンバーもまだまだ少ないし、国内の農地の一部にしか土壌改良の魔法は行き渡ってないわけだし」


 それでも高品質の農作物が輸出出来るほど大量に生産出来たのは、エレメンタリー・ミニチュアガーデンが成功したおかげだな。

 そして、フォレート王国が価格を吊り上げて輸出量を制限したことが、後押しになったわけだ。


「現状の、貴族達の投資するかのような買い付けと他国への輸出の熱は、個人的に思う所はあるけど……おかげで、経済は上向きになり、西方の国々とは良好な関係を築いて、我が国は国際的な立場を高めている」


 そこは狙い通りだな。


「加えて、クリスタルガラスと言う、これもまた他にない産業を興したことで、外交上、非常にプラスに働いている。私達の所にも、付き合いのある他国の貴族家から問い合わせがいくつも来ているくらいだ」

「だからその功績を以て早々に辺境伯に陞爵させて、フィーナ姫との釣り合いを取ってくれるって?」

「ああ、他の貴族達にそう働きかけていい。ただし、君がたった一つ、条件を呑んでさえくれれば」


 きたか。


 そりゃあ、タダでこんな話を持ちかけてくるわけないよな。

 でなければ、俺と敵対するのを警戒して、アムズ個人の意見みたいに話す必要はないんだから。


「俺が呑める条件ならいいけど」


 わざとらしく肩を竦めておどけてみせる。


「そんな警戒しないでくれ。難しい話じゃない。常識的に判断すれば呑めるはずだ」


 それには答えずに、視線で先を促す。

 アムズは表情を改めると、やや声のトーンを落とした。


「アイゼスオート殿下との結婚の話をなかっ――」

「断る」


 きっぱりと言い切ったことで、部屋の中がしんと静まり返った。


「……せめて、最後まで聞いてから判断して欲しいんだけどな」

「そんなの時間の無駄だろう? 絶対に呑めない条件についてクドクド説明されるのを最後まで聞く意味あるか?」

「それにしても、返答が早すぎるだろう」


 予想してたからな。


 アムズは言った、『君とフィーナシャイア殿下との結婚を認める用意がある』って。

 そこで言うべきは、『君と、アイゼスオート殿下とフィーナシャイア殿下との結婚を認める』だろう?

 そこに姫様の名前がなかった以上、それは姫様との結婚は認めないって言ってるようなもんじゃないか。


 しかも『認める』って言い切るんじゃなくて、『認める用意がある』って言い回しは、条件を出して交渉するつもりだったってことだ。

 手放しで喜べなかったのは、それが理由だ。


「俺と姫様の出会いとその後の色々、調べて知ってるんだよな?」

「もちろん。だけど、駆け引きはなしでいこう。『腹を割って話したい』と言っただろう?」


 駆け引きをしてるのはそっちだろう。

 とは言わないでおくけどさ。


 アムズの最初の嘘を指摘したら、何故分かったって話になるし、クラウレッツ公爵派を向こうに回して大事になりかねないし。

 でも、気を遣ってやるのはそれだけだ。


「駆け引きも何も、俺は本気で『断る』って言ってるんだ」


 俺とアムズの間で、今日初めて、空気がピリッと張り詰めた。



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