58 大胆で不敬な選択肢
一瞬で、俺以外の全員が凍り付いたように固まって静まり返った。
「ええぇーーーーー!?」
一拍遅れて、レミーさんが、侍女としてもご令嬢としてもはしたない大声を上げて目を丸くする。
それを切っ掛けに再起動したクレアさんが、目を剥いて俺に詰め寄ってきた。
「いけませんエメル様、それはあまりにも不敬です! それもアイゼ様、フィーナシャイア様の御前でなど不敬が過ぎます! 不敬罪どころか、反逆罪に問われて処刑されても文句は言えません! 早く取り消されて下さい!」
怖い顔で焦りまくりだな。無理もないけど。
「うん、まあ、俺もね、馬鹿なこと、荒唐無稽なこと言ってるって自覚はありますよ? でも、俺と姫様とフィーナ姫が三人で結婚して、なおかつ姫様とフィーナ姫が国政を預かってこの国を守っていくには、これが一番丸く収まる方法って言うか、これしかないって思うんですよね」
「丸くなど収まりません! 王位を狙う貴族達も黙ってはいないでしょうし、国が乱れます!」
「そこはほら、あの手この手で納得させるって言うか、従わせるって言うか」
姫様かフィーナ姫、どちらかを主軸に置いて考えるから、主軸に置かれた方が王位に就いた時、もう片方が浮いてしまうんだ。
だったら、俺を主軸に置いて、両手に花嫁にすればいい。
その俺を主軸に置く方法が、俺が王位に就くことだ。
これぞ素晴らしき発想の転換、第五の選択肢だろう。
「ですが……!」
「待てクレア」
なおも言い募ろうとするクレアさんを、姫様が止める。
その姫様の顔は、公務中の王太子としての顔だ。
「エメル、そなた本気か?」
「うーん……姫様とフィーナ姫に本気で却下されたら冗談で済ませますけど、もし二人が乗ってくれるなら、俺は本気で、全力で、王様やりますよ」
俺の真意を確かめようと厳しい表情で真っ直ぐに目を見つめてくる姫様、同じように俺を見定めようと黙って見つめてくるフィーナ姫、そして戸惑い怖い顔をしてるクレアさんと、オロオロしてるレミーさん、その全員の顔を見回す。
「確かに俺は王様の大変さなんて、これっぽっちも分かってなくて、甘く見て、軽く考えすぎてるんだと思います。貧乏農家の次男坊がなに世迷い言を言ってるんだって感じですよね」
正直、姫様の……アイゼ様の公務中に忙殺されてる姿を見てると、王様なんて面倒臭くて、あんな仕事やるもんじゃないよなって思うけど……。
でも、姫様とフィーナ姫がお嫁さんになってくれるのに必要なことなら、なんだろうと全力でやってやるさ。
もう、どっちとも結婚出来ないなんてふざけた話、飲めるわけないんだ。
だったら自ら選んで、全力で幸せを掴みに行く。
ぼうっとしてて状況に流されてたら、姫様もフィーナ姫も不幸になるのが分かってるんだからな。
それに俺が王様になって政策を進められるなら、うちの大事な家族やトトス村のみんなの生活を向上させて、平和を守れるってことだろう?
元日本人としては、やっぱり生活レベルの低さでうんざりする面も多々あるし、一オタクとして、異世界転生したならやってみたいじゃん、内政チート。
だったらさ、王様、やらない手はないだろう?
まさにこれ以上ないってくらい究極の『立身出世、貧乏脱出、お嫁さん探し』だ。
「勝算だってありますよ。俺はこれから猛勉強をしないと駄目ですけど、姫様が第一王妃、フィーナ姫が第二王妃として、一緒に国政を回してくれれば、決して不可能じゃないはずです。様々な国政は姫様が、王城を取り仕切る女主人はフィーナ姫がしてくれれば、体制は今と何も変わらないんだ」
そう、姫様とフィーナ姫が側でフォローしてくれるなら、きっと大丈夫だ。
第一、反王室派の貴族どもみたいなふざけた連中が王位に就いたら、きっとこの国は滅茶苦茶になる。他国に攻められて消えてなくなるかも知れない。
そんな連中に、俺達や大事な家族の命運を託せるわけないだろう?
「その上で俺が軍事を担当して、先頭に立って外敵を排除し、貴族どもの反乱も許さない。いいアイデアだと思うんですけど」
四人がそれぞれ俺の言葉を吟味してくれる。
しばしの沈黙の後、真っ先に答えを出したのはレミーさんだった。
「あたしは、フィーナ様さえ幸せなら、誰が王様でもいいですよ」
非常にシンプルな答えだな。
俺に丸投げしてくるし、ある意味何も考えてない……って言えるかも?
「本当ならフィーナ様は他国の王家か自国の貴族家かに嫁がれる立場だったじゃないですか。だったら、エメル様が興した王家に嫁ぐってだけの話ですよね? フィーナ様もあたしも、嫁ぎ先でやることはなんにも変わらないわけですから、フィーナ様が幸せになれれば、あたしはなんでもいいです」
なるほど、何も考えてないわけじゃなくて、フィーナ姫第一なのはブレずに、色々な意味で何も変わらないからオーケーってことなのか。
「本当は、私もその可能性を考えないわけではなかった……エメルが王となるのが、この国のためにとって一番良い事なのではないかと」
「アイゼ様!?」
「落ち着けクレア。そう考えた時は、貴族どもをまとめることも出来ず、トロルに奪われた王都を奪還する目処も立たず、この先どうすればよいのか分からずに、現実から逃避して、『もしエメルであれば』と妄想したに過ぎぬ」
姫様が自嘲するなんて、そこまで追い詰められてたんだ……。
側で見てて分かってたはずなのに、姫様がそこまで苦しんでたのを気付かなかったなんて……なんかすごく悔しい。
「だが、今のエメルの提案であれば違う。私が自分の責任を放棄するのではなく、全ての責任を背負い立とうとするエメルを、今度は私が側で支え、共に責任を背負う立場となるのだ。もちろん、思うところがないわけではないが、私が責任を放棄するという後ろ向きな考えによるものではない」
「ですがアイゼ様……」
「クレアよ、王とはどのような存在だ? 王とは『力』を持ち、その『力』で貴族を従え、民を束ね、国を守る存在だ。そう、王にはまず『力』が必要なのだ。しかし今の私には……王家にはその肝心の『力』がない。だから、斯様な事態に陥っているのだ」
言葉を詰まらせたクレアさんに、姫様は静かに、だけど力強く言葉を続ける。
「しかしエメルであれば、比類なき『力』を持っている。その一点だけでも、エメルは王に相応しいと言える」
「しかし、こう言ってはなんですが、戦うためだけの力しか持たず、それを振りかざすことでしか民をまとめられない王が、それでも支配者として許されたのは、古い時代の王か蛮族の王だけです。今の世の王にはそぐいません。ただ暴力や腕力で従わせるだけでは、誰も付いて来ないのは明白です」
「確かに、古代の王国や蛮族の王であれば、自身が戦える『力』を持つことこそが王たる証だっただろう。だが、エメルは本当にその程度の『力』しか持たぬのか? 先ほどの農政改革の話、あれはエメルの知謀が生み出したものだろう?」
「あ……」
クレアさんが目を見開いて俺を振り返る。
そんな目で見られると、ちょっと照れるな。
「エメルの精霊魔法はあまりにも強大で比類なき『力』故、ついそれに目を奪われがちだが、エメルの『力』はそれだけではない」
「王に立つ資格は十分……ということですか」
「その通りだ。何より、どうせエメルがいなければ我が国は滅びていた。そして今も、遠からず、いずれかの貴族に王位を奪われることだろう。それを私と姉上の『力』だけで覆すのは、恐らく不可能だ。ならばこの国を救ったエメルに全てを託す事の何が悪い?」
まるで開き直ったような、肝を据えたように笑う姫様に合わせて、フィーナ姫が穏やかに微笑んだ。
「わたしも、エメル様であれば資格は十分だと思います。仮に資質が足りないと言うのであれば、そこはわたしとアイゼが補えばいいだけのことです。それに、お優しいエメル様であれば、良き王になれると思いますよ」
「フィーナシャイア様まで……お二方とも、本当によろしいのですか?」
「わたしはすでに一度死したも同然の身。今ここにあるのは、全てはエメル様のおかげです。であれば、エメル様がわたしを望んで下さる限り、そのお力になり、どこまでも付いて行くのが妻たる者の務め。エメル様が王位を望み、この国を良き方へと導いて下さるのなら、わたしは喜んで王権を委譲し、共にこの国を守りましょう」
「……ロマンス小説みたいな展開ですもんね? フィーナ様が望まれるなら、あたしに否やはないですけど、ロマンチックだからで決めてませんよね?」
「そ、そのようなことはありません。わたしも様々に吟味した結果、それが最良の選択であると思ったからです」
フィーナ姫の目元がちょっと赤い。
雰囲気に酔ってちょっと流されてた?
「いくら姉上が夢見がちと言っても、さすがにロマンチックだからだけで王権の委譲は決断出来ぬだろう」
「その通りです」
レミーさんとクレアさんが、姫様がそれを言うのか、って言いたげな顔をしたのは、見なかったことにしておこう。
「私とて、このような話をエメル以外が言い出したのであれば、一笑に付すか、叛意ありと見なして投獄するだろう。ましてや、王太子の座を奪われ追われるようなことになるのであれば、全力で抗うに決まっている。しかし質が悪いことに、変わるのは肩書きだけで、事実上何も変わらず、受け入れやすい提案だからな」
クレアさんが、呆れたように小さく溜息を吐いた。
「色々と仰っておられますが、そうまでして、エメル様に妻として娶って戴きたいのですね?」
「「……」」
二人とも、目元を赤らめて言葉に詰まってしまって……。
ああもう、二人とも可愛すぎ! 愛おし過ぎ!
今すぐ二人同時に力一杯抱き締めてしまいたい!
「エメル様も怖い物知らずと言いますか、大胆不敵と言いますか……お二方を娶りたいからと、そこまでしますか?」
「どうせやるなら、いっそ徹底的にですよ。悔いが残る人生はごめんですから」
せっかく二度目の人生だ、ボーナスタイムと思って納得いくようやらせて貰うさ。
「お三方のお気持ちはよく分かりました。そのようにお気持ちを固められたのであれば、私ももう反対はいたしません」
おおっ、クレアさんも賛成してくれるんだ!
「済まぬなクレア、苦労をかける」
「いえ、苦労などと、とんでもありません。アイゼ様の幸せが一番ですから」
なんかもう、クレアさんもレミーさんも、侍女の鑑だな。
「じゃあ、満場一致で、俺が王様になって、姫様とフィーナ姫をお嫁さんにするってことで!」




