557 『俺の嫁』の事情
みんなから祝福された後、覚悟を決める。
照れて頬や口元が緩んだままのモザミアにはちょっと申し訳ないけど、黙ってたら黙ってたでリジャリエラに申し訳ないからな。
「みんな聞いてくれ。俺の結婚について、もう一つ報告しないといけないことがあるんだ」
驚きの視線が俺に集まって、すぐにリジャリエラに向いた。
みんな勘がいいな。
って言うか、今の流れだと、それしかないか。
リジャリエラが巫女姫然として微笑む。
次の瞬間、リジャリエラの周りに、ピンポン球より一回り以上大きくなったリジャリエラの契約精霊達が姿を現した。
「「「「「!?」」」」」
みんな驚きに息を呑む。
だって俺とエフメラに次ぐ、三人目の八属性の契約精霊だからな。
「ご領主様のご指導のおかげで、わたくしも先ほど、遂に精霊との契約ガ適いまシタ。その折に改めてわたくしの気持ちヲお伝えしたのデス」
「そういうわけで、リジャリエラとも結婚することに決めたんだ。みんな、よろしく頼む」
凛と優雅に頭を下げるリジャリエラ。
「おめでとう、リジャリエラさん!」
真っ先にリジャリエラに駆け寄って、その手を取ったのはモザミアだった。
「ありがとうございマス、モザミア様」
リジャリエラもその手を握り返すと、柔らかく微笑む。
モザミアも、自分の結婚話だったのが他の女の子とまでって、きっと色々思う所はあるだろうけど、それでも手を取り合って喜びを分かち合ってくれてる。
「もっと手強くて、色々と頑張らないといけないと思ってたけど」
「ハイ、お互いに協力して、フォローして、時間ヲ掛けないといけないと思っていましたガ、思いの外早くことガ進んで安心しまシタ」
そんな話をしてたのか。
道理で、最近やけに仲が良かったわけだ。
モザミアとリジャリエラが一通り喜び合った後、リジャリエラは心からニコニコと、モザミアは若干微妙ながら、エフメラを振り返る。
「次ハ、エフメラ様の番デスね」
「思う所は色々ありますけど……応援してます」
そしてそれは、エフメラも同じ、と。
「約束だからね?」
すごくブスッ垂れた顔で、エフメラが俺を振り返る。
「分かってるから、ちゃんと考えるから、そんな顔するんじゃありません」
せっかくの可愛い顔が台無しだろう。
「えっと、それで……」
エレーナを見る。
「いいかな?」
「うん。いつかこうなるだろうって、思ってたから。それに今日まで他の子達の気持ちに応えずに、私のことを考えて、私を優先してくれてたから大丈夫」
「気付いてたのか……そうか、ありがとう」
「うん」
エレーナは怒ったり嫌な顔をしたりせず、微笑んでくれる。
後ろめたさがないわけじゃないけど、理解を示してくれてすごくありがたい。
だから改めて気合を入れる。
他に『嫁』が増えたからって寂しい思いをさせないよう、気を付けてちゃんと二人きりで過ごせる時間を取らないとな。
「いい雰囲気デスね」
「アタシも早く、伯爵様とこんな雰囲気を出せるように頑張らないと」
うっ、二人の羨望の視線が。
しかも他のみんなの生温かい視線まで。
あと、エフメラはむくれて太股をつねらないでくれ。
「ではこれで、伯爵様がぼんくらお父様に言ってヨーク子爵に諦めさせれば、万事解決ですね」
嬉しそうにポンと手を叩くモザミア。
確かに、普通に考えればモザミアは俺と結婚するからって報告して、ヨーク子爵に手を引かせれば話はおしまいだもんな。
だけどその方法は採れないんだ。
「あ~……それなんだけど、その方法はちょっと待ってくれるか?」
「何か問題があるんですか?」
そんな不安そうな顔をしないでくれ。
余計に申し訳なくなる。
「いや、問題ってわけじゃなくて、ちょっと都合と言うか事情と言うか、あってさ」
「え? もしかして、僕には聞かせられない話ですか?」
ふと、ユレースを見てしまったせいで、そう察したらしい。
「そうなんだけど……うーん、どうせジターブル侯爵も知ってるからな。その場にいて話を聞いてた上級貴族達だけならともかく、他の貴族達にまで横槍を入れられたくないし、絶対にここだけの話にしてくれるか?」
「分かりました」
普段の軽いおどけた感じから、一転して真面目な顔になって頷いてくれる。
お互いに、信頼には信頼を、だもんな。
「自分も聞いても大丈夫なのですか?」
「ナサイグにはタイミングを見て話そうと思ってたんだ。だから一緒に聞いてくれ」
「分かりました」
ちょっと嬉しそうに頷いてくれる。
逆に、ここまで話すタイミングを逃してて、申し訳ないくらいだ。
「せっかくだからプラーラも聞いといてくれ。もしかしたら何かフォローを頼む事態になるかも知れないし。当然だけど、他言無用で頼む」
「あらあら、わたくしもよろしいのですか? では、お言葉に甘えて」
守秘義務とか色々、プラーラはその辺りしっかりしてるし、そこは信頼してる。
政治的な話をちゃんと理解出来るけど、種族の違いからか、人間の政治に関心は薄いからな。
エレーナはすでに承知済みの話だから問題なし。
そして、こういう政治向きの大事な話をするときは、いつもエフメラには席を外して貰ってたけど、ちゃんと考えて話し合うって約束したし、そろそろエフメラにもちゃんと話しておかないと駄目だよな。
リアクションがちょっと怖いけど……。
エフメラも普段なら席を外すように言われるのに今回に限って言われないから、多少戸惑いもあるみたいだけど、俺に関する大事なことだからって、自分から出て行くつもりはないらしい。
全員が聞く態勢になったところで、咳払いを一つして改まる。
「エフメラにちゃんと話して聞かせるのは初めてだな。まあ多分噂話で聞いてて、薄々気付いてると思うけど」
そこで一旦言葉を切って、膝の上のエフメラを後ろから抱えるように抱き寄せて頭を撫でる。
「俺は姫様……アイゼスオート殿下と結婚する約束をしてる」
「この国の王子様なんだよね? 女の子の恰好をさせてお嫁さんにするって話、本当だったんだ……エメ兄ちゃんの口から聞くまでは信じないって思ってたけど…………妹のエフを差し置いて、男の人に女の子の恰好をさせてお嫁さんにしたいだなんて!!」
ゴゴゴゴゴゴ……って真っ黒いオーラが立ち上ってるのが見えるような、鬼の形相と地獄の底から響いてくるような声で、エフメラが俺を振り返って睨み付けてくる。
しかも一瞬で八体の契約精霊を展開して、俺をロックオンしてくるし!
それに反応して、俺の契約精霊達まで勝手に姿を現して、エフメラとエフメラの契約精霊達をロックオンするし!
「ちょ!? どっちも落ち着け! な!? な!? 色々あったんだよ、色々!」
今にも暴発しそうなエフメラを慌ててなだめすかして、さらにお互いの契約精霊達をなだめて姿を消させて、それから出会いから何から、とにかく少しでも理解して貰えるよう全部説明する。
こんなところで攻撃魔法をぶっ放して兄妹喧嘩したら、下手したらウクザムスが瓦礫の山の廃墟になってしまう!
「――ってわけで、姫様のことは放っておけなかったし、どうしても女の子にしか見られなくて、諦めきれなかったんだよ」
俺の必死の説得って名前の言い訳に、握り締めて振り上げた拳をプルプルさせながらも、悩み悩んで、怒りを飲み込むように不承不承、降ろしてくれた。
怒りが完全に収まったわけじゃないけど、ほっと胸を撫で下ろす。
「本当に男の人を女の子と間違って好きになっちゃうなんて……しかも男の人だって知っても女の子にしか見られないから諦めきれないなんて……エメ兄ちゃんはどんだけ間抜けなの!? しかも、一途だし! なんだかすごくエメ兄ちゃんらしいし!」
「いやもう、自分でも間抜けだとは思ってるけどさ……でも、後悔はしてない。恋ってするもんじゃなくて落ちるもんなんだって、痛感したからなぁ」
「ううぅ……エフだって恋に落ちたんだもん! 兄妹だって諦めきれないんだもん!」
相手は違っても、俺もエフメラも同じような感じで、普通は恋しない、しちゃいけない相手に恋しちゃったんだもんな。
こういうところを似るなんて、さすが兄妹って言うべきか。
ともかく、ウクザムス壊滅の危機はなんとか無事に乗り切れたみたいだ。
まだ前置きなのに、ドッと疲れたよ。
ともあれ、姫様のことはエフメラ以外は知ってることだから問題なしとして。
次がいよいよ本題だ。




