547 夜会で制裁を 1
「それはルガー子爵には申し訳ないことをしましたね」
「なんの、貴殿と好を結べるのであれば、その程度、さしたる問題ではないでしょう」
それがなんとなく、ルガー子爵がどう思おうと、自分にとってはさしたる問題はないって言ってるように聞こえるのがどうもな。
しかも、俺と好を結べるか結べないかすらさしたる問題ではない、とまで言ってるように聞こえるのは、このグレイブル伯爵の陰謀を知ってるせいかそうじゃないのか。
隣に立つエレーナも、一見すると表情筋は全く仕事をしてないように見えるけど、明らかに不機嫌な気配を漂わせてる。
俺と同じように感じたのかも知れない。
その態度を取れる根拠になってるのが、自分の企てた陰謀の成功を信じて疑ってないからなのかどうかは、これから分かるか。
「わたくし達も他の貴族家同様、メイワード伯爵領のクリスタルガラスと鏡にはとても注目していますのよ。あれほどに素晴らしい品なのですから、その持ち主は、当然相応の品位を持ち合わせているべきと思いませんこと?」
伯爵夫人が自信溢れる微笑みを浮かべる。
普通に聞けば、クリスタルガラスと姿見は、今回集まってる下級貴族のご夫人やご令嬢達より伯爵夫人の自分の方が相応しい、だから自分に優先的に売れ、って言ってるんだろう。
でも、裏を勘ぐれば、元農民のお前は品がないから、上品な自分達の方がガラス産業を持つのに相応しい、って言ってるように聞こえるな。
多分、後者の意味で言ったんだと思う。
貴族って、本当にこういう遠回しな嫌味や口撃を平然としてくるよな。
こういうところは、出来れば染まりたくないところだよ。
「だからこそ伯爵様がガラス産業を興すことが出来た、そう思いませんか?」
上手いな、エレーナ。
そこでにっこり微笑みながら言えたら、いい嫌味の返しだったと思うけど。
表情を変えずに言ったら、マジで切り返したように見えるよ。
「まあ。あなた、ダークムン男爵令嬢でしたわね。随分とメイワード伯爵を買っていらっしゃるのね」
伯爵夫人は自信溢れる微笑みを変えずに、『はい』とも『いいえ』とも答えない。
平然と話を逸らして、こういう応酬はお手の物って感じだ。
対して、これは平常運転だけど、エレーナの表情も変わらない。
「伯爵様程素晴らしい殿方を、私は見たことがありませんから。ガラス産業のみならず、これからも私達の想像の及びも付かない偉業を成し遂げ続けてくれると信じています。守護騎士団の騎士団長として、こうしてお側でそれを見られることは、私の誇りです」
きっぱりと言い切ったエレーナに、伯爵夫人の微笑みが一瞬だけ固くなった。
真正面から、それもこうもストレートに返されるとは思ってなかったんだろう。
表情筋がほとんど仕事をしてないように見えるから、真顔で言われたとしか思えないだろうし。
「そ、そうですの」
伯爵夫人はエレーナみたいな真っ直ぐなタイプとのやり取りは、やりにくくて苦手なのかも知れないな。
「なるほど、素晴らしい信頼と忠誠を見せて戴きました。貴殿は人材に恵まれているようだ」
助け船を出すように、グレイブル伯爵が会話を引き継ぐ。
「そうですね。みんなには感謝してますよ。でも、それを言うなら、グレイブル伯爵のところも人材は豊富でしょう?」
グレイブル伯爵家は代々、諜報活動や裏工作を得意としてる家だ。
ドワーフのガラス職人達を誘拐しようとした部隊は、とても優秀な諜報部隊だったみたいだからな。
「ええ、代々、優秀な家臣達が支えて盛り立ててくれていますよ。しかしそれでも、メイワード伯爵が優秀な職人を多数抱えられたことは、実に羨ましいものです。ただ、いくら優秀な職人を多数抱えていても、先ほどから聞こえてくるクリスタルガラス製品と鏡の依頼を全て受けていては、製造がとても追い付かないのではないですか?」
これは、探りを入れてきたかな。
誘拐事件を俺がどこまで把握してるのか、どんな対処をしたのか、多分それを知りたいんだろう。
俺が領地と王都を飛んで往復してるのは周知の事実だし、仮に誘拐が成功してても、密偵達がグレイブル伯爵領へ戻るのにまだ二日か三日は掛かるだろうからな。
「なんの問題もないですよ。ご心配なく。注文を戴いた貴族家には、多少時間が掛かっても、ちゃんと手元に商品を届けられるよう手配しますので」
「ほう、それはそれは」
グレイブル伯爵が感心したように頷くけど、目は鋭く俺を観察してる。
俺が誘拐事件に気付かないまま脳天気に受け答えしてるのか、密偵達が失敗してしまったのか、だとしたら自分達との繋がりを感づかれてるのかどうか、それを探りたいんだろう。
伯爵夫人も微笑みを絶やさず、俺とエレーナの反応を窺ってるし。
そんな二人に対して、俺は大仰に溜息を吐いて首を横に振る。
「ただ残念ながら、グレイブル伯爵家の注文は今後一切お断りすることになります」
「なっ……!?」
「っ……!!」
グレイブル伯爵が虚を突かれたように驚きの声を上げて、伯爵夫人が目を見開いて息を呑む。
二人の雰囲気がガラッと変わって睨むように俺を見つめてきた。
俺達の間の空気がピリッと張り詰めたからだろう、それに気付いた周囲の貴族達が歓談を止めて俺達の会話に聞き耳を立ててる。
グレイブル伯爵達にしてみれば不味いことだろうけど、俺にとっては好都合だ。
「実は先日、俺が建設したガラス工房に賊が侵入して、職人達を誘拐すると言う事件が起きまして」
「ほう……それはそれは、災難でしたな」
「まあ、それと先ほどのお話と、どのような関係が?」
白々しいけど、動揺を押し隠してるのは丸分かりだ。
「いえ、どれだけご領地へ入る荷馬車を調べても、ご希望の品が運び込まれることはありませんよと、そう言うことです」
「それは、我が家からの製品の注文を受けて戴けないのであれば、どれだけ調べてもクリスタルガラス製品も鏡も、我が領へ運び込まれることはないでしょう」
ドワーフのガラス職人じゃなく、クリスタルガラス製品って敢えて解釈して、言い逃れをしようって腹だろうけど、わざとそう解釈出来るように言ってるんだから、言い逃れ出来るわけないだろう。
「実は恥ずかしながら、捕縛出来たのはガラス工房へと侵入した実行部隊二十三人だけでして、荷馬車で逃走準備をしていた後方部隊は取り逃がしてしまったんです」
ご希望の品を運ぶその荷馬車が逃走した後方部隊の荷馬車だって聞こえる俺の言い回しに、大きく動揺を態度には出さないけどグレイブル伯爵の警戒が増したように見えた。
ここで俺が、『お前達の差し金だろう』って問い詰めても、知らぬ存ぜぬで通すに決まってる。
客観的に判断できる科学的な捜査や証明が出来ないんだから、どんな証拠や証人や証言を突きつけても、むしろ俺がグレイブル伯爵を陥れようと虚言を吐いてるって騒がれたら意味がない。
だから遠回しの表現でも、俺はグレイブル伯爵達が犯人だとは直接言及しない。
ただし、周りにはそう言ってるように聞こえるような言い回しをするだけだ。
本当はこういうのに染まりたくないけど、それが貴族の流儀だから、多少真似するのは仕方ないわけで。
「ほほう、それでその者達は一体どんな供述を――」
「その実行部隊には、俺が直々に精霊魔法を駆使して尋問しました。よく訓練された部隊だったのか、最初は頑として口を割らなかったんですけどね。でもまあ、俺の精霊魔法の前でそれは無意味なんですよ、苦しみが長引くだけで。最後は泣き叫びながら、いっそ殺してくれと、早く楽にしてくれと、そう言わんばかりに洗いざらい全てを供述してくれましたよ」
「――っ!!」
言って、勝ち誇るようにニヤリと笑う。
これが普通の尋問や拷問なら、絶対に口を割らないだろうし、自害してでも秘密を守って、俺はなんの情報も手に入れられなかったかも知れない。
グレイブル伯爵も自分達の諜報部隊が、絶対に自分に繋がる情報を漏らすわけがないって、そう信じてるだろう。
でも、俺がこう言えば、その前提は崩れ去る。
果たしてどんな尋問を、拷問をしたのか。
俺の精霊魔法が介在することで、既知の手段が未知の手段に変わって、これまでの常識が覆る。
そして俺はその後の処遇を口にしてない。
つまり、証人は握ってるって暗に伝えてるわけだ。
「まあ怖い。ですがお話が繋がらなくて、よく分かりませんわね」
伯爵夫人は困ったように微笑むけど、その表情は硬い。
額にうっすらと脂汗も浮いてる。
まあ、シラを切り通すしか選択肢はないもんな。
「そうですか。では、分かりやすい話に変えましょうか」
俺は事も無げに言って、にっこりと微笑む。
「とある事情により、グレイブル伯爵家から依頼されている土壌改良について、農地生産改良室のメンバーの派遣はキャンセルして、メイワード伯爵領からの作物の輸出も停止させて戴きます。もちろん、精鋭精霊魔術師育成に関しても、試験を受けて戴いても構いませんが、実力人格問わず、全員不合格とさせて戴きます」
「「なっ……!?」」




