613 さらにビール産業を 2
そういった諸々の打ち合わせを済ませて、次は生産したビールの扱いをどうするか相談するため、ウクザムスのインブラント商会の支店を訪ねる。
これまで、領内で消費するビールは余所の領地からインブラント商会に輸入して貰ってたから、その兼ね合いが色々あるわけで。
領内で消費するのはもちろん、王都その他で売り出したいし。
せっかくだから、メイワード伯爵領ブランドのビールを全国に広めたいもんだ。
なんてことを考えながら店までやってきたら、店の裏手から、やたら物々しい護衛が大勢付いた立派な荷馬車が現れて、大通りを東門の方へと向かって去っていった。
「これはこれはご領主様、ようこそいらっしゃいました」
店に入った俺に気付いた番頭さんが、すぐさま近づいてきて丁寧に対応してくれる。
「今、やけに大勢の護衛が付いた立派な荷馬車を見かけたけど、もしかして?」
「はい、クラウレッツ公爵家の御用商人が、注文されていたクリスタルガラスの食器と姿見を買っていったところです」
「ああ、やっぱり」
クラウレッツ公爵家の御用商人の商会の馬車だって言うのは、さすがに外から見ただけじゃ分からなかったけど。
「思ったより早かったな。ウクザムスまでの街道整備を終わらせたから、領内の移動は安心して受け取りに来てくれって、使いを出してからまだ十日も経ってないのに」
クラウレッツ公爵領の領都からウクザムスまで馬車でおよそ七日、王都からでも六日掛かる。
しかも、まだ季節は冬だ。
公爵夫人が姿見を早く欲しくて急がせたのかも知れないな。
あと、アムズの奥さんのパトリシアさんやエイムズの婚約者のセシリアさんも。
女性陣にせっつかれたクラウレッツ公爵達のなんとも言えない顔が目に浮かぶよ。
「この分だと、これから次々に貴族の御用商人達が買いに来るな」
ガラス工房には、王家への献上品と注文品、それから俺のパーティーで使うグラスや食器類、ビンゴゲームの景品を優先して作って貰った。
そして、それらが終わってから、貴族達の注文品に着手して貰ったわけだ。
それら貴族からの注文品の生産がある程度進んだから、先延ばしになってた街道整備に着手したってところもある。
だって運んでる最中に割れたら悲惨だし。
少なくとも、メイワード伯爵領内で割れるような事態は絶対に避けたかったからな。
「大金が動くことになるし、後ろ盾の貴族の権威を振りかざして無茶を言う商会がいるかも知れないけど、くれぐれもよろしく頼む」
「畏まりました。元よりご領主様が興された重要な産業なのですから、誠心誠意対応させて戴きます」
インブラント商会で働いてる人達は、上から下までみんな親切丁寧でその上優秀だから、安心して任せられるよ。
「あっ、申し訳ありません。こんなところで立ち話を。すぐに店長を呼んで参ります」
「ああ、よろしく」
それからすぐにオルブンとカラブンが出てきて、応接室へ場所を移した。
「わざわざご足労戴き、申し訳ありません。打ち合わせでしたら、お屋敷の方へ伺いましたものを」
応接室へ入って、早速オルブンがそう頭を下げた。
「いや、久しぶりに店の様子も見たかったし、クリスタルガラスを買い付けた場面を見られたから丁度良かったよ」
「一箱一箱、梱包状態を改められて、チェックが厳しかったですけどね。まあ途中で割れるようなことがあったらとんでもない損失になるから、神経質になっても無理ないと思いますけど」
特に姿見がと、カラブンがちょっと疲れた顔で肩を竦める。
普通の色つきのガラス製品より厳重に梱包してるって聞いたけど、やっぱり買う側としては本当に大丈夫なのかチェックしたいよな。
それにインブラント商会としても、輸送中万が一のことがあっても、梱包は完璧だったから自分達に落ち度はないって主張したいだろうし。
お互いに、なかなか大変なやり取りだったみたいだ。
「本当なら、ガラス工房から近いし、ウクザムスより関所も近いし、レグアスの貿易センターで取引したいところだったけど。他の特産品にも目を向けて貰えるチャンスだったからな」
「私達も出来ればそうしたかったところですが、物が物ですし、万が一のトラブルを考えますと、伯爵様にすぐ連絡を付けられるこちらの店舗で扱った方が安心ですから」
そうなんだよな。
レグアスからウクザムスまで、普通に馬車で移動したら片道六時間くらい掛かるし。
それも、新街道を整備したおかげで六時間で済むようになったんだ。
その距離を、早馬を走らせて連絡するのも大変だ。
「そういや、あれから盗みに入った奴はいるか?」
「いえ、伯爵様と警備隊のお蔭で、今のところはあの一件だけです」
そう、実は先日、この店舗に盗みに入った奴らがいて、インブラント商会が雇ってる店の警備兵が気付いて騒ぎになり、連絡を受けた詰め所から領兵の警備兵が駆け付けて捕縛するって事件が起きたんだ。
賊の目的は、クリスタルガラスの食器類や、手鏡、姿見で、捕縛の際の大立ち回りで、盗まれた商品は大半が割れちゃったんだけど……。
領兵が取り調べたところ、どこかの密偵らしいってことが判明したものの頑として口を割らないから、また俺の出番になったわけだ。
結果、バックにいるのは他国のとある大貴族だったことが判明した。
多分、ガラス職人を狙うのはリスクが高いから、商品の方を狙ったんだろう。
売り捌いたら一発で足が付くから、自分用にしたかったのか、まずは現物を確かめたかったのか、ガラス産業を潰したかったのか、他に何か目的があったのか、そこまでは密偵も知らなかったけど。
この手の大貴族を相手に表沙汰にして騒ぐと、シラを切られる上に、逆に侮辱したとかなんとか言いがかりを付けてきて、賠償だなんだと要求される可能性がある。
だから、今回もその密偵を早く楽にしてくれとばかりに聞いてないことまでベラベラ喋るまでナイトメアで追い込んで調書を取った後、外務省経由でその国の大使館に引き渡してでかい釘を刺した。
ちなみに、そのための抗議文書はユレースに作って貰った。
さすがに俺もまだ、その手の文書を書けないし。
内容は、その国の大使と外務貴族は俺と懇意にしたいようだったから、『本気で俺と友好関係を築きたいのならお前達の顔を立ててやるから自分達の手でその大貴族をどうにかしろ、でないとお前達からのクリスタルガラス製品の注文は一切受け付けないし、直接俺が動いてドカンと潰すぞ』って、貴族っぽく遠回しで。
さすがに相手が大貴族だけあって、本当に俺が直接動くと国際問題にされかねないからモヤモヤするけどさ。
まあ、その外務貴族は王家の意向を受けてるみたいだから、多分なんとかしてくれるだろう。
ちなみに、そのせいで引き渡しが少し遅れるってことは、その大貴族の名前を匂わせながら、割れた商品を届けるはずだった相手を始め、注文を受けた貴族達、俺に注文したがって接触してくる各国の大使や外務貴族達にも通達してる。
もちろん、フィーナ姫と姫様、王家には包み隠さず報告済みだ。
是非その大貴族には、各国各方面からのヘイトを集めて貰いたい。
「噂を流して牽制してるから、そう何度も盗みに入られることはないと思うけど……損害はでかいし、迷惑をかけたくないから一応もう一度確認するけど、今後の扱いはどうする?」
この領地へやってきた当初、インブラント商会には大型店舗を用意して、本来取り扱ってなかった物までありとあらゆる商品を扱って貰った。
他に店がなくて、仕方なかったんだ。
その後、領民達が色んな店を始めるのに合わせて、扱ってた商品をその店に譲って取り扱いを止めて貰ったことで、棚に多くのスペースが出来てしまった。
それを補填するために、色々興した産業の商品、例えば真鍮製品だったり、天然樹脂から作った接着剤や塗料だったり、保存食としての大豆ミートだったり、取り扱って貰うようにしたわけだ。
クリスタルガラス製品も当然その一つになる。
ただ、クリスタルガラス製品はその希少性と価値を高めるために、今はまだ王家や貴族からの注文品しか扱わないことにしてて、既製品を棚に並べるのはまだまだ先の話になっちゃうんだけどさ。
ともかく、そのくらい他の商品と比べて色んな意味で別格だ。
そのせいで、盗みに入る方も相応の手練れになってしまう。
チンピラが場当たり的な犯行をするには、インブラント商会は相手が大きすぎるし、そもそも捌くルートもないだろうからな。
だからこそ、捕物は大立ち回りになっちゃったんだけど。
しかも品は一度インブラント商会に卸して、そこから他の貴族の御用商人へ売ってるから、それまでに割れたら損害はインブラント商会が丸々被ることになる。
「町中の巡回を厳しくするよう通達は出してるけど、もし何度も同じ事が起きたら、さすがに厳しいよな?」
「それでしたらご心配なく。今後も取り扱わせて戴ければと思います」
「リスクを負っても手を引いたら駄目な商品でしょう、これは」
オルブンもカラブンも、前回確認した時と同様、一切引く気がないみたいだな。
「そう言ってくれると俺としては助かるけど……いや、分かった。今後も任せるよ」
まあ、当然か。
クリスタルガラス製品取り扱い店ってだけで、注目度が段違いだろうし。
「ありがとうございます。是非、お任せを。同じ失態は繰り返しません」
「今はまだここの支店だけですけど、いずれ王都本店その他、各地の支店でも扱わせて欲しいですからね」
「そうだな。生産量を大幅に増やせたら、その時は是非お願いするよ」
生産計画を見直して生産量を増やすようにしたけど、絶対的な職人の数が足りてないから、なかなかそこまで手を広げられないんだけどさ。
おっと、ちょっと前置きのはずの雑談が長くなっちゃったな。
「それで本題なんだけど。ビール工場の建設地も決まったし、そろそろ、ビールの取り扱い方や量、他領から輸入してるビールの扱いについて、話をしたいんだ」
「分かりました。初年度の生産量はどのくらいでしょう?」
「今のところの予定では――」
「なるほど、その生産量と各町での販売予定量でしたら、他領への輸出量は――」
オルブンの質問に色々と答えて、話を詰めていく。
「――ってところか。でも、割合的に他領への輸出量を多くするんだな。それだと多分領内の消費分が足りなくなると思うけど、いいのか?」
「その分、他領からの輸入量を増やして対応すべきかと思います」
「せっかく領内で生産するのに、輸出して足りなくなるから輸入して賄うって、なんか変な感じだな」
「実は、輸入先の領地から、色々と探りが入ってきていまして。製造業者や卸売業者から何かと話を聞かれるのはもちろん、ご領主様方の息の掛かった者達が近辺をうろついているんです」
「なるほど、輸入量を減らさない方向で、調整しようってわけか」
「はい。それに恐らく春以降、また夏近くになってから、次の奴隷達をガンドラルド王国から引き渡されるのでは? そして領民が増えればビールの消費量も上がるでしょう。生産量、輸入量、共に増やさなくては足りないかと」
「ああ、そうだった。それもあったな」
前回と同じかどうか分からないけど、もし同じくらいだったら、また一万人を一気に引き渡されて、領地に残るのが半数の五千人くらいになるだろう。
三分の一から半分が酒を飲むとしても、年間の消費量を考えたら、稼働したばかりのビール工場の生産量じゃ、とてもじゃないけど追いつかないか。
ってことを考えてたら、ふと思い付く。
「なあ、だったらこんなのはどうだろう」
思い付いたアイデアをオルブンとカラブンに相談してみる。
「伯爵様、すごく面白いこと思い付きますね」
「輸入先の領地次第ではありますが、確かにそれなら、利権絡みのトラブル回避になりますし、相乗効果を生み出すかも知れません」
「だろう? よし、相手の領主とは俺が話を付けるよ。相手が応じるかどうかはまだ分からないけど、一応、インブラント商会でもそのつもりにしててくれ」
「分かりました」
「こっちでも、製造業者や卸売業者にそれとなく働きかけてみますよ」
「ああ、よろしく頼んだ」
これは、ビール産業もいいスタートを切れそうだ。




