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594 メイワード伯爵派結成記念パーティー シェーラル王国の動向

「話が出たついでだ。東の状況はどうなっている?」


 話が一段落付いたところで、アイゼ様がそう切り出す。

 この取引はアイゼ様とフィーナ姫の許可を貰ってのことだから、全然ついでじゃないけどね。

 謂わば、これが今回の本題とも言えるし。


 グルンバルドン公爵もこの話はしとくべきって考えてたみたいで、淀みなく答えてくれた。


「急遽新たに編成された後続の部隊が次々と合流を続けているようで、当初の予想を大きく上回る規模になると思われます」

「では、強引に兵力を集めていると言うことでしょうか?」


 フィーナ姫の疑問に、グルンバルドン公爵は首を横に振った。

 それも、やや苦い顔で。


「いえ。どうやらフォレート王国との国境に張り付けている部隊から抽出しているようです」

「それは……国境の守りを手薄にしては、背後から撃たれる危険もあるのにですか」

「フォレート王国の裏切りの心配がよほどないのか、はたまた警戒や国境の守りよりも領土奪還に重きを置いているのか。詳細までは不明です」

「フォレート王国も、これ以上グドゥブーフ(オークの)王国と接する国境線を広げたくはないでしょうし、オルレーン(褐色の肌のエルフの)王国との緩衝地帯としてシェーラル王国は残しておきたいでしょうから、そうそう侵攻などはしないでしょうが……シェーラル王国も大胆な選択をしたものですね」


 フィーナ姫とアイゼ様が同時に難しい顔をする。

 確かにいつ裏切るか分からないフォレート王国相手に無防備な背中を晒す真似は、そうそう出来ることじゃない。


「ふむ。どうやらシェーラル王国が本気なのは間違いなさそうだな」

「さすがに東のグドゥブーフ王国と、南のオルレーン王国との国境線の守りは固めているようですが、その分、それ以外の国内の守りは手薄になっていると思われます」

「最終的に、どのくらいの兵力になりそうか分かるか?」

「シェーラル王国軍だけで、最低でも七万から八万はいくのではないかと」

「ふむ、予想より二万から三万は多いな……」


 かなり本気みたいだな。


 ただ、アイゼ様が言った通り、予想より多く兵を集めてるってことは、そこに何かしらの、こちらが予想してなかった理由があるってことになる。

 つまり、想定外の事態が起きる可能性が高いってことだ。

 そういう不確定要素を残したままって言うのは、よろしくない。


 とはいえ、俺もすぐに理由は思い当たらないからな……。

 何か心当たりがあれば、アイゼ様かグルンバルドン公爵が先に口にしてそうだけど、二人とも難しい顔だ。


 ともかく、何か思考の取っ掛かりにならないか、思い付いたことを口にしてみる。


「冬の真っ直中で、俺の領地から小麦を大量に買い付けていったけど、それだけの軍を動かしてるなら、どんだけ食料があっても足りないですよね。長期戦になったら瓦解するんじゃないですか?」

「それほどの兵数を集めているのですから、短期決戦にしたいのかも知れませんね」

「姉上の言う通りやも知れぬ。国境線以外の国内の守りが手薄では、内乱が起きたとき対処が難しかろう。内乱の鎮圧にフォレート王国方面以外の国境線から兵力を抽出することにでもなれば、他国にとっては絶好の仕掛け時になる」


 他国にとっての絶好の仕掛け時か……。


「じゃあ、例えば叛意(はんい)を持つ貴族がオルレーン王国と結託して内乱を起こして……って、それを警戒してるからこその短期決戦とか?」

「そうですね。そうと決まったわけではありませんが、為政者としてはその可能性も考慮して然るべきでしょう。理由の一端かも知れません」

「実戦に投入する部隊を限定して後方に別働隊を温存し、国内の裏切り者どもをあぶり出し、後方の部隊は取って返す算段かも知れぬ。もっとも、それでガンドラルド王国との戦線が膠着や崩壊しては意味がない。可能性としては低いだろう」


 なるほど。

 その可能性は低くても、備えなくていい理由にはならないもんな。

 内乱が杞憂で終われば、そのままその後方の別働隊を前線に投入して、領土奪還の戦力にすれば無駄もないし。


「グルンバルドン公、フォレート王国軍の数はどれくらいになる?」

「およそ二万強。第一王女(エミリーレーン)殿下麾下(きか)の部隊を中心に、辺境伯領軍の兵力を加えておりますが、おそらく三万を越えることはないかと」

「シェーラル王国に比べると、なんだか随分と少ないな……フォレート王国はそんな本気じゃない? それともなんかの条件を対価にして、トロルとの戦いをシェーラル王国に押し付けてる?」


 俺の疑問に、グルンバルドン公爵は小さく首を横に振った。


「なんらかの意図があるのは確かだ。しかし詳細は不明だ」


 上の方で密約を交わしてるのか、何かを企んでるのか。

 情報がなさ過ぎて想像するのも限界があるし、これ以上は考えるだけ無駄か。

 アイゼ様もフィーナ姫もそう思ったらしい。


 これが人間同士の国なら密偵を潜り込ませやすいんだけど、異種族の国となると種族の違いはとても目立つから、情報収集は格段に難しくなるんだよな。

 しかも異種族だけに、協力者を作るのも難しいわけだし。

 エルフは基本、人間を見下してるからなおさらだ。


 そんな中で、ここまで情報を集めてるってのは、さすがグルンバルドン公爵ってことなんだろう。


「グルンバルドン公、国境線の守りはどうなっている?」

「念のため、フォレート王国との国境線の守りは固めさせていますが、兵を集め過ぎるとフォレート王国を刺激しかねないので、すぐに国境線へ援軍を派遣出来るよう準備だけは進めています」


 グルンバルドン公爵はここでわずかに言い淀む。


「しかし返還された領地の方は転封(てんぽう)または爵位を得て間もない貴族家ばかりで、ガンドラルド王国との国境線の守りを十分固められていません。元より砦などなく、急拵えの砦を準備することすらままならず――」


 そこでチラリと俺に視線を向ける。


「――ガンドラルド王国からの侵攻の可能性が現状皆無に等しいほど低かったことから、早急に防衛体制を整えることよりも、農地や領都の整備を優先させていた領地が多いため、国境線の監視態勢すらも不十分です。現在、早急に対応をさせています」


 それは、その判断は間違いじゃなかったと思うぞ。

 でないと、領民が飢えてただろうからな。


「そうか。エメル」

「分かってます。万が一の時はいつでも補給物資や援軍を派遣出来るようにしときますよ」

「よろしくお願いします、エメル様」


 そのためにもやっぱり、ウクザムスから新主要街道までの街道整備を急いだ方が良さそうだ。


 ただ、グルンバルドン公爵は表情を変えないまでも、俺を頼りにはしたくなさそうで、公爵夫人も俺に借りを作りたくなさそうだな。

 でも、そんなプライドにこだわって、結局駄目でしたじゃお話にならない。

 そんなこと、俺が考えるまでもなくちゃんと分かってるんだろう。

 さすが公爵だけあって、判断を間違ったりはしないらしい。


「不測の事態があれば援軍要請をしよう。その時は(・・・・)助力を頼む」

「ええ、分かってますよ。いつでもどうぞ」


 援軍要請しない限り出しゃばるな、ってことか。


 まあ、なんでもかんでも俺に頼られたら困るってのは最初から考えてたことだし、無理にグルンバルドン公爵に貸しを作りたいわけでもないから、そこは領分を守るけどさ。

 仲良くやって、俺を支持してくれるように持って行くのが理想なんだし。


「殿下方、お話の腰を折るようで申し訳ありませんが、質問をよろしいでしょうか」


 話の切れ目を見て、公爵夫人が何やら難しい顔をしてそう切り出してきた。


「ええ、なんでしょう?」


 フィーナ姫が快く応じたことで、公爵夫人は少しほっとした反面、やや恥じ入るように質問を口にした。


「先ほどから聞いていると、殿下方はフォレート王国とシェーラル王国が、我が国に対し何かしらの軍事行動を起こす可能性が非常に高いと懸念されているようですが、本当にそのようなことがあるのでしょうか」

「公爵夫人が疑問に思われるのも無理ありませんね。ガンドラルド王国と事を構えようとしていると言うのに、わざわざ我が国まで敵に回すなど、戦略上、まずあり得ないでしょう」

「はい。むしろ裏で物資の支援要請をするか、そうでなくとも介入は不要と釘を刺してくるのではないかと」

「うむ、その通りだ。戦略上、その対応が正しい。しかし、開戦が目前と見られる現在に至るまで、そのどちらもないとしたら?」

「それは……」


 公爵夫人が驚いて反論しかけて、口をつぐむ。


 同盟国でも友好国でもないから何も介入するつもりはないけど、仮にも国交を樹立して交易を始めた以上、ガンドラルド王国との連携を警戒して然るべきだろう。

 だから先手を打って、公爵夫人が言ったような接触があって当然だ。

 だけど、未だにどちらもない。


 さらに、在シェーラルマイゼル王国大使館から、シェーラル王国の国王が国民へ向けて行った演説について、不穏な内容が含まれてたって報告が上がってるらしい。


 これは明らかに、マイゼル王国に対して何かしら思惑があると見るべきだ。


「先日、シェーラル王国の大使があまりにも無礼な要求をして、エメル様がそれを退けられた話は聞き及んでいると思います。それを逆恨みしているのであれば、どのような行動に出てもおかしくありません」

「もちろんそれはエメルの責任ではない。エメルが退けなければ、今ごろ我がマイゼル王国は国際社会の信用を失った上で、国家の存亡をかけて、しかも今度はどちらかが文字通り滅びるまで、ガンドラルド王国との戦争に再び突入していただろうからな」


 まあ、だからと言って、俺に責任が全くないかと言われると……ちょっとは責任を感じるわけで。


 間違ったことはしてないって胸を張って言える。

 でも、二人に注意されたように、もうちょっとやりようがあったかも知れないって。


「それに最近、俺の領地でエルフの行商人の出入りや、移民が増えてるんです」


 ユレースの報告によると、領都のウクザムスにエルフの行商人の出入りと、レグアスを始めあちこちの町に様々な業種で出店してるエルフが増えてた。


 冬は王都での社交の仕事が山のように増えたせいで領地を空ける日が多くなって、領内の視察をあまり出来なかったから、事態の把握が遅れちゃったんだよな。

 多分、相手もそれを狙ってたんだろうけど。


 いもしない見えない密偵部隊をあぶり出そうと、フォレート王国から密偵がやってきた時は、逆手に取ってレストラン街で店を構えさせて行動を制限したし、店のための食材その他の搬入で連絡役の行商人がやってくる程度なら目こぼしできる。

 どうせ重要な情報は絶対に掴めないんだから、目に見える表面上の情報を持ち帰るくらい構わない。

 だけどそれがレストラン街の店とは無関係に、それも急に大勢入り込んできたとなると話は変わる。


 人間の支配する領地で暮らせるかって、エルフの元奴隷達のほとんど――エルフの商人と接触した途端居残りを決めた奴ら以外――が早々に領地を出て行ったのに、逆に外から大勢入ってくるなんて、あからさまに怪しいだろう。


「それは警戒をしなくてはなりませんね」

「ええ、そうなのです」


 公爵夫人も納得してくれたみたいだな。


 それからさらに少しの間、シェーラル王国の動向への対処について簡単に話をした後、ついでにこの後でやる余興への協力をお願いして、グルンバルドン公爵との歓談は終了した。

 状況確認が目的で、具体的な対策を話し合う場じゃないからな。


「またエメル様に負担をかける事になるかも知れませんが……」

「大丈夫、まだ何かあると決まったわけじゃないですし。仮にあっても、グルンバルドン公爵達でなんとか出来たら俺の出番はないですしね」


 不測の事態に備えつつ、事が起きるまで俺はいつも通りやっとけばいい。

 それが後方支援体制を整えることにもなるし、領軍や特務部隊の戦力アップにも繋がるわけだからな。



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