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603 シェーラル王国の動向 軍議 3

 オリアイーナは周囲の嫌悪と侮蔑混じりの視線を敢えて無視して、凛々しく美しい顔を地図上の砦へと向ける。


「攻略し制圧すべきは砦のみならず、周辺の町や村もです。それぞれの砦の攻略部隊から、三千程の部隊を周辺の町や村の制圧部隊として向かわせ、本隊は待機。周辺の町や村から砦へ敢えて救援要請を出させます。その制圧部隊を本隊と誤認させれば、討伐しようと砦から五千近い兵力を引きずり出せるでしょう。そうして引きずり出した討伐部隊を、本隊と制圧部隊とで挟撃すれば、砦の兵力の半数を楽に討ち取れます」


 作戦参謀はオリアイーナが発言していることに難色を示す渋い顔をするが、作戦案そのものの有効性は認めて、吟味する。

 しかし、他の者達は、わざわざそんな面倒な真似をしなくてもと否定的な態度だ。


 それにお構いなしに、オリアイーナは発言を続ける。


「その後、制圧部隊は周辺の制圧を続行。本隊は砦攻略へと向かい、工作部隊に砦へと侵入させ兵糧を焼きます。そうすれば、トロルどもも籠城戦は愚策となり、打って出るか砦を放棄して退却せざるを得なくなるでしょう。打って出て野戦をするなら包囲殲滅すればよし。退却するなら追撃戦で蹴散らせばいい。いずれにせよ、真正面からそのままぶつかるより、周辺制圧も含めて攻略の期間を短縮し、兵の損耗を抑えることが出来ます」


 何も兵力が大きく上回っているからと言って、馬鹿の一つ覚えのように真正面から削り合いをする必要はない。

 先は長いのだから、第四の目標達成の成功率を高め、さらにそれ以上の領土を奪い返すために、可能な限り兵力を温存しておくべきだ。

 それがオリアイーナの考えである。


 吟味の結果、一理ある実に良い作戦案であると作戦参謀は判断する。

 しかし、それを口にして採用はしない。

 なぜなら、発言者がオリアイーナだからである。


地味(・・)姑息(・・)な作戦ですな」


 作戦参謀補佐が、真っ先に呆れた顔で揶揄する。


 途端に、オリアイーナの視線が険しくなった。

 作戦参謀補佐が選んだ物言い、『地味』と『姑息』の言葉に、国王カーマシュテインが大いに難色を示す顔をしたからだ。


 そんな作戦参謀補佐を皮切りに、他の者達も口々に発言する。


「そのようなせせこましい真似をせずとも、真正面から打ち破ればよかろう」

「それでは兵力の損耗が大きくなると言っているのです」


「砦の兵糧を焼いてしまっては、我が軍が利用できんではないか」

「それこそ、フォレート王国から出させれば済む話です。砦の物資にこだわる理由がありません」


「トロルどもが討伐部隊を必ずしも出すとは思えんが?」

「町や村からの救援要請に走るトロルを、敢えて見逃せばいいのです。討伐出来ると思わせるための、三千と言う少数の制圧部隊なのですから。仮に出てこなければ、それこそ先に出ていた案の通り、包囲殲滅すればいいでしょう」


 逐一、もっともな反論をして、反対の声を潰していく。


 オリアイーナの作戦案がより優れていると感じた者達も少なからずいた。

 しかし、それでも誰も賛成の声を上げることはない。


「チッ、色つき(・・・)が出しゃばりよって」

「っ!!」


 ぼそりと呟かれた差別用語に、オリアイーナが気色ばんで発言者を探そうと見回す。

 しかし、誰が言ったかまでは分からなかった。

 この場の全員が、言いそうな顔をしていたからだ。


 オリアイーナが鋭い視線を周囲に向けている間に、作戦参謀補佐が大仰に肩を竦めてみせた。


「まったく、これは歴史に残る偉業を成し遂げんがための作戦、その最も重要な初戦だと言うのに。地味(・・)姑息(・・)な真似をしては、後世のいい笑い物だ。威風堂々(・・・・)真正面から打ち破ればいい。それでこそ、勝利は燦然と輝くと言うものだと思うがね。これだから」


 作戦参謀補佐は皮肉るようにそこで言葉を切ったが、その後には『色つきは』との侮蔑の言葉が続くのは明らかだった。


 しかし、カッとなって反論しようとオリアイーナが口を開くより早く、横槍が入る。


「もう良い。そこまでにしておけ」


 まるで叱責するかのごとき言い方でオリアイーナの言葉を遮ったのはビューサー公爵、オリアイーナの父親だった。


「……はっ」


 オリアイーナは唇を噛みしめ、席に座る。

 より一層、嘲弄する視線が向けられるのを、拳を握って堪えるしかない。


 国王カーマシュテインもまた、『これだから色つきは』と言わんばかりの(うと)ましげな視線をオリアイーナへと向けた。


「姑息な手段など不要。真正面から正々堂々、我らの『力』を見せつければ良い」


 国王カーマシュテインのその一言で、なんの小細工もなく、真正面から砦攻略に当たることが決定する。


 他の者達はオリアイーナを鼻で笑い、もはや誰もオリアイーナに目を向けなかった。


 そして、第二の目標、第三の目標、第四の目標と、作戦の詳細を決められていくが、そのことごとくにおいて、オリアイーナはより兵の損耗を減らし、攻略期間を短縮する作戦案を発言するが、全てを地味だ姑息だと却下され、耳を貸す者はいなかった。


「もう良い。お前は口を開くな」


 さらにビューサー公爵のその一言により発言そのものを封じられ、以降、軍議が終わるまで、全ての者から『色つきはいないもの』として扱われた。



◆◆◆



「クソッ!」


 軍議が終わり、騎士に割り当てられた自室へと戻りドアを閉めた瞬間、オリアイーナは拳を壁に叩き付けた。


色つき(・・・)色つき(・・・)と、何故そんな目でしか私を見ない!」


 血を吐くような言葉に、答える者は誰もいなかった。


 金髪で白い肌のエルフ。

 銀髪で褐色の肌のエルフ。

 その両方の血を引き、どちらの色も色濃く出ている混血児。


 ただそれだけで、嫌悪と、侮蔑と、差別の対象でしかなかった。


 オリアイーナが率いる第四特殊作戦騎士団は、全員が同様の混血児である。

 オリアイーナ達への周囲の当たりは、先ほどの軍議が非常に大人しい、そよ風のようなものと言わざるを得ないほどに苛烈だ。

 仮にもビューサー公爵の血を引く公爵令嬢であるために、まだマシではあるが、そうでなかったら、どのような扱いをされていたか分からない。


 だからこそ、オリアイーナは今回の領土奪還作戦に懸けていた。


 多大な貢献をすれば、少しでも評価が、扱いが変わるのではないか。

 混血だから劣っているなどあり得ない、そう知らしめられるのではないか。

 そして、父親であるビューサー公爵に、自分を娘として認めさせるチャンスだ、と。


 しかし、その結果が、先ほどの軍議である。


 一番認めさせたい父親に……公の場でもプライベートの場でも、父と呼ぶことを許してくれない父親に、発言自体を封じられてしまった。

 それも、疎ましそうに。


「くっ……!」


 涙は零さない。

 こんなことでいちいち泣いていたら、毎日目が腫れたまま、元に戻らなくなってしまう。


「なんとしても……私を……私達(混血児)を認めさせてやる」



◆◆◆



「惜しいな。発言したのが色つき令嬢(・・・・・)でなければ、積極的に採用したかったところだが」


 軍議が終わり、参謀本部へと戻った作戦参謀は、そう溜息交じりに零す。

 その言葉を拾ったのは、作戦参謀補佐だ。


「どんなに優れた策であろうと、色つきが言い出した策を採用しては後世のいい笑い物でしょうな。しかも正面から正々堂々打ち破り、我らエルフの『力』を見せつけようと常になく士気が高いと言うのに、一気に士気が下がるのは確実」

「分かっている」


 肌、髪、瞳の色が違う。

 ただそれだけで嫌悪と差別の対象になるのは、どこの世界でも同じだった。

 ましてや、他種族入り交じり、未だ人権などの考え方が存在しない時代である。

 それも無理からぬことだった。


「ともかく、派手に戦果を上げて広く領土を奪還し、第一王女(エミリーレーン)殿下には是非とも王太女になって戴かなくては。それでこそ、シェーラル王国の立場が強化されると言うものだ。後方の憂いがなくなれば、さらに繰り返し侵攻し、全ての領土の奪還。それどころか、逆に領土を奪い取ることが出来るようになるかも知れん」

「いやはや、その時が楽しみですな」


 オリアイーナの策にまだ未練を残すような溜息交じりの作戦参謀に、作戦参謀補佐は内心でほくそ笑む。


 フォレート王国と第一王女(エミリーレーン)殿下の影響力がこれ以上増さないため、勝ちすぎて貰っては困るのだ、と。

 そして利害の一致を見る第二王女(シャーリーリーン)に、すでにたんまりと報酬を戴いている以上、その分の働きはしなくてはならないのだから、と。



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