582 正しいエフメラの立場 2
「危険!?」
「エフメラに何か悪いことが起きるのですか!?」
血相を変えたお父さんとお母さんに、姫様が神妙に頷く。
「これはエメルがまだ叙爵される前にもあったことだが、心ない貴族がご息女を手に入れてその『力』を利用しようと、陰謀を巡らせる可能性が非常に高い」
「エフメラを利用しようとする陰謀!?」
「お、お貴族様が!?」
これにはショックだったみたいだな。
まさか自分の娘に貴族が興味を持つなんて、想像したこともなかったはずだ。
「具体的には、ご息女と強引に婚姻を結んで取り込み、ご息女の『力』を背景に横暴な振る舞いをし、果てには無理矢理戦争に利用しようとするかも知れぬのだ」
「戦争!?」
「そんな!?」
「エメルのあの『力』を目の当たりにすれば、容易に想像が付くと思う」
「「……!」」
エフメラを戦争に利用って言葉に、お父さんとお母さんが気色ばむ。
そりゃあそうだろう、元から徴兵される可能性があった息子の俺ならともかく、娘のエフメラを戦争に、それも貴族の陰謀で無理矢理連れ出されるとなれば、親として看過できるわけがない。
それはお父さんとお母さんの二人だけじゃない。
兄ちゃんもハンナちゃんもプリメラも、姫様の話にジワジワと実感が湧いてきたのか、段々と顔色が悪くなっていく。
プリメラは今にもエフメラに駆け寄って縋り付きたそうだ。
「今はエメルの庇護下にあり、エメルの逆鱗に触れるのを恐れて、ご息女に手出ししようと言う者は直接現れてはいない。しかし、エメルと結婚させないためにエメルの元から引き離せば、その者達はすぐさま行動に移すだろう」
リグエルがエフメラに結婚を申し込もうとして俺が激怒したって話は、俺が積極的に広めさせたからな。
領地を乗っ取られたり滅ぼされたり、派閥の勢力を削がれたりしては敵わないと、あれからちょっかいをかけてくる奴はいないけど。
エフメラには、トンネル掘ったり、街道整備したり、作物の大量生産のために土壌改良をしたり、普段から大活躍して貰ってるわけだし。
さぞ、エフメラの『力』は魅力的に映ってることだろう。
諦めず、虎視眈々と機会を狙ってる奴が未だにゴロゴロいても不思議じゃない。
「もしご息女がなんの『力』も持たない平凡な平民と結婚すれば、その者を殺してでも手に入れようとする貴族は必ず出てくる。それも掃いて捨てるほどに」
「なっ……!?」
「そ、そんな恐ろしい真似を……!?」
「うむ、間違いない。爵位が下の貴族が手に入れても同様、爵位が上の貴族が奪い取るだろう。そしてそれはこの国の貴族に限った話ではない。他国の貴族、王族までもが、エメルに対抗する手段として、血眼になって手に入れようとするだろう」
「え……? エメルに対抗する手段……ですか?」
俺に対抗する手段、って言葉が、これまでの話と繋がらなかったんだろうな。
親としては想像すら出来ない理由だから。
「うむ。先ほど見せたとおり、エメルの『力』は比類ない。わずかでも対抗しうるのはご息女をおいて他にいない。必ずご息女を脅し、そそのかし、ありとあらゆる手段を用いて、エメルと敵対させようとするだろう」
「まさか……エメルとエフメラで殺し合いをさせようと……」
「ああ、するだろう」
「そんな……兄妹で殺し合いなんて……」
「大げさに聞こえるかも知れぬ、信じられぬかも知れぬ。しかし、そうなる可能性は非常に高い。それが私達の見解だ」
「残念ながら、今のわたし達では、もし大国がエメル様の妹君と婚姻を結びたいと脅してきたら、一介の貴族の妹、ただの平民の立場のままでは、断る術がなく、守り切れません」
フィーナ姫の悲しげな言葉に、家族みんな真っ青になる。
「いやいや、エメルとエフメラで殺し合いなんてさせられねぇ! なんとかならねぇんですか!?」
兄ちゃんが怖い顔で身を乗り出すと、フィーナ姫が静かに頷いた。
「方法が、たった一つだけあります」
「それってなんですか!? すぐにそれをやらねぇと!」
「それが、エメル様とエフメラ様の結婚です」
「……は?」
うん、兄ちゃん、勢いが空回りして間抜け面になってるな。
「そ、それは、一体どういうことでしょう?」
「ええ、何故それで兄妹で結婚なんて話に……?」
お父さんとお母さんも、やっぱり話が繋がらなかったみたいだ。
「現状、妹君のエフメラ様をお守り出来るのはエメル様しかいません。ここまではよろしいですか?」
「は、はい……」
「ですがこのまま、ただの妹のままでは、いずれ守り切れなくなるでしょう」
「そ、そうなのですか?」
「エメルはあんなに強いのに?」
「はい。エフメラ様と婚姻を結ばんと国内外問わず貴族達や王族達が殺到すれば、いくらエメル様でもその流れを押しとどめるのは不可能です。『力』で奪い取ろうとしてくれば、『力』で対抗して退ければいいでしょう。ですが平和的に、政治的に周到に準備をして外堀を埋めて、エメル様でも断れない状況を作り出されては、『力』で対抗は出来ません。いずれ押し切られます」
「兄妹で結婚するとなれば、周囲の反発もあろうし、思う所もあるだろう。私達だってすんなりと受け入れられるかと言えば、いささか抵抗がある。しかし、他に手段はない。エメルの妻となれば、もはや誰も手出し出来ぬのだから、これほど安全な立場はない」
王族の二人にこうもきっぱり言い切られて、お父さんもお母さんも、兄ちゃんもハンナちゃんも困惑顔だ。
こんな話になって、何を言えばいいのか分からないのかも知れない。
まさか兄妹で結婚させるべきって言われるなんて、思ってもみなかっただろうし。
「あ、あの……でも、兄妹で結婚しちゃダメなんですよね……?」
プリメラが怖ず怖ずと聞いてくる。
これまでの難しい話には付いて来られなかったみたいだけど、だからこそシンプルにそこが疑問だったんだろう。
「確かに我が国では兄妹での婚姻はまだ認められておらぬ。しかし、他国ではそれを認めている国もある」
言って、姫様がリジャリエラへと目を向けた。
リジャリエラが頷いて、家族のみんなに微笑みかける。
「ハイ、わたくし達マージャル族でハ、兄妹で結婚することハ決して珍しくありまセン。叔父や伯父と姪の結婚ともなれバ、もっと普通にありマス」
「「「「「えっ!?」」」」」
「その証拠に、わたくしの両親も血の繋がった実の兄妹デス」
「「「「「ええぇぇっ!?」」」」」
驚愕の声が部屋中に響き渡る。
今日一番の驚きようだな。
これまでの常識や価値観がひっくり返る程の出来事だったんだろう。
村から出たことがなかった平凡な農民には、そのくらいカルチャーショックでもおかしくない。
「エメルとエフメラが言ってたことは本当だったってわけか……」
「だから最初からそう言ってただろう? 嘘なんか吐かないって」
「バメ兄ちゃんもみんなも、全然信じてくれなかったけど」
エフメラが頬を膨らませるけど、これで責めるのは兄ちゃん達がちょっと可哀想だろう。
「わたくしの両親ハ兄妹で愛し合い、兄と、姉と、わたくしと、三人の子供ヲもうけて、とても幸せな生活ヲ送っていまシタ。たとえ兄妹でも、何も問題ありまセン。この身に宿る精霊力など、強い『力』ヲより濃く受け継がせることガ出来るので、むしろ歓迎すべき結婚デス」
誇らしげに、そして幸せそうに微笑むリジャリエラに、家族みんな何も言えなくなってしまう。
「種族、国、民族、部族、それらが変われば常識や倫理観、法律などいくらでも変わる。マージャル族が我が国へ定住する以上、兄妹での結婚を禁止したままでは、いずれ差し障りが出るだろう」
「そ、それって……兄妹で結婚してもいいことになるんですか?」
「うむ。今すぐではないが、いずれ法をそのように変えることになるだろう」
これには大きなどよめきが走る。
法律を変えてまで許されるようにするなんて、農民の想像の埒外だろうからな。
その発想が出てくるエフメラが特別なんだよ。
俺の教育の賜物だけど。
「ですから、エメル様とエフメラ様が結婚することに、なんの問題もないのです。むしろ、お二人の身を案じるのであれば積極的に結婚させるべきなのです。お分かり戴けたでしょうか?」
フィーナ姫の静かな、だけど重みのある言葉に、お父さんもお母さんも、みんな黙り込んでしまう。
「わたし達も無闇に兄妹での結婚を推奨するつもりはありません。状況が状況だけに、これは特別な措置なのです。いかがでしょう? 難しい判断と決断を下さなくてはならないと思いますが、エメル様とエフメラ様のご結婚を、ご家族みんなで祝福しては戴けませんか?」




