552 リジャリエラの危機感
予定通り、更新再開します。
引き続き応援よろしくお願いいたします。
今回は前章に入らなかった分を丸々一章分まで増量し、『嫁』三昧です。
「精霊王様、この度ハ部族の者ガお役に立てず申し訳ありまセンでシタ」
リジャリエラがやけに畏まった態度で話があるって言うから執務室に場所を移せば、開口一番、深々と頭を下げてきた。
そのリジャリエラの後ろには、四人の長老達が正座して、両手を前に突き出して頭を下げる祈りのポーズを取って、同様に謝罪の意を示してる。
「ガラス工房の一件か?」
「ハイ。特務部隊に志願して、領地の重要な産業の警備と言う大役ヲ仰せつかっておきながら、みすみす賊に攫われる失態ヲ犯してしまいまシタ」
「誠に申し訳ございまセン!」
「謝って済む失態でハありませんガ!」
「頭ヲ下げるしか術ヲ知らぬ我らヲお許し下サイ!」
「……!」
神妙に、自らの罪を告白するようなリジャリエラに続いて、平伏してる長老達も口々に謝罪をして慈悲を求めてくる。
「次こそ、次こそハ、必ず守り通してみせマス!」
「かの者達にハ厳しい罰ヲ与えマス故!」
「どうか我らに今一度機会ヲお与え下サイますよう、伏してお願い申し上げマス!」
「……!」
なんて言うかもう、見捨てられないよう縋り付いて許しを請い願うみたいに必死だ。
特務部隊のマージャル族の隊員も、同じように必死になって謝ってきたし。
自覚と責任感があるのはいいんだけど、『失敗イーコール庇護下から外される』って思い込まれては困るし、リジャリエラにまでそんな男だって思われてるんならちょっと悲しい。
現場にはマージャル族しかいなかったわけじゃないし、それでマージャル族だけ罪を問うような真似をするつもりもない。
それに、そこまで思い詰められると逆にこっちが申し訳なくなってくるよ。
だって失敗は織り込み済みだったんだから。
「大丈夫だ、そんな必死にならなくていいから。こんなことでマージャル族全員を罰したり見捨てたり、ましてや追放したりなんてしないから、安心して顔を上げてくれ。特務部隊の隊員達からもそう聞いてるだろう?」
「ですガ、庇護ヲ求めておきながら、お役に立てないようでは……」
「失敗は誰にだってある。第一、今回は相手が悪かった。その道のプロで、かなりの手練れだったんだからな。そんな連中を相手に、訓練を始めて間もない新人に完璧に守り抜いてみせろなんて無茶は言わないって」
書類棚にしまってた報告書を引っ張り出す。
「陽動で火災を起こされたら、消火活動に人手を取られるのは仕方ない。工房全てが焼け落ちるだけならまだしも、森に燃え移って森林火災になったら被害は甚大だったからな。ボヤ程度で消し止められたのは幸いだった」
冬の森林火災は怖いからな。
空気は乾燥してるし、落葉もいっぱいあるし、どこまで燃え広がったことか。
積み上がった薪と小舟だけで済んだのは、不幸中の幸いだ。
「ボヤ騒ぎに混乱して右往左往せず、ちゃんと指示に従って消火活動と追撃と警戒と、それぞれの役割をこなせたって報告は受けてる。取り逃がして見失ったのは確かに失態だけど、すでに叱責したし、始末書を書かせて各自反省点と同じ失敗を繰り返さないためにはどうすればいいかも考えさせた。それをちゃんと訓練に反映してるとも聞いてる。だから、次また同じ失敗を繰り返さないでくれたらいい」
報告書から顔を上げて、頭を下げたままのリジャリエラと長老達を見る。
そもそも今回は、特務部隊に防衛意識や危機意識を抱いて貰って、今後に生かして貰うための実地訓練みたいなものだった。
そのために特殊な契約精霊達にはすぐに対処をさせず、監視だけで泳がせるよう言ってあったんだ。
なのに、それで罰したり追放したりなんてするわけがない。
とはいえ、そんな目論見があったなんて秘密だけど。
バラして気を緩められたら困るからな。
「俺が求めるのは今後の成長だ。それで今回の失態を挽回してくれ」
「ハイ。精霊王様の寛大なお心に感謝ヲ」
「ありがとうございマス!」
「次ハ必ずやご期待に添えて見せマス!」
「我らの忠誠ハ精霊王様に!」
「……!」
「ああ、期待してる」
と言うわけで、今回の件はこれでおしまいにする。
ようやく安心してくれたのか、長老達は胸を撫で下ろして帰って行った。
ただ、執務室を出る間際に引き締めたその横顔を見るに、今回の顛末をマージャル族の者達に伝えて、発破をかけて回るつもりかも知れない。
それは助かるから、そこは好きにさせておこう。
そして執務室にはリジャリエラ一人だけが残った。
二人きりになったから普通の女の子モードになって、巫女姫としては言えない本音を聞かせてくれるのかと思いきや、ちょっと俯き気味で、元気がない。
「リジャリエラ、どうした?」
ともかく、ソファーを勧めて座り直す。
遠慮がちに隣に座ったリジャリエラの表情はやっぱり冴えない。
表情も態度も巫女姫然としたままだ。
「わたくしハ……本当に精霊王様のお役に立てているのでショウか……」
「どうしてそんなことを? 俺は十分に助けられてると思ってるぞ」
今回の一件を、そこまで気にしてるのか?
「リジャリエラが特務部隊の特別顧問として、普段は俺の代わりに精霊魔法の練習を見てくれてるだろう? おかげで俺が付きっきりにならなくて済んで、その分、他の仕事をこなせて助かってるんだ」
元々、リジャリエラは精霊力のコントロールも感知能力も高いから、そういった基礎練習は安心して任せられる。
特にマージャル族は、領主の俺が巫女姫のリジャリエラに任せてるってことで、リジャリエラに恥を掻かせるわけにはいかないって、普段から張り切って練習してるらしいからな。
「しかも敵の密偵三人を相手に、たった一人で互角以上の戦いが出来たって聞いてる。そして敵が追撃を警戒して足止め部隊を残して逃げようとしたのも、それだけ特務部隊が使う精霊魔法を脅威に感じたから、時間を稼ぐ必要に迫られたってことだろう?」
結果的に逃げ切られてしまったけど、それは相手がプロで何枚も上手だったからだ。
新人の初陣と考えれば、上出来って言ってもいい成果だと思う。
「それもこれも、リジャリエラの指導の賜物って言っていい」
「ですガ……」
そこで一度言葉を切ると、膝の上に置いた両手が巫女装束を握り締める。
「精霊王様の秘伝の知識ヲ教えて戴いているのに、わたくしだけ、他のみなさんより理解も物覚えも悪いデス」
「それはリジャリエラが小さい頃に奴隷にされたせいで、色々と学ぶ機会がなかったんだから、理解に手間取るのはしょうがない。それを言うなら、こう言ったらなんだけど……エレーナも決して理解力が高い方じゃないからな、勉強は苦手っぽいし。モザミアも、分野によって理解度にかなりムラがあるし。一概には比較できないと思うぞ?」
「エフメラ様とプラーラさんの理解力ハ、とても素晴らしいデス」
「ああ、まあ、エフメラはそれこそ小さい頃からほとんど毎日付きっきりでみっちり教えてきてたからな、年季が違う。年季が違うと言えば、プラーラに至っては樹齢千年を越えてて、理解するための土台となる知識量がそもそも違うからな」
エフメラやプラーラと比較するのは時期尚早だと思うんだけど、目の前で差を見せつけられると焦りもするか。
しかも長老達と比べても成果が芳しくないからこその、補習授業だからな。
この場合、どう慰めればいいんだろう。
「みんなそれぞれ得手不得手があって、理解する速度が違うってだけで、リジャリエラもちゃんと勉強は前に進んでるよ」
「勉強のことヲ抜きにしても、分別も進んでいまセンし、精霊との契約も……」
みんなと勉強会を始めて、分からないところはみんなにも教えて貰って、最初は分別も順調に進んでたみたいなんだけど、みんなと比較して段々焦ってきたのか、このところはあんまり上手く進んでないみたいなんだよな。
しかも、とっくに全属性と契約出来ててもおかしくないのに、何故か一属性とすら契約出来る気配がない。
特にそこが、何が問題なのかさっぱり分からないんだよ。
同じように教えてる長老達は少しずつ分別も進んできて、元から一属性の精霊と契約済みだから、そろそろ二属性目と契約出来そうな感じだし。
長老達が農地生産改良室のメンバーより時間が掛かっちゃってるのは、俺の仕事が忙しくてあんまりそっちに時間を割いてられないのと、三人は年寄りで頭が固くなっちゃって理解が遅く、若い男の方は元から頭を使うのが苦手な脳筋気質みたいだからだ。
そんな長老達と比べても遅れが見えてきてるから、族長の娘で巫女姫って立場もあるし、プレッシャーが掛かってるんだろう。
それで余計に焦っちゃって、悪循環に陥ってる気がする。
元から驚くような実力を持ってるんだから、何か一つ切っ掛けがあれば、一気に才能が開花して化けそうな気がするんだけど。
「なあリジャリエラは分別を始めてから、何回くらい精霊と契約しようとした?」
「エ?」
「え?」
なんでそこで驚くんだ?
「わたくしハ、精霊と契約しても良かったのデスか?」
「え? そりゃもちろん、いいに決まってるだろう。って、もしかして全然試してないのか?」
「ハ、ハイ、精霊王様に秘伝ヲ教えて戴き始めてから、必要な『力』ヲ付けたと認められるまでハ、契約のご許可ヲ戴けないものだとばかり……」
いやいや、俺、そんなこと一言も言ってないんだけど?
じゃあ領地に来てからずっと契約出来なかったのは、何か特別な理由があって出来なかったんじゃなくて、単なる勘違いで試してなかっただけってこと?
「……!」
リジャリエラの顔が、見る間に真っ赤に染まっていく。
巫女姫としての表情が保てなくなったのか素顔の女の子の顔になってしまって、途端に両手で顔を隠して俯いてしまった。
「み、見ないで下サイ……」
うん、耳まで真っ赤になっちゃって……なんか滅茶苦茶可愛いんだけど!
「故郷の村にいた頃も、トロルの奴隷になっていた頃も、何度試しても全く契約出来なかったので、わたくしハてっきり……」
そうなんだよな。
今のは勘違いだったとしても、それが不思議なんだよ。
どうしてリジャリエラ程の『力』がありながら、全く契約が出来なかったのか。
「よし、本当に契約出来ないのか、それとももう出来るのか、一度試してみよう」




