57 両手に花嫁
「おめでとうございますフィーナ様!」
抱き合っていたフィーナ姫を解放すると、待ってましたとばかりにレミーさんがフィーナ姫に飛びついた。
「ふふっ、ありがとうレミー」
ほわほわとろけそうな顔で幸せそうに微笑むフィーナ姫、可愛すぎなんですけど!
そうしてレミーさんに抱き付かれながら、フィーナ姫が姫様の方を振り返る。
「アイゼ、今更ですが、本当に良かったのですか……?」
「はい、私も姉上の境遇をどうにかして差し上げたいと願っていましたから。姉上を託すのであれば、エメルほど相応しい男はいないと思います」
姫様はしっかりと頷いた後、少しばかり寂しそうに微笑む。
「それに……私ではエメルの子を産んでやることは出来ませんから。姉上とエメルの子であれば、私も自分の子のように愛してやれると思います」
「アイゼ……」
「姫様……」
それは男の娘だからこその悲劇だよな……。
「でも、もしかしたら男の娘でも愛があれば奇跡が起きるかも!? 俺といっぱい子作りして奇跡が起きないか試して――ふぐっ!」
抱き付こうとしたら、近づくなとばかりに口を塞がれて押し退けられてしまった。
「ひ、人前で何を言っている馬鹿者! そういう行為は正式に婚姻を結んでからだ、はしたない! 第一、私はまだ未成年だ!」
「しまった、そうでした」
未成年がアウトなのは当然として、王族や貴族の倫理観として、婚約者だろうがなんだろうが、正式に結婚して夫婦として認められるまで、そういう行為に至るのは駄目、はしたない、って敬遠されてるらしいからな。
うちの兄ちゃんやハンナちゃんみたいに、平民はそんなの全然気にしてないけど。
ってことは、年齢的にオーケーでも、フィーナ姫とも当分お預けか……。
二人もお嫁さんを貰えることになったのに、最低でも王様と王妃様の喪が明けるまでお預けが続くのは辛いなぁ。
「アイゼ様、フィーナシャイア様、エメル様」
クレアさんが、すすっと俺達三人の前に進み出ると、深々と礼をした。
「この度は、お三方の思いが通じ合い、誠におめでとうございます」
「うむ、ありがとうクレア」
「ふふっ、ありがとうクレア」
「ありがとうクレアさん」
俺達のお礼に、クレアさんは頭を上げると大きく胸を撫で下ろす。
「私の企みを単に発し、レミーの行動で最悪の事態に至るかと思われましたが、こうして収まるべきに収まり、お三方の幸せを願わずにはいられません」
「うん、大丈夫。俺が必ず二人とも幸せにしてみせるから安心して見ててよ。とにかく、これで両手に花嫁で、めでたしめでたしだな」
二人と手を繋いで、この二人はもう『俺の嫁』って、独占を宣言しておく。
姫様もフィーナ姫も照れ笑いしながら、キュッと握り返してくれた。
前世ではなんにもいいことがなかった俺だけど、まさか今世でこんな幸せな結末が待ってるなんて。
前世の俺が知ったら、絶対自分からトラックに飛び込んでるよ。
ところが……。
「『めでたしめでたし』ではありません。気が早すぎます」
せっかくほっこり幸せムードだったのに、クレアさんの冷たく厳しい突っ込みが入ってしまう。
「お三方の想いが通じ合ったことは良いのですが、今度どうなさるおつもりですか?」
「どうなさるおつもりって?」
「エメル様の心意気には感じ入るものがありますが、現実問題として、一筋縄ではいかない問題が山積み……いえ、むしろ目眩がする程に増えました」
「……そうでした」
確かに、現状、姫様とのことだって具体的にはまだなんにも手を打ててないのに、それに加えてフィーナ姫もだもんな。
そこは姫様もフィーナ姫も承知の上だったんだろう、すぐに頭を切り替えたみたいで表情を改める。
レミーさんだけが『え? え?』って感じに、ワンテンポ乗り遅れちゃってるけど。
「先ほどのエメルの策で譲歩を引き出せるのは、私か姉上のどちらか片方だけ、現状の流れから言えば恐らく私の件だけだろうな。それも、王位継承権を放棄することが前提での話だ」
「はい、私もそう思います。エメル様の救国の英雄としての比類なき功績に報いるという形式があってのお話です。現状、フィーナシャイア様までも妻として娶られることを認められる理由がありません。もしフィーナシャイア様を娶られるのであれば、アイゼ様とのお話は白紙撤回が必要でしょう」
「そうですね……ですが今更、わたしがエメル様に降嫁してアイゼが戴冠する流れは、多くの貴族達にとって歓迎できない事態でしょう」
姫様、フィーナ姫、クレアさんが難しい顔を突き合わせて唸る。
レミーさんは、一緒になって唸った後、なんかいいアイデアはないのかって、俺を目で急かしてくる。
それはいいんだけど、なんでもかんでも俺に丸投げしてないか?
「姫様とフィーナ姫が二人とも王位継承権を放棄して俺のお嫁さんになって、どっかの領地にでも引きこもって、三人で仲良く暮らすって選択肢は当然ないですよね?」
俺が全てを言い終わる前に、姫様もフィーナ姫も静かに、だけどきっぱりと拒否して首を横に振っていた。
なりたい奴が王様になって後は勝手にやってくれって流れだと、案外すんなりと認められそうな気がするけど、自分達の命を犠牲にしてまでこの国と民のことを考えて、自分の立場と責任から逃げない姫様とフィーナ姫が、そんな責任放棄みたいな方法を選ぶわけないよな。
「でしたらやはり、アイゼ様かフィーナシャイア様が王位に就くしかありません」
二人の気持ちが分かってるからだろう、クレアさんも責任放棄の選択を勧めたりせず、やっぱり現実的にそうするしかない二択を突きつけてくる。
そんなクレアさんに、レミーさんが難しい顔で首を傾げた。
「もしアイゼスオート様が王位に就かれたら、エメル様はアイゼスオート様の愛人で、フィーナ様がその妻。もしフィーナ様が王位に就かれたら、エメル様は王配で、アイゼスオート様がその愛人。ということになるんでしょうか?」
「法的にもそのように位置づけるしかないと思われますが、どちらも外聞のいい話ではないでしょう」
クレアさんの言う通りだな。
ちょっと他人様には聞かせられない関係だ。
「ですが、実情はともかく、表向きはアイゼ様が王位に就かれ、エメル様とフィーナシャイア様が婚姻を結ばれ、アイゼ様とは無関係である、とするのが、貴族達の思惑や反発はともかく、本来あるべき一番収まりが良い形だとは思いますが……」
「それは俺が却下ですね。表向きだけだとしても、形だけだとしても、姫様を俺とは無関係って主張しないといけないなんて冗談じゃないですから。姫様もフィーナ姫も、二人とも『俺の嫁』。これは譲れません」
「まったくエメルは」
「ふふっ、さすがエメル様、即答でしたね」
姫様は照れたように、フィーナ姫は嬉しそうに微笑む。
やっぱりこれが正解だよな。
「ではエメル様はどうすべきだとお考えですか?」
「またエメル様が、あたし達には思いも付かないような、すごいアイデアを出せば解決ですよね?」
クレアさんはともかく、レミーさんは簡単に無茶ぶりしてくれるなぁ。
情報を整理すると、現状、選択肢は四つ。
一つ目は、姫様が王位に就いて、俺とフィーナ姫が結婚して、姫様を諦める。
二つ目は、フィーナ姫が王位に就いて、俺と姫様が結婚して、フィーナ姫を諦める。
これは二つとも、本当に諦めるにせよ、表向きの関係だけを諦めるにせよ、二人のうちのどちらかが王位に就くのが前提だ。
三つ目は、二人とも諦めること。
ただの貧乏農家の次男坊の俺には分不相応な願いだったってことで、すっぱり二人を諦める、これが一番問題がない。
もちろん、こんな選択肢は一考の余地もないけどな。
四つ目は、二人をさらって行くこと。
どこかの領地に引っ込むもよし、駆け落ちして他国に出奔するもよし、二人には王位を諦めて貰って、三人で結婚して三人仲良く暮らすわけだ。
これは本当に最後の最後、どうしようもなくなった時じゃないと選べない。
そもそもこれを選んだら、多分二人とも一生自分の選択を悔いることになるだろうし、それじゃあ俺達は誰も幸せになれない。
じゃあ、一体どれを選ぶのがベストなのか……。
って、本当にこの中から選ばないと駄目だなんて、誰が決めたんだ?
選択肢は四つだけ? そうじゃないだろう?
ほんのさっきまで、俺は一人しかお嫁さんを選んじゃ駄目だって思い込んでて、姫様とフィーナ姫の二択で、姫様を選ぶつもりだった。
でも実は、二人ともお嫁さんにするって第三の選択肢があったんだ。
だったら今の問題だって、第五の選択肢を見付けて選んじゃ駄目だって話はない。
むしろゲームも漫画もラノベも主人公達はみんなそうやって、新たな選択肢で窮地を脱し、ハッピーエンドを掴み取ってきたじゃないか。
だから俺もそれにあやかって、ハッピーエンドを掴み取ればいい。
「エメル、悪い顔をして……もしかして何か思い付いたのか?」
「本当ですか、エメル様?」
おっと、どうやら顔に出ちゃったらしい。
真っ先に姫様が気付いて、フィーナ姫が期待に目を輝かせる。
「はい、思い付いちゃいました」
レミーさんが期待した顔で身を乗り出してきて、何故かクレアさんがちょっと渋い顔をする。
失礼だな、クレアさん。
でも、クレアさんの嫌な予感を当てちゃって申し訳ないけど、俺はこの方法以外、ベストな選択肢を思い付かないんだ。
「まあ、コロンブスの卵って言うか、コペルニクス的転回みたいな? 要は発想の転換ですよ」
コロンブスの卵もコペルニクス的転回も通じなくて怪訝な顔をされちゃったけど、四人の注目が集まる中、軽く咳払いする。
「名実共に三人で結婚するなら、俺が王様になるってのはどうですか?」