576 ご挨拶 最後の難関
エレーナ、モザミア、リジャリエラと、三人続けて両親や保護者役に挨拶を済ませて、みんな問題なく結婚の許可が貰えたのは幸いだった。
これで内々にだけど、正式に婚約したことになる。
正直、『娘さんを側室に下さい』って、自分でもどうかと思ってたけど……。
王族である姫様と結婚するって話はもはや貴族達の間で知らない人はいないし、曲がりなりにも貴族家当主として、世継ぎを作るための女性との結婚も必要だってのは理解して貰えてるんだろう。
加えて俺は辺境伯への陞爵がほぼ決まってるから、対して下級貴族の男爵令嬢や平民ともなれば、爵位や身分に差がありすぎて、正室は無理な話になってしまう。
だからだろう、思った以上にすんなりいけたのは。
後は、側室でもいいから俺と縁戚関係を結びたいって思えるくらい、俺が『力』を付けてきて勢いがあるって見られてる証拠だろうな。
これで姫様とフィーナ姫を含めて、家族や保護者公認で、五人と正式に結婚の約束をしたわけだ。
つまり、残るはあと一人。
しかも許可を貰うのは最難関の女の子。
そう、エフメラだ。
当然、挨拶って言うか、報告って言うか、結婚したいって相談するのは、お父さん、お母さん、兄ちゃん、ハンナちゃん、プリメラになる。
兄ちゃんとハンナちゃんの息子のリエルはまだ三歳くらいで、その手の話はなんにも分からないだろうから、省略して考えていいとして。
どう考えても一波乱あるのは目に見えてる。
「はぁ……憂鬱だ」
「もう、エメ兄ちゃんがしっかりしてくれないと、許して貰えるものも許して貰えなくなるよ」
「そうかも知れないけどさ」
とてもじゃないけど、何を言っても許して貰える気がしないんだよ。
だって家族に、妹と結婚したいですって、馬鹿正直に言えるか?
どんな反応をされるか考えるだけで憂鬱にもなるってもんだろう?
間違いなく反対されるんだしさ。
エロゲーやギャルゲーなら、親にこっそり内緒の関係でとか、すでに親はいなくて兄妹二人きりだったとかで、結ばれるか駆け落ちしてエンディングを迎えて、お話はそこで終わりでいい。
でもリアルだと、そうはいかない。
その先が、ずっとあるんだ。
内緒にしてても、実際問題、隠し通せるわけがないし。
それこそ反対されて引き離されるのが嫌なら、二度と家族とは会わない、実家には帰らないって、縁を切るくらいしかないだろう。
出来ればそんな真似はしたくない。
だって、俺もエフメラも、家族のみんなが大好きだから。
もし何かあった時に俺達が帰るべき場所は、やっぱり家族の元だって思ってるし。
なのに、もう二度と会えなくなるなんて耐えられないって。
「もしダメでも、愛の逃避行すればいいよ」
「お前はそんな気楽に言うけど……」
俺を勇気づけるように握ってきたエフメラの手がかすかに震えてた。
……そりゃあそうか。
エフメラだって反対されるのは怖いに決まってる。
大好きなお父さんとお母さんになんて言われるか。
兄ちゃん、ハンナちゃん、プリメラにどんな目で見られるか。
想像したら怖くないわけがない。
兄として、男として、俺がしっかりしないと駄目なんだよな。
「どう説得すればいいかまだ分からないけど……やるだけやるしかないか」
「うん、エフも頑張って説得するよ!」
今回はエレーナには遠慮して貰って、エフメラと二人だけでトトス村へ里帰りする。
久々のトトス村はこの前帰ってきたときとなんにも変わらない、田舎の小さな農村って感じのままだった。
年が明けたばかりの冬の真っ直中だから、今日は雪こそ降ってないけど寒さは厳しいし、畑で農作業してる村人の姿はない。
でも畑には根菜や小麦が植えられてて、しっかり食べて行けてるのが分かる。
俺が村を出てもうじき二年近く、エフメラを連れて行って一年近くになるけど、俺の教えはしっかり根付いてて、これからも問題なさそうだ。
そんな様子を眺めながら、懐かしの我が家へやってくる。
一度戸口の前で足を止めて我が家を見上げ、エフメラと頷き合って気合いを入れると、それから戸口をくぐって家へと入った。
「みんなただいま」
「ただいま」
「あら、エメル、エフメラ、お帰りなさい」
「さっさと入れ、いつまでも戸口に立ってたら寒いだろう」
お母さんもお父さんも、まるでいつもの農作業をして戻って来た時みたいな、久々の再会ってことを感じさせない普段と何も変わらない態度で接してくれる。
すれがすごく温かくて、やっぱりここが俺達の実家なんだなって、そう思う。
「エメ兄ちゃん、エフ姉ちゃん、おかえり~♪」
プリメラがパタパタ走ってくると、俺とエフメラに抱き付いてきた。
「おう、ただいまプリメラ」
抱き上げてやると、またずっしりと重たくなってる。
だってプリメラも、もう八歳になろうってんだからな。
「プリメラ、また大きくなったね」
「えへへぇ♪」
そのままエフメラに渡すと、さすがに抱っこするのは大変そうだ。
「お、帰ったのか」
「あら、お帰りなさい」
「おかえり~」
兄ちゃんもハンナちゃんも甥っ子のリエルも、笑顔で迎えてくれた。
家族全員、揃ってるな。
「で、お貴族様として、ちゃんとやれてんのか?」
「あのね、エメ兄ちゃんすごいんだよ!」
兄ちゃんがからかうように聞いてきたのを皮切りに、結婚の話は避けて、それ以外の話を俺とエフメラで色々と聞かせる。
もっとも、ただの農民とは生活が違いすぎて難しい話やスケールが大きい話が多いみたいで、みんなピンときてないことが多かったけど。
それでも俺とエフメラが元気にやってるんだってことは伝わったみたいで、みんな楽しそうに聞いてくれた。
逆に村の様子は相変わらずで、誰それが結婚したとか、子供が生まれたとか、豊作だったとか、特にこれといった目新しい話はなかった。
まあ、たまに顔を見せに来ては、ちょくちょく話を聞いてるからな。
そんな話がふと途切れたところで、意を決して居住まいを正す。
「あのさ、実は今日帰ってきたのは、報告って言うか、相談って言うか、大事な話があるからなんだ」
俺の態度が改まったことで、お父さんもお母さんも、兄ちゃんもハンナちゃんも、どこか身構えて、和気藹々としてた空気に少し緊張感が漂う。
「まず、事後報告で悪いんだけど、俺、結婚したい人が出来たんだ。相手の家族や保護者にはもう挨拶して許可も貰ってる」
「おお!」
「まあ!」
みんな、特にお父さんとお母さんが驚いて嬉しそうな声を上げる。
「村を出たのは嫁探しの意味もあったからな、良かったじゃねぇか!」
兄ちゃんが笑いながら、俺の肩をバンバン叩いてくる。
ちょっと痛いけど祝ってくれてるのは十分伝わってきて、なんか照れるな。
「それでそれで、どんな子なの?」
結婚して一児の母になっても、やっぱりこういう話は好きなのか、ハンナちゃんが興奮気味に身を乗り出してきた。
もっともそれはお母さんも、そしてそんなお年頃になってきたのかプリメラまで一緒だ。
「その、なんて言うか、実は六人いて」
「「「「「六人!?」」」」」
うん、顎が外れんばかりに驚かれちゃったな。
「ま、待ちなさい、六人!?」
「エメルあなた、六人もお嫁さんを貰うつもりなの!?」
「うん、実はそうなんだ」
お父さんとお母さんが慌てふためいてるけど、まあ無理もないよな。
平民は、よっぽど裕福な商人とかでもない限り、結婚相手は一人だもんな。
「お貴族様ってのは……そんなにいっぱい嫁を貰うのが普通なのか?」
「そうなのエメル?」
「まあ……大体そんな感じ?」
貴族だって六人もとなるとさすがに滅多にいないみたいだけど……でも、正室に側室、中には妾として囲ったり、外に愛人を作ってたり、侍女やメイドにお手付きしたりで、複数の女性とそういう関係にある貴族は決して珍しくない。
「お貴族様になったから、金は儲けてんだよな? じゃあ六人も嫁を貰っても平気……なのか?」
兄ちゃんも想像の埒外って顔をしてるな。
「それで、お相手はどんな子達なの?」
どんな顔をしていいか分からないって顔で、ハンナちゃんが同じことを聞いてくる。
「まず、この国の王子様と王女様で――」
「「「「「王子様と王女様!?」」」」」
うん、またしても顎が外れんばかりに驚かれてしまった。
「いやいや、待ちなさい。王子様と王女様って、あの王子様と王女様なのか?」
「どの、かはよく分からないけど、うちの国の王子様と王女様だよ」
「お、お、王女様だってビックリだけど、王女様はともかく、王子様!? 王子様って男の人よね!? エメル、あなた男の人と結婚するつもりなの!?」
「えっと、それには色々事情があってさ。ほら、前に話したよね、王都に初めて行った日に、トロルに襲われてた王子様を助けたって。実はあの時、その王子様はトロルの目を眩ませるために侍女の、つまり女の子の恰好をしてて、それで――」
俺が女の子だと勘違いして一目惚れしちゃった経緯や、その後、どうしても女の子にしか見られなくて口説き落としたこと、今では俺とのプライベートな時間はドレスを着て女の子として振る舞ってくれてることなんかを説明する。
「「「「「……」」」」」
みんな、唖然としてるな。
まあ、こうなるだろうとは思ってたよ。
「それで、エメ兄ちゃんは、王女様もお嫁さんにするの?」
プリメラが、これは王女様って単語にちょっと憧れを抱いてるような目と口ぶりで、そっちも突っ込んでくる。
王子様が男の娘になって、なんて話は、プリメラにはまだ難しかったみたいだから、分かりやすい方に食いついたみたいだ。
「ああ。実はその王女様は悪いトロルに囚われてて――」
こっちもまた経緯を説明する。
プリメラはまるで物語みたいだって目を輝かせて聞いてくれたけど、さすがに王族って雲の上の存在過ぎて、お父さんもお母さんも兄ちゃんもハンナちゃんも、リアクションに困ってるな。
それから、さらにエレーナ、モザミア、リジャリエラと、身分や経緯を説明する。
「王子様と王女様、お貴族様のお嬢様が二人、余所の国出身の族長のお嬢さん……エメル、お前、どんだけだよ」
うん、兄ちゃんに大いに呆れられながら突っ込まれちゃったな。
改めてこうして家族に話すと、本当に、我ながらどうかと思うよ。
でも、好きになっちゃったんだから仕方ない。
「一人、二人……五人。まだあと一人、いるのよね?」
指折り数えてお母さんが聞いてくる。
ちょっと疲れ気味なのは仕方ないか。
「うん、あともう一人」
俺がそう言うと、何故かみんなの間に緊迫感が漂い始めた。
言わないわけにはいかないし、一度大きく息を吸って腹に力を込める。
「もう一人、六人目は……これが今日の本題で相談なんだけど……俺、エフメラと結婚したいんだ」




