567 『嫁』達の恋バナと重要な話
「皆と仲良くやっていけそうだと安心出来たところで、わたしはもっとお互いのことをよく知り合うために、エメル様との出会いと、エメル様を愛するに至ったエピソードを聞いてみたいです」
「「「ええっ!?」」」
驚きの声を上げたのは、俺と姫様とモザミアだけだった。
「ハイ。わたくしも、とても気になりマス」
「エフも、さっき気持ちは聞かせて貰ったし、経緯はエメ兄ちゃんから聞いたけど、王子様が女の子になってまでエメ兄ちゃんのことを好きになったのはなんでなのか、特にちゃんと聞いてみたいかも」
「わ、私の話をか!?」
これって、もしかしなくても恋バナしようって流れだよな!?
しかも、俺を前にして!?
「あのフィーナ姫、今日はもっと真面目な顔合わせって言うか、姫様とフィーナ姫に他の三人との結婚を認めて貰うって話だったんじゃ!?」
「もちろん、これもその一環です。お互いのことをもっとよく知り、連帯感を深めるためには、打って付けの話題かと」
女の子は恋バナが好きとはよく聞くけど、フィーナ姫もエフメラもリジャリエラも、そしてまさかのエレーナまで乗り気だ。
モザミアは自分が話すのは恥ずかしいみたいだけど、他の女の子のは聞きたいって顔してるし。
純粋に恥ずかしくて狼狽えてるのは、やっぱりそこは男の娘の姫様だけだ。
「では、一番手は、最初にエメル様と結婚の約束をしたアイゼからいきましょう」
「姉上!? いや、しかしですね――」
姫様が俺をチラッと見て、ようやく落ち着いて元の顔色に戻って来てたのに、またしてもボッと顔が真っ赤になる。
「そ、そういう話は女の子達だけにして、男の俺は邪魔だと思うから席を外した方がいいですよね」
「そ、そうだな。私も――」
「いいえ、駄目です。二人とも座って下さい。いい機会でしょう。エメル様に胸の内を聞いて戴いて、愛情を深めるのも肝要です」
有無を言わせないフィーナ姫に、モザミア以外のみんなも頷いて、特に姫様を逃がすつもりはないらしい。
「さあアイゼ。特にあなたは一人だけ本当は男なのです。今後のことを考えれば、皆にしっかりと本当の気持ちを知って貰い、その気持ちは他の女の子と変わらないのだと、受け入れて貰わなくては」
それは……確かにあるかも。
俺はもう女の子としか見てないし、他の女の子と分け隔てするつもりなんてない。
でも本当は一人だけ男の娘だし、それを理由にみんなから見えない壁を作られたら姫様が辛い思いをすることになるし、トラブルの原因にもなりかねない。
同じことを思ったのか、姫様が観念したように座り直して、顔を真っ赤にしながら俯いた。
なかなか最初の一言が出てこなかったけど、覚悟を決めたようにキュッと拳を握り締めて、訥々と語ってくれた。
「その……わ、私は、命の危機を救って貰ったこともだが……王都を失陥し、その奪還のための一番辛くきつい時に、たとえ女の子と勘違いしていたとしても……一番側で私の心に寄り添い、支えてくれた――」
うん、滅茶苦茶恥ずかしそうだ。
って言うか、俺も滅茶苦茶恥ずかしくて照れる!
でも、そうして気持ちを聞かせてくれて、滅茶苦茶嬉しい!
ドレスを着て女の子みたいでも本当は第一王子なわけだから、『キャー』って黄色い歓声を上げるわけにはいかなくて我慢してるみたいだけど、モザミアは姫様の話に夢中で聞き入ってる。
エフメラも、最初こそ、男の娘の姫様に色々思うところがあるみたいで、複雑そうな顔をしてたけど、話が進むにつれて、すごく納得出来たって顔に変わっていった。
リジャリエラは、元から俺が選んだ相手だから文句を言うつもりはなかったみたいで、大人しく耳を傾けてる。
エレーナも元から承知済みだったから、今更どうこう言うつもりはなかったみたいだけど、初めて聞く姫様の心情に、ぱっと見は表情筋が仕事をしてなくて普段と変わらないように見えるけど、すごく興味深そうな顔をして聞いてた。
なんか、すごくほっとしたよ。
正直、姫様のことをリジャリエラとモザミアが、そして誰よりエフメラが受け入れられるかが一番心配だったんだけど、この分だと杞憂で終わりそうだ。
それもこれも、やっぱりフィーナ姫が提案してくれたおかげだな。
もしかしたらフィーナ姫は、姫様のためにこうすることを最初から決めてたのかも。
「――婚約者候補だったご令嬢達は皆、旗色が悪いと見るやすぐさま離れていってしまったが、エメルは……結果騙すことになってしまい、本当は男だと分かったのに、それでも変わらぬ気持ちを向けてくれるエメルのことを私はもう裏切れず……何より、その……そういうわけだ。私の話は以上だ」
耳まで真っ赤でいっぱいいっぱいって感じの姫様が語り終わった時、羞恥に耐えきれなくなったのか両手で顔を覆い隠してしまった。
うん、その気持ち、すごくよく分かる。
だって男なのに、女の子と勘違いされて男から告白されてしまって、ほだされちゃったから、それを受け入れるために女の子の恰好をして女の子として生きることに決めました、だからみんなと同じようにお嫁さんになります、って他の女の子達の前で告白したわけだし。
って言うか、俺も聞いてて恥ずかしくて悶えちゃったくらいだし。
なんかもう姫様だけで俺、羞恥心が限界突破なんだけど。
「では、次はわたしの番ですね」
姫様をずっと微笑ましそうに見てたフィーナ姫が、満を持してって言うか、話したくてたまらないって顔で、休憩も挟まず語り出す。
「アイゼと時期を同じくして、トロルロードに捕らわれていたわたしは、いつこの身を穢され、政治的に利用されるか分からない、まるで絶望の暗闇の中に捕らわれているようでした。そこに希望の光と共に現れたのが――」
そして王族の二人が語った以上、他の女の子達も語らないわけにはいかないわけで。
「エメ兄ちゃんはエフが小さい頃からずっと一緒にいてくれて、エフが知らないことをたくさん教えてくれて、そのおかげでエフの視野も、世界も、大きく広がって――」
「私は一度、伯爵様を裏切り殺そうとしました。しかし、伯爵様はそんな私を許し、ご自身が望む政治の、世界の在り方を語って下さいました。私はそれに強く感銘を受けたのです。その時まで主と定めていた方が、その理想が、瞬く間に色褪せて見えて――」
「その、アタシは……最初は実家のために、政治的な目的を持って近づきましたし、皆さんみたいなドラマチックなエピソードはないですけど……一緒に領地経営のために勉強して、メイワード伯爵領の内政に携わっていくうちに、伯爵様の理念や理想がとても眩しく見えて――」
「わたくしも絶望に飲まれ、全てヲ諦めていまシタ。肺ヲ患い、生きる意味ヲ見失い、余命幾ばくもないと、心ガ死んだも同然だったのデス。ですガ、そんなわたくしヲ掬い上げて、生きる希望ヲ与えて下さったのがご領主様で――」
最初は照れながらだったり、堂々とだったり、それぞれ違ったけど、みんな同じだったのは、まるで俺との出会いを、そして育った気持ちを、宝物のように大事に思ってくれてるってことだった。
でも、それは俺も同じで、改めてみんなの気持ちを聞かせて貰って、もっともっとみんなが愛おしく、大事にしたい、守りたい、幸せにしたいって思ったよ。
全員が語り終わったら、誰からともなく、ほうっと熱く満足げな吐息が漏れ聞こえてきた。
俺はと言えば、恥ずかし過ぎて、悶えすぎて、ぐったりなってたけど。
「とても有意義な話を聞かせて戴きました」
フィーナ姫が、なんだかツヤツヤした顔で満足げに頷いた。
しかも俺以外、みんな似たり寄ったりだし。
やっぱり女の子は恋バナが大好物なんだな。
「みんな、エメ兄ちゃんのことが、本当に大好きなんだね……」
「ええ、その通りです。その気持ちはエフメラ様と同じなのです」
「そっか……みんなエフとおんなじなんだ………………みんないい人ばっかりで、もしエフがエメ兄ちゃんを好きじゃなかったら応援したくなる人ばっかりだし…………ううぅ、ああもう!」
大きな声を出しながら、いきなりエフメラが足をジタバタさせ始める。
「こ、こらっ、エフメラ!」
慌てて止めると渋々大人しくなってくれたけど、なんか俺を恨みがましそうに見つめてきた。
そんな目で見られても困るんだけど……。
「はぁ~~…………独り占めは無理そうだなぁ……」
大きな溜息の後の呟きは、声が小さくてほとんど聞き取れなかったけど、困ったような、嬉しいような、諦めのような、複雑そうな顔だな。
でも、その横顔には、もう対決して勝ってやろうって敵愾心は見えなかった。
そんなエフメラに姫様もフィーナ姫も安堵したように微笑んだ。
「それぞれの境遇や、歩んできた道に違いはあっても、わたし達は同じ殿方に恋をして、愛し、愛され、生涯を共に過ごしたいと願った者達です。言葉の端々から感じられる、エメル様への愛情に、とても共感を覚えました」
その気持ちは同じだったのか、みんな感じ入ったように頷く。
「だからこそ、わたし達はエメル様の妻として、手を取り合い、仲良くやっていけると確信しました。そして、なればこそ、エメル様に愛情を持たない、政治利用したいだけの他の女性達からエメル様を守るために、わたし達は一丸となるべきです」
誰からともなく歓声が上がる。
それはつまり、フィーナ姫と姫様が他のみんなを側室として認めたってことだ。
俺もつい、身を乗り出して腰を浮かしちゃったよ。
最初にこの部屋に集まった時より、一体感があるって言うか、とてもいい雰囲気だ。
そこからは和気藹々と、砕けた雰囲気で思い思いに話をする。
自分達のこと、俺とのこと、本当に色々だ。
構えて対決姿勢を見せてたエフメラも、すっかり態度を軟化させて、姫様やフィーナ姫に遠慮なく話しかけてるし。
最初は緊張してガチガチで、姫様とフィーナ姫に対して恐れ多いって萎縮気味だったモザミアも、緊張がほぐれてきたみたいで、まだ遠慮気味ではあるけど徐々に会話が弾み始めてる。
そんないい雰囲気の中、ふと会話が途切れたのを切っ掛けに、姫様とフィーナ姫が頷き合って、全員の顔を見回した。
何かを察したように、穏やかだった空気が引き締まる。
「わたしとアイゼが望むのは、これからの人生を共に歩み、他に類を見ない程にとても大きな『力』を持つエメル様を支え、守り、力になりたいと言うことです」
「エフだってそうだよ!」
「ハイ」
「私もです」
「アタシだって同じです」
フィーナ姫が満足げに頷いて、姫様と二人して俺を見た。
「例の件をお話しようかと思います」
「うん、俺も、ちゃんと聞いて貰った方がいいと思う。ただ、念のため、マインドロックはかけさせて貰うけど」
俺の言葉に、フィーナ姫と姫様は了承するように頷いたけど、他のみんなには小さな動揺や緊張が走る。
俺がマインドロックを使うってことは、他言無用の重要な話をするって証だからな。
「みんな、悪いけどマインドロック、いいかな?」
確認して、みんなのオーケーを貰ってからマインドロックをかける。
そしてかけ終わってから、フィーナ姫に確認する。
「俺から話しますか?」
「いえ、王太女であるわたしから話したいと思います」
「分かりました」
フィーナ姫が居住まいを正して、これまでの恋バナを楽しむ女の子から一転して王太女としての空気を纏ったことで、部屋の空気がピンと張り詰める。
他のみんなも、エフメラでさえ、背筋を伸ばして話を聞く態勢になった。




