577 当然反対される 1
「駄目よ!」
「なんで駄目なの!?」
間髪を容れず、って言うか、俺が最後まで言い切る前に、お母さんがピシャリと言い放った。
予想以上に早い反応に驚いたけど、それにエフメラが即座に反発したのにも驚く。
まるで二人ともそうなるのが分かってたみたいな反応だ。
でもそれは、お母さんばかりじゃなかった。
「はぁ~……やっぱりか」
お父さんは渋く怖い顔で重く溜息を吐いて、兄ちゃんもやっぱりかと言わんばかりの呆れ顔で、ハンナちゃんは難しい顔で俺とエフメラを交互に見てる。
この空気にビックリしてオロオロしてるのはプリメラだけだ。
「みんな、どうして? 俺がエフメラとのことを言い出すの、分かってたの?」
「どうしても何も、帰ってきたときの顔見て一発でピンときたぜ」
「息子と娘の顔を見て、分からないわけがないだろう」
「小さい頃の、叱られるのが分かっていて、やり過ぎたことを告白する時と同じ顔をしてたもの」
「エメルが結婚する話をしているのに、エフメラちゃんが暴れもせず大人しく聞いていたのよ? 分かりやすいのよ、二人とも」
兄ちゃん、お父さん、お母さん、ハンナちゃん、やっぱりみんな今日、俺がこの話を切り出すのを最初から察してたらしい。
さすが家族……やっぱり隠し通すとか絶対に無理!
「分かってたなら許してよ! 小さい頃からエフがエメ兄ちゃんを好きなの分かってたでしょ!」
そんなみんなの反応に、エフメラが俺の腕にしがみついてきて、噛みつかんばかりにみんなを見る。
エフメラもこうなるって分かってたからか、徹底抗戦の構えだ。
もちろん俺も、一度や二度反対されたからって引く気はない。
だけど声を荒げるエフメラと引く気がない俺に怯むことなく、お母さんとお父さんは決して声を荒げることはないけど、頑として反対してくる。
「好きだろうとなんだろうと、兄妹で結婚なんて駄目に決まっているでしょう」
「そうだぞ。それは許されないことだ」
「兄妹でも、愛があればそんなの関係ないよ!」
「関係あります」
「そこが一番大事な、駄目なところだろう」
うん、やっぱりそう言われちゃうよな。
「俺は、愛には種族も性別も年齢も血の繋がりも関係ないと思う。人を愛する気持ちは誰にでも等しく許されるべき、持って生まれた権利だと思うんだ」
「お前の言う小難しい理屈は相も変わらずよく分からんが、エメル、お前までそんなことを言い出してどうする」
「そうよ、お兄ちゃんでしょう。あなたがエフメラを止めないでどうするの」
平等とか権利とか人権とか、最も縁遠い時代だからなぁ……。
ただの農民でしかないお父さん達に理解は難しいか。
「いや、それはそうなんだけど、でも――」
「『でも』も『だって』もない。兄として、そんなことでは駄目だろう」
だって仕方ないじゃないか。
こんなに懐いてくれてて、こんなに可愛いんだぞ?
それをずっと側で見てきて、しかも半分は俺が育ててきたようなもんなんだ。
なのに、それがただの妹への家族愛だけで収まるわけがない。
「仕事の手伝いにエフメラちゃんを連れて行くってエメルが言い出した時から、いつかこうなるんじゃないかって思ってたのよね……どうして兄として毅然とした態度を取れなかったの?」
ハンナちゃんにまできつい顔で叱られるし。
「どうしてって言われても……好きになっちゃったんだから仕方ないじゃないか」
「そこは好きになっちゃ駄目なところでしょうに」
「うぐ……」
それはそうだけどさ。
エフメラの気持ちが、幼い女の子によくある一過性のものだったなら、俺だって毅然とした態度を取れたと思う。
たとえ妹以上の気持ちを持ってたとしても、だ。
でもそうじゃなかった。
本気で心から俺を好きで、兄妹だろうと全く引く気がなくて、ことあるごとに『好き』ってアプローチしてくるんだから、表面上は兄として平静な振りをしてても、内心じゃほだされていっちゃうに決まってる。
「ねえねえ、エフ姉ちゃん」
「ん? どうしたのプリメラ?」
それまで俺達の剣幕とやり取りに引いてたプリメラが、一度会話が途切れたところで、心底不思議そうに小首を傾げた。
「エフ姉ちゃんは、まだエメ兄ちゃんと結婚したいなんて言ってるの? そういうの、もう卒業したら?」
「うぐっ……!」
「ぐはっ……!」
俺にまで流れ弾が!
プリメラの純粋な瞳が余計にきつい……!
横で腹を抱えて馬鹿笑いしてる兄ちゃんがすごくむかつく。
エフメラが可愛い妹に裏切られてショックを受けた顔で、プリメラの肩を掴んで縋るように問い質す。
「ど、どうして……? プリメラはこの前まで、エフとエメ兄ちゃんのお嫁さんになるって言ってたのに」
「プリは、もうそういうの卒業したの」
まるで、大人になったんだよって子供が自慢するように、えへんと胸を張る。
可愛い。
可愛いけど……今はきつい。
そして、寂しい!
「プリメラちゃんは、最近気になる男の子がいるのよね?」
「二軒向こうのジオ君といい感じなのよね?」
「えへへぇ」
ハンナちゃんとお母さんの、からかうような応援するような言葉に、プリメラが頬を染めてモジモジと照れる。
可愛い。
可愛いけど、なんだそれは!?
「それ、聞いてないんだけど!? なんだよそのジオって奴は! 兄として、きっちり話を付けないと駄目な案件じゃないか!?」
「エメル、あなたまさかプリメラまで……!?」
「ち、違う! それは誤解だ!」
プリメラは妹。それ以上でもそれ以下でもない。
エフメラとは違うんだ。
「それならいいけど……今プリメラの話は関係ないわ。あなたとエフメラの話よ」
そうでした。
「とにかく、どんな理由があろうと、兄妹で結婚なんて駄目です」
「二人は一度距離を置いて、頭を冷やした方がいいんじゃないか? エメルはお貴族様としての仕事があるだろうから、エフメラは家に残りなさい」
「嫌! 絶対エメ兄ちゃんから離れないから!」
「ま、離れてなんとかなるなら、エメルが王都に行ってた一年でとっくに冷めてるか」
「バメル、お前はどっちの味方なんだ」
「どっちの味方も何も、実際そうだったなってだけだよ」
そんな風に兄ちゃんとお父さんがやり合ってる横から、ハンナちゃんとお母さんが至極真面目な顔で膝を詰めてくる。
「二人を悲しませたいわけじゃないけど、エメルもエフメラちゃんも思い出して。兄妹は結婚出来ない。それが常識よ」
「そうよ。エメルは幼い頃から常識なんて無視して、色々なことをしてきたわ。それは素直にすごいと思うし、助けられたことも多いから感謝しているけど、今だけはその常識を無視しても捨てても駄目よ」
ある意味で予想通りの展開だけど……家族にこうも断固として反対されると、想像以上にきついな。
「いや、それなんだけど、実は世の中には普通に兄妹で結婚してる人達もいるんだよ」
「そうだよ。兄妹で結婚してもいいって、それが常識の国もあるんだよ」
「そんな国、さすがにあるわけないだろう」
「そうよ、そんな話、信じられないわ」
「いや、本当にあるんだって」
「そんなのを常識だなんて、さすがにそれは無理があると思うわ」
「エメルお前、エフメラと結婚したいからって口から出任せ言うのは、さすがにどうかと思うぜ? エフメラも、乗っかってんじゃねぇよ」
「違うもん! 本当にあるんだもん!」
くっ、駄目だ全然信じて貰えない。
この話を持ち出せば、少しは説得の糸口が見えるかも知れないって思ったのに。
いやまあ、こんな田舎の農村じゃ、国や種族、民族によって法律や常識が違うんだって、想像すら出来なくても無理ないかも知れないけどさ。




